鶴岡慎也

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鶴岡 慎也
福岡ソフトバンクホークス #8
HAWKS8-TSURUOKA.jpg
2014年4月13日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県肝属郡肝付町
生年月日 1981年4月11日(33歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト8巡目
初出場 2005年9月7日
年俸 7,600万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手捕手)。前所属球団の日本ハムファイターズでは2012年から選手会長を務めた。東邦ガス野球部に所属する鶴岡和紘捕手は実弟。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

高山小学校時代はソフトボール投手だった。高山中学時代に所属したボーイズリーグ「鹿屋ベイスターズ」の監督から捕手に転向するよう命じられ、投手継続を希望していたが従った。もし断って投手を続けていたらプロにはなれなかっただろうと振り返っている[1]

樟南高校捕手として甲子園に2度(1998年春の第70回選抜高等学校野球大会1999年夏の第81回全国高等学校野球選手権大会)出場。1999年夏は、準決勝の桐生第一群馬県代表)戦で、後に日本ハムファイターズでチームメイトとなる正田樹と対戦し、1安打を放ったがチームは敗退した。なお、当時の樟南高校のエースは上野弘文で、一学年下には青野毅が在籍していた。

その後、社会人野球三菱重工横浜硬式野球クラブを経て、日本ハムの入団テストを受け、2002年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムから8巡目指名され入団した(前年にも日本ハムのテストを受けているが、その時は不合格だった)。

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2012年)

2年間は一軍出場がなかったが、2005年フレッシュオールスターゲームに出場して先制本塁打を放ち、最優秀選手に選ばれた。シーズン後半に一軍昇格し、9月25日オリックス・バファローズ戦で一軍初スタメン出場・初安打・初打点を記録した。

2006年に初の開幕一軍入り。正捕手だった高橋信二の打撃不振で徐々に出番が増え、シーズン終盤からアジアシリーズにかけてはダルビッシュ有八木智哉とコンビを組んだ。2007年は開幕からしばらくは控えだったが、中盤辺りからダルビッシュの先発時はほぼ必ず鶴岡が先発マスクを被るようになった。その他若手投手先発時にマスクを被ることもあったが、八木の不振もあってか前年と比較すると出番は減った。また、課題の打撃を克服するため、視力矯正手術をシーズンオフに行った。

2008年は、捕手を固定したい梨田昌孝監督の方針で開幕当初は正捕手だった。ダルビッシュの他、多田野数人ブライアン・スウィーニーの先発する試合のほとんどにおいても鶴岡が捕手を任されたが、その他の先発投手との相性の悪さを解消できず、高橋や前年まで一軍未出場であった小山桂司に先発マスクを譲ることがあり、またシーズン後半は抑え投手・マイケル中村の登板時に中嶋聡と交代することが増えた。

2009年になると、膝の状態が良くない高橋は一塁手に固定されたが、球団の競争意識の活性化を目的とした梨田の方針転換により、新人の大野奨太と併用されることとなった。それでも八木とダルビッシュの先発時には必ず先発マスクを被り、またマイケルに替わって抑え投手となった武田久が登板する時には自身も抑え捕手として出場するなど、前年より出場機会を増やし、自身初となるゴールデングラブ賞を受賞した。同年シーズンの守備率は1位と毛差の2位(.997)、失策はリーグ最少の2、捕逸は第一捕手としてはリーグ2番目に少ない2だった。

2010年はその年チーム最多勝利の武田勝とのバッテリーを組んだ大野が出場機会を増やし、その分鶴岡の起用は減ってしまった。同年オフに建山義紀フリーエージェント権を行使してテキサス・レンジャーズに移籍すると、「建山さんに配球のイロハを教わった。(以前の背番号)64にも愛着はあるけど、ほかの人がつけるなら自分だと決めました」[2]と、背番号を建山が着用していた22に変更した。

2011年3月31日、イースタン・リーグの対千葉ロッテマリーンズ[3]自打球を顔面に当て、顔面を陥没骨折する重傷を負った。5月24日に一軍復帰するも、大野の台頭により出場機会は大幅に減った。

2012年、長らくバッテリーを組んだダルビッシュが移籍するも、斎藤佑樹ボビー・ケッペル吉川光夫の先発試合を中心に大野と併用されている状態であったが、中盤に大野が不振で出場選手登録を抹消された頃から重用され始める。最終的には116試合に出場し、打率.266と自己最高の成績を残した。また、吉川とのコンビで最優秀バッテリー賞も獲得した。

ソフトバンク時代[編集]

2013年FA宣言を行い、11月30日に福岡ソフトバンクホークスへ移籍することを表明した[4]。12月7日、同じくFA移籍した中田賢一(元中日)と共に入団会見を行った[5]。背番号は8。 年俸は4年で総額5億+出来高(3億)の複数年契約を結んだ(金額は推定)[6]

