本多雄一

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本多 雄一
福岡ソフトバンクホークス #46
HAWKS46-HONDA.jpg
2014年10月29日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県大野城市
生年月日 1984年11月19日(30歳)
身長
体重
174 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト5巡目
初出場 2006年8月4日
年俸 1億8,000万円(2015年)
※2014年から3年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗日本
WBC 2013年

本多 雄一(ほんだ ゆういち、1984年11月19日 - )は、福岡県大野城市出身の福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手内野手)。

愛称はポンポンちゃんなど。チームメイトの大隣憲司と生年月日が同じ。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1984年11月19日福岡県大野城市で生まれた[1]佐賀女子高校で4番一塁手としてソフトボール国体インターハイに出場し、実業団でもプレーした母の影響で小学校1年生からODサンダースに入部してソフトボールを始めた[1]。中学校時代は大野城ガッツに所属して硬式野球に転向し、主に遊撃手でプレーした[1]

高校は鹿児島実業高等学校に進学したが甲子園出場は果たせなかった[1]

社会人野球三菱重工名古屋に進み、都市対抗野球大会に3度出場した。2005年4月の静岡大会では 最優秀新人賞を獲得し、同年の公式戦の盗塁成功率は100パーセントだった[1]

2005年11月18日に行われたドラフト会議の大学・社会人ドラフトで5巡指名を受け、11月26日に仮契約を結び、福岡ソフトバンクホークスに入団した[2]

プロ入り後[編集]

2006年

評価は高く、松田宣浩と共にルーキーでの開幕スタメンが濃厚と思われていた[3]。しかし3月8日の東京ヤクルトスワローズとのオープン戦で3回に石井一久の投球を左手首に受けそのまま負傷交代し[4]、福岡市内の病院で検査の結果、打撲と診断された[5]。その後もオープン戦に出場し、開幕スタメン候補となっていたが[6][7]、3月21日に開幕二軍スタートが決定した[8]。3月27日に福岡市内の病院で再検査を受けた結果、左手首の左三角骨骨折が判明し、開幕一軍は果たせなかった[9]。6月15日のウエスタン・リーグ中日ドラゴンズ戦で代走でのみ出場したが[10]、再び二軍でも欠場が続いた。約1ヵ月後の7月11日に同じく二軍の対広島東洋カープ戦で1番二塁手として実戦復帰を果たし[11]、翌日7月12日の同カードでは今井啓介から本塁打も記録した[12]。7月22日の球宴期間に2日間一軍全体練習に参加したが昇格は見送られた[8]。8月1日に福岡 Yahoo! JAPANドームで行われた二軍戦で活躍し、8試合で18打数7安打、打率.389、3盗塁という成績から8月4日に初めて出場選手登録された[8]。同日の対千葉ロッテマリーンズ戦で8番二塁手で先発出場し、5回の第2打席に渡辺俊介シンカーを打ち返して渡辺のグラブを弾き、内野安打でプロ初安打を記録、さらに渡辺-里崎智也バッテリーから二盗を決めてプロ初盗塁も記録した[13][14]。翌日8月5日の同カードでは2試合目にしてマルチヒットを達成した [15]。8月17日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で牧野塁速球を右翼席に運び、プロ入り初本塁打、初打点を記録した[16]。8月24日にスカイマークスタジアムで行われた対オリックス・バファローズ戦の9回同点二死満塁の場面で守護神・馬原孝浩塩崎真を詰まらせた打球が二塁本多の前に転がり捕球直前にイレギュラーして自身の股間を通過し、サヨナラ負けを喫した(記録は安打)[17]。8月27日の対埼玉西武ライオンズ戦では西口文也からタイムリー二塁打を放ち、代打起用での初安打・初打点を記録した[18]。8月30日の対千葉ロッテ戦で第1打席でプロ初の三塁打で先制、2打席目は安打で出塁して得点、4打席目は1点リードの9回にダメ押しのソロ本塁打で勝利を決定付け、プロ初の猛打賞を達成した[19][20]本間満と併用される形で二塁手として最終的に31試合に先発出場した。

