鈴木大地 (野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
鈴木 大地
千葉ロッテマリーンズ #35
2012marines daichi.jpg
2012年、ロッテ浦和球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県駿東郡小山町
生年月日 1989年8月18日(23歳)
身長
体重
176 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手遊撃手二塁手
プロ入り 2011年 ドラフト3位
初出場 2012年6月2日
年俸 1,690万円(2013年)
経歴(括弧内は在籍年)

鈴木 大地(すずき だいち、1989年8月18日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手内野手)。

目次

経歴 [編集]

プロ入り前 [編集]

静岡県駿東郡小山町出身。足柄小学校時代は学童野球の北郷ファイターズに所属。中学時代は静岡裾野シニアでプレー、当初は外野手だったが2年から遊撃手に転向し全国大会にも出場。裾野シニアで遊撃手としての基礎を叩きこまれる。

高校は、当時のエースが誘われていた神奈川県桐蔭学園高の練習に志願して参加し合格[1]遊撃手のレギュラーに定着。3年時の夏は神奈川県予選5回戦で敗退し、甲子園出場は果たせなかった。

第5回世界大学野球選手権大会での鈴木(2010年、神宮球場にて)

高校卒業後は、東洋大学経営学部経営学科に進学。

東都大学野球連盟に加盟する同校野球部では、1年時の春からリーグ戦に出場し、広い守備範囲と強肩を発揮し、秋には三塁手のレギュラーに定着。東洋大野球部では、史上初となる3年時から副主将を務めるなどチームをまとめる強いリーダーシップを発揮し、攻守にわたりチームの勝利に貢献[2]

3年春に、広州アジア大会日本代表の1次候補入り。3年時春からは4番に座り、打率.340でベストナインを獲得。同年の第5回世界大学野球選手権大会では日本代表にも選出(背番号5)。3年生ながら打順は1番、3番を、守備では三塁を任され、銅メダル獲得に大きく貢献した。

4年時からは遊撃手へ転向、チーム主将に就任(同年の副将は藤岡貴裕投手)。7月に米国で行われた第38回日米大野球選手権大会の大学日本代表にも選出。遊撃・三塁で出場した。

大学4年間でリーグ優勝5回、全国制覇4回を経験し、個人のリーグ通算成績は301打数85安打、本塁打3、29打点、打率.288。2010春と秋に三塁手として、2011春と秋に遊撃手としてベストナインを受賞。

日本学生野球協会・第44回(平成23年度)「大学の部」にて表彰選手に選ばれた[3]

2011年10月27日に行なわれたプロ野球ドラフト会議にて、千葉ロッテマリーンズから3位指名を受け、11月11日に同じくロッテから1位指名を受けた大学のチームメイトである藤岡貴裕と共に仮契約を結んだ。背番号は35[4]

プロ入り後 [編集]

2012年6月2日、初の一軍昇格を果たす。チームでは、新人選手4名(ドラフト1位・藤岡貴裕、2位・中後悠平、3位・鈴木大地、4位・益田直也)が一軍登録されるのは、2007年の大嶺祐太荻野忠寛中郷大樹角中勝也の一軍登録以来5年ぶり。

同日の対中日ドラゴンズ戦(3回戦)で8回裏に代走として初の試合出場を果たした。6月8日、神宮球場での対東京ヤクルトスワローズ戦(3回戦)9回表に代打として初打席に立ち、結果は右飛。6月11日、東京ドームでの対読売ジャイアンツ戦(4回戦)9回表に代打で出場、右翼フェンス直撃の二塁打となりプロ入り初ヒットを記録した。このヒットについて本人は「本塁打かな?と、ちょっとだけ思った。ボールは実家に送ります」と語った[5]

プレースタイル [編集]

将来、プロでも3割打てると評される程のバットコントロールが売り。内野も複数こなせる器用さも魅力である[6]投手以外の全ポジションを守る木村拓也を目標としており、自身もユーティリティープレーヤーを目指している[7]。遊撃手、三塁手が元々本職ではあるが、内野の守備は一通り経験済みで、さらに中学時代は捕手、外野のポジションにもついていたことがあるという。

