関川浩一

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関川 浩一
東北楽天ゴールデンイーグルス No.81
基本情報
国籍 日本
出身地 東京都調布市
生年月日 1969年4月1日(39歳)
身長
体重
179cm
75kg
選手情報
投球・打席 右投左打
守備位置 外野手
プロ入り 1990年 2位
初出場 1991年7月31日
最終出場 2007年10月4日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

関川 浩一(せきかわ こういち、1969年4月1日 - )は、元プロ野球選手外野手)で、現在は東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する一軍打撃コーチ補佐である。背番号は81。愛称は「関さん」。現役時代は、一塁へのヘッドスライディングが印象的であった。

目次

[編集] 来歴・人物

  • 中学時代は調布シニアに所属し全日本選手権にて優勝を果たす。その後桐蔭学園高校に進学し、1年時の夏の甲子園大会に3番ライトとしてスタメン出場を果たす。その後駒澤大に進学し、捕手として大学リーグベストナインに2回輝く。また日米野球にも出場している。1990年ドラフト会議阪神タイガースより2位指名を受け入団。俊足巧打の捕手として早い時期から注目を浴びるが、その適性から外野手へのコンバート案が出る事も多く、阪神時代は捕手・外野手兼任のシーズンもあり、起用法が一定ではなかった。
  • 1997年オフに同僚の久慈照嘉と共に、大豊泰昭矢野輝弘とのトレード中日ドラゴンズに移籍。移転前のナゴヤ球場と比べて広いナゴヤドームに適応できる野手として外野手専任となり、当時の星野仙一監督から重用される。1999年シーズンでは自身最高の成績となる打率.330・4本塁打・60打点・20盗塁を記録。文字通りその年のリーグ優勝の牽引役を果たした。
  • 2002年、前妻との離婚を経て元テレビ東京アナウンサーの家森幸子と結婚。家森との間には2003年8月に生まれた長男がいる。
  • 2004年オフ、無償トレードで楽天に移籍。自身の応援歌は中日時代から変わらないものとなっている。
  • 2005年3月26日千葉マリンスタジアムでの千葉ロッテマリーンズとのシーズン開幕戦に1番レフトで先発出場。新球団の記念すべき1人目の打者となった(初回表先頭打者として相手先発清水直行の初球を叩きレフトフライ)。同年4月6日福島県営あづま球場で開催された北海道日本ハムファイターズ戦で通算1000本安打を達成。同時にこの1000本目の安打は球団史上初の猛打賞及び球団史上初の三塁打となった。
  • 2006年7月30日フルキャストスタジアム宮城での西武ライオンズ戦で、先発の西口文也から自身3年ぶりとなる本塁打を放った(1番で出場し、初球を打っている)。同年9月5日、同じくフルキャストスタジアム宮城で行われたオリックス・バファローズ戦に2番で先発出場し、1試合4犠打のプロ野球タイ記録(過去6人)を達成した。またこの年の後半戦から、野村克也監督の「藤井彰人カツノリが負傷した際に(関川に)捕手を守らせる」という意向で、捕手守備の練習にも取り組んだ。だが実際に守備に就くことはなかった。
  • 駒大苫小牧高校野球部監督である香田誉士史は大学時代の後輩である。そのため、田中将大の入団が決まった折には面倒をみてくれるよう頼まれた。
  • 2007年9月24日、同年限りで現役引退を表明。プロ17年間の思い出について、「(1999年に)星野監督を胴上げすることができたこと。あの年は星野監督の笑顔を見たくて一生懸命やっていた」と話している。
  • 同年10月4日の対千葉ロッテ23回戦で現役引退。1番センターとしてフル出場し4打数1安打。現役最後の打席は代名詞となったヘッドスライディングを見せるも一塁ゴロ。相手投手は清水直行で、奇しくも東北楽天ゴールデンイーグルス最初の公式戦で先頭打者として対戦したのと同じ相手だった。試合後の引退セレモニーでは、監督に試合に出してもらえるよう頼んだところ、上記のように1番センターで起用されたことに感謝の意を述べ涙した。
  • 2007年秋季キャンプからはイーグルス一軍打撃コーチ補佐に転身し、11月2日に就任会見を行った。背番号は81番。なお11月30日自由契約公示された。

[編集] 年度別打撃成績

年度




























(順
位)




O
P
S
1991年
21 10 30 28 3 8 2 0 0 10 0 0 0 0 0 2 0 11 0 1 .286 .333 .357 .690
1992年 31 46 43 1 5 1 0 0 6 2 0 0 0 0 3 0 13 1 0 .116 .174 .140 .313
1993年 89 262 233 22 65 4 1 1 74 19 2 5 2 0 26 1 61 3 0 .279 .354 .318 .671
1994年 103 320 283 27 76 8 1 2 92 27 2 4 9 2 26 0 37 5 1 .269 .328 .325 .653
1995年 124 471 417 62 123 17 5 2 156 30 12 8 7 2 44 1 74 2 9 .295⑨ .362 .374 .736
1996年 113 382 344 32 108 21 2 2 139 28 5 6 2 4 32 0 60 2 1 .314 .368 .404 .772
1997年 22 95 285 245 28 75 12 2 5 106 26 3 4 2 2 34 2 39 4 7 .306 .392 .433 .825
1998年
23 125 449 382 62 109 13 2 1 129 36 15 3 13 3 47 4 57 5 2 .285⑫ .367 .338 .705
1999年 135 591 522 74 172 28 6 4 224 60 20 11 11 8 48 2 73 6 3 .330② .383 .429 .812
2000年 127 485 419 50 109 19 2 3 141 29 8 6 13 4 46 3 72 3 2 .260(24) .335 .337 .671
2001年 65 212 180 20 40 4 0 1 47 8 3 3 7 0 24 1 34 0 1 .222 .317 .261 .578
2002年 73 137 118 13 25 7 1 0 34 13 4 2 9 2 8 0 24 1 0 .212 .258 .288 .546
2003年 107 282 247 35 78 11 1 2 97 23 3 4 4 2 28 1 39 2 1 .316 .385 .393 .778
2004年 12 11 11 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 0 0 .000 .000 .000 .000
2005年
101 294 258 30 74 16 2 0 94 12 7 6 6 2 26 2 53 1 3 .287 .354 .364 .719
2006年 81 233 199 26 57 8 0 1 68 9 7 3 16 0 16 2 45 1 2 .286 .346 .342 .687
2007年 17 25 24 4 5 2 0 0 7 2 0 0 0 0 0 1 5 0 0 .208 .240 .292 .532
通算成績 1408 4515 3953 490 1129 173 25 24 1424 324 91 65 101 31 410 20 702 36 33 .286 .353 .360 .713

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] 個人記録

[編集] 関連項目

阪神タイガース
1990年ドラフト指名選手
1位:湯舟敏郎 / 2位:関川浩一 / 3位:山崎一玄 / 4位:田村勤 / 5位:嶋田哲也 / 6位:伴義太郎