城所龍磨

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城所 龍磨
福岡ソフトバンクホークス #23
SH-Ryuma-Kidokoro.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県宝飯郡一宮町(現:豊川市
生年月日 1985年9月24日(26歳)
身長
体重
176cm
72kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 ドラフト2巡目
初出場 2005年8月30日
年俸 1,700万円(2011年)
経歴(括弧内は在籍年)

城所 龍磨(きどころ りゅうま、1985年9月24日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手外野手)。 愛称は「きー君」「JOJO」ネット上などでは「kdkr」と呼ばれ人気が高い。

目次

[編集] 経歴

愛知県豊川市出身。岐阜中京高校時代には、1年生から1番・センター。2年夏と3年春に甲子園出場。2年秋には、地方大会から13試合で.581、10盗塁の数字を残した。高校通算36本塁打、50m5.7秒、遠投120mと三拍子揃った選手として評価され、ドラフト2巡目指名を受ける。オリックスに移籍したばかりの村松有人背番号23を与えられたことからも期待が伺える。

2005年8月30日、大道典嘉代走で一軍初出場を果たすも、その直後に打球を避けきれずに足に当ててしまい、守備妨害でアウトになるという珍プレーを犯してしまった。

2006年、一軍に帯同し34試合に出場。プロ初安打、初打点をマークした。16安打のうち2塁打3本、3塁打も3本とその俊足をアピールした。守備はまだ粗く、指名打者での出場も多かった。

2007年、8月19日にプロ初本塁打を放ったものの、22試合出場で打率.111とアピールできずに終わった。

2008年、自己最多となる49試合に出場するが、打率.089、打点1と苦しんだ。

2009年、一軍に定着して自己最多の91試合に出場し、リーグ最多の39回に代走起用され、7盗塁を記録した。しかしほとんどが代走・守備固めで、打率.150と低調に終わった。

2010年、95試合出場、12盗塁といずれも自己最多を記録。課題である打撃面も成瀬善久から三塁打を放つなど開花の兆しを見せている。なお、今季7安打中、三塁打2本を含む5安打は左投手から放ったものである。試合終盤で、代走と中堅手としての守備堅めとして、欠かせない存在となる。

2011年、開幕前に右肩を手術。開幕1軍は絶望的と見られていたが、オープン戦終盤には試合出場も果たし、開幕を一軍ですごした。8月16日の対オリックス・バファローズ戦ではアーロム・バルディリスの中前への打球にダイビングキャッチを慣行し、見事捕球する超ファインプレーで大場翔太の初完封をアシストした。9月16日の福岡ソフトバンクホークス対北海道日本ハムファイターズにて、日本ハム中田翔のフェンス際のきわどい当たりを好捕したが二塁塁審良川昌美はこの城所の捕球を一度フェンスに当たってそのボールを城所がキャッチしたものとし、判定はフェンス直撃の二塁打となった。ソフトバンク秋山幸二監督はこれに抗議を申し立てたが判定は覆らず、結局判定は二塁打となった。詳しくは良川昌美の項目を参照。この件について城所は捕球の瞬間にグラブは本塁方向を向いており、「あのグラブの向きで打球がフェンスに当たるわけない。僕はワンプレーで飯食ってるんですから」と批判した。主に内川聖一の代走・守備固めでセンターに入り、スタメンで試合に出ていた長谷川勇也がレフトに入るというパターンが多く見られた。福田秀平明石健志など同じ俊足の外野手の台頭はあったが、最終的には2年連続の二桁盗塁、自身初の100試合以上の出場となる108試合に出場した。

[編集] プレースタイル・人物

監督の秋山幸二から球界屈指と評された強肩と俊足を武器にした外野守備のスペシャリスト。2009年頃からリードした試合終盤での守備固め要員としての出場機会を大幅に増やしているが、課題である打撃に確実性を欠き、定位置の座を奪取できずにいる。そのため多くの解説者などから「打撃さえ良くなればどこのチームでもスタメンを張れる」と評される[要出典]。2011年は108試合に出場したが、スタメン出場は6月26日の北海道日本ハムファイターズ戦の1試合のみとなるなど、ほぼ全ての試合が途中出場だったため、他球団に例を見ない守備・代走の専門選手という地位を確立させた。その起用法から抑えのセンター、ディフェンスエンドとも呼ばれることがある[要出典]

プロ野球解説者の伊東勤は「ポジショニング、打球への反応、後ろのフライの追い方の全てが完璧。打者はヒットを損する。あれだけの守備範囲を持つ選手は日本はもちろん、MLBにもほとんどいないのでは」と城所の能力について絶賛している[要出典]

少年時代はサッカーにも通じており、現在でもファンタジスタなどサッカー漫画を愛読する。

2008年から出場試合数は右肩上がりとなっているが、打席数が反比例している。2008年は出場試合数が49試合、打数は61であったが、倍以上の出場となる108試合出場を果たした2011年は打数が半分以下の30となっている。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2005 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2006 34 74 69 5 16 3 3 0 25 7 2 0 0 0 4 0 1 28 0 .232 .284 .362 .646
2007 22 39 36 3 4 2 0 1 9 2 0 0 1 1 1 0 0 14 0 .111 .132 .250 .382
2008 49 61 56 5 5 2 0 0 7 1 1 1 2 0 3 0 0 15 1 .089 .136 .125 .261
2009 91 42 40 14 6 2 1 0 10 2 7 1 1 0 1 0 0 11 1 .150 .171 .250 .421
2010 95 43 35 16 7 1 2 0 12 4 12 4 3 1 4 0 0 17 0 .200 .275 .343 .618
2011 108 30 28 20 6 2 0 0 8 4 10 4 0 0 1 0 1 7 0 .214 .267 .286 .552
通算:7年 400 289 246 63 44 12 6 1 71 20 32 10 7 2 14 0 2 92 2 .167 .213 .269 .482
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 23 (2004年 - )

[編集] 関連項目

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