中村武志

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中村 武志
中日ドラゴンズ コーチ #80
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 日本の旗 京都府京都市右京区
生年月日 1967年3月17日(44歳)
身長
体重
178cm
85kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1984年 ドラフト1位
初出場 1987年4月14日
最終出場 2005年9月27日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴
  • 横浜ベイスターズ (2006 - 2008)
  • 中日ドラゴンズ (2009 - )

中村 武志(なかむら たけし、1967年3月17日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手捕手)。現在は中日ドラゴンズで二軍バッテリーコーチを務める。在日韓国人3世であり、本名は姜 武志(ガン・ムジ、ハングル:강무지)。

目次

[編集] 経歴

花園高校では甲子園出場こそ無かったが強肩強打で知られていた。1984年のドラフト会議中日ドラゴンズから竹田光訓の外れ1位として指名され入団。3年目の1987年から一軍で出場し、翌1988年の6月頃からはレギュラーに定着。持ち前の打撃も開花し、1991年には20本塁打を放つ。同年7月19日の対巨人戦(ナゴヤ球場)では足を痛めてスタメン落ちしていたが、8回裏に同点に追いつく代打満塁本塁打、10回裏にはサヨナラ本塁打を放った。1988年と1999年の日本シリーズで通算26打数7安打1本塁打の成績を残す。

2001年オフに山田久志が新監督に就任した中日はドラフト1・2位に捕手を指名。更に横浜ベイスターズから正捕手であった谷繁元信FAで獲得。中村は出場機会を求めトレードを志願し、金銭トレードで横浜に移籍した。2002年は開幕から相川亮二との併用、翌年以降は西武ライオンズから中嶋聡の加入などで更に出場試合数を減らす。古巣中日に1試合6盗塁を許すなど肩の衰えは顕著で、打撃でも2003年の11本塁打以外は目立った活躍もなかった。

2004年11月25日、無償トレードによって新規参入球団の東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。2005年は正捕手・藤井彰人に次ぐ2番手捕手として64試合に出場。同年10月10日に戦力外通告を受け、現役続行を希望していたが10月20日に引退を表明。通算2000試合出場まであと45試合だった。21年間の現役は同期入団の中では最長である。

2006年から湘南シーレックス(横浜二軍)バッテリーコーチ、2008年からは横浜一軍バッテリーコーチを務めた。2009年から古巣中日の二軍バッテリーコーチに就任。

