本多雄一
| 福岡ソフトバンクホークス #46 | |
|---|---|
2010年9月23日 福岡ヤフードーム
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福岡県大野城市 |
| 生年月日 | 1984年11月19日(27歳) |
| 身長 体重 |
173cm 71kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 2005年 大学生・社会人ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2006年8月4日 |
| 年俸 | 2億円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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本多 雄一(ほんだ ゆういち、1984年11月19日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。
愛称はポン、ポンちゃんなど。チームメイトの大隣憲司と生年月日が同じ。
目次 |
[編集] 経歴
小学校時代はソフトボールチーム・ODサンダース、中学校時代は地元の少年硬式野球チーム・大野城ガッツに所属。高校は鹿児島実業高等学校に進学。2011年までチームメイトであった杉内俊哉(現・読売ジャイアンツ)は、大野城ガッツ及び鹿児島実業の先輩にあたる。ノンプロの三菱重工名古屋を経て2005年の大学・社会人ドラフト5巡指名を受け、福岡ソフトバンクホークスに入団した。
大学・社会人5巡指名だったが俊足・好打の評価は高く、希望枠の松田宣浩と共にルーキーでの開幕スタメンが濃厚と思われていた。しかし3月8日のヤクルトとのオープン戦(ヤフードーム)において石井一久の投球を左手首に受け負傷交代。当初は打撲との診断だったが、後に骨折であることが判明し長期離脱。8月4日に一軍初昇格を果たすと、即スタメン出場し初安打・初盗塁を記録。中盤以降調子を落とした本間満に代わり二塁手としてスタメン出場することが多くなった。
2007年は開幕から二塁手に定着。序盤の打順は9番だったが、川崎宗則の離脱や大村直之などの怪我もあり、1番や2番を打つことが多くなった。やや苦手としていた左投手を克服し、チーム最多の141試合に出場。同じくチーム最多でリーグ2位の34盗塁を記録するなど走攻守に成長を見せた。
2008年は右肩違和感により開幕ベンチ入りは逃すもすぐに復帰。シーズン中盤からは1番打者に定着した。球団タイ記録の8打数連続安打を記録するなど、前年に比べ打率が大きく向上したが、終盤に腰痛を発症し離脱。ケガに泣かされるシーズンとなった。オフの野球教室では海外FAでの将来的なメジャー挑戦志向があることを明らかにした[1]。
2009年はシーズン序盤からハイペースで安打数を重ねるも、5月の対ロッテ戦で唐川侑己から脛へ受けた死球を境に調子を落とす。自己最多となる43盗塁を記録したものの、打率は.262に落ち込んだ。
2010年は開幕レギュラーで迎える。3月26日の対オリックス戦の守備でグレッグ・ラロッカと激突し、軽い脳震盪を起こすが、翌日には復帰している。3月31日の西武戦から2番に定着し、5月8日のヤクルト戦の守備で宮本慎也の放ったライト前への当たりをダイビングキャッチした際は両軍のファン問わず神宮球場360度の拍手に包まれた。オールスターゲーム前には、西武・片岡易之に並ぶリーグトップの40盗塁を記録。そして9月26日の楽天戦において、永井怜・嶋基宏のバッテリーから2盗塁を記録。この盗塁でシーズンの盗塁数が59個に到達し、片岡に並び、盗塁王を獲得し自身初の全試合出場、前年に川崎が記録したチーム記録の43犠打を更新する50犠打を記録。リーグ優勝に貢献する活躍を見せた。
2011年は開幕から「2番・二塁手」で全試合にフルイニング出場(他にチーム内では川崎・松田も記録。1チーム3人の全試合フルイニング出場は2リーグ制以後、初の記録である[2])。前年に引き続き川崎との1、2番で活躍。4月12日の開幕戦のオリックス戦から5月5日の楽天戦まで開幕戦から19試合連続安打を放つなど[3]打撃好調で、念願の3割を超えて自己最高の打率.305をマーク。自己最多の60盗塁も記録し、2位の楽天・聖澤諒に8個差をつけ2年連続の盗塁王を単独で獲得。シーズン60盗塁は1983年の大石大二郎と並び二塁手としてのパ・リーグ最多タイ。またリーグトップの53犠打を記録し、前年に自身が記録したチーム記録を更新するなど、チームのリーグ連覇に貢献した。週刊ベースボール誌上の読者投票「あなたが選ぶ現役NO.1セカンドは誰?」では1位に選ばれた[4]。
12月5日、11月21日に1歳年下の一般女性と結婚したことを発表[5]。
また大野城市民スポーツ栄誉賞に選ばれた[6]。2012年からは選手会長を務める[7]。
2012年アサヒビールとCM契約を結ぶ。</ref>。
[編集] 選手としての特徴
野球選手としては小柄ながらも高い身体能力を持ち、一塁到達まで3.87秒を記録する脚力を持ち[8]、2011年までの通算盗塁成功率は75パーセントである。打撃面では2011年までの通算の対右投手打率.275に対して対左打率.299を残すなど左打者ながら左投手に強いが、三振が多い上に四球が少ない。[9]。
守備では主に二塁手として起用される。本来は遠投110メートルの強肩だが、送球はやや弱くスローイングに課題がある[8]。しかしそれを補って余りあるほどの守備範囲の広さを誇り[10]、得点換算でもリーグトップクラスの数値を残す[11]。
ケガが少なく、腰痛の影響で107試合出場に留まった2008年以外はプロに入ってから大きなケガをしていない。140試合以上に出場したシーズンは2007年、2008年の2年間で2009年も137試合に出場しており、2010年からは全試合(144試合)に出場している。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | ソフトバンク | 37 | 112 | 102 | 13 | 25 | 7 | 2 | 2 | 42 | 8 | 2 | 0 | 5 | 0 | 5 | 0 | 0 | 28 | 0 | .245 | .280 | .412 | .692 |
