森山周
| オリックス・バファローズ #0 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 兵庫県川西市 |
| 生年月日 | 1981年8月11日(30歳) |
| 身長 体重 |
179cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2005年 大学・社会人ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2006年5月20日 |
| 年俸 | 2,400万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
森山 周(もりやま まこと、1981年8月11日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(外野手)。兵庫県川西市出身。
もみあげが長いことから「ルパン」の愛称もある。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
川西市立清和台中学校から報徳学園高校(南竜介とは同期かつクラスメイト)に進学。俊足を見込まれ、高校卒業前に立命館大学のアメフト部からスカウトされている。森山は野球を続けるか、卒業後の就職に有利なアメフトに転向するか悩んだが、最終的にプロになりたいという強い思いから野球を続けることになり、大阪産業大学に進学。大学では俊足を生かすため左打ちを始める。社会人野球のヤマハを経て、2005年の大学・社会人ドラフト4巡目でオリックス・バファローズに入団。
[編集] プロ入り後
ルーキーイヤーの2006年、5月に一軍に昇格するもすぐ二軍落ち。しかし課題の打撃が向上し、7月に再び一軍に登録される。9月には4割を超える高打率を残し、シーズン打率.356と足だけではないところを見せ付けて大いにアピールした。シーズン終盤には二塁手としてスタメンに名を連ねることも多くなった。また、フルカウントになった10打席のうち3安打6四球(出塁率9割)で、追い込まれてもしぶとさを見せた。
2007年は、遊撃に新人の大引啓次が定着、二塁には同じ左打ちの後藤光尊がいたため、一軍定着には至らなかった。また、自身も打撃では13打数無安打に終わり、11試合の出場にとどまった。秋季キャンプより、同じく現役時代に代走起用の多かった外野守備・走塁コーチの松山秀明の「より監督にとって使いやすい選手に」という助言もあって俊足を活かすために外野手にも取り組み始めた。
監督のテリー・コリンズは機動力をあまり使わなかった為、コリンズ在任時はほとんど一軍での出番が無かったが、2008年5月下旬から大石大二郎が監督代行になると、一番に一軍昇格。6月に大引が故障で長期離脱したのに伴い、主に代走要員として自己最多の42試合に出場した。6月11日の対横浜戦では、5点ビハインドの7回裏に反撃の狼煙となる適時打を放つと、8回裏に同点となった直後に内野安打を放って出塁。続く坂口智隆の打席で二盗を決めると、坂口のセンター前ヒットで二塁から一気に本塁へ生還し、決勝のホームを踏んだ。この活躍により、プロ入り後初のお立ち台に上がった。
2009年は34試合に出場し、守備では一塁、二塁、三塁、遊撃、外野を全てこなすなど奮闘したが、打撃では11打数無安打と振るわないシーズンに終わった。
2010年は開幕二軍ながらウエスタン・リーグで高打率を記録し、4月13日に昇格。ところが、グレッグ・ラロッカの故障を受け、三塁手の補充のために一輝との入れ替えで翌日即登録抹消となった。その後も二軍で結果を出し続け、最終的にウエスタンでは36試合で打率.372という好成績をあげ、5月15日に一軍昇格。昇格当初はなかなか出場機会が得られず、代走・守備要員での出場が専らだった。だが、7月28日の対日本ハム戦で自身4年ぶりに3安打を放って勝利に貢献し、2年ぶりに自身2度目のお立ち台に上がった。この試合をきっかけに、2番・右翼手ないしは左翼手としてスタメンに定着し、シュアなバッティングを披露した。68試合に出場し、2006年と2008年に記録した計28安打を上回る43安打を放って打率.330を記録し、ようやく一軍の壁を破る働きを見せた。
2011年も代走・守備要員としての出場が多いものの、7月2日・7月3日・7月5日とチームがプロ野球タイ記録の3試合連続サヨナラ勝ちを収めた際には、プロ野球史上初となる3試合連続サヨナラのホームを踏んだ。いずれの試合もすべて代走での出場であり、足のスペシャリストならではの離れ業を演じた。しかし、前年を上回る82試合を出場しながら、打率.186と不振に陥ってしまった。
[編集] プレースタイル
50メートル走5秒5、一塁到達3.7秒台の走塁能力を持ち[1]、2010年までの内野安打率は29.5パーセントを誇る。打撃では逆方向への意識が高く、安打の半分近くが左方向に飛ぶ[2]。主に遊撃手・二塁手を務め、三塁手としての起用も多い。2008年より外野手にも挑戦するユーティリティープレイヤーであり、2009年は一軍で一塁・二塁・三塁・遊撃・外野のすべてを守った。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | オリックス | 35 | 55 | 45 | 9 | 16 | 1 | 0 | 0 | 17 | 1 | 2 | 3 | 2 | 0 | 6 | 0 | 2 | 4 | 1 | .356 | .453 | .378 | .831 |
