トヨタ・カローラレビン

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カローラレビン (COROLLA LEVIN) は、トヨタ自動車が生産していた自動車で、カローラをベースとした1,600ccクラスの小型スポーツクーペである。

スプリンタートレノ車台はもちろん、内外装部品のほとんどを共用する姉妹車である。

歴史[編集]

初代(TE-27型、1972年-1974年)[編集]

トヨタ・カローラレビン
TE-27
初代 前期型(TE-27型)
Toyota Corolla E20 003.JPG
初代 前期型(TE27型)
Toyota Corolla E20 004.JPG
初代 後期型(TE27型)
TE27.jpg
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1972年 - 1974年
乗車定員 5名
ボディタイプ 2ドアクーペ
エンジン 2T-G型 1.6L 直4 DOHC
2T-GR型 1.6L 直4 DOHC
2T-B型 1.6L 直4 OHV
2T-BR型 1.6L 直4 OHV
最高出力 2T-G型 115ps/6,400rpm
2T-GR型 110ps/6,000rpm
2T-B型 105ps/6,000rpm
2T-BR型 100ps/6,000rpm
最大トルク 2T-G型 14.5kgm/5,200rpm
2T-GR型 14.0kgm/4,800rpm
2T-B型 14.2kgm/4,200rpm
2T-BR型 13.9kgm/4,200rpm
変速機 5速 MT
駆動方式 FR
サスペンション 前:独立懸架ストラット式
後:非対称半楕円リーフスプリング
全長 3,955mm
全幅 1,595mm
全高 1,335mm
ホイールベース 2,335mm
車両重量 855kg
-自動車のスペック表-

1972年3月に登場。カローラレビンは、カローラクーペの「SL」や「SR」よりスポーティな「ホットモデル」として登場した。

当時は「普通の」カローラにもクーペモデルが存在したため、ボディタイプでの区別ではなく高性能バージョンとしての位置づけであった。カローラクーペとは、FRP製オーバーフェンダー(生産時期によっては金属製の物もある)の有無で区別できる。

エンジンは上位車種ではあるが、成り立ちはカローラ派生の、セリカ1600GTから移植された2T-G型 1,600cc DOHCエンジンが搭載された。正確に言えば、レギュラーガソリン仕様の2T-GR型 (110ps) と有鉛ハイオクガソリン仕様の2T-G型(115ps:グロス値)が設定されていた。

1973年4月のマイナーチェンジの際に追加された「レビンJ」には、ツインキャブの2T-B型 1,600cc OHVエンジン(105ps:グロス値)および、そのレギュラーガソリン仕様にあたる2T-BR型 1,600cc OHVエンジン(100ps:グロス値)がそれぞれ搭載されていた。「J」は「ジュニア」の頭文字で、アルファロメオ・ジュリアなどにならったもの。スプリンタートレノにも同様のモデルが設定された。

2代目(TE-37/TE-51/TE-55型、1974年-1979年)[編集]

2代目(TE37型) 2代目(TE37型)
2代目(TE37型)

1974年4月、レビンとして初めてのフルモデルチェンジ。この時期、カローラレビンはTE37型、スプリンタートレノはTE-47型を名乗ることになる。レビンはトレノとは異なり、2ドアハードトップボディが与えられ、外観的にはトレノとは全くの別物となった。車両重量が約50kg増加し、TE27型のような強いスポーツ性は失われた。

1975年、2T-G / 2T-GR型エンジンが昭和50年排出ガス規制をクリアできずに生産中止されたため、その年の11月にトレノとともに生産中止となり、短命に終わった。販売台数が少ないうえに人気が低く、いわゆる旧車としてレストアされている例はごく稀である。

2代目(TE-51型)

1977年1月、トレノとともに復活した。電子制御燃料噴射(EFI)と酸化触媒を使うことで、2T-G型エンジンを昭和51年排出ガス規制に適合させることに成功し、同エンジンの生産が再度可能になったためである。

この時期、レビンはTE-51型、スプリンタートレノはTE-61型を名乗ることになる。レビンはトレノと共通のクーペボディに改められるが、フロントまわりの造形はトレノとは大きく異なっており、追加モデルの「カローラリフトバック」と共通とされた。

1978年4月三元触媒とO2センサーにより、昭和53年排出ガス規制をクリア。この時期、レビンはTE55型、スプリンタートレノはTE65型を名乗ることになる。外観はTE-51型とほぼ同一。

なお、レイズから同じくTE37という名前のアルミホイールが発売されているが、関連は無い。

3代目(TE-71型、1979年-1983年)[編集]

3代目(TE71型)

1979年3月、フルモデルチェンジ。2T-GEU型エンジンが搭載されたボディは、ノッチバックの2ドアハードトップ、2種類の3ドアハッチバックハッチバッククーペとリフトバック)及び4ドアセダンの4タイプ。このうち、「レビン」の名が冠されたのは3ドアハッチバッククーペの2T-GEU型搭載モデルのみで、4ドアセダンと2ドアハードトップ、リフトバックの2T-GEU型搭載モデルはGTと名付けられた。

1981年8月のマイナーチェンジで後期型に。燃焼室が多球孔式に改められ[1]、スーパーハードサスペンションとLSDを装着、スチールバンパーやその他装備の見直しで車重を軽くしたモータースポーツベース車両の「レビンS」と、脱着式サンルーフミシュラン製タイヤを装備した「レビンAPEX」が追加されている。

4代目(AE85/AE86型、1983年-1987年)[編集]

トヨタ・AE86の項目も参照のこと。

4代目(AE86型)
カローラクーペ(欧州仕様)