プレーオフ第1ステージでは全3試合に出場した。10月7日の第1戦でポストシーズン初の先発出場を果たし、松坂大輔から初安打も記録した[21]。10月9日第3戦は初めて6番打者として先発出場し、7回1点ビハインドの場面で同点に繋がる犠打を決めた[22]。第2ステージでは11月11日第1試合でダルビッシュ有から四死球で2度出塁したが得点には繋がらなかった[23]

2007年

自身初の開幕スタメンを果たし[24]、開幕から正二塁手に定着した。序盤の打順は9番だったが、川崎宗則の離脱で4月11日以降2番を打つことが多くなった。4月25日の対西武戦ではマルチ安打を記録し、相手捕手野田浩輔から自身初のマルチ盗塁を成功させた[25][26]。6月27日時点ではリーグトップの17盗塁と好調だった[27]。7月28日の対西武戦では3回にタイムリー二塁打で出塁し、許銘傑細川亨バッテリーからプロ初の三盗を成功させた[28][29]。7月28日から8月10日まで11試合連続安打を記録した。大村直之の左背筋痛により8月4日以降は1番打者に定着し、 8月22日の対西武戦ではプロ初の1試合4安打を記録した[30]。9月24日の対北海道日本ハムファイターズ戦で内野安打を打った際に一塁手・稲田直人と接触して首を強打して打撲、右ひざも痛めた[31][32]。最終的にレギュラーシーズンではチーム最多の141試合に出場し、139試合に先発出場した。打撃では猛打賞を12度記録し[33]、走ってはチーム最多でリーグ2位の34盗塁[34]、4度のマルチ盗塁を記録するなど走攻守に成長を見せ飛躍の年となった。

クライマックスシリーズ第1ステージでは全3試合に出場し、10月9日第2戦では先制点に繋がる犠打、2安打1打点の活躍で勝利に貢献した[35]。10月10日第3戦では初回無死一塁の場面で犠打試みたが捕邪飛となり、流れを呼び込めずチームは完封負けを喫し、第1ステージ敗退となった[36][37]

2008年

1月の自主トレ期間中に右肩の違和感を訴え、春季キャンプは途中から別メニュー調整となった[38]。二軍では指名打者などで調整し、滑り込みで開幕は一軍で迎えた[39]。開幕戦は途中出場となったが安打を記録した[40]。3月22日から2番二塁手としてスタメンに復帰し、開幕5試合連続安打で5連勝に貢献した[41]。4月4日の対千葉ロッテ戦で右肩痛を再発し、福岡市内の病院での検査に異常は無かったが出場選手登録を抹消された[42]。5月15日に一軍昇格すると[43]、5月16日以降は1番打者に定着した。6月19日の対ヤクルト戦で館山昌平からプロ初の先頭打者本塁打を記録した[44]。交流戦ではトップの11盗塁を記録し[45]、6月22日の対読売ジャイアンツ戦ではセカンドゴロ野選で決勝点をもぎ取るなどチームの交流戦初優勝に貢献した[46]

6月27日に準本拠地である北九州市民球場で行われた対楽天戦では8回同点無死満塁のピンチで本塁封殺の好守、9回二死一三塁の場面では小山伸一郎からセンター前へプロ入り初のサヨナラタイムリー打を放った[47][48]。同年同球場で行われた全3試合で安打を記録し3戦3勝に貢献した。7月27日の対千葉ロッテ戦では同点で迎えた12回に荻野忠寛からレフト前にタイムリーを放ち2度目のサヨナラ打を記録し、チームを2位に浮上させた[49][50]。8月14日、8月20日に1試合4安打を記録、翌日8月21日の対西武戦では自身初の1試合5安打を記録した[51]。またこれにより新井宏昌打撃コーチの持つ球団タイ記録の8打数連続安打に並んだ[52][53][54]。9月2日の対日本ハム戦では6回に安打で出塁し、ダルビッシュ有のノーヒットノーランを阻止した[55]。チームが5連敗してクライマックスシリーズ進出が危ぶまれた9月17日の対オリックス戦では完封負け目前の9回に加藤大輔から右翼スタンド中段に逆転のスリーランホームランを放ち勝利に貢献した[56][57]。9月27日からは疲労による腰痛でレギュラーシーズンを全て欠場した[58][59]。最終的に規定打席に到達し、自己最高の打率.291を記録した[60][61]

