吉川光夫
| 北海道日本ハムファイターズ #34 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福岡県福岡市東区 |
| 生年月日 | 1988年4月6日(23歳) |
| 身長 体重 |
177cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 高校生ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2007年5月17日 |
| 年俸 | 1,100万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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吉川 光夫(よしかわ みつお、1988年4月6日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。福岡県福岡市東区出身。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
福岡県福岡市東区の香椎第三中学校時代に所属していたボーイズリーグで、全国大会3位となる。県内の高校からの誘いもあったが、広島県の広陵高校に進学する。
広陵では入学当初から期待され、2年生の春に背番号1をつける。制球難で四死球を出すことが多かったが、素材は高く評価されていた。同野球部の中井哲之監督は、吉川について「入学当初から、こういう子がプロに行くのだろうなと思った」と後に雑誌のインタビューで言っている。
甲子園出場経験はなし。3年時夏の広島県大会では同校は優勝候補にも挙げられていたが、準決勝で崇徳高校に敗れている。秋の9月25日の高校生ドラフトにおいて、田中将大の交渉権獲得に失敗した北海道日本ハムファイターズが外れ1巡目として指名した。
[編集] プロ入り後
2007年5月中旬に一軍昇格し、東北楽天ゴールデンイーグルス戦に中継ぎで初登板。その後八木智哉、金村曉が故障で戦線離脱し、その穴を埋める形で先発ローテーションの一角に定着し、日本シリーズでも高卒新人としては稲尾和久・堀内恒夫・石井一久以来の先発登板した。制球に課題を残したものの、初完投を完封勝利で飾るなど4勝を挙げ、先発陣がやや手薄な日本ハム投手陣に貢献した。
2008年は開幕から先発ローテーションに入ったものの、相変わらず制球に課題を残し、7試合2勝4敗防御率6.23と調子の上がらないまま交流戦前に登録抹消。そのまま1軍に戻ることはなかった。
2009年は、開幕2軍で迎えた。その後、9月に1軍に昇格し、投球回数を上回る奪三振数を記録したものの、相変わらずの制球難で四死球から点を取られるケースが多く、この年はシーズン未勝利に終わった。
2010年4月に登板した試合で炎上。ダルビッシュ有にtwitterで名指しで批判された。その後も先発としては活躍できずにいたが、9月以降は中継ぎとして登板して、4試合4回2/3を失点0に抑えた。
2011年はローテーション争いに敗れ2軍スタートとなる。5月末に1軍に昇格したものの、不安定なピッチングは解消されず、最少失点で抑えた試合でも、打線の援護が無いなどの不運もあり、3年連続のシーズン未勝利に終わった。一方、2軍では好投を続け、最優秀防御率を獲得した。
[編集] プレースタイル
最速147km/hのストレートには伸びがあり、落差・切れ共に抜群のカーブ・スライダーとのコンビネーションで打たせて取るピッチングを信条とする。
[編集] 人物
- ドラフト指名後の記者会見で、目標とする選手を聞かれ「金本知憲さんと二岡智宏さんと福原忍さん(3人とも広陵高校のOB)を足して2で割った選手」と答え、翌日の新聞で記者に「とぼけている」とのニュアンスで報道された(真意は「3人の力を3で割るよりも2で割ったくらいの力を併せ持つ選手になりたい」で、吉川なりの高い志が込められている)。
- 北海道名物では、カニとジンギスカンは好きだがウニとイクラは苦手。
- プロ初勝利を挙げた試合は雷雨に見舞われ降雨コールドゲームとなったため、一部マスコミは吉川を「カミナリ王子」と呼んだ。また、この試合のヒーローインタビューはベンチ内で行われた。
- チームメイト内で几帳面と言われる、榊原諒に「自分よりも几帳面」と言われた(FFFFFのひちょりのキャンプ日記より)。
- プライベートでは2009年7月7日に自身より年上の歯科衛生士と結婚した。
- 2011年は2軍スタートだが、充実したスタートを切り、前二軍監督水上善雄から斎藤佑樹、中田翔と並び、注目選手の中に無名の吉川の名を上げた。(『タイガース&ファイターズキャンプTV』最終日での発言より)
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 日本ハム | 19 | 15 | 1 | 1 | 0 | 4 | 3 | 0 | 0 | .571 | 400 | 93.1 | 83 | 6 | 46 | 1 | 5 | 52 | 6 | 0 | 39 | 38 | 3.66 | 1.38 |
| 2008 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | 0 | .333 | 158 | 34.2 | 39 | 7 | 22 | 1 | 0 | 23 | 5 | 0 | 24 | 24 | 6.23 | 1.76 | |
| 2009 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 77 | 16.1 | 19 | 2 | 10 | 0 | 0 | 18 | 0 | 0 | 17 | 12 | 6.61 | 1.78 | |
| 2010 | 9 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | .000 | 122 | 26.0 | 35 | 7 | 11 | 0 | 1 | 20 | 2 | 0 | 21 | 20 | 6.92 | 1.77 | |
| 2011 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | .000 | 175 | 38.0 | 45 | 4 | 20 | 1 | 1 | 25 | 1 | 0 | 20 | 20 | 4.74 | 1.71 | |
| 通算:5年 | 45 | 37 | 1 | 1 | 0 | 6 | 18 | 0 | 0 | .250 | 932 | 208.1 | 221 | 26 | 109 | 3 | 7 | 138 | 14 | 0 | 121 | 114 | 4.92 | 1.58 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板:2007年5月17日、対東北楽天ゴールデンイーグルス12回戦(東京ドーム)。7回表無死に3番手として登板。
- 初先発:2007年5月25日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(札幌ドーム)
- 初奪三振:同上(1回表無死)、青木宣親から
- 初勝利:2007年6月8日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(松山中央公園野球場)
- 初完投・初完封勝利:2007年7月12日、対オリックス・バファローズ15回戦(札幌ドーム)
[編集] 背番号
- 34 (2007年 - )
[編集] 関連項目
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