鶴岡慎也

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鶴岡 慎也
福岡ソフトバンクホークス #8
HAWKS8-TSURUOKA.jpg
2014年4月13日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県肝属郡肝付町(旧・高山町[1]
生年月日 1981年4月11日(34歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト8巡目
初出場 2005年9月7日
年俸 7,600万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手捕手)。前所属球団の日本ハムファイターズでは2012年から選手会長を務めた。東邦ガス野球部に所属する鶴岡和紘捕手は実弟。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

肝付町立高山小学校時代はソフトボール投手だった。高山中学ではボーイズリーグ・鹿屋ベイスターズで硬式野球を始め、投手を希望していたが監督により捕手へと転向させられた。(断って投手を続けていたらプロにはなれなかったと振り返っている)[2]。捕手として全国大会で準優勝を経験した[3]

樟南高校では捕手として甲子園に2度出場した。1998年は2年春の第70回選抜高等学校野球大会に出場したが1回戦でPL学園に敗れた[4]。2年夏は鹿児島県大会準決勝で鹿児島実業高等学校杉内俊哉に1失点完投され予選敗退となった[5]

1999年は主将を務め[6]、3年春は九州大会の準々決勝で日南学園に完封負けを喫して敗退した[7]。3年夏の鹿児島県大会では枕崎高校との準決勝では逆転打を含む2本の三塁打で活躍し、鹿児島実業との決勝戦ではエース上野弘文を1失点完投勝利に導き予選を突破した[8]第81回全国高等学校野球選手権大会では秋田高校との1回戦で甲子園初本塁打を記録[9]都城高校との3回戦では先制点となるスクイズを決め、守備では1失点に抑えた[10]。準々決勝では上野をリードして青森山田を完封した[11]。しかし準決勝の桐生第一群馬県代表)戦で、後に日本ハムファイターズでチームメイトとなる正田樹と対戦し、1安打を放ったがチームは完封負けした[12]。なお、当時の樟南高校には上野弘文の他、一学年下に青野毅も在籍していた[13]。その後は全日本選抜チームとして高校日米親善大会にも出場し、正田とバッテリーを組み活躍した[14][15]

社会人野球三菱重工横浜硬式野球クラブへ進み、3番打者を任され[14]、後に日本ハムでチームメイトとなる石井裕也とバッテリーを組んでいた[15]2001年に日本ハムの入団テストを受けたが不合格となった。2002年に再び日本ハムの入団テストを受けて合格し、11月20日2002年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムから8巡目指名され入団した[16]。同クラブでは1993年石井貴(元・埼玉西武ライオンズ)以来のプロ野球選手となった[17]

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2012年)
2003年

1年目はイースタン・リーグに45試合に出場し、シーズン終盤は先発で常時出場した[18]。 打率.231、2本塁打だった[19]。10月11日のファーム日本選手権では8番捕手として先発出場したが無安打に終わり敗戦した[20]

2004年

5月23日のイースタン・リーグ対湘南シーレックス[21]の2回第1打席で若田部健一から右腕に死球を受け、3回守備の際に途中退場し、後に右上腕尺骨骨折が発覚し、約2ヶ月間欠場した。7月27日のイースタンリーグ対読売ジャイアンツ戦で途中出場して実戦復帰を果たした[22]。怪我の影響もあり二軍でも25試合の出場にとどまった。

2005年

二軍41試合で打率.282という好調から7月24日にサンマリンスタジアム宮崎で行われたフレッシュオールスターゲームに8番捕手として先発出場して長峰昌司から先制本塁打を放ち[23]、同試合の最優秀選手賞を受賞した[24][15]。9月3日に一軍へ昇格し、9月7日の対西武戦で代打起用によりプロ初出場を果たし、松坂大輔にライトフライに打ち取られたが、守備では岩本勉をリードし6者連続の凡退に抑えた[25]。9月19日の対西武戦では本拠地・札幌ドームでの初出場を果たした[26]。9月25日の対オリックス・バファローズ戦では9番捕手として初のスタメン出場・フル出場を果たし、守備では9回2失点に抑えて勝利に貢献、4回第2打席でジョッシュ・スチュワートからタイムリー打を放ってプロ初安打・初打点を記録、さらに二盗を成功してプロ初盗塁も記録した[27][28]