2009年

シーズン序盤からハイペースで安打数を重ねるも、5月の対ロッテ戦で唐川侑己からすねへ受けた死球を境に調子を落とす。自己最多となる43盗塁を記録したものの、打率は.262に落ち込んだ。また、持病であった慢性中耳炎の手術を行った。

2010年

開幕レギュラーで迎える。3月26日の対オリックス戦の守備でグレッグ・ラロッカと激突し、軽い脳震盪を起こすが、翌日には復帰している。3月31日西武戦から2番に定着し、5月8日のヤクルト戦の守備で宮本慎也の放ったライト前への当たりをダイビングキャッチした際は両軍のファン問わず神宮球場360度の拍手に包まれた。(なお、参考までに、この試合は、先発和田毅(6回)-摂津正(1回)-ブライアン・ファルケンボーグ (1回)-馬原孝浩(1回)という、この年の典型的な必勝投手リレーでヤクルトに完封勝ちしている。)オールスターゲーム前には、西武・片岡易之に並ぶリーグトップの40盗塁を記録。そして9月26日楽天戦において、永井怜嶋基宏バッテリーから2盗塁を記録。この盗塁でシーズンの盗塁数が59個に到達し、片岡に並び、盗塁王を獲得し自身初の全試合出場、前年に川崎が記録したチーム記録の43犠打を更新する50犠打を記録。リーグ優勝に貢献する活躍を見せた。

2011年

開幕から「2番・二塁手」で全試合にフルイニング出場(他にチーム内では川崎・松田も記録。1チーム3人の全試合フルイニング出場は2リーグ制以後、初の記録である[62])。前年に引き続き川崎との1、2番で活躍。4月12日の開幕戦のオリックス戦から5月5日の楽天戦まで開幕戦から19試合連続安打を放つなど[63]打撃好調で、念願の3割を超えて自己最高の打率.305をマーク。自己最多の60盗塁も記録し、2位の楽天・聖澤諒に8個差をつけ2年連続の盗塁王を単独で獲得。シーズン60盗塁は1983年大石大二郎と並び二塁手としてのパ・リーグ最多タイ。またリーグトップの53犠打を記録し、前年に自身が記録したチーム記録を更新するなど、チームのリーグ連覇に貢献した。週刊ベースボール誌上の読者投票「あなたが選ぶ現役NO.1セカンドは誰?」では1位に選ばれた[64]

12月5日11月21日に1歳年下の一般女性と結婚したことを発表[65]。また大野城市民スポーツ栄誉賞に選ばれた[66]2012年からは選手会長を務める[67]

2012年

4月28日の対ロッテ4回戦(QVCマリン)の3回裏に首痛で途中交代、2010年4月13日以来の連続フルイニング出場が途切れる[68]、翌29日の試合は欠場[69]。僧帽筋の筋膜炎と診断されて、5月4日に一軍登録を抹消[70]。復活に19日間が費やしたが復活し123試合に出場し[71]、パ・リーグの二塁手としては失策数は最少の7個、守備率は990で2年連続1位をマークした[71]。同年ゴールデングラブ賞を2年連続受賞した。11月には侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」の日本代表に選出。

2013年

WBC日本代表に選出される[72]が4試合、2打席の出場に終わる[73]。2013年のWBCでコーチを務めた高代延博の守備への評価は「(捕球までの)準備がものすごく遅い」と低かったが[74]、台湾戦の走塁については「本多の超ファインプレーです」と評価している[75]。開幕戦の対楽天戦(ヤフオクドーム)では7回裏に満塁本塁打を記録。開幕戦での満塁本塁打は日本プロ野球史上20本目。前年0本塁打の打者の開幕戦満塁本塁打は史上初[73]。9月28日の西武戦で1000安打を達成した[76]。オフには年俸1億8000万円で固定の三年契約を結んで契約更改[77]

