入来智

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入来 智
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮崎県都城市
生年月日 1967年6月3日(44歳)
身長
体重
178cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1989年 ドラフト6位
初出場 NPB/1990年4月18日
KBO/2003年
CPBL/2004年3月28日
最終出場 NPB/2002年5月15日
KBO/2003年
CPBL/2004年6月20日
経歴(括弧内は在籍年)

入来 智(いりき さとし、1967年6月3日 - )は、宮崎県都城市出身の元プロ野球選手投手)。

弟の入来祐作も元プロ野球選手で、1999~2000年まで兄弟同時に読売ジャイアンツに在籍していた。

目次

[編集] 経歴

  • 鹿児島実高-三菱自動車水島から1989年ドラフト6位で近鉄バファローズ入団。
  • 1996年6月、吉本亮との交換トレード広島東洋カープに移籍。同年オフに再び吉本亮とのトレードで近鉄に復帰。
  • 1999年読売ジャイアンツに移籍、弟・祐作とチームメイトになり球団史上初の現役兄弟選手となった。
  • 2000年オフ、巨人を戦力外通告を受け、ヤクルトスワローズに移籍。
  • 2001年、自己最多の10勝をあげリーグ優勝・日本一に貢献。同年のオールスターゲームに初出場し、祐作と史上初の兄弟継投を行った。
  • 2002年オフにヤクルトから2度目の戦力外通告を受ける。その後、韓国プロ野球斗山ベアーズに入団。韓国プロ野球初の外国人枠登録による日本人投手となった。
    • それまでに韓国プロ野球球団に在籍していた「日本人選手」は知人の韓国人の協力で在日コリアンと偽って入団した宮城弘明(元ヤクルト)を除き全て在日コリアン(韓国人の血が少しでも入っていればOK)だった。
  • 2004年台湾La Newベアーズに移籍。同年限りで現役引退。
  • 2007年現在、宮崎県都城市にて妻の兄が経営する仕出し・手作り弁当屋「かかし亭」に勤務している。同年9月13日(木)にTBSで放映された『波瀾万丈ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった』というドキュメンタリー番組で現状が紹介された。
  • 2008年1月21日(月)にフジテレビで放映された『とくダネ!』の「走れ!三面刑事」というコーナーで山下真司の取材を受けた。義兄の経営する仕出し・手作り弁当屋「かかし亭」で揚げ物を担当し、早朝から仕込みをしている姿が紹介された。得意は唐揚げとのこと。また、夫人が第二子を妊娠中であることを報告。野球からは遠ざかっているとのことだが山下との野球対決では現役時と変わらぬ速球を見せた。尚、引退した理由は肩や肘の故障ではなく、7度にわたる太腿の肉離れであることが明らかにされた。
  • 2008年3月12日(水)にTBSで放映された『壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち』というドキュメンタリー番組で第二の人生でどん底を味わった元巨人投手とその夫を支える妻の20年愛として紹介された。近況情報としては熱心な仕事ぶりが認められ、2008年4月に宮崎市内にオープン予定の「かかし亭」2号店を任せられることになったとのこと。
  • 2008年3月14日(金)にTBSで放映された『バース・デイ』は「入来祐作35歳 瀬戸際に立った男の挑戦」と題して日本球界に復帰するべくオリックス横浜の入団テストに挑み、横浜入団が決定し春季キャンプで結果を出すまでの弟入来祐作の姿を追ったものであった。番組では自身も戦力外通告を受けた経験がある智が故郷宮崎県都城市の実家に戻ってきた祐作の練習パートナーとして懸命にサポートする姿やいっしょに合否の報せの携帯が鳴るのを待つ姿が紹介された。