2006年

プロ入り後初めて開幕を一軍で迎えた。正捕手だった高橋信二が故障により5月の月間打率.063という打撃不振となったことから併用起用となりスターティングメンバーに定着した。5月13日に札幌ドームで行われた対横浜ベイスターズ戦で秦裕二の初球ストレートを左中間スタンドに運び初本塁打を記録し、これが決勝打となった[29]。5月18日の対阪神タイガース戦では逆転タイムリー打を含む3安打でプロ初の猛打賞を記録した[30]。5月19日の対広島東洋カープ戦では八木智哉をリードし8回を無失点に抑えて自身初の完封勝利(降雨コールド)を果たした[31]。6月20日から7月7日まで球団タイ記録となる45年ぶりの11連勝の際に10試合で先発出場した[32]。最終的にレギュラーシーズンは67試合に先発出場し、フル出場した16試合では10勝6敗、5完封勝利だった。スタメン時はプロ2年目のダルビッシュ有と15試合、同年の新人王・プロ1年目・八木智哉と14試合とのバッテリーで大幅に勝ち越した。

プレーオフでは全2試合にフル出場し、完封勝利を含む2試合18イニング1失点のリードで25年ぶりのチームのリーグ優勝に貢献した[33][34]日本シリーズは4試合に出場したが無安打に終わった。第1戦・第2戦で先発出場するも中日ドラゴンズにリードを許し、第3戦・第4戦は控えとなったが、王手を掛けた10月26日第5戦では5回1点ビハインドの場面では後の同点スクイズに繋がる送りバントを決め[35]、守っては中日打線を8イニング1失点に抑えて勝利し、前身の東映以来となる44年ぶり2度目の日本一に貢献した[36]アジアシリーズでは11月9日予選リーグ第1戦の対サムスン・ライオンズ戦でフル出場し、9回1失点に抑えて勝利した[37]。11月12日のLa Newベアーズとの決勝戦では先発出場して、ダルビッシュ降板までの7回0/3を無失点に抑え[38]、7回一死三塁の場面ではトニー・フィオーレから決勝打となる先制タイムリーヒットを放ち[39][40]、アジア制覇に貢献した。

2007年

開幕を一軍で迎えたが、正捕手は高橋信二となり大半が控えでの出場となった。チームが借金3となった4月13日から先発出場が増え、14試合で自身の打率.300と好調だったが悪い流れは止められず併用起用となった。スタメンマスクのほぼ半分がダルビッシュ有(同年・沢村栄治賞)とのコンビで19試合で13勝2敗3完封と相性も良く、専用捕手となっていた[41]。他には1年目・吉川光夫と2年目・木下達生を初完封勝利へと導いた[42][43]。しかし八木智哉の不振の影響もあり先発出場は減少した。チームは9月29日にリーグ連覇を達成したが、同日の出場は無かった[44]。最終的にレギュラーシーズンは43試合に先発出場し、フル出場23試合では12勝11敗5完封勝利だった。打撃では打率.203と前年から大幅に成績を落とした。

クライマックスシリーズ第2ステージではダルビッシュが先発した2試合で先発出場した。10月13日第1戦は2安打1得点、守っては7回2失点のリードで勝利に貢献した[45]。10月18日第5戦ではダメ押しのタイムリー打で成瀬善久ノックアウト[46]、守っては8回1失点のリードで日本シリーズ進出を決めた[47]日本シリーズは4試合出場したが無安打に終わった。10月27日第1戦は中日打線を9回1失点に抑えるリードで、ダルビッシュを1999年ダイエー工藤公康以来のシリーズタイ記録13奪三振完投へ導き先勝に貢献した[48]。チームは第2・第3試合を高橋信二先発マスクで落とし、10月31日第4戦で吉川光夫とのコンビで先発機会を得たが、初回の味方のミスをカバーできず敗戦[49]、11月1日第5戦はダルビッシュを8回1失点とリードしたが、その犠牲フライの1点が決勝打となり中日に完全試合を喫し、日本シリーズ敗退となった[50]

オフの12月に視力矯正手術を行った[51][52]。12月25日に一般女性と入籍した[53]

