トヨタ・クラウン
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クラウン(CROWN)は、トヨタ自動車が1955年より製造・販売する乗用車。日本を代表する車種の一つ。
[編集] 概要
- 名前は「王冠」の意味であり、初代から現行型までフロントグリルのエンブレムにも使用されている。
- 日本国内市場に重点を置いた車両であり、公用車や多くの企業に社用車として用いられる。トヨタの量販車の中でも最上級モデルの地位を長く担い、「いつかはクラウン」のキャッチコピーに象徴されるように、一般に高級車として認知されている。現在でも信頼性や耐久性の高さから、タクシー・ハイヤー、教習車、パトロールカーなどの業務用車両や特殊車両として使われることも多い。
- 同クラスの輸入車には、メルセデス・ベンツ Cクラス・Eクラス、BMW・5シリーズ、アウディ・A6がある。
- 車体形状は現在セダンのみだが、以前はステーションワゴン、ライトバンも存在した。かつては、ボディスタイルを優先してドアの枠を省略した4ドアピラードハードトップが主流であったが、S170系からハードトップと同様の外観を持つサッシュ付のセダンとなる。これとは別に、X80系マークIIをベースに車体を5ナンバーサイズ及び中型タクシーの枠内に納め、耐久性やランニングコストを重視したクラウンコンフォート、装備及び内外装を充実化したクラウンセダンというモデルがある。前者はタクシーなどの営業車専用モデル、後者は主に公用車や個人タクシー向けである。
[編集] 歴史
[編集] 初代 S30系(1955年-1962年)
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- 1955年1月に登場。国外メーカーとは提携せず、純国産設計で開発された。
- ボディデザインはトヨタの社内デザインで、アメリカ車の影響が濃厚であった。乗り降りしやすさを重視した観音開きのサイドドアが外観上の特徴である。
- エンジンは1953年に先行登場したトヨペット・スーパーから流用されたR型水冷直列4気筒OHV・1453cc, 48psで、コラムシフト式の変速機には2、3速にシンクロメッシュギアを装備。公称最高速度は100km/h。
- 従来のトラック用シャーシに代わる、低床の乗用車専用シャーシを開発した。
- フロントサスペンションは、ダブルウィッシュボーンの独立懸架方式である。当時は悪路での耐久面で独立懸架の採用はほとんどなく、1947年のトヨペット・SAで採用したが、耐久性が懸念されていた。クラウンではこれを克服し、悪路に耐えられる水準の独立懸架を実現している。また後車軸はリーフスプリング支持による固定車軸となったが、東京大学教授の亘理厚(わたり・あつし)による研究成果を活かし、板バネの枚数を減らしてフリクションを減らすことで特性を改善した「3枚バネ」とした。
- 同年末には、真空管式カーラジオやヒーターなど、当時における「高級車」としてのアコモデーションを備えたトヨペット・クラウン・デラックス」が登場している。
- より酷使されるタクシー向けと商用車には、セダン型の「トヨペット・マスター」と、ライトバン・ピックアップトラックの「トヨペット・マスターライン」が開発された。前後輪ともリーフスプリングで固定軸を吊り、トラック同様の高い強度の足回りを持たせたうえで、パワートレーンなどはクラウンと共通。しかし、クラウンはタクシーとしても人気があり、独立懸架の耐久性にも問題がないことが判明したため、マスターは短期間で生産中止され、マスターラインもS20系クラウンと共通のボディーへ変更された。マスターのプレス型は、初代トヨペット・コロナのボディに流用される。
- 1957年の豪州ラリーに出場して完走。総合47位、外国賞3位の成績を残した。これがトヨタにおけるモータースポーツの歴史の始まりである。
- 1958年10月のマイナーチェンジでは、オーバードライブが採用され、1959年10月には、ディーゼル車が追加された(国産乗用車初)。
- 1960年10月のマイナーチェンジでは小型車規格の拡大に伴い、デラックスに3R型1900ccエンジンを搭載したモデルが登場。また、同時に国産乗用車初のAT車「トヨグライド」を搭載。
- 1961年4月にはスタンダードに1900ccモデルが追加。
[編集] 輸出仕様
トヨタ自動車工業(当時)とトヨタ自動車販売(当時)の共同出資により設立された現地法人、米国トヨタ自動車から1957年10月に発売された。販売名は「トヨペット・クラウン(Toyopet Crown)」。トヨタの対米輸出車第1号であり、左ハンドル仕様である。搭載エンジンは、当初1500ccで、後に1900ccに変更。1960年まで輸出・販売される[1]。
[編集] 2代目 S40系(1962年-1967年)
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- 1962年9月に登場。新しい小型車規格に合わせ、先代より長く幅広いボディが与えられ、近代的なルックスへ生まれ変わった。デザインは当時のアメリカ車の影響を強く受けたものであり、フォード・ファルコンが直接の手本とされた。
- 「涙目」と呼ばれるテールランプとトヨタの頭文字である「T」をモチーフとしたジュラルミン製のフロントグリルが特徴。
- 一方性能面では、「ハイウェイ時代」に対応できる自動車としての根本改良が図られた。シャーシは初代の低床式梯子形から、より剛性の高いX型プラットフォームフレームとなる。
- バリエーションはセダンに加え「カスタム」と呼ばれるワゴンが加わり、いずれにもトヨグライド車が用意された。
- 1963年9月のマイナーチェンジで、グリルの大型化とテールランプの形状変更が行われ、トヨグライドは完全自動化された。
