藤岡貴裕
| 千葉ロッテマリーンズ #18 | |
|---|---|
2012年
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 群馬県北群馬郡子持村(現:渋川市) |
| 生年月日 | 1989年7月17日(23歳) |
| 身長 体重 |
183 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2011年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 2012年4月1日 |
| 年俸 | 2,100万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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藤岡 貴裕(ふじおか たかひろ、1989年7月17日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴 [編集]
高校まで [編集]
群馬県渋川市出身。長尾小学校2年生で長尾イースターズに所属し野球を始める。子持中学校在学中は野手としてプレー、2年時には一塁手として出場し秋の県大会ベスト8。
桐生第一高等学校進学後に投手に転向。入学当初は身体も小さく球速120キロ程度。走り込みと筋力トレーニングの成果が出始め、2年時の夏の甲子園では外野手の控え選手で出場。初戦の佐賀商業戦に外野手として途中出場し2打席ノーヒット。次戦の東洋大姫路戦では出場の機会なしでチームは敗退。この時の東洋大姫路で登板したピッチャーが、のちに東洋大学で1学年先輩となる乾真大である。
翌年の春のセンバツは外野手兼控え投手(背番号9)として出場し、初戦で都城泉ヶ丘と対戦し敗退。9回で被安打6、奪三振数8、自責点2。3年時には球速140キロの直球を武器に県内屈指の左腕に成長、エースとして臨んだ夏の群馬県予選は決勝戦で前橋商業高に敗れたものの、得意の直球で勝負を挑み、前橋商業の樺沢健主将に勝ち越しの本塁打を打たれたことに対して「悔いはない」と答えている[1]。
東洋大学時代 [編集]
高校卒業後は東洋大学 経営学部経営学科に進学。1年次の春からリーグ戦に出場。2009年秋から2010年春にかけて、39回連続無失点を記録。3年次には開幕から3試合連続で完封勝利。6勝を挙げてチームの優勝に貢献し大会MVPを受賞。続く全日本大学野球選手権大会でも2完投の活躍で優勝に貢献し、最高殊勲選手賞と最優秀投手賞を受賞した。秋も最優秀投手賞を受賞し第5回世界大学野球選手権日本代表に選出された(背番号17)。
4年次から副将を務め、2011年東都大学春季リーグ戦では全11試合に登板(内、先発が7試合)5勝を挙げて2度目のMVPと最優秀投手賞を受賞。7月に米国で開催された第38回日米大野球選手権大会の大学日本代表に選出(背番号17)。第二戦で先発登板し、6回を被安打6、9奪三振。第五戦で2番手で登板、2回を被安打0、2奪三振。
2011年東都大学秋季リーグでは8試合に登板し、6勝1敗、防御率 0.93。2011年10月11日神宮球場にて行われた秋季リーグ第6週の対亜細亜大学戦では通算奪三振数300を記録して完投勝利を挙げ、東洋大学・高橋昭雄監督のリーグ史上2人目の通算500勝目を[2]、続く10月25日、最終週でリーグ新記録となる高橋昭雄監督通算502勝目となる試合で完投勝利を挙げた[3]。2011年秋リーグでベストナイン、敢闘賞、最優秀投手賞受賞。通算成績は東都大学リーグ戦で49試合に登板27勝9敗、奪三振数323、防御率1.31。全国大会で登板試合11試合、投球回数59、奪三振数74、防御率0.92。野村祐輔(明大)、菅野智之(東海大)とともに「大学ビッグ3」と呼ばれ注目される[4]。
2011年のドラフト会議では千葉ロッテマリーンズ、横浜ベイスターズ、東北楽天ゴールデンイーグルスの3球団から1巡目指名を受ける。抽選の結果、ロッテが交渉権を獲得し[5]、11月11日の午前11時11分11秒(2011年も含め14個の1並びとなる)に仮契約を結んだ。背番号は「18」[6]。
ロッテ時代 [編集]
- 4月1日、東北楽天ゴールデンイーグルス戦(Kスタ宮城)でプロ入り初登板を果たす。150km/hを記録した直球と、内外に投げ分けたコントロール抜群のスライダー、球速差の大きいカーブを織り交ぜた投球内容で、7回2/3を投げ、打者29人に対し投球数128、被安打4、与四球2、失点2、奪三振6という内容で初勝利を挙げた。なお4回まで毎回となる6奪三振はすべて空振りで奪っている。この勝利でチームとしては1957年以来55年ぶりの開幕3連勝という記念試合になった。今期の12球団の新人投手としては、初勝利は一番乗り。試合後のヒーローインタビューで手にしたウイニングボールは「母親にあげます」と笑顔で語り、その後球場に観戦に来ていた両親へと手渡された。ロッテの新人投手の初先発初勝利は、2008年4月26日の福岡ソフトバンクホークス戦で唐川侑己が記録して以来4年ぶり、ドラフト制度以降ではチーム5人目となる。また開幕カードでの初先発初勝利は、1950年に榎原好(当時:毎日オリオンズ)が完投勝利を挙げて以来、球団史上2人目[7]。