[編集] プレースタイル・人物

  • 強気のピッチングが持ち味であり、「ケンカ投法」と呼ばれた。弟も同じスタイルで名を売った。
  • それゆえ気性も極めて荒く、近鉄在籍時には当時同僚だった桧山泰浩と合宿所で大喧嘩の末、バットで相手を殴ろうとする騒ぎを起こしている(バットではなく鉄パイプという説も有る)。
  • 1994年の対オリックス戦で打者の小川博文から側頭部に打球を受けた。心配したナインが駆け寄るが本人は全く痛がる様子も無くその後も続投した。このシーンはフジテレビ系列のテレビ番組プロ野球珍プレー・好プレー大賞でよく放送されていた。
  • 1995年の対ロッテ戦で打者のピート・インカビリアの頭部に死球を与え乱闘騒ぎになり、その際インカビリアにマウンド上で張り倒された。
  • 1997年8月24日に近鉄は千葉ロッテマリーンズ相手に10点差を逆転して11-10で勝利したが、近鉄の11点目(決勝点)を記録したのが、四球で出塁した山本和範代走で登場した入来だった。
  • ヤクルトに移籍した際「僕は、巨人に復讐する為にやってきました! だから他の4球団の投手の方は、僕に巨人攻略法を聞きに来てください」と反巨人を宣言。(それまでは、巨人ファンだった)その怒りのパワーが功を奏し、2001年ヤクルトの優勝に大きく貢献し、オールスターにも初めて選出された。また、日本シリーズで大阪近鉄に勝利し、日本シリーズを含めての全球団から勝利を達成している。さらにヤクルト時代バッテリーを組んだ古田敦也を、「僕にとってまさに運命の人」と発言していた。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
1990 近鉄 7 1 0 0 0 0 0 0 -- .000 39 7.2 14 2 4 0 1 6 0 0 10 9 10.57 2.35
1991 10 4 4 2 0 4 0 0 -- 1.000 205 51.2 35 3 17 0 3 23 0 0 16 14 2.44 1.01
1992 15 7 1 0 1 4 3 1 -- .571 245 53.1 66 8 19 0 3 38 3 0 41 40 6.75 1.59
1993 26 9 1 1 0 5 5 0 -- .500 340 80.2 68 5 33 2 6 70 0 0 36 30 3.35 1.25
1994 44 4 0 0 0 4 6 1 -- .400 468 107.0 128 12 34 1 2 67 0 0 56 50 4.21 1.51
1995 23 4 0 0 0 0 3 0 -- .000 225 50.2 61 7 14 0 3 43 0 0 30 30 5.33 1.48
1996 広島 6 2 0 0 0 0 3 0 -- .000 80 17.0 20 2 8 0 2 14 1 0 17 10 5.29 1.65
1997 近鉄 6 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 50 13.1 14 1 1 0 0 10 0 0 4 4 2.70 1.13
1998 25 1 0 0 0 4 3 0 -- .571 208 47.2 46 2 26 2 2 37 1 2 30 29 5.48 1.51
1999 巨人 22 0 0 0 0 2 1 0 -- .667 104 21.2 24 3 17 1 1 23 1 0 10 10 4.15 1.89
2001 ヤクルト 24 20 1 0 1 10 3 0 -- .769 528 129.1 117 16 32 2 4 80 1 0 42 41 2.85 1.15
2002 6 5 0 0 0 1 3 0 -- .250 117 25.2 33 6 6 0 1 11 1 0 19 19 6.66 1.52
2003 斗山 39 20 5 1 -- 7 11 5 0 .389 676 159.0 155 17 53 3 9 87 2 0 68 66 3.74 1.31
2004 La New 11 11 3 0 0 4 6 0 0 .400 331 77.0 81 6 19 0 7 59 3 0 39 29 3.39 1.30
NPB:12年 214 58 7 3 2 35 30 2 -- .538 2609 605.2 626 67 211 8 28 422 8 2 311 286 4.25 1.38
KBO:1年 39 20 5 1 -- 7 11 5 0 .389 676 159.0 155 17 53 3 9 87 2 0 68 66 3.74 1.31
CPBL:1年 11 11 3 0 0 4 6 0 0 .400 331 77.0 81 6 19 0 7 59 3 0 39 29 3.39 1.30

[編集] 表彰

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 41 (1990年 - 1995年)
  • 40 (1996年)
  • 42 (1997年 - 1998年)
  • 44 (1999年 - 2000年)
  • 28 (2001年 - 2002年)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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