日高剛

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日高 剛
オリックス・バファローズ #27
OB-Takeshi-Hidaka.jpg
2008年5月7日、京セラドーム大阪にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県北九州市小倉北区
生年月日 1977年8月15日(34歳)
身長
体重
182cm
88kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 1995年 ドラフト3位
初出場 1998年4月16日
年俸 4,000万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

日高 剛(ひだか たけし、1977年8月15日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手捕手)。

目次

[編集] 来歴

福岡県北九州市小倉北区出身。ソフトボールで体が大きいからと捕手を務めてから、一貫して同じポジションを守っている[1]九州国際大付高校から1995年プロ野球ドラフト会議においてオリックス・ブルーウェーブから3位指名を受け入団。

3年目の1998年中嶋聡西武ライオンズFA移籍し、三輪隆プロ野球脱税事件により出場停止というチーム状況に伴い一軍昇格。その後、三輪復帰までの正捕手を期待された高田誠の打撃不振もあり、それまで一軍出場は1試合もなかったが強肩とパンチ力のある打撃を武器に正捕手となった。しかし、打撃はパンチ力がある一方で確実性に欠け、常時バスター打法をするなど試行錯誤をしたが2割前後の低打率が続いた。

2001年にわずかながら課題を克服し、打率は.247と上向いた。2002年は打率.193に低下したが初の2桁となる12本塁打を放ち、チーム唯一の長打力がある日本人選手という信頼を得た。2003年には初めて打率.250を超えたものの、共にプロ野球史上最低のチーム防御率5.95、シーズン927失点を記録するなど投手陣が崩壊し、正捕手としてリード面での責任を問われた。2004年は後半打撃好調で自己最高の打率.275を残した。ここまでの間、打撃は進歩を見せたものの守備では目立った成長が見られず、盗塁阻止率も強肩の割になかなか上がらなかった。

2005年には選手分配ドラフトによりオリックス・バファローズと契約。開幕戦では6回表に松坂大輔からチーム初安打となる二塁打を放ち、オリックス・バファローズとしての初安打を記録した。ライバルとして的山哲也が加わったが正捕手は譲らず、強力になったリリーフ陣を引っ張り守備面での信頼を回復した。しかし今度は打撃成績が落ち込み、打率は再び.250を下回り、本塁打も1本だけだった。2006年スタメン出場が初めて100試合を超え、4割以上の盗塁阻止率を記録したが打撃成績は前年と大差がなかった。同年FA権を取得し、オフにFA宣言。地元球団であり選手層が薄いソフトバンク、控え捕手に不安のある読売ジャイアンツが獲得に動くのではないかと噂されたが、他球団からのオファーはなくオリックスに残留。2007年はFA残留を想定していなかったためか、コリンズ新監督のシーズン当初の構想から外れ、自身も打撃不振で9月末にやっと2割台に乗せるほどの低打率に終わった。

2008年は的山がソフトバンクに移籍したため、正捕手としての座がより強固な物になった。前半戦は3割近い打率を維持し、5月25日横浜戦では1試合5安打を記録。同年のオールスターにも出場、第2戦で巨人のマーク・クルーンが投げた161km/hの速球を右中間スタンドに運ぶ本塁打を放った。最終的に自己最多の134試合に出場し、プロ13年目で初の規定打席到達。6年ぶりの2桁本塁打となる自己最多の13本塁打、打率.269、チームトップの18犠打と自己最高の打撃成績を記録した。守備面でも開幕前の構想に居た先発投手が相次いで離脱する中、経験や実績に欠ける先発陣を破綻させることなく引っ張った。一方で、捕手としてリーグワーストの6失策、盗塁阻止率も規定試合数に到達した捕手の中では両リーグ通じて最低の.221に終わった。

2009年、前任の北川博敏から指名を受け選手会長に就任。開幕スタメンで出場、4月23日の西武戦では9回裏に大沼幸二から自身初となるサヨナラ本塁打を放つ(エイと打ったらピョーンと入ったとコメント。またこの日は、チーム13年ぶりのトリプルプレーも達成している)。4月は勝負強さを発揮する等打撃好調だったが、5月中旬からは一転し、正捕手としてはチームの深刻な投壊を阻止できずにチーム防御率は悪化、更に7月7日に右太もも裏痛で登録抹消。その後、8月23日に復帰するも復調せず、2000年から続けてきた100試合出場もこの年で途切れることとなり、正捕手の不在はこの年のオリックス投壊の要因の一つとなってしまった。

2010年は、正捕手として開幕ダッシュに貢献するも、その後は度々岡田監督からリード面で酷評されることが多くなる。開幕25試合目となった4月23日の対日本ハム戦で、チームは早くも15度目の2桁被安打となる13安打11失点を記録し、翌日に早くも二軍降格を味わった。その後、セ・パ交流戦では攻守に活躍して、チーム初の交流戦優勝に貢献した。リーグ戦が再開した後は、6月30日の楽天戦で9回裏に川岸強から逆転サヨナラ2ランを放ったものの、再びリード面で岡田監督から不興を買う場面が多くなり、7月18日に二軍降格。攻撃面での打力を買われてDH代打で起用されることが多かった一方で、本業の捕手としては3度の二軍降格もあって79試合の出場に留まった。先発出場に限れば、鈴木郁洋前田大輔などにスタメンマスクを譲る機会が多く、53試合に留まった。