- 続く4月15日のソフトバンク戦(ヤフードーム)で先発し9回を10奪三振1失点の内容でプロ初完投勝利をあげ2勝目、4月30日のソフトバンク戦(QVCマリン)で6回4安打3失点の内容で3勝目。新人が4月までに3勝を記録したのが、毎日時代の荒巻淳、榎原好、上野重雄、中西勝己に次いで球団史上56年ぶり5人目の快挙[8]。この日は同期入団の投手中後悠平、益田直也と共に3人でお立ち台にあがり、本拠地球場で初のヒーローインタービューとなった。その後は勝ち星も伸び悩み、二軍降格も経験するなど、シーズンを通して6勝7敗という成績で終わった。
選手としての特徴 [編集]
スリークォーターから投げる平均球速約139km/h[9]、最速153km/h(プロ入り後の最速は150km/h)のストレートと縦と横のスライダー、カーブ、稀にフォークを投げ分け[10]、三振を奪う能力が高い[11]。制球力には定評があり、決め球であるスライダーで空振りが取れる[12]。2012年度シーズンのオフに、同僚の成瀬善久に握り方を教わりチェンジアップを習得した[13]。
クイックやフィールディングも優れ[14]、野手としても非凡な才能を持ち、自身も「バットコントロールには自信がある」と語る[15]。50メートル6.2秒、遠投110メートルと身体能力が高く、高校時代には監督から「中堅手をやらせたらピカイチ」とも評された[15]。
東洋大学野球部では、ウエイトトレーニングでは無く、主に走り込みと投球練習での身体作りが推奨されており、藤岡のがっしりと安定した下半身もこのトレーニングの成果と言われ[16]、太もも周りは63センチにもなる[17]。
人物 [編集]
初のチームイベント参加となった2012年1月2日の新春初売りイベント(千葉県千葉市 QVCマリンフィールド)でトークショーを担当し[18]、今季の目標を「新人王」と書き初めをしファンに披露した[19]。
日本プロ野球機構 新人選手研修会恒例の「話し方、インタビューへの対応」講義において、模擬インタビューでの受け答えを講師役の元ニッポン放送アナウンサー深沢弘氏から100点満点と評された[20]。
さいたま市にある千葉ロッテマリーンズの新人寮へ入寮する際、一年前のドラフト1位伊志嶺翔大、一昨年前のドラフト1位荻野貴司が入った出世部屋に入ることが決まったが[21]、活躍して早く退寮したいという想いから荷物は最低限のものだけしか持ってこなかったという。
また、入寮の際は大学ビッグ3と呼ばれた同期の野村祐輔、菅野智之と共に撮った一番の宝物としていた写真を、準備に焦って持って来るのを忘れ[22]、沖縄県石垣島でのキャンプでは、キャンプ用にわざわざ用意した抱き枕を持ってくるのを忘れる[23]という素顔のマイペースな一面をみせるエピソードが続いた。
自身の話題があがる日に、何故か必ず別の話題や出来事が起きたりするということを藤岡自身も語っており[24]、ドラフト指名当日には巨人単独1位指名確実と言われた東海大学菅野智之が競合の末、日本ハムファイターズに1位指名されるという大きなサプライズが、正式契約の日には読売巨人軍の清武英利球団代表兼GM(当時)が渡邉恒雄球団会長を告発するという事件が、新人寮への入寮時には同期入団の中後悠平と益田直也が電車を乗り間違えて入寮に大遅刻をするというハプニングが発生、初のブルペン入りを果たした当日は、ダルビッシュ有がMLBレンジャースと正式契約となり、初の対外チームとの先発予定試合で、相手は巨人の澤村拓一と話題になるには充分な舞台が用意されたものの雨天中止、本拠地QVCマリンフィールドでのオープン戦初先発の日(2012年3月25日)には、アイドルグループAKB48の前田敦子がグループを卒業すると突然の発表を行ったというニュースがあり、話題をさらわれている。
2012年3月23日に行われた東洋大学の卒業式で、学長賞と創立125周年スポーツ報奨制度表彰を受けた[25]。同校の同期で共に受賞した箱根駅伝で4年連続区間賞の柏原竜二とは式典で初対面となり、お互いの活躍を祈ってエールを送りあった[26]。
両親も自身も血液型はAB型。大学時代の野球部同期に二重人格を疑われるほどマウンド上と日常の様子が違うというが、本人にはその自覚は無いらしい[27]。
同期の中後悠平、益田直也とプライベートでも仲が良く、自前のRV車で移動している[28]。代々プロ野球でルーキーは一年通してシーズンの過ごし方を体験していないから試合に集中させるためルーキーは球場から宿泊先、寮までバス移動が基本で車移動の容認は異例の待遇だと言う[29]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | ロッテ | 21 | 21 | 1 | 0 | 0 | 6 | 7 | 0 | 0 | .462 | 508 | 115.1 | 113 | 9 | 51 | 1 | 4 | 83 | 2 | 0 | 48 | 43 | 3.36 | 1.42 |