2008年

3月20日の対千葉ロッテ戦でプロ入り後初めて開幕マスクを被り、守ってはダルビッシュ有を完封勝利へ導き、打っては2安打で決勝点の走者として生還した[54][55]。高橋信二、前年まで一軍未出場であった小山桂司に時折スタメンマスクを譲りながらも春から正捕手として出場を続けた。しかし自身の打率が1割台となった7月中旬頃から高橋信二の起用が大幅に増えてシーズン終盤まで2人の併用となった。オールスターゲームのファン投票では捕手部門3位だったが選出はされなかった[56]。9月29日の本拠地最終戦ではCSマジック3が点灯した千葉ロッテを迎えたが、ダルビッシュを9回1失点の完投勝利に導きCSへの望みを繋いだ[57]。 最終的にはレギュラーシーズンで自己最多の97試合に出場し、86試合に先発出場し[58]、スタメンマスクの5人の中で飛びぬけた勝率.607を残した[59]。フル出場した40試合では33勝6敗1分け、2完封勝利だった。ダルビッシュが先発した全24試合でマスクを被り16勝4敗。ブライアン・スウィーニーとは25試合中20試合組んで10勝を挙げ、多田野数人とも14試合試合で6勝を挙げた。吉川・八木の不調で結果を出せず、移籍加入した藤井秀悟とは10試合で1勝5敗と相性が悪かった。またシーズン後半は抑え投手・MICHEALの登板時に中嶋聡と交代することが増えた。打撃ではスクイズを何度も成功させる場面があった[60][61][62]

クライマックスシリーズ第1ステージは10月11日第1戦で8番捕手としてフル出場し、ダルビッシュを9回1失点の完投勝利に導き、6回には4点目となるダメ押し犠飛も放った[63]。第2ステージは3試合に先発出場し10打数4安打2打点と2勝に貢献した。10月18日第2戦に8番捕手でフル出場し、ダルビッシュを3安打完封勝利に導き、打っては3回にヒットで出塁して先制の走者として生還、ダメ押しの犠飛と活躍した[64]。10月19日第3戦では西武先発・帆足和幸との相性から人生初の2番打者として起用され[65]、3回の4得点に繋がる安打、8回の追加点に繋がる犠打など勝利に貢献した[66]。これはプロ野球のポストシーズンで初となる捕手の2番起用となった[67]。8月25日以来となる武田勝とのコンビで連日の先発起用だったが、制球に苦しんだ武田を強気なリードで5回2失点(自責点1)とリードした[65][68]。第4戦は2安打1打点と活躍したが、先発・スウィーニーと組んで3回で7失点と序盤で試合を壊した[69][70]

2009年

2年連続開幕マスクとなったが3月4月は高橋信二や新人の大野奨太との併用となった。同年は八木智哉が復調して再びコンビを組み、5月12日の対楽天戦ではフル出場して9回1失点完投勝利しチームも単独首位へと導いた[71]。5月19日の対巨人戦では自身2度目の4打点を挙げた[72]。翌日5月20日の同カードでは打っては勝ち越し二塁打、守っては2度のピンチを肩で救い、チームの貯金を11に伸ばした[73][74]。8月19日にチーム単位の集団インフルエンザ感染による発熱で大野とともに離脱し、5月から右膝痛で一塁手および指名打者となっていた高橋やバッテリーコーチ兼任の40歳中嶋聡がスタメンマスクを被る事態を招いた[75][76]。その影響で福岡 Yahoo! JAPANドームで7戦全勝していたダルビッシュ有も敗戦しチームは5連敗した[77][78]。8月22日に治療を終えてチームに合流した[79]。10月4日の対ソフトバンク戦では1点ビハインド4回二死満塁の場面で大隣憲司から押し出し四球をもぎ取り同点とし、チームの猛攻を呼んで優勝マジック1を点灯させた[80][81]。10月6日の対西武戦では2回に先制のタイムリー二塁打を打ち、リーグ優勝に貢献した[82]。最終的にレギュラーシーズンでは自己最多となる122試合に出場、83試合に先発出場し、フル出場した52試合では43勝9敗、3完封勝利だった。ダルビッシュ(同年のMVP)、八木先発時のほぼ全ての試合で先発マスクを被り高い勝率を残した。また大野マスクで3敗していたプロ3年目・糸数敬作と6月30日からコンビを組み、プロ初勝利・プロ初完投を含む4勝を挙げ、リーグ優勝決定日も試合を作った。また抑え投手・武田久が登板する時に自身も抑え捕手として出場し、前年より出場機会を増やした。

