鹿児島実業高等学校

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鹿児島実業高等学校
Kagoshima Jitsugyo High School.JPG
過去の名称 鹿児島実業中学館
鹿児島実業学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人川島学園
理念 誠実一貫
静心無言
校訓 不屈不撓
設立年月日 1916年
創立者 川島隼彦
共学・別学 男女共学(1995年より、それまでは男子校)
課程 全日制課程通信制課程
単位制・学年制 学年制(全日制)・単位制(通信制)
設置学科 文理科
普通科
総合学科
学期 2学期制
高校コード 46501B
所在地 891-0180
鹿児島県鹿児島市五ヶ別府町3591番3号
外部リンク 公式サイト
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鹿児島実業高等学校(かごしまじつぎょうこうとうがっこう 英語: Kagoshima Jitsugyō High School)は、鹿児島県鹿児島市五ケ別府町にある私立高等学校学校法人川島学園が運営している。通称は「鹿実」(かじつ)、「実業」(じつぎょう)。

2004年度の全国高等学校サッカー選手権大会で悲願の単独優勝を飾った。ほかにも野球部、剣道部、体操部、ラグビー部などの強豪校としても知られており、野球部は1996年選抜大会にて初優勝を果たしている。陸上部は2010年に行われた第61回全国高等学校駅伝競走大会にて初優勝を飾った。 全日制のみの全校生徒数は、1,330人。

目次

[編集] 歴史

  • 1916年10月19日 - 私立鹿児島実業中学館西千石町に創立 。
  • 1917年2月24日 - 私立鹿児島実業学校設立認可(商業科)。
  • 1917年4月1日 - 西田町(現・城西)に移転(現在はかごしま環境未来館が建設された)。
  • 1920年4月1日 - 工業科を増設し機械科、建築科、土木科、家具科、美術工芸科の5科に分ける。
  • 1926年1月21日 - 夜間商業本科、認可を受ける。
  • 1926年6月14日 - 夜間工業本科、認可を受ける。
  • 1947年12月19日 - 財団法人川島学園設立認可。
  • 1948年4月1日 - 鹿児島実業高等学校と改称し、附属鹿児島中学校を併設する。高等学校は本科別科に分かれ、本科は普通科(昭和27年に募集停止)、商業科、 機械科、土木科、建築科(昭和28年に募集停止)の5科を置く。
  • 1948年6月23日 - 財団法人川島学園鹿児島実業高等学校開校認可(全日制・定時制)。
  • 1951年2月27日 - 学校法人川島学園認可。
  • 1960年4月1日 - 電気科新設。
  • 1964年4月1日 - 川内市(現・薩摩川内市隈之城町に川内分校新設(現・れいめい高等学校)。
  • 1976年4月1日 - 定時制廃止。
  • 1977年4月1日 - 普通科設置。
  • 1993年4月1日 - 情報工学科設置。
  • 1995年4月1日 - 現在地に移転。
  • 1995年4月1日 - 文理科設置、女子生徒募集開始(文理、普通、情報工学、商業科)。
  • 1999年4月1日 - 総合学科設置。
  • 2000年4月1日 - 機械科・電気科・土木科・女子生徒募集(全学科)。通信制設置。
  • 2003年4月1日 - 文理科・普通科・情報工学科・商業科・機械科・電気科・土木科・総合学科を文理科・普通科・総合学科に改組、2学期制に移行、制服改定。

[編集] 設置学科

  • 文理科
  • 普通科
  • 総合学科
    • 公務員資格系列
    • 航空自動車系列
    • マルチメディア系列
    • 情報ビジネス系列
    • 電気機械系列
      • 機械コース
      • 電気コース
    • 環境土木系列
    • スポーツ科学系列

[編集] 校訓と教育指針

[編集] 校訓

  • 不屈不撓
川島学園統一の校訓。建学の精神にあたる。

[編集] 教育指針

  • 誠実一貫
  • 静心無言
鹿児島実業高校独自の指針で、校訓にあたる。

[編集] 校風

  • 校則は厳しく、停学の前の「指導」という制度がある。停学を数回繰り返すと謹慎になり、その生徒は職員会議にかけられ退学処分か、停学どちらかの判定が下される。
  • 学校への来客に対し、部活生・一般生関係なく生徒は一度立ち止まり、礼をするほどである。毎日(雨天以外、小雨は可)全体朝礼があり、月曜日は学園の言葉を生徒会長が中心となって、全校生徒で唱和する。
  • 毎朝8時に国旗掲揚、午後4時40分に国旗降納がある(短縮授業の場合は時間が異なる)。ともに応援団部が行っており、その際は全校生徒が国旗に注目し、終了後は一礼をする。
  • 制服はコムサ・デ・モード・スクールレーベルが使用されている。

[編集] 部活動

[編集] サッカー部に関するエピソード

サッカー部総監督である松澤隆司は選手権の名物監督となっており、知名度も相まって鹿児島県サッカー協会副理事長、九州サッカー協会常任理事、全日本ユース選手権大会実施委員などを勤めている。

前園真聖は鹿児島実業サッカー部の指導方針に「意味の無い走り」が多いと指摘しており鹿児島実業から代表にまで上っていく選手は「鹿実で行われている指導に加え」独自のテクニックを持った選手が多いと指摘している)。[1]また、自身のサッカー部時代は「チームに意味の無い走りが多い為、いかに走らないか」を常に考えてプレーしていたとも語っている。さらにそれを裏付けるかのように鹿児島実業サッカー部の走りこみの多さが日本代表のスイス合宿でネタにされており、岡田監督の「あの山(アルプス)まで走ってみようか」のジョークに対して大久保嘉人(国見高校出身)が「鹿実が行きますよ」とネタで返した、[2]

松井大輔はサンティアンヌ在籍時に「自分は悪くないのに自分が他の選手への見せしめ」として叱られたと語っており、それは前所属のルマン時代にも、そして鹿実時代にも同じ経験をしたと語り自分はそういう役回りなのかも知れないとも語っている。[3]

城彰二ジャンクSPORTS内で鹿児島実業サッカー部からの勧誘を一度断ったと語っている。その理由として「あそこは全員が坊主頭だから」としていたが再びの電話で勧誘を手伝わされた前園真聖は「いや、切らないでいいんだよ、君とサッカーがしたい」等と語った。しかし城は練習初日に松澤隆司監督から突然バリカンを渡され「みんな坊主だから」と切るように言われ、前園真聖に「切らないで良いって言いましたよね!?」と訴えたが事実を否認した。番組に城と同時出演していた前園は全ては監督からの指示だと語っている。[4]

遠藤保仁は「めちゃくちゃ厳しい高校、自由にサッカーができない、先生の言うことをちゃんと聞かないとシバかれる、朝早く起きて夜遅くまで練習するっていう生活」だと振り返っている、ただし三年生になってからは、ある程度自由にサッカーが出来たそうである。その為、ガンバ大阪ユース出身の宇佐美に対して「本当にうらやましいと思います」と語り宇佐美も「ホンマ自由にやってます」と発言している。[5]

[編集] その他

  • 野球部では、全員が野球部寮に入らなければいけない。また、携帯電話の使用も禁止されている。
  • 男子新体操部は、全国高校総体に連続出場している強豪である。また、例年アニメソングをBGMとした演技を行っている。

[編集] 著名な卒業生

[編集] プロサッカー選手

[編集] プロ野球選手

[編集] その他

[編集] 交通

[編集] 脚注

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  1. ^ nakata.net TV 2008~再会~
  2. ^ 山走りトレーニングで有名な国見高出身の大久保と、徹底的な走り込みを課す鹿実高出身の松井の絶妙な掛け合い
  3. ^ 木村かや子 2006年05月14日 コラム(ルマン時代のみ)
  4. ^ 2007年放送 ジャンクSPORTS 4/22
  5. ^ 遠藤保仁×宇佐美貴史|スペシャル対談:サッカーKING

[編集] 関連項目

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