| 通算:1年 | 21 | 21 | 1 | 0 | 0 | 6 | 7 | 0 | 0 | .462 | 508 | 115.1 | 113 | 9 | 51 | 1 | 4 | 83 | 2 | 0 | 48 | 43 | 3.36 | 1.42 | |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 投手記録
- 初登板・初先発・初勝利:2012年4月1日、対東北楽天ゴールデンイーグルス3回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、7回2/3を2失点
- 初奪三振:同上、1回裏に銀次から空振り三振
- 初完投勝利:2012年4月15日、対福岡ソフトバンクホークス3回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、9回1失点10奪三振
- 打撃記録
- 初安打・初打点:2012年6月8日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(明治神宮野球場)、2回表に赤川克紀から中前適時打
背番号 [編集]
- 18 (2012年 - )
登場曲 [編集]
- Beyonce 『Love On Top』(2012年 - )
- Various Artists 『Just Stand Up!』(2012年8月26日 - )
脚注 [編集]
- ^ 直球勝負に「悔いはない」 桐生第一・藤岡貴裕投手 asahi.com:高校野球 2007年7月28日
- ^ 藤岡303K 高橋監督は500勝/東都大学ス日刊スポーツ 2011年10月12日
- ^ 東洋大・高橋監督 東都大学リーグ新の通算502勝 スポーツニッポン
- ^ “G菅野、野村超え宣言!10勝&防御率1点台”. SANSPO.COM (産経新聞社): p. 2. (2012年11月22日) 2012年11月22日閲覧。
- ^ 2011年 新人選手選択会議(千葉ロッテマリーンズ)
- ^ ロッテドラ1の藤岡 目標「11勝」の理由は… スポーツニッポン
- ^ ロッテ藤岡 大リーグボールで1勝 日刊スポーツ 2012年4月2日
- ^ ロッテ56年ぶり藤岡4月3勝日刊スポーツ 2012年5月1日
- ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、174頁。ISBN 978-4-905411-11-6。
- ^ 『アマチュア野球 vol.31』 日刊スポーツ出版社、2011年、4-7頁。ISBN 978-4-8172-5513-6。
- ^ 競合覚悟!日本ハム 東洋大・藤岡1位指名へ スポニチ Sponichi Annex、2011年8月23日
- ^ 大学生選手名鑑 藤岡貴裕(東洋大学) スポニチ Sponichi Annex、2011年
- ^ “藤岡 成瀬直伝の新球チェンジアップ披露 菅野にライバル心も”. スポニチ Sponichi Annex (2013年2月3日). 2013年3月13日閲覧。
- ^ 藤岡完封 ロッテほれ直した ソフトB「守備もうまい」横浜「即ローテ」 スポニチ Sponichi Annex、2011年9月5日
- ^ a b 大学ナンバーワン左腕の高校時代『野球小僧』2011年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、66-73頁。
- ^ 【プロ野球】最下位脱出へ、実力派ルーキートリオがロッテ投手陣を救う! 集英社スポルティーバ、2012年2月24日
- ^ 【プロ野球】【プロ野球】新フォームで挑む由規の決意「大卒1年目には負けたくない」 集英社スポルティーバ、2012年3月7日
- ^ 2012年新春初売り 千葉ロッテマリーンズ
- ^ ロッテ1位藤岡「海の神」目指します 日刊スポーツ 2012年1月3日
- ^ 深沢アナ「藤岡君は100点」 日刊スポーツ、2012年3月6日
- ^ ロッテの新人が入寮!藤岡は“出世部屋”に スポーツニッポン、2012年1月8日
- ^ 藤岡“大物”入寮…一番大事な宝物を忘れてきちゃった スポーツニッポン、2012年1月8日
- ^ ロッテD1・藤岡、初日から全開だ サンケイスポーツ、2012年1月31日
- ^ 【ロッテ】藤岡はダル渡米にホッ? 日刊スポーツ、2012年1月19日
- ^ 【ロッテ】藤岡“山の神”に刺激 日刊スポーツ、2012年3月24日
- ^ 藤岡 卒業式で山の神・柏原と初対面 日刊スポーツ、2012年3月24日
- ^ ロッテ“ドラ1”藤岡の素顔…実は太鼓の達人 zakzak スポーツ、2012年3月29日掲載
- ^ ロッテ・藤岡、22歳リレーで快挙! サンスポドットコム
- ^ MXテレビ放送パ・リーグ主義2012年5月6日放送分での本間満の弁
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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