鶴岡一成
| 横浜DeNAベイスターズ #10 | |
|---|---|
巨人時代(2010年10月5日、横浜スタジアム)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 兵庫県高砂市 |
| 生年月日 | 1977年5月30日(34歳) |
| 身長 体重 |
183cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1995年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 2000年9月1日 |
| 年俸 | 4,000万円 (2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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鶴岡 一成(つるおか かずなり、1977年5月30日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(捕手)。兵庫県高砂市出身。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
高砂市立鹿島中学校では野球部に所属して全国大会で優勝し、神港学園神港高等学校に進学。3年時には主将として阪神・淡路大震災の直後に開催された第67回選抜高等学校野球大会に出場し、初戦では対仙台育英高等学校戦で天野勇剛に勝利。準々決勝(対愛媛県立今治西高等学校戦)では藤井秀悟の前に延長13回サヨナラ負けを喫したものの、チームは8強入りを果たした。
1995年のドラフト会議において、横浜ベイスターズから5巡目に指名され、入団。背番号は57。
[編集] 横浜時代
ドラフト最下位指名の高卒捕手ということもあって長い二軍生活を送っていたが、2000年9月1日の対阪神戦(阪神甲子園球場)で一軍初出場。しかし一軍に定着できず、その後も一軍には数えるほどしか出場できないシーズンが続いた。
2004年は正捕手である相川亮二がアテネオリンピックに出場するため離脱、中村武志も負傷したことで出場機会を得た。試合数は少ないものの、打率.400・2本塁打と活躍した。2005年は前年の好調を維持しつつ、2番手捕手・右の代打として一軍に定着。
2006年は相川の故障や投手陣の不調などにより、スターティングメンバーに名を連ねる試合が増えた。結果的に自己最多の出場機会を得るなど、飛躍の年となった。2007年は前年から一転して出場機会が減少。相川の離脱中も失策を重ねるなどチャンスを生かせなかった。
2008年は結果を出しながらも、武山真吾など若手が優先起用されていた。しかし、横浜投手陣が相次いで打ち込まれる状態が続いたため、同年6月10日に、阿部慎之助の五輪離脱によって捕手が不足する事態を想定した読売ジャイアンツへ、真田裕貴とのトレードで移籍。背番号は真田が付けていた43。
[編集] 巨人時代
移籍後は一発のある打撃と強気な性格を買われ、加藤の出遅れもあって2番手捕手として一軍に定着した。北京オリンピック出場によって阿部が離脱したことでレギュラーとして活躍し、チームの大逆転優勝に貢献した。クライマックスシリーズでも阿部が負傷離脱する中で本塁打を放つなど、日本シリーズ出場に貢献。阿部が代打や指名打者で出場した日本シリーズでも正捕手として出場するなど、大活躍の一年だった。
2009年は負傷を抱える阿部が休養を挟みながらの出場を強いられたため、開幕から週に1・2試合で先発出場の機会を得る。その中でセス・グライシンガーと抜群の相性の良さを見せたため、阿部の負傷が完治した後も、グライシンガーの先発時は専属バッテリーを組んだ。また、4月10日の対阪神戦(東京ドーム)で自身初の2打席連続本塁打を放つなど、打撃成績も向上。前年に続いて優勝に貢献した。
2011年はプロ16年目にして初の開幕スタメン出場を果たし、チームを勝利に導いた。しかし打撃不振に陥り、中盤以降は實松一成に2番手捕手の座を奪われ、二度の二軍落ちも経験した。オフに出場機会を求めて国内FA権を行使した。
[編集] 横浜復帰
同年12月11日に古巣である横浜DeNAベイスターズと契約したことが発表され、4年ぶりに古巣に復帰した[1]。背番号は10に決定。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | 横浜 | 3 | 3 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .333 | .333 | .333 | .667 |
| 2001 | 9 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2002 | 12 | 10 | 9 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | .111 | .200 | .111 | .311 | |