クライマックスシリーズ第2ステージは全4試合に出場して3試合で先発出場した。第1戦で7回6失点し代打で交代となったが、10月22日第2戦ではフル出場して楽天打線をソロ本塁打のみの1点に抑えた[83]。10月24日第4戦では1点リードの7回守備から途中出場し、タイムリー内野安打を放ってリードを3点に広げ日本シリーズ進出を決めた[84]日本シリーズでは全6試合に出場し5試合で先発マスクを被った。11月1日第2戦では指を骨折したまま一軍に復帰したダルビッシュをリードし、ツーランホームランの2失点のみに抑えて勝利した[85][86][87]。第3戦では糸数をリードしたが3本のソロ本塁打を打たれて敗戦した[88]。11月5日第5戦では8回代打から守備についたが、1点リードから追いつかれ、再び勝ち越した9回にも同年負け無しの武田久をリードしたが本塁打を2本浴びて逆転サヨナラ負けの原因となった[89]。11月7日第6戦では途中交代する7回まで2失点に抑えたが完封負けした。シーズン守備率は嶋基宏(.99699)と6差の2位(.99693)で[90]捕逸も2と少なかったことから三井ゴールデン・グラブ賞を初受賞した。球団としては1993年の田村藤夫以来の捕手での受賞となった[91]。ダルビッシュがクイックモーションが苦手だった事で盗塁阻止率は.238とリーグ5位だった[92]

2010年

その年チーム最多勝利の武田勝とのバッテリーを組んだ大野が出場機会を増やし、その分鶴岡の起用は減ってしまった。同年オフに建山義紀フリーエージェント権を行使してテキサス・レンジャーズに移籍すると、「建山さんに配球のイロハを教わった。(以前の背番号)64にも愛着はあるけど、ほかの人がつけるなら自分だと決めました」[93]と、背番号を建山が着用していた22に変更した。

2011年

3月31日、イースタン・リーグの対千葉ロッテマリーンズ[94]自打球を顔面に当て、顔面を陥没骨折する重傷を負った。5月24日に一軍復帰するも、大野の台頭により出場機会は大幅に減った。

2012年

長らくバッテリーを組んだダルビッシュが移籍するも、斎藤佑樹ボビー・ケッペル吉川光夫の先発試合を中心に大野と併用されている状態であったが、中盤に大野が不振で出場選手登録を抹消された頃から重用され始める。最終的には116試合に出場し、打率.266と自己最高の成績を残した。また、吉川とのコンビで最優秀バッテリー賞も獲得した。

ソフトバンク時代[編集]

2013年

FA宣言を行い、11月30日に福岡ソフトバンクホークスへ移籍することを表明した[95]。12月7日、同じくFA移籍した中田賢一(元中日)と共に入団会見を行った[96]。背番号は8。 年俸は4年で総額5億+出来高(3億)の複数年契約を結んだ(金額は推定)[97]

2014年

正捕手としての期待をされたが、不振で細川亨との併用となった。

プレースタイル[編集]

「投手に気持ち良く投げさせることがキャッチャーの一番の仕事」だと言い[98]、投手の持ち味を生かした柔軟なリードとインサイドワークに定評がある[99][98]

肩はスピードガンで135km/h前後と決して強くないが、送球動作が速く安定したスローイングに定評がある[100]。2010年は盗塁阻止率リーグ2位となった。また、持ち前の当たり強さを活かしたブロックにも非常に定評があり、捕球とブロックのどちらか一方を優先させるのではなく、バランス良く確実な捕球とブロックの調和が取れる捕手である[101]

人物[編集]

前歯が出ており、顔がガチャピンに似ていると言われることがある[98]。2011年2月に、ガチャピンと鶴岡とのコラボレーション商品が発売された。[102]

日本人では数少ないウイルソンブランドプロテクターとキャッチャーマスクを使用している。この他、キャッチャーマスクの衝撃吸収スポンジにカーキ色の素材を使用したものを使っている(日本ハムの場合通常黒色)。