2011年は、伊藤光や鈴木がスタメンマスクとして専ら起用され、第三捕手の座もロッテから移籍した斉藤俊雄に奪われ、捕手としての出場は僅かに5試合、スタメンマスクをかぶったのは開幕第3戦の4月14日、対ソフトバンク戦のみであった。自身は代打や指名打者での起用が専らとなったが、打撃も全くふるわず、二軍暮らしの長いシーズンとなった。結局、一軍定着以後では自己最少の26試合の出場で、わずか3安打、打率.068に終わった。

[編集] プレースタイル

打撃面では意外性がセールスポイントと自ら語るように打率は低いがパンチ力が有る。守備面では強肩で外角攻めを中心としたリードをするが、『一点もやれない』みたいなリードをする為、大量失点につながることも少なくない。このリードが原因で2010年には三度も二軍降格された。

オリックス黄金期の正捕手中嶋聡の移籍後から常に正捕手を務めており、オールスターにも監督推薦で5度出場している。しかし、打撃と守備をシーズン通して両立できない欠点が有る。

トータルの打撃成績は良くないが、福岡ソフトバンクホークス戦には強く決勝打を打つことも多いことから、ソフトバンク贔屓の野球解説者が「ホークスは一番日高に打たれているインパクトが強い」と語ることも少なくない。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1998 オリックス 78 197 180 16 41 10 0 2 57 14 1 1 5 0 11 0 1 42 3 .228 .276 .317 .593
1999 96 267 239 22 44 12 0 3 65 31 0 1 9 3 13 0 3 50 3 .184 .233 .272 .505
2000 101 307 256 31 52 9 0 6 79 34 1 1 11 2 35 0 3 34 6 .203 .304 .309 .613
2001 129 420 376 33 93 15 3 8 138 37 1 2 16 2 22 0 4 63 6 .247 .295 .367 .662
2002 124 377 336 34 65 14 2 12 119 36 1 0 9 0 29 2 3 65 7 .193 .264 .354 .618
2003 118 355 321 29 86 14 2 9 131 37 0 1 10 3 16 0 5 69 3 .268 .310 .408 .718
2004 114 375 324 42 89 18 2 5 126 38 0 2 16 4 29 2 2 43 9 .275 .334 .389 .723
2005 103 297 253 20 55 17 0 1 75 31 1 1 19 2 23 2 0 51 4 .217 .281 .296 .577
2006 115 349 304 23 73 11 0 1 87 29 3 0 11 2 28 0 4 53 8 .240 .311 .286 .597
2007 109 282 253 19 51 15 0 5 81 25 0 0 14 3 10 1 2 43 7 .202 .235 .320 .555
2008 134 474 417 44 112 27 1 13 180 47 1 4 18 3 28 3 8 67 11 .269 .325 .432 .756
2009 93 315 295 22 75 15 0 5 105 34 1 2 2 2 13 0 3 36 12 .254 .291 .365 .647
2010 79 243 219 18 61 9 0 6 88 24 0 0 4 1 18 1 1 25 8 .279 .335 .402 .737
2011 26 50 44 1 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 5 0 1 12 1 .068 .180 .091 .271
通算:14年 1419 4308 3817 354 900 187 10 76 1335 419 10 15 144 27 280 11 40 653 88 .236 .293 .350 .643
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績

年度 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1998 76 317 38 3 5 6 .992 47 31 16 .340
1999 94 404 71 6 11 1 .988 82 54 28 .341
2000 101 533 48 2 10 6 .997 64 42 22 .344
2001 127 822 65 9 10 7 .990 94 65 29 .309
2002 110 658 53 1 11 4 .999 64 40 24 .375
2003 108 649 64 4 16 4 .994 110 78 33 .297
2004 113 643 60 3 17 3 .996 73 46 27 .370
2005 103 556 32 4 9 1 .993 53 38 15 .283
2006 112 525 54 4 7 0 .993 64 38 26 .406
2007 107 561 51 1 4 1 .998 78 52 26 .333
2008 129 782 57 6 5 2 .993 86 67 19 .221
2009 87 523 37 2 6 1 .996 60 46 14 .233
2010 73 441 34 2 1 1 .996
2011 5 12 2 0 0 0 1.000
通算 1345 7426 666 47 112 37 .994

[編集] 記録

初記録
節目の記録
その他の記録

[編集] 背番号

  • 47 (1996年 - 2003年)
  • 7 (2004年)
  • 27 (2005年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 「現役の皆さんに聞きました キャッチャーの魅力を教えてください」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、20-21頁。

[編集] 関連項目

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