地肩が強く、守備範囲の広さと派手さは無いが、打球への反応の良さと堅実でミスの無いプレーで確実にゴロがさばける内野手である。また、打席に入る際に、審判に向けて上体を45度程度傾けて挨拶を行う。本人曰くルーティンとのことだが、非常に礼儀正しい姿勢がうかがえる。

人物 [編集]

名前は、1988年ソウルオリンピックの100m背泳ぎ金メダルを獲得した鈴木大地にあやかって付けられた。子供の頃は病院などで「スズキダイチ」さんと呼ばれることには恥ずかしさも感じたというが、今は良い名前をもらったと思っていると語っている[8]

ドラフト会議指名後、東洋大学白山キャンパスのスカイホールにおいて行われた記者会見で、「グラウンドで全力で走ること、そして大きな声を出して練習に臨むこと、この二つは誰にも負けません。」と抱負を語っている[9]

入団後、初のキャンプとなった沖縄県石垣島で3日目の検温で37.8度と発熱しインフルエンザ感染が判明、ホテル内隔離され離脱第一号となってしまった[10]

同期入団の藤岡貴裕、中後悠平、益田直也は全員同じ年で仲が良いが、一番のシッカリ者が鈴木大地。キャンプ中、朝の遅刻防止に一番早く部屋を出た人が他の3人部屋のチャイムを鳴らして起こすという約束をしていたが、ほとんど押しているのは鈴木だったという[11]

詳細情報 [編集]

年度別打撃成績 [編集]

















































O
P
S
2012 ロッテ 62 160 135 16 37 5 1 0 44 11 0 0 10 1 13 1 1 23 0 .274 .340 .326 .666
通算:1年 62 160 135 16 37 5 1 0 44 11 0 0 10 1 13 1 1 23 0 .274 .340 .326 .666
  • 2012年度シーズン終了時

年度別守備成績 [編集]


二塁 三塁 遊撃
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2012 17 29 44 1 6 .986 23 15 20 0 1 1.000 11 9 30 2 2 .951
通算 17 29 44 1 6 .986 23 15 20 0 1 1.000 11 9 30 2 2 .951
  • 2012年度シーズン終了時

記録 [編集]

背番号 [編集]

  • 35 (2012年 - )

登場曲 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ 鈴木大地ロッテ3位に笑顔”. nikkansports.com (2011年10月28日). 2012年5月14日閲覧。
  2. ^ 【ロッテ3位】鈴木大地 金メダリストにあやかった鉄壁内野手”. スポーツニッポン (2011年10月27日). 2012年5月14日閲覧。
  3. ^ 表彰選手 日本学生野球協会
  4. ^ 藤岡仮契約「期待に応えたい」=ロッテ1位、背番号は18”. 時事ドットコム (2011年11月11日). 2011年12月3日閲覧。
  5. ^ 4点リード守れず…ロッテ交流戦首位浮上逃す”. サンケイスポーツ (2012年6月12日). 2012年6月12日閲覧。
  6. ^ ロッテ “ポスト西岡”東洋大・鈴木を上位指名候補に”. スポーツニッポン (2011年9月6日). 2011年10月10日閲覧。
  7. ^ ロッテの鈴木大地 目標はキムタクさん!”. スポーツニッポン (2012年1月23日). 2012年3月17日閲覧。
  8. ^ 東洋大 鈴木大地が4番の仕事/東都大学”. 日刊スポーツ (2011年4月28日). 2011年10月10日閲覧。
  9. ^ ドラフト会議で硬式野球部の藤岡貴裕選手と鈴木大地選手が指名”. 東洋大学 (2011年10月27日). 2012年6月15日閲覧。
  10. ^ ロッテ「感染警戒警報」D3鈴木が離脱”. サンケイスポーツ (2012年2月4日). 2012年5月14日閲覧。
  11. ^ ロッテ鈴木大地1号 新人対決で中後撃ち”. 日刊スポーツ (2012年2月20日). 2012年5月14日閲覧。

関連項目 [編集]