2014年は、正捕手としての期待をされたが、不振で細川亨との併用となった。

プレースタイル[編集]

「投手に気持ち良く投げさせることがキャッチャーの一番の仕事」だと言い[7]、投手の持ち味を生かした柔軟なリードとインサイドワークに定評がある[8][7]

肩はスピードガンで135km/h前後と決して強くないが、送球動作が速く安定したスローイングに定評がある[9]。2010年は盗塁阻止率リーグ2位となった。また、持ち前の当たり強さを活かしたブロックにも非常に定評があり、捕球とブロックのどちらか一方を優先させるのではなく、バランス良く確実な捕球とブロックの調和が取れる捕手である[10]

人物[編集]

前歯が出ており、顔がガチャピンに似ていると言われることがある[7]。2011年2月に、ガチャピンと鶴岡とのコラボレーション商品が発売された。[11]

日本人では数少ないウイルソンブランドプロテクターとキャッチャーマスクを使用している。この他、キャッチャーマスクの衝撃吸収スポンジにカーキ色の素材を使用したものを使っている(日本ハムの場合通常黒色)。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 日本ハム 4 8 8 1 1 0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .125 .125 .125 .250
2006 76 218 203 18 49 9 1 3 69 21 2 1 11 1 3 0 0 51 5 .241 .251 .340 .591
2007 57 146 133 7 27 2 1 0 31 13 0 2 7 1 5 0 0 27 0 .203 .230 .233 .463
2008 97 285 248 24 52 14 0 1 69 18 0 1 22 2 12 0 1 49 4 .210 .247 .278 .525
2009 122 304 263 25 58 14 1 1 77 29 1 1 17 2 20 1 2 48 6 .221 .279 .293 .572
2010 105 284 254 21 60 12 0 3 81 26 0 0 22 3 4 1 1 32 6 .236 .248 .319 .567
2011 76 202 185 12 44 9 1 1 58 15 1 2 12 1 3 0 1 24 2 .238 .253 .314 .566
2012 116 328 289 22 77 10 1 0 89 25 3 2 23 1 14 0 1 41 11 .266 .302 .308 .611
2013 114 276 244 22 72 9 0 2 87 26 1 1 13 1 16 0 2 28 7 .295 .342 .357 .699
2014 ソフトバンク 98 190 162 12 35 4 3 0 45 25 0 2 17 4 7 0 0 23 5 .216 .243 .278 .521
通算:10年 865 2241 1989 164 475 83 8 11 607 199 9 12 144 16 84 2 8 324 46 .239 .270 .305 .578
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

捕手
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2005 1.000 4 16 0 0 0 0 1 1 0 .000
2006 .992 76 365 29 3 1 3 53 39 14 .264
2007 .997 55 290 33 1 3 2 25 16 9 .360
2008 .998 95 582 37 1 7 4 54 38 16 .296
2009 .997 121 612 37 2 11 2 63 48 15 .238
2010 .997 105 589 37 2 6 4 60 40 20 .333
2011 .998 75 397 46 1 7 5 54 39 15 .278
2012 .994 116 608 51 4 4 4 65 46 19 .292
2013 .994 110 456 51 3 10 0 69 56 13 .188
通算 .997 757 3915 321 17 49 24 444 323 121 .273
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 64 (2003年 - 2010年)
  • 22 (2011年 - 2013年)
  • 8 (2014年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「SPECIAL INTERVIEW 鶴岡慎也」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、6-9頁。
  2. ^ メジャー目指す建山、サプライズ胴上げに感涙 - スポニチアネックス、2010年11月21日
  3. ^ 同年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生した影響で一軍の開幕が約1ヶ月遅れたため、先に開幕していた二軍の公式戦に調整目的で出場していた。
  4. ^ 鶴岡選手が福岡ソフトバンクホークス移籍を表明日本ハム球団公式サイト2013年11月30日配信
  5. ^ 【ソフトB】中田と鶴岡が入団会見 - 日刊スポーツ、2013年12月7日
  6. ^ 鶴岡、ソフトバンク入り表明「新しいところで一からやりたい」 - スポニチ、2013年11月30日
  7. ^ a b c 『週刊プロ野球データファイル』2012年71号、ベースボール・マガジン社、雑誌27202-9/12、9-10頁。
  8. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2008』 白夜書房、2008年、84頁。ISBN 978-4-86191-374-7
  9. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクトムック、2009年、123頁。ISBN 978-4-7572-1628-0
  10. ^ 流れ呼んだ!日本ハム捕手鶴岡の捕球とブロックの調和”. スポニチ Sponichi Annex (2013年4月11日). 2014年5月12日閲覧。
  11. ^ GACHAPIN×TSURUOKAコラボグッズがついに発売! - 北海道日本ハムファイターズ公式サイト

関連項目[編集]