| 2007 | 141 | 612 | 550 | 62 | 151 | 25 | 5 | 2 | 192 | 42 | 34 | 13 | 23 | 2 | 35 | 0 | 2 | 112 | 5 | .275 | .319 | .349 | .668 | |
| 2008 | 107 | 489 | 454 | 53 | 132 | 14 | 3 | 3 | 161 | 38 | 29 | 13 | 6 | 4 | 23 | 0 | 2 | 75 | 1 | .291 | .325 | .355 | .680 | |
| 2009 | 137 | 622 | 554 | 72 | 145 | 32 | 4 | 1 | 188 | 41 | 43 | 10 | 18 | 2 | 44 | 0 | 4 | 95 | 5 | .262 | .320 | .339 | .659 | |
| 2010 | 144 | 651 | 564 | 88 | 167 | 21 | 10 | 3 | 217 | 39 | 59 | 21 | 50 | 3 | 29 | 1 | 5 | 81 | 8 | .296 | .334 | .385 | .719 | |
| 2011 | 144 | 633 | 522 | 84 | 159 | 19 | 7 | 0 | 192 | 43 | 60 | 17 | 53 | 4 | 53 | 0 | 1 | 78 | 4 | .305 | .367 | .368 | .735 | |
| 通算:6年 | 710 | 3119 | 2746 | 372 | 779 | 118 | 31 | 11 | 992 | 211 | 227 | 74 | 155 | 15 | 189 | 1 | 14 | 469 | 23 | .284 | .331 | .361 | .692 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 年度別守備成績
| 年度 | 二塁 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2006 | 36 | 69 | 87 | 1 | 12 | .994 |
| 2007 | 140 | 296 | 405 | 8 | 77 | .989 |
| 2008 | 105 | 271 | 311 | 8 | 61 | .986 |
| 2009 | 137 | 323 | 420 | 8 | 82 | .989 |
| 2010 | 144 | 415 | 408 | 11 | 92 | .987 |
| 2011 | 144 | 346 | 386 | 6 | 75 | .992 |
| 通算 | 706 | 1720 | 2017 | 42 | 399 | .989 |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] タイトル
- 盗塁王:2回 (2010年、2011年)
[編集] 表彰
[編集] 記録
- 初記録
- 初出場・初先発出場:2006年8月4日、対千葉ロッテマリーンズ14回戦(千葉マリンスタジアム)、8番・二塁手として先発出場
- 初安打:同上、5回表に渡辺俊介から投手内野安打
- 初盗塁:同上、5回表に二盗(投手:渡辺俊介、捕手:里崎智也)
- 初本塁打・初打点:2006年8月17日、対東北楽天ゴールデンイーグルス15回戦(フルキャストスタジアム宮城)、3回表に牧野塁から右越ソロ
- 節目の記録
- 200盗塁:2011年7月31日、対北海道日本ハムファイターズ11回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、1回裏に二盗(投手:武田勝、捕手:大野奨太) ※史上71人目
- オールスターゲーム出場:1回 (2011年)
[編集] 背番号
- 46 (2006年 - )
[編集] 登場曲
- DREAMS COME TRUE「何度でも」
- Usher(feat.Young Jeezy)「Love In This Club」(2009年シーズンより偶数打席にて使用。奇数打席は従来通り「何度でも」)
[編集] 関連情報
[編集] CM出演
- アサヒビール 2011年~
- ベスト電器
- ソフトバンクモバイル
[編集] 脚注
- ^ 本多選手、野球教室でメジャー志向を表明福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト 2008年12月15日
- ^ 2リーグ制以降初!本多、川崎、松田がフルイニング出場スポニチ(2011年10月23日)
- ^ 本多、連続安打記録成らず…あと1でストップ - 2011年5月6日
- ^ 週刊ベースボール、2011年9月12日号、76頁
- ^ 本多、1歳下一般女性との結婚を発表「僕の一目ぼれ」 - スポーツニッポン2011年12月5日
- ^ 本多雄一選手に市民スポーツ栄誉賞 - 大野城市
- ^ 【ソフトB】本多が新選手会長へ - 2011年12月6日
- ^ a b 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクト、2010年、340-341頁。ISBN 978-4-7572-1744-7。
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、110頁。ISBN 978-4-86191-595-6。
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクト、2009年、226-227頁。ISBN 978-4-7572-1628-0。
- ^ 守備を得点換算で評価するSMR Baseball Lab
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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