- 1964年4月には、上級車種の「クラウン・エイト」(VG10型)が登場。クラウン・エイトは通常モデルのボデーを前後左右に延長・拡幅して新開発のオールアルミV8エンジンを搭載したもので、この後登場するセンチュリーのパイロット・モデルというべきものであった。
- 1965年7月のマイナーチェンジでは、フラッシャーのバンパー埋め込みやテールランプのデザインが変更。同時にデラックスとスタンダードの中間に位置する個人ユーザー向けの「RS40-B」(後の「オーナースペシャル」)が追加。
- 1967年9月にMS50系・RS50系にモデルチェンジで販売終了。
- 韓国の新進自動車(現:GM大宇)でもノックダウン生産されていた。
- 第1回の日本グランプリには、コロナ、パブリカと共に出場した。
[編集] CM
キャッチコピー
- 「クラウンによせられる信頼」
CMソング
- 「交響曲第34番ハ長調」 第1楽章/モーツァルト
[編集] 3代目 S50系(1967年-1971年)
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- 1967年9月に登場。トヨタ自動車工業(トヨタ自工)が前年に完成させたデザイン・ドームから生まれた最初の車種。「日本の美」を追求したスタイリングは先代よりさらに低く、長くなり、曲面ガラスの採用によって安定感を増した。
- ボディーカラーでは法人需要をイメージさせる黒から、高級感と清潔感のある白へとイメージチェンジを図り、現在も広告史に残る「白いクラウン」のキャッチコピーでキャンペーンを展開した。この結果クラウンは圧倒的なシェアを獲得し、月販も4000台から6000台と、名実共に国産高級車をリードする存在となる。
- グレードはM型搭載車が「クラウンS」「スーパーデラックス」「デラックス」「オーナーデラックス」「スタンダード」、5R型搭載車は「オーナースペシャル」「スタンダード」という構成。スーパーデラックスには電磁式トランクオープナーや完全自動選局式AM/FMラジオ、音叉時計、後席専用の読書灯といった豪華装備が採用されている点が特徴。
- 個人ユーザーをターゲットとした新グレード「オーナーデラックス」は、デラックスに準じた内外装や装備を持ち、88万円(東京・大阪店頭渡し)という当時の高級車としては安価な価格で販売された。キャッチコピーの「ハイライフ」は流行語となり、テレビCMには、雪原をバックに山村聡と白いオーナーデラックス[2]を登場させ、当時まだ目の向けられなかった中高年マーケットの開拓を促すきっかけともなる。
- この代から商用車系(バン、ピックアップ)にもクラウンの名が与えられる。カスタム(ワゴン)はリアドアが改められ、さらにサードシートが設けられ8人乗りとなった。メカニズム的には、その後長く用いられるペリメーターフレームが初めて採用された。静粛性はロールス・ロイスより静かだと自負するフォード・ギャラクシーに匹敵する静粛性を得ている。当時のアメリカの安全基準を上回る厳しいトヨタ独自の安全基準を満たし、この当時の乗用車としては最高の安全性を確立する。
- 1968年10月には、より個人ユーザーの拡大を図る目的でクラス初となる2ドアハードトップが追加。角型2灯ヘッドランプとなり、スポーティーさと個性を主張したエクステリアが特徴的で、グレードは「HT」、「HT-SL」の2つのみ。これによりクラウンSは消滅した。SLにはパワーウィンドウ・タコメーター・軽合金の特注ディスクホイールなどが標準装備され、またオプションでレザートップ装着車も選択することができた。
- 1969年にマイナーチェンジされ、内外装のフェイスリフトを実施。
- ハードトップにも「スーパーデラックス」が追加。セダンの「スーパーデラックス」の前席三角窓が廃止。
[編集] CM
キャッチコピー
- 「白いクラウン」
- 「ハイライフクラウン」
CMキャラクター
- 山村聡(前期型・後期型)
[編集] 4代目 S60/70系(1971年-1974年)
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- 1971年2月に登場。この代から正式名称が「トヨペット・クラウン」から「トヨタ・クラウン」に改称されている。
- ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアハードトップ、カスタム(ワゴン)/バンの3本立てとなった。
- 初代セリカを髣髴とさせる、時代を先取りしたスピンドル・シェイプ(紡錘形)と呼ばれる丸みを帯びたスタイル[3]が最大の特徴であったが、あまりに突出したデザインであったため、法人ユーザーに敬遠され、同時期にモデルチェンジしたセドリック/グロリアに販売台数で逆転される。
- 最上級グレードとして新たに設定された「スーパーサルーン」を筆頭に、セダンが「スーパーデラックス」「デラックス」「オーナーデラックス」、ハードトップは「SL」「スーパーデラックス」「ハードトップ」とセダンに準じた構成となった。またバンにも「デラックス」が設定された。
- 装備面ではESC(後輪ABS)・EAT(電子制御式自動変速機)をSLに、オートドライブをSL、スーパーサルーン、オーナーデラックスにオプション設定したことなどが挙げられる。
- 1971年4月には、2600ccエンジン(4M型)を搭載したモデル(3ナンバー登録)が登場し、高級車化に拍車がかかった。
- 1973年2月のマイナーチェンジではボデー同色一体型だったバンパーをクロームの大型にするなどのフェイスリフトが施されたが、人気の回復には至らず、「クラウン史上最大の失敗作」と言われた。
- ちなみに、カタログなどで使用されたカタカナ表記『クラウン』ロゴは、この代からS130系まで同じ物が使われていた。
[編集] CM
キャッチコピー
- 「男ざかりのクラウン」(前期型)
- 「大事な人を大事にはこぶ」(後期型)
CMキャラクター