| 2004 | 25 | 60 | 55 | 6 | 22 | 2 | 1 | 2 | 32 | 5 | 0 | 2 | 3 | 0 | 2 | 1 | 0 | 13 | 0 | .400 | .421 | .582 | 1.003 | |
| 2005 | 24 | 30 | 28 | 3 | 8 | 2 | 0 | 1 | 13 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 4 | 3 | .286 | .333 | .464 | .798 | |
| 2006 | 60 | 146 | 127 | 7 | 31 | 8 | 1 | 3 | 50 | 16 | 0 | 0 | 5 | 1 | 11 | 1 | 2 | 39 | 5 | .244 | .312 | .394 | .706 | |
| 2007 | 36 | 87 | 69 | 3 | 15 | 3 | 0 | 0 | 18 | 8 | 0 | 0 | 4 | 0 | 11 | 3 | 3 | 10 | 3 | .217 | .349 | .261 | .610 | |
| 2008 | 27 | 61 | 52 | 4 | 15 | 2 | 0 | 0 | 17 | 2 | 1 | 0 | 5 | 0 | 4 | 1 | 0 | 7 | 3 | .288 | .339 | .327 | .666 | |
| 巨人 | 31 | 56 | 48 | 4 | 8 | 2 | 0 | 2 | 16 | 6 | 0 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | 0 | 12 | 2 | .167 | .259 | .333 | .593 | |
| '08計 | 58 | 117 | 100 | 8 | 23 | 4 | 0 | 2 | 33 | 8 | 1 | 0 | 7 | 0 | 10 | 1 | 0 | 19 | 5 | .230 | .300 | .330 | .630 | |
| 2009 | 59 | 160 | 142 | 17 | 37 | 10 | 0 | 5 | 62 | 18 | 1 | 0 | 8 | 1 | 8 | 3 | 1 | 30 | 4 | .261 | .303 | .437 | .739 | |
| 2010 | 32 | 43 | 35 | 4 | 8 | 1 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 3 | 1 | 2 | 8 | 2 | .229 | .325 | .257 | .582 | |
| 2011 | 34 | 63 | 55 | 6 | 12 | 1 | 0 | 0 | 13 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 4 | 1 | 1 | 9 | 0 | .218 | .283 | .236 | .519 | |
| 通算:11年 | 352 | 726 | 630 | 56 | 158 | 31 | 2 | 13 | 232 | 58 | 2 | 2 | 33 | 2 | 51 | 11 | 10 | 140 | 22 | .251 | .316 | .368 | .684 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2000年9月1日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、7回表に代打で出場
- 初打席:同上、7回表に弓長起浩から右飛
- 初安打:2000年9月2日、対阪神タイガース23回戦(阪神甲子園球場)、9回表に西川慎一から中前安打
- 初先発出場:2002年10月13日、対ヤクルトスワローズ28回戦(横浜スタジアム)、8番・捕手として先発出場
- 初打点:2004年8月14日、対読売ジャイアンツ21回戦(東京ドーム)、8回表にブライアン・コーリーから左前適時打
- 初本塁打:2004年8月24日、対阪神タイガース18回戦(大阪ドーム)、6回表に金澤健人から左越ソロ
- 初盗塁:2008年5月24日、対東北楽天ゴールデンイーグルス2回戦(クリネックススタジアム宮城)、7回表に二盗(投手:ドミンゴ・グスマン、捕手:藤井彰人)
[編集] 背番号
- 57 (1996年 - 2008年途中)
- 43 (2008年途中 - 2011年)
- 10 (2012年 - )
[編集] 登場曲
- 横浜時代(巨人移籍前)の登場曲で、二軍の試合では台詞部分も流されていた。2008年からはアン・ルイスの「あゝ無情」に変更している。
[編集] 脚注
- ^ “補強着々 横浜DeNAに鶴岡復帰 日本ハムから2投手も獲得発表”. スポーツニッポン (2011年12月11日). 2011年12月11日閲覧。
[編集] 関連項目
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