金子圭輔

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金子 圭輔
福岡ソフトバンクホークス #4
HAWKS4-KANEKO.jpg
2014年8月14日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県君津市
生年月日 1985年7月23日(29歳)
身長
体重
180 cm
68 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 内野手
プロ入り 2003年 ドラフト6巡目
初出場 2006年6月15日
年俸 1,950万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

金子 圭輔(かねこ けいすけ、1985年7月23日 - )は、千葉県君津市出身の福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手内野手)。

2013年開幕時点でソフトバンクに所属する現役選手の中では唯一のスイッチヒッターである。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

志学館高等部に入学し、全新入生に実施される体力テストでは同校史上初の全種目満点を記録。3年時には主将・四番・エースとして夏の県大会準優勝。1回戦から決勝戦まで全ての試合でマウンドに上がり、61イニングを投げぬいた。また、準々決勝の八千代松陰高校戦では、後にチームメイトとなる大場翔太と投げ合い、2-1で競り勝った。

投手として最速140キロ超をマークするとともに、高校時からすでに50メートル6秒0を記録していた俊足や強肩など、高い身体能力はプロ球団からも注目され、2003年ドラフト会議福岡ダイエーホークス(当時)から6巡目指名を受け入団。志学館からは、澤崎俊和以来のプロ野球選手であるが、同校から直接の入団は初めてとなった。

ダイエー・ソフトバンク時代[編集]

最大の武器である俊足を生かすため、プロ入り後すぐに内野手(主に遊撃手)に転向した。2006年6月15日に初1軍登録。その日の対広島戦(広島市民球場)に、七番三塁手で即スタメン起用され、第一打席にショーン・ダグラスからセンター前タイムリーヒットを放ち、初安打・初打点を記録した。

このソフトバンク時代は、内野レギュラーに川崎宗則松田宣浩本多雄一などが定着した時期であり、一軍控えとしても本間満森本学を押しのける結果を出せなかったため、ときおり代走・守備固めとしての出場があるものの出場試合数は多くはなかった。

2010年4月29日金澤健人との交換トレード荒金久雄とともにオリックス・バファローズへ移籍[1]

オリックス時代[編集]

OB-Keisuke-Kaneko20100521.jpg

7月に大引啓次の離脱で1軍昇格するとショートでスタメン出場する機会が増え、守備では度々好守を見せた。中でも圧巻は8月4日の西武戦で、同点で迎えた8回表2死満塁のピンチに中島裕之の放った高く弾む難しい打球を間一髪で見事に捌いてみせるファインプレーを披露し、一気に流れを引き寄せその後のサヨナラ勝ちに繋がる活躍を見せた。最終的に31試合出場し、かつては1割だった打率も2割を越えた。オフには背番号を大村直之が着用していた6に変更した。

2011年もオープン戦から一軍に帯同して、そのまま開幕一軍を勝ち取った。しかし、5月30日に登録抹消されてからは、後藤光尊や大引啓次らの内野陣のレギュラーが固定された事もあり、6月以降は二軍暮らしに終わった。この年は11試合の出場に留まり、一軍では無安打に終わった。

ソフトバンク復帰[編集]

2012年1月17日、高橋秀聡との交換トレード福岡ソフトバンクホークスへ移籍し、2年ぶりにホークスに復帰した[2][3]

2012年は控え内野手として起用され、遊撃手として2回先発出場した以外は途中出場で、正三塁手の松田宣浩が故障離脱している間に三塁の守備固めとしての出場が多かった。

2013年も控え内野手として起用され、本多雄一の不調時等に二塁手として5回、遊撃手として1回の先発出場があったが、他は途中出場であった。この年は代走後あるいは直接一塁の守備固めに就くことが多かった。

2014年は本多雄一、松田宣浩らの故障もあり夏場はスタメン出場の機会が多くなった。8月12日の楽天戦では決勝のタイムリーを放ち、プロ11年目にして初のお立ち台に上がった。

プレースタイル[編集]

金子の打撃フォーム
(2012年3月18日、横浜スタジアム)

守備では内外野をこなす[4]。足も速い[5][4]

エピソード[編集]

少年野球時代の野球教室の際、当時新日鐵君津(現市民球団かずさマジック)の主力選手だった松中信彦に、「この子は将来プロ野球選手になれますよ」と太鼓判を押される。そして金子はホークスに入団し、松中と同じユニフォームを着ることとなった。

オリックス時代の2011年3月、右足親指付け根の痛みを訴え、痛風の疑いと診断されたことがある。[6]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 ソフトバンク 5 7 7 1 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .143 .143 .143 .286
2008 32 44 34 6 4 1 0 0 5 5 0 0 5 0 4 0 1 12 0 .118 .231 .147 .378
2009 17 6 6 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2010 オリックス 31 51 46 2 10 2 1 0 14 2 4 1 2 0 2 0 1 16 1 .217 .265 .304 .569
2011 11 16 12 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 1 0 0 4 0 .000 .077 .000 .077
2012 ソフトバンク 41 13 11 7 2 0 0 0 2 0 3 1 1 0 1 0 0 0 1 .182 .250 .182 .432
2013 59 49 40 8 13 5 0 0 18 3 2 0 4 0 3 0 2 7 1 .325 .400 .450 .850
2014 38 61 48 5 10 2 0 0 12 6 1 1 3 0 9 1 1 15 0 .208 .345 .250 .595
通算:8年 234 247 204 31 40 10 1 0 52 17 10 3 18 0 20 1 5 58 3 .196 .284 .255 .539
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 二塁 三塁 遊撃 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2006 - 1 0 1 0 0 1.000 1 0 2 0 0 1.000 - -
2008 6 14 0 0 2 1.000 5 10 8 0 1 1.000 - 4 4 9 1 1 .929 5 6 0 0 0 1.000
2009 3 2 0 0 0 1.000 - 8 0 6 0 0 1.000 1 0 0 0 0 ---- -
2010 - - - 22 12 33 2 7 .957 1 1 0 0 0 1.000
2011 - 5 8 3 0 1 1.000 - 4 4 4 2 0 .800 -
2012 2 1 0 1 0 .500 - 22 4 10 0 0 1.000 5 1 9 0 0 1.000 -
2013 31 59 1 0 4 1.000 11 14 19 2 3 .943 - 5 2 6 0 2 1.000 -
2014 - 25 28 50 2 9 .975 11 2 1 0 0 1.000 - -
通算 42 76 1 1 6 .987 47 60 81 4 14 .972 42 6 19 0 0 1.000 41 23 61 5 10 .944 6 7 0 0 0 1.000
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 53 (2004年 - 2010年途中)
  • 54 (2010年途中 - 同年終了)
  • 6 (2011年)
  • 4 (2012年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ トレード成立のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2010年4月29日). 2010年4月29日閲覧。
  2. ^ トレードについて”. 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト (2012年1月17日). 2012年1月17日閲覧。
  3. ^ トレード成立のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2012年1月17日). 2012年1月17日閲覧。
  4. ^ a b 小関順二 『プロ野球スカウティングレポート2014』 廣済堂出版、2014年、163頁。ISBN 978-4-331-51810-6
  5. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、67頁。ISBN 978-4-86191-710-3
  6. ^ 【オリックス】痛風の金子圭、一夜で復活”. nikkansports.com (2010年4月29日). 2014年7月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]