三菱重工横浜時代に目標としていた選手は古田敦也[1]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 日本ハム 4 8 8 1 1 0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .125 .125 .125 .250
2006 76 218 203 18 49 9 1 3 69 21 2 1 11 1 3 0 0 51 5 .241 .251 .340 .591
2007 57 146 133 7 27 2 1 0 31 13 0 2 7 1 5 0 0 27 0 .203 .230 .233 .463
2008 97 285 248 24 52 14 0 1 69 18 0 1 22 2 12 0 1 49 4 .210 .247 .278 .525
2009 122 304 263 25 58 14 1 1 77 29 1 1 17 2 20 1 2 48 6 .221 .279 .293 .572
2010 105 284 254 21 60 12 0 3 81 26 0 0 22 3 4 1 1 32 6 .236 .248 .319 .567
2011 76 202 185 12 44 9 1 1 58 15 1 2 12 1 3 0 1 24 2 .238 .253 .314 .566
2012 116 328 289 22 77 10 1 0 89 25 3 2 23 1 14 0 1 41 11 .266 .302 .308 .611
2013 114 276 244 22 72 9 0 2 87 26 1 1 13 1 16 0 2 28 7 .295 .342 .357 .699
2014 ソフトバンク 98 190 162 12 35 4 3 0 45 25 0 2 17 4 7 0 0 23 5 .216 .243 .278 .521
通算:10年 865 2241 1989 164 475 83 8 11 607 199 9 12 144 16 84 2 8 324 46 .239 .270 .305 .578
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