[編集] 人物

  • 愛称はたけし。中日時代に当時の星野仙一監督が「たけし」と呼んでいたことから馴染みのある解説者や応援などで使用されることが多い。同僚の山崎武司もタケシと呼ばれていた。若手時代の応援歌は『コンバット!』のオープニングテーマ、主力になった後の応援歌は楽天移籍後にも使用された。横浜移籍後は若菜嘉晴の応援歌を引き継ぎ、後に中村を慕う武山真吾が自ら希望し受け継いだ。
  • 中日時代は入団3年目に監督に就任した星野仙一の鉄拳制裁を最もよく受け、そしてその中で最も成長した選手として知られているが、1986年シーズンオフにはフロントの整理対象選手に挙げられていたという。星野は、ドラフト1位選手でありながらわずか高卒2年での戦力外に納得いかず、当時の加藤安雄バッテリーコーチ(明治大学の後輩)に壊れてもいいからとにかく練習させろと指示した。
  • 鉄拳制裁にまつわるエピソードとして星野が語ったところによると、鉄拳を受け続けるうちに学習した中村は、ある日いつものように星野に呼びつけられるとキャッチャーマスクを被ったまま星野の前に現れ、星野は殴るに殴れないまま怒鳴りつけて帰したそうである。
  • 制球が乱れがちな野口茂樹吉見祐治などが投げる時はど真ん中にミットを構えたり、際どくストライクゾーンから外れても「うんうん」と頷くなど、投手に対する配慮は現役時代を通じてあった。特に野口はヒーローインタビューでたびたび「中村さんのミットめがけて投げました」「中村さんのおかげです」とコメントしている。
  • 横浜バッテリーコーチ時代は正捕手の相川亮二だけ起用するのではなく(相川の怪我の影響もあるが)、若手で控えの斉藤俊雄武山真吾を起用し経験を積ませた。斉藤に関しては終盤のスタメン起用が目立った。また中村を尊敬しているという武山は本人の希望もあり、2010年シーズン途中から応援団のヒッティングマーチが中村が使っていたものに変更している。
  • 2001年オフに谷繁がFA移籍した際に、中村は出場機会を求めトレード志願し、12月28日、金銭トレードで横浜へ移籍、結果的に正捕手同士の“交換トレード”という形となった。それから2009年に中村がコーチで中日に復帰。谷繁とはコーチと選手との立場の違いがあるが、8年越しで同じチームに所属する形になった。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1987 中日 43 119 113 12 24 3 0 3 36 11 2 0 1 0 3 0 2 19 5 .212 .246 .319 .565
1988 98 306 267 30 63 18 0 5 96 21 2 0 8 1 29 7 1 63 2 .236 .312 .360 .672
1989 125 420 352 23 95 12 0 7 128 41 2 2 9 2 55 19 2 94 7 .270 .370 .364 .734
1990 97 282 256 22 64 9 0 7 94 21 1 1 6 1 18 6 1 43 4 .250 .301 .367 .668
1991 104 370 333 42 90 13 0 20 163 62 5 4 9 4 24 1 0 74 5 .270 .316 .489 .805
1992 113 391 351 25 86 16 4 6 128 31 1 1 3 1 34 5 2 57 7 .245 .314 .365 .679
1993 127 461 404 38 88 11 0 18 153 46 0 0 8 1 48 8 0 116 8 .218 .300 .379 .679
1994 125 456 398 37 102 16 0 9 145 50 1 0 8 0 46 8 4 48 14 .256 .339 .364 .703
1995 94 335 301 26 77 10 0 8 111 32 2 3 2 0 31 1 1 57 11 .256 .327 .369 .696
1996 115 422 376 45 102 11 1 12 151 37 2 0 2 2 40 9 2 51 17 .271 .343 .402 .745
1997 102 314 280 27 65 15 0 8 104 36 0 0 2 3 26 5 3 42 11 .232 .301 .371 .672
1998 128 468 407 27 96 18 4 5 137 42 2 0 7 2 49 12 3 65 10 .236 .321 .337 .658
1999 127 439 395 31 79 12 0 6 109 42 3 1 13 3 28 6 0 65 9 .200 .275 .276 .551
2000 126 417 356 26 87 10 0 4 109 34 2 2 16 1 43 9 1 68 12 .244 .302 .306 .608
2001 134 455 412 29 109 16 0 2 131 27 1 0 10 1 31 5 1 59 17 .265 .317 .318 .635
2002 横浜 107 302 283 22 57 8 0 5 80 19 0 0 1 2 15 4 1 72 5 .201 .243 .283 .526
2003 79 230 209 23 56 8 0 11 97 37 3 0 8 1 12 5 0 35 6 .268 .306 .464 .770
2004 47 111 101 6 20 4 0 1 27 8 0 0 5 0 5 2 0 19 5 .198 .236 .267 .503
2005 楽天 64 121 111 8 20 4 0 0 24 7 0 0 3 0 7 0 0 25 3 .180 .229 .216 .445
通算:19年 1955 6419 5705 499 1380 214 9 137 2023 604 29 14 121 25 544 112 24 1072 158 .242 .309 .355 .664
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 表彰

[編集] 記録

初記録
節目の記録
その他の記録

[編集] 背番号

  • 39 (1985年 - 2005年)
  • 86 (2006年 - 2008年)
  • 83 (2009年 - 2011年)
  • 80 (2012年 - )

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス