荒金久雄

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荒金 久雄
オリックス・バファローズ #31
Arakane hisao.jpg
2011年8月6日、QVCマリンフィールドにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県別府市
生年月日 1978年8月1日(33歳)
身長
体重
178cm
71kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2000年 ドラフト5位
初出場 2001年9月30日
年俸 2,650万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

荒金 久雄(あらかね ひさお、1978年8月1日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手外野手)。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] プロ入り前

中学まで投手、PL学園高校時代から外野手に転向。

PL学園高校3年生時(1996年)には夏の甲子園3回戦進出。当時のチームメイトには前川勝彦(元オリックス・バファローズ、1996年近鉄1位指名)らがいる。

青山学院大学へ進学。東都大学リーグ通算97試合出場、359打数90安打、打率.251、7本塁打、34打点。ベストナイン2度受賞。2000年ドラフト会議福岡ダイエーホークスから5位指名を受けて入団。背番号は51

[編集] ダイエー・ソフトバンク時代

福岡ソフトバンクホークス時代(2009年7月1日)

2001年、1軍初出場をスタメンで飾る。更にこの試合で高校時代のチームメイトであった前川からプロ初安打を記録した。

2004年村松有人の退団に伴い、出場機会が増加。6月22日の対日本ハム戦では、1点を勝ち越された10回裏2死に横山道哉から、プロ入り初のサヨナラ打を逆転サヨナラ適時打で飾った。夏場には主に1番センターを任され、74試合に出場。打率こそ.213と振るわなかったが、3本塁打を記録。この内訳は、2本塁打は大阪ドームの近鉄戦で記録したものであり、7月22日の対西武戦では初回先頭打者本塁打を放っている。

2005年、主に守備固めとして起用されていたが、プレーオフ第2ステージでは3戦目の9回裏、代打で起用されると後にチームメイトとなる小林雅英から起死回生の同点適時打を放った。

2006年2007年は、若手選手の台頭や多村仁の加入もあり一軍での出場が減少していたが、2008年には主力選手の故障により出場機会を得ると、4年ぶりの本塁打を放つなどの活躍を見せた。

しかし2009年は再び一軍での出場が減り、翌2010年4月29日金澤健人との交換トレードで、金子圭輔と共にオリックス・バファローズへ移籍。背番号は金澤が付けていた50

[編集] オリックス時代

入団直後に即1軍昇格し、古巣ホークス相手に代打出場しヒットを放つなど、移籍後は出場機会に恵まれた。交流戦では、主に2番ライトまたはレフトとして起用され、交流戦で打率.379をマークし交流戦優勝の原動力となり、その後も6月22日のロッテ戦にはチームではイチロー以来となる3打席連続二塁打、3打点の活躍を見せるなど、月間打率6月.316、7月.300とレギュラーを手中にしかけていた。だが、8月に入ると途端に打撃で精彩を欠くようになり、森山周フランシスコ・カラバイヨの台頭もあり二軍降格も味わった。最終的に打率は.269となったが、いずれも自己最多の47安打、16二塁打、3本塁打の成績を残した。

オフには背番号を50から同年に引退した塩崎真が付けていた31に変更された。2011年は、開幕こそ二軍スタートだったが、6月11日に一軍登録。同日の巨人戦でスタメン出場を果たすと、内海哲也から本塁打を放った。その後も左投手が先発する試合でスタメン出場するケースが多かったが、7月3日の古巣・ソフトバンク戦では、9回裏に同点に追いついた直後に李承燁の代打で出場し、森福允彦から自身7年ぶりにサヨナラ打を放ち、このカードの同一3連勝を劇的な形で締めた。しかし、その後は打撃がふるわず、打率.205、2本塁打8打点に終わった。

[編集] プレースタイル・人物

強肩を生かした守備で、ホークスではポスト秋山と期待されたが、目立った活躍をできないまま、バファローズへ移籍となった。

入団会見では、「ここが最後の球団と思って腹をくくって頑張りたい」と語った。

ソフトバンク時代の流麗なメロディの応援歌は人気が高く、バファローズに移籍してからも使用されている。移籍後初打席時(2010年5月4日、対ソフトバンク戦)にヒットを打ち出塁した際には、相手のホークスファンからも喝采を浴びていた。

打席に立ったときに流れる登場テーマのL.A.STYLEの『BALLOONY』はかつてジュリアナ東京で人気だったディスコミュージックである。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2001 ダイエー
ソフトバンク
2 7 6 1 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 1 0 0 1 0 .167 .286 .167 .452
2003 28 23 23 7 4 1 0 0 5 0 1 0 0 0 0 0 0 5 0 .174 .174 .217 .391
2004 74 192 164 16 35 11 1 3 57 15 1 1 6 0 13 0 9 42 1 .213 .306 .348 .654
2005 72 58 49 9 11 3 1 0 16 2 0 1 2 0 5 0 2 14 1 .224 .321 .327 .648
2006 19 18 17 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 7 0 .059 .111 .118 .229
2007 18 16 14 6 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 2 0 0 4 0 .214 .313 .214 .527
2008 55 105 94 11 24 7 0 1 34 9 1 0 2 1 3 0 5 18 1 .255 .311 .362 .672
2009 16 11 11 2 3 0 0 1 6 4 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .273 .273 .545 .818
2010 オリックス 64 204 175 30 47 16 1 3 74 16 0 1 6 1 14 0 8 49 4 .269 .348 .423 .771
2011 38 92 83 8 17 5 0 2 28 8 0 0 0 0 8 0 1 24 0 .205 .283 .337 .620
通算:10年 386 726 636 90 146 44 3 10 226 54 3 4 16 2 46 0 26 166 7 .230 .307 .355 .662
  • 2011年度シーズン終了時
  • ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更

[編集] 年度別守備成績


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2001 2 1 0 0 0 1.000
2003 17 10 0 0 0 1.000
2004 69 96 0 1 0 .990
2005 62 46 3 1 0 .980
2006 12 8 0 0 0 1.000
2007 9 7 0 0 0 1.000
2008 55 63 0 1 0 .984
2009 12 3 1 0 0 1.000
2010 56 87 1 1 0 .989
2011 27 34 0 1 0 .971
通算 331 355 5 5 0 .986
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 51 (2001年 - 2010年途中)
  • 50 (2010年途中 - 同年終了)
  • 31 (2011年 - )

[編集] 関連項目

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