広島県立広島商業高等学校

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広島県立広島商業高等学校
正門
過去の名称 広島商業学校
広島県広島商業学校
広島県立広島商業学校
広島県広島商業高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 広島県
校訓 誠実・進取
設立年月日 1899年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 商業科
国際経済科
会計科
情報システム科
学期 3学期制
高校コード 34105D
所在地 730-0847
広島県広島市中区舟入南六丁目7番11号
外部リンク 公式サイト
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校舎

広島県立広島商業高等学校(ひろしまけんりつ ひろしましょうぎょうこうとうがっこう)は、広島県広島市中区舟入南六丁目にある県立商業高等学校

目次

[編集] 概要

1899年に設立された伝統ある高等学校。1901年に県立となる。1945年8月6日広島市への原子爆弾投下により壊滅的な打撃を被るが、学制再編により現在の県立広島商業高等学校となる。2000年には創立100周年記念式典を挙行した。

一般的には「広商」(ひろしょう)と呼ばれているが、広島市民・県民には「県商」(けんしょう)と呼ばれることもある。それは、広島市には広島市立広島商業高等学校があり、「市商」(ししょう)と呼ばれているの対して、区別するための略称である。

野球部は高校野球の前身・全国中等野球優勝大会草創期からの強豪として知られ、春・選抜大会で21回、夏・選手権大会で22回それぞれ甲子園に出場。うち春選抜で1回、夏選手権では6回の優勝を誇る(準優勝は春夏各1回)。広陵とともに、広島県のみならず「日本高校野球史」を代表する名門の一つである。また特に夏の甲子園に強いため、県内ではかつて「春の広陵、夏の広商」と呼ばれていた。「緻密な野球」で知られ、送りバント・スクイズ・盗塁を多用し、固い守備で1点差で守り勝つ野球が身上である。但し近年は低迷が続き、春は2002年第74回選抜大会、夏は2004年第86回選手権大会を最後に、甲子園への出場は遠ざかっている。

バスケットボール部もインターハイ22回、ウィンターカップ(旧春の選抜)13回出場を誇り、第3回春の選抜で優勝している。

毎年、12月に2日間開催される販売実習「模擬株式会社広商デパート」は地域からの支持も高い。 学校オリジナル商品も販売している。

[編集] 周辺

[編集] 沿革

  • 1899年 - 広島市により広島商業学校として設立。
  • 1901年 - 広島県に移管し、広島県広島商業学校に改称。
  • 1934年 - 広島市江波町(当時)の現在地に移転。
  • 1945年 - 陸軍兵器学校広島分教所として徴用され被爆、爆心地から2.88kmのため被害は軽微。
  • 1948年 - 学制改革に伴い、広島県広島商業高等学校となる。
  • 1949年 - 広島県芸陽高等学校と統合し、広島県広島観音高等学校と改称。全日制(普通科・家庭科・商業科)と定時制(普通科)課程を設置。
  • 1950年 - 広島市西区南観音町(現在の広島県立広島観音高等学校敷地)に移転する。
  • 1954年 - 広島観音高等学校より商業科が分離され、広島県広島商業高等学校となる。広島市仁保町本浦(現在の広島市立広島工業高等学校敷地)に仮校舎を設置。
  • 1960年 - 現在地に復する。(1950年から1960年までの間、現在地は広島大学政経学部校舎として使用された。)
  • 1968年 - 広島県立広島商業高等学校に改称。

[編集] 校風

「誠実・進取」 - 真心を持った人間になろう。物事を自分から進んで行われる人間になろう。

[編集] 教育方針

「キャリア教育日本一」

[編集] 学科

  • 商業科
  • 国際経済科
  • 会計科
  • 情報システム科

[編集] 部活動

  • 硬式野球部
  • 軟式野球部
  • バスケットボール部
  • 卓球部
  • 簿記部
  • 珠算部
  • 商業研究部
  • 科学部
  • 水泳部(プールがないため、他校と合同)
  • サッカー部
  • ソフトボール部 
  • 山岳スキー部

など

[編集] 著名な卒業生・出身者

[編集] 最寄電停

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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