プレースタイル[編集]

守備・走塁[編集]

攻守走が高いレベルで伴うのも特長である[78]。走塁面ではプロ入り前の50メートル走のタイムが5秒9[1]、一塁到達3.78秒を記録する俊足を誇る[79]。果敢に次の塁を狙い[80]、通算盗塁成功率76.7パーセントを記録している(2014年シーズン終了時点)。

守備では主に二塁手として起用される。遠投110メートルの強肩[1][81]。守備範囲の広さに定評があり[82][83]、堅実なグラブさばきを見せる[84](ただし高代のような否定的な評価もある)。2010年には得点換算でリーグトップクラスの数値を残し[85]、2012年には二塁守備で両リーグトップとなるUZR14.9を記録した[86]

打撃[編集]

打撃面ではシュアで粘り強いバッティングを見せる[82]。プロ1年目から「今のバッターは筋肉を付けて振り回すのが多いけど、珍しく柔らかい」と王貞治監督に柔軟なバット捌きを評価されていた[87]。2006年秋には新井宏昌打撃コーチ、秋山幸二総合コーチから打席で無駄な動きをなくすシンプルなスタイルに変えるよう徹底指導を受けた[88][89]。2007年に川崎宗則の離脱により苦肉の策として2番打者に起用され、様々な事を要求される打順に当初は自身もパニック状態となったが、王監督のアドバイスで役割を果たせるようになった[90]

2012年までの通算で右投手には打率.271を残しているのに対して左投手には打率.290を残すなど左打者ながら左投手に強いが、三振が多く四球が少ない[91]

バントの際、左足をバッターボックスよりさらに内側、ライン上に踵がかかるギリギリまで踏み込む癖があり、2013年4月18日に日本製紙クリネックススタジアム宮城での楽天戦では、無死、走者一塁の場面で打者の本多がバントを試みて投球をバットに当てたが、この際に左足がバッターボックスから完全にはみ出してため、球審の友寄正人が即座にプレイを止め、反則打球としてアウトを宣告された[92]。本多は前日の試合においても、バントの際に左足をバッターボックスから完全にはみ出していたが、この際の結果は捕邪飛となり、反則打球とはジャッジされなかった。

2013年5月2日に福岡ヤフオク!ドームで開催された西武戦では、一死、走者三塁の場面でスクイズを試みて投球をバットに当てたが、左足がバッターボックスから完全にはみ出していたため、球審の敷田直人は4月18日に続き反則打球を宣告した。このとき打球は投ゴロとなり捕手に送球され、走りこんできた三塁ランナーへのタッチはアウトのタイミングであったが、反則打球であったため本多にアウトが宣告されランナーは三塁へ戻された[93]

人物[編集]

プロ指名後の12月に同期入団松田宣浩の二塁手コンバートが検討されていた事からライバルに指名し、川崎宗則との二遊間を組むことを目標に掲げていた[94]

2011年までソフトバンクでチームメイトだった杉内俊哉(現・読売ジャイアンツ)は、大野城ガッツ及び鹿児島実業の先輩にあたりプロ入り前から交流がある[95]

2008年オフの野球教室では海外FAでの将来的なメジャー挑戦志向があることを明らかにした[96][97]

2008年終盤の故障をきっかけに2009年1月から母親の実家があり嬉野温泉もある佐賀県嬉野市で自主トレを行っている[98][99]。その縁で2012年1月10日に嬉野市観光大使にも任命された[100]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 ソフトバンク 37 112 102 13 25 7 2 2 42 8 2 0 5 0 5 0 0 28 0 .245 .280 .412 .692
2007 141 612 550 62 151 25 5 2 192 42 34 13 23 2 35 0 2 112 5 .275 .319 .349 .668
2008 107 489 454 53 132 14 3 3 161 38 29 13 6 4 23 0 2 75 1 .291 .325 .355 .680
2009 137 622 554 72 145 32 4 1 188 41 43 10 18 2 44 0 4 95 5 .262 .320 .339 .659
2010 144 651 564 88 167 21 10 3 217 39 59 21 50 3 29 1 5 81 8 .296 .334 .385 .719
2011 144 633 522 84 159 19 7 0 192 43 60 17 53 4 53 0 1 78 4 .305 .367 .368 .735
2012 123 536 480 52 118 15 4 0 141 31 34 7 14 4 37 0 1 65 6 .246 .299 .294 .593
2013 120 471 406 56 115 12 4 2 141 37 22 6 19 2 42 1 2 62 1 .283 .352 .347 .699
2014 94 398 344 51 100 12 6 0 124 21 23 6 16 3 33 2 2 47 10 .291 .353 .360 .714
通算:9年 1047 4524 3976 531 1112 157 45 13 1398 300 306 93 204 24 301 4 19 643 40 .280 .331 .352 .685
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]