| 2007 | 11 | 15 | 13 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2008 | 42 | 67 | 58 | 10 | 12 | 1 | 0 | 0 | 13 | 5 | 4 | 3 | 3 | 1 | 5 | 0 | 0 | 12 | 0 | .207 | .266 | .224 | .490 | |
| 2009 | 34 | 12 | 11 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .083 | .000 | .083 | |
| 2010 | 68 | 149 | 130 | 26 | 43 | 2 | 0 | 0 | 45 | 9 | 5 | 2 | 10 | 1 | 8 | 0 | 0 | 21 | 2 | .331 | .367 | .346 | .713 | |
| 2011 | 82 | 125 | 113 | 19 | 21 | 1 | 0 | 0 | 22 | 4 | 5 | 2 | 6 | 0 | 6 | 0 | 0 | 19 | 1 | .186 | .227 | .195 | .422 | |
| 通算:6年 | 272 | 423 | 370 | 76 | 92 | 5 | 0 | 0 | 97 | 19 | 19 | 11 | 23 | 2 | 26 | 0 | 2 | 58 | 4 | .249 | .300 | .262 | .562 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
一塁 | 二塁 | 三塁 | 遊撃 | 外野 | |||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2006 | - | 21 | 28 | 75 | 3 | 14 | .972 | - | 3 | 3 | 5 | 0 | 2 | 1.000 | - | |||||||||||||||
| 2007 | - | 10 | 7 | 15 | 0 | 3 | 1.000 | - | - | - | ||||||||||||||||||||
| 2008 | - | 7 | 7 | 5 | 1 | 2 | .923 | 4 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | 23 | 30 | 59 | 4 | 10 | .957 | - | ||||||||||
| 2009 | 2 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 6 | 3 | 6 | 1 | 0 | .900 | 11 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2010 | - | - | - | - | 54 | 58 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||||||||||||||||
| 2011 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | - | - | - | 63 | 73 | 2 | 1 | 0 | .987 | |||||||||||||||
| 通算 | 3 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 44 | 45 | 101 | 5 | 19 | .967 | 15 | 1 | 7 | 0 | 0 | 1.000 | 28 | 33 | 64 | 4 | 12 | .960 | 119 | 133 | 3 | 1 | 0 | .993 |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2006年5月20日、対阪神タイガース1回戦(阪神甲子園球場)、8回表に清原和博の代走として出場
- 初打席・初安打:2006年5月23日、対広島東洋カープ1回戦(広島市民球場)、7回表に林昌樹から三塁内野安打
- 初先発出場:2006年7月13日、対福岡ソフトバンクホークス11回戦(京セラドーム大阪)、9番・遊撃手として先発出場、1打数1安打
- 初盗塁:2006年7月28日、対千葉ロッテマリーンズ11回戦(スカイマークスタジアム)、3回裏に二盗(投手:渡辺俊介、捕手:里崎智也)
- 初打点:2006年7月29日、対千葉ロッテマリーンズ12回戦(京セラドーム大阪)、2回裏に久保康友から中前適時打
[編集] 背番号
- 0 (2006年 - )
[編集] 脚注
- ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2007』 アスペクトムック、2007年、180頁。ISBN 978-4-7572-1338-8。
- ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2007』 白夜書房、2007年、62頁。ISBN 978-4-86191-246-7。
[編集] 関連項目
|
||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||