捕手
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2005 1.000 4 16 0 0 0 0 1 1 0 .000
2006 .992 76 365 29 3 1 3 53 39 14 .264
2007 .997 55 290 33 1 3 2 25 16 9 .360
2008 .998 95 582 37 1 7 4 54 38 16 .296
2009 .997 121 612 37 2 11 2 63 48 15 .238
2010 .997 105 589 37 2 6 4 60 40 20 .333
2011 .998 75 397 46 1 7 5 54 39 15 .278
2012 .994 116 608 51 4 4 4 65 46 19 .292
2013 .994 110 456 51 3 10 0 69 56 13 .188
通算 .997 757 3915 321 17 49 24 444 323 121 .273
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 64 (2003年 - 2010年)
  • 22 (2011年 - 2013年)
  • 8 (2014年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 三菱重工横浜 硬式野球部ホームページ
  2. ^ 「SPECIAL INTERVIEW 鶴岡慎也」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、6-9頁。
  3. ^ 2003年プロ野球選手名鑑 日本ハムファイターズ 2003年スポニチアネックス
  4. ^ 第70回選抜高校野球大会第1日 asahi.com
  5. ^ '98高校野球 鹿児島大会 asahi.com
  6. ^ 99高校野球・代表校紹介 鹿児島 asahi.com
  7. ^ 99年センバツ・各地区秋季大会結果 日刊スポーツ
  8. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権・鹿児島決勝
  9. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月10日第2試合
  10. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月18日第3試合
  11. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月19日第4試合
  12. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月20日第2試合
  13. ^ 巨人・杉内は鹿児島“御三家”が生んだ最高左腕 2012年6月17日ZAKZAK
  14. ^ a b 2002年ドラフト日本ハムファイターズ nikkansports.com
  15. ^ a b c 鶴岡がMVP!フレッシュオールスターは日本ハム祭り 2005年7月25日SANSPO.COM
  16. ^ 日本ハムが鶴岡慎也捕手と仮契約 2002年11月22日SANSPO.COM
  17. ^ 鶴岡選手が指名を受ける 2002年11月 三菱重工横浜 硬式野球クラブ トピックス
  18. ^ 2004年プロ野球選手名鑑 スポニチアネックス
  19. ^ 2003 日本ハム・ファイターズ 個人打撃成績
  20. ^ 2003年度ファーム日本選手権 試合結果
  21. ^ イースタンリーグ 05月23日(日) 2004年 北海道日本ハムファイターズオフィシャルホームページ
  22. ^ イースタンリーグ 07月27日(火) 2004年 北海道日本ハムファイターズオフィシャルホームページ
  23. ^ 2005年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果
  24. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2005 表彰選手
  25. ^ the baseball 9月7日(水) 西武 vs 日ハム(試合詳細)
  26. ^ 日本ハム対西武 nikkansports.com
  27. ^ the baseball 9月25日(日) オリックス vs 日ハム(試合詳細)
  28. ^ 日本ハム鶴岡がプロ初の先発マスク 2005年9月25日 日刊スポーツ(リンク切れ)
  29. ^ 日本ハム鶴岡が驚きのプロ初本塁打 2006年5月13日 北海道日刊スポーツ
  30. ^ エキサイトベースボール | 5月18日(木) 阪神 vs 日本ハム(試合詳細)
  31. ^ エキサイトベースボール | 5月19日(金) 広島 vs 日本ハム(試合詳細)
  32. ^ エキサイトベースボール | 7月7日(金) 西武 vs 日本ハム(試合詳細)
  33. ^ エキサイトベースボール | 10月11日(水) 日本ハム vs ソフトバンク(試合詳細)
  34. ^ エキサイトベースボール | 10月12日(木) 日本ハム vs ソフトバンク(試合詳細)
  35. ^ ファイターズ 日本一おめでとう! 2006年10月27日道新スポーツ
  36. ^ エキサイトベースボール | 10月26日(木) 日本ハム vs 中日(試合詳細)
  37. ^ 2006年度 KONAMI CUP アジアシリーズ 試合結果(予選リーグ)
  38. ^ 2006年度 KONAMI CUP アジアシリーズ 試合結果(決勝戦)
  39. ^ 鶴岡が値千金の先制打/アジアS 2006年11月12日 日刊スポーツ
  40. ^ このヒットが決定打に 日本ハム - photos.nikkansports.com 2006年11月13日 日刊スポーツ
  41. ^ 日本ハムが“ダル専用捕手”鶴岡を起用 2007年8月22日 日刊スポーツ
  42. ^ エキサイトベースボール | 7月12日(木) 日本ハム vs オリックス(試合詳細) 2007年7月12日
  43. ^ ソフトバンク対日本ハムスコア速報 : nikkansports.com 2007年5月19日
  44. ^ エキサイトベースボール | 9月29日(土) ロッテ vs 日本ハム(試合詳細)
  45. ^ エキサイトベースボール | 10月13日(土) 日本ハム vs ロッテ(試合詳細)
  46. ^ 【日本ハム】鶴岡が適時二塁打 2007年10月18日 日刊スポーツ
  47. ^ エキサイトベースボール | 10月18日(木) 日本ハム vs ロッテ(試合詳細)
  48. ^ エキサイトベースボール | 10月27日(土) 日本ハム vs 中日(試合詳細)
  49. ^ エキサイトベースボール | 10月31日(水) 中日 vs 日本ハム(試合詳細)
  50. ^ エキサイトベースボール | 11月1日(木) 中日 vs 日本ハム(試合詳細)
  51. ^ 鶴岡 慎也さんの体験談 | 神戸神奈川アイクリニック
  52. ^ 北海道日本ハムファイターズ 鶴岡慎也さんの体験談動画| 神戸神奈川アイクリニック
  53. ^ 日本ハム鶴岡がXマス&友引に婚姻届け 2007年12月25日 日刊スポーツ
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  83. ^ 2009年10月22日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
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  91. ^ 内野手部門を独占!日本ハム最多7人重賞 2009年11月11日スポニチ
  92. ^ 鶴岡がダルに厳しい注文“クイックしろ” 2009年12月9日スポニチ
  93. ^ メジャー目指す建山、サプライズ胴上げに感涙 - スポニチアネックス、2010年11月21日
  94. ^ 同年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生した影響で一軍の開幕が約1ヶ月遅れたため、先に開幕していた二軍の公式戦に調整目的で出場していた。
  95. ^ 鶴岡選手が福岡ソフトバンクホークス移籍を表明日本ハム球団公式サイト2013年11月30日配信
  96. ^ 【ソフトB】中田と鶴岡が入団会見 - 日刊スポーツ、2013年12月7日
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  102. ^ GACHAPIN×TSURUOKAコラボグッズがついに発売! - 北海道日本ハムファイターズ公式サイト

関連項目[編集]

外部リンク[編集]