年度 二塁 遊撃
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2006 36 69 87 1 12 .994 -
2007 140 296 405 8 77 .989 -
2008 105 271 311 8 61 .986 -
2009 137 323 420 8 82 .989 -
2010 144 415 408 11 92 .987 -
2011 144 346 386 6 75 .992 -
2012 123 325 369 7 70 .990 1 0 0 0 0 ----
2013 120 290 404 9 72 .987 -
2014 94 199 305 6 45 .988 -
通算 1043 2534 3095 64 586 .989 1 0 0 0 0 ----
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 46 (2006年 - )

登場曲[編集]

関連情報[編集]

CM出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 【ドラフト連載】天性の“走り屋”/本多 2005年12月2日 日刊スポーツ九州
  2. ^ ソフトバンク5巡目本多と仮契約 2005年11月26日 日刊スポーツ九州
  3. ^ 鷹の新人コンビ・本多&松田が大活躍!OP戦初勝利を呼び込む 2006年3月5日SANSPO.COM
  4. ^ 試合速報 | 福岡ソフトバンクホークス
  5. ^ “ポスト城島”は誰?ソフトバンク・山崎が猛アピール 2006年3月9日SANSPO.COM
  6. ^ 鷹・本多ラストスパート!OP戦最終3試合で王監督に大アピール 2006年3月17日SANSPO.COM
  7. ^ うれしい悩み?鷹・王監督ぶっつけで開幕迎える事態も 2006年3月18日SANSPO.COM
  8. ^ a b c ソフトB本多1軍初昇格でスタメンも 2006年8月4日 日刊スポーツ九州
  9. ^ ソフトバンクの新人本多が左手首骨折 2006年3月29日 日刊スポーツ
  10. ^ 2006年6月15日 【ファーム】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs中日)
  11. ^ 2006年7月11日 【ファーム】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs広島東洋)
  12. ^ 2006年7月12日 【ファーム】 試合結果 (福岡ソフトバンクvs広島東洋)
  13. ^ ソフトB本多がプロ初安打、初盗塁
  14. ^ プロ野球スコア速報 ロッテ−ソフトバンク nikkansports.com
  15. ^ プロ野球スコア速報 ロッテ−ソフトバンク nikkansports.com
  16. ^ ルーキー本多 プロ1号 2006年8月18日西日本スポーツ
  17. ^ ソフトB後味悪いサヨナラ負け 2006年8月25日 日刊スポーツ九州
  18. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク−西武 nikkansports.com
  19. ^ 本多 先制3塁打&ダメ押し2号 2006年8月31日西日本スポーツ
  20. ^ ソフトB王監督も本多の1発絶賛 2006年8月31日 日刊スポーツ九州
  21. ^ プロ野球スコア速報 西武−ソフトバンク nikkansports.com
  22. ^ プロ野球スコア速報 西武−ソフトバンク nikkansports.com
  23. ^ プロ野球スコア速報 日本ハム−ソフトバンク nikkansports.com
  24. ^ ソフトバンク対オリックススコア速報 : nikkansports.com
  25. ^ ソフトB本多マルチ安打、2盗塁も決めた
  26. ^ ソフトバンク対西武スコア速報 : nikkansports.com
  27. ^ ソフトB本多が頭脳を駆使し盗塁王奪取へ 2007年6月27日 日刊スポーツ九州
  28. ^ ソフトB本多がプロ初三盗と猛打賞 2007年7月29日 日刊スポーツ九州
  29. ^ ソフトバンク対西武スコア速報 : nikkansports.com
  30. ^ ソフトB本多4安打で連勝に貢献 2007年8月23日 日刊スポーツ九州
  31. ^ ソフトB本多、首、右足に氷のう 2007年9月25日 日刊スポーツ九州
  32. ^ ソフトB本多の首打撲は軽症 2007年9月26日 日刊スポーツ九州
  33. ^ ソフトB本多今季12度目猛打賞 2007年9月18日 日刊スポーツ九州
  34. ^ ソフトB本多は盗塁王ならず 2007年10月6日 日刊スポーツ九州
  35. ^ ロッテ対ソフトバンクスコア速報 : nikkansports.com
  36. ^ ソフトB本多がバントミスを悔やむ 2007年10月11日 日刊スポーツ九州
  37. ^ ロッテ対ソフトバンクスコア速報 : nikkansports.com
  38. ^ 本多 開幕いける 右肩順調回復 2008年02月27日西日本スポーツ
  39. ^ ソフトB本多滑り込み1軍 2008年3月18日 日刊スポーツ
  40. ^ ソフトB本多がスタメン復帰準備OK 2008年3月22日 日刊スポーツ
  41. ^ ソフトB本多が決勝打で5連勝呼ぶ 2008年3月26日 日刊スポーツ
  42. ^ ソフトB本多が1軍登録抹消…長期離脱も 2008年4月8日 日刊スポーツ
  43. ^ ソフトB本多が1軍に復帰 2008年5月15日 日刊スポーツ
  44. ^ 【ソフトB】本多が先頭打者アーチ 2008年6月19日 日刊スポーツ
  45. ^ 2008年度 交流戦 個人打撃成績(規定打席以上)
  46. ^ パが4連覇 王ソフト交流戦初制覇! 2008年6月23日スポニチ
  47. ^ ソフトB劇的逆転発進!本多サヨナラ打 2008年6月28日 日刊スポーツ
  48. ^ ゲームレポート 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
  49. ^ 【ソフトB】本多開き直ってサヨナラ打 2008年7月27日 日刊スポーツ
  50. ^ 本多が決めた!ソフトB3連勝で2位浮上 2008年7月27日スポニチ
  51. ^ 【ソフトB】本多が5安打!大当たり 2008年8月21日 日刊スポーツ
  52. ^ ソフトB本多2戦9安打、8月打率.459 2008年8月22日 日刊スポーツ
  53. ^ 本多 球団タイの8打数連続安打 2008年8月22日スポニチ
  54. ^ ソフトB本多球団タイ記録8打数連続安打 2008年8月22日 日刊スポーツ
  55. ^ ソフトB本多、無安打無得点阻止の一打 2008年9月3日 日刊スポーツ
  56. ^ ソフトB自力CS消滅寸前に本多逆転弾 2008年9月18日 日刊スポーツ
  57. ^ ソフトCS残った本多あと1球から逆転弾 2008年9月18日 日刊スポーツ
  58. ^ 西日本スポーツ (リンク切れ)
  59. ^ ソフトB本多が冬季限定トレーナー導入へ 2008年10月18日 日刊スポーツ
  60. ^ 2008年度 パシフィック・リーグ 個人打撃成績(規定打席以上)
  61. ^ ソフトB本多が来季全試合フル出場を宣言 2008年12月15日 日刊スポーツ
  62. ^ 2リーグ制以降初!本多、川崎、松田がフルイニング出場スポニチ(2011年10月23日)
  63. ^ 本多、連続安打記録成らず…あと1でストップ - 2011年5月6日
  64. ^ 週刊ベースボール、2011年9月12日号、76頁
  65. ^ 本多、1歳下一般女性との結婚を発表「僕の一目ぼれ」 - スポーツニッポン2011年12月5日
  66. ^ 本多雄一選手に市民スポーツ栄誉賞 - 大野城市
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]