1983年5月、フルモデルチェンジ。E80系カローラおよびスプリンターのセダン、ハッチバックはこの時代にFFレイアウトに移行したが、カローラ・スプリンターの全シリーズをFFに移行するには様々な問題があったことから、カローラレビン・スプリンタートレノ(及びワゴン・バン)の車台は先代TE71型のものを流用し、FRのままとなっている。ボディタイプは2ドア、3ドアの2種。また、このモデルから搭載エンジンに関係なく、全てのカローラクーペの車名が「カローラレビン」に統一された。

AE86型

カローラレビンとして最後のFRであり、「ハチロク」の愛称で親しまれている。このモデルから2T-GEU型に替わり、4A-GEU型(レーザーα 4Aツインカム16)1,600cc DOHCエンジンが搭載された。4A-GEU型は3A-U型 1,500cc SOHCエンジンをベースに4バルブDOHC化したもので、130ps(グロス値、ネット値110.5ps相当)であった。上級グレードのGT APEXにはレビン初のパワーステアリングパワーウインドウ、ECT-S 4速AT(1985年~、GTVを除く)仕様も追加された。1983年、84年前期、中期GT APEXには「エアロダイナミックグリル」を装備し、水温を感知しグリルが開閉するようになっていた。1985年後期はGT APEXにはフォグランプ内蔵フロントグリルを装備した。北米では、「カローラGT-S」として販売されていたが、ヘッドライトがトレノと同じリトラクタブルヘッドライトだった。ツーリングカーレースでも活躍し、スポーツランドSUGOでのグループA車両による全日本ツーリングカー選手権(JTC)のデビュー戦で優勝している。[2][3][4]

AE85型

AE86型の廉価版モデルで、通称は「ハチゴー」。AE70型よりキャリーオーバーした3A-U型 1,500cc SOHCエンジン搭載モデルである。ボディタイプは3ドアクーペが「SR」、2ドアクーペは「SE・ライム・GL」のグレードがあり、全てのグレードでATが選択出来た。また、マイナーチェンジ後の「SR」は、スポーツパッケージを選択することでツートンカラーやスポイラーをオプション装着することができた。

AE86型と異なり、激しいスポーツ走行をするドライバーが少なかったことからボディの状態がよい車両が多かったため、エンジンを4A-GEUへ換装するなどを行いAE86型相当の性能を持たせた、いわゆるAE85改86のベース車としても利用されることがある。

5代目(AE91/AE92型、1987年-1991年)[編集]

5代目(後期型)

1987年5月、フルモデルチェンジ。このモデルからFF化され、ボディタイプも3ドアクーペを廃止し、2ドアに1本化された。当時ヒットしていた同社のソアラ(2代目)のデザインをモチーフにしていた。ソアラは高くて買えないが、レビンなら買えるという若者たちの間で大ヒットとなり、折からのバブル景気の影響そして、S13シルビアやBA4.5プレリュードなどと共にデートカーとして、歴代モデル中最も販売台数の多いモデルとなった。

FF化も販売面では功を奏し、レビンとしては未曾有の販売台数を記録した。しかし、台数の多さ故に早期から値崩れを起こし、さらに1990年代後半になるとZ20系ソアラ、A70系スープラの中古車市場での値安化も追い討ちを掛け、また、1998年末から1999年初頭にかけて発生した伝言ダイヤル事件にて犯人が所有していた車両として前期型のGT-Zが新聞などにて報道された影響からか、その結果、下取りに入った車両はE90系(6代目)カローラセダンおよびE90系(2代目)カローラFX同様、多くの個体が並行輸出またはそのまま廃車解体されることとなった。そのため「最後のFR」である「ハチロク」の現在の人気・個体数と比べ、残存する個体も少なく、時を経ても顧みられることが少ないこのモデルの存在は、まさに「バブル」そのものとも言える。

AE92型

通称「キューニー」。登場時の4A-GE型は120ps(ネット値)。89年5月のマイナーチェンジでハイオクガソリン指定となり、同エンジンは140psとなった。GT APEXには、クラス初となる電子制御サスペンションTEMSが前期後期共に標準装備だった。また、このモデルからスーパーチャージャーを装備した4A-GZE型エンジン搭載の「GT-Z」が登場。4A-GZE型は前期型で145ps、後期型でこちらもハイオクガソリン指定となり、165psを発生した。これは、当時のB16Aの160psを上回る数値で、1,600ccクラスの最高出力を誇っていた。

AE91型

量販グレードであるAE91型には5A-F型(キャブレター仕様)1,500cc ハイメカツインカム(ギア駆動による狭角DOHC)85psエンジンが搭載された。EFI装着の5A-FE型は94ps。後期型に追加された5A-FHE型は105psまで高められた。

6代目(AE100/AE101型、1991年-1995年)[編集]

6代目(前期型)
6代目(後期型)
1993–1995 Toyota Corolla Levin (AE101) GT Apex

1991年6月、フルモデルチェンジ。通称「トイチ」もしくは「ひゃくいち」。バブル期に開発されたモデルゆえにボディは大きく重くなり、コンパクトスポーツモデルとしての魅力を削ぐ結果となった。4A-GE型エンジンはVVT(非連続可変バルブタイミング機構でVVT-iの前身にあたる)を吸気側カムシャフトに装備し、1気筒あたり5バルブとし20バルブ化された。また、このクラスの市販車では珍しく、純正で4連スロットルを装備し、出力は160ps/7,400rpmとなった。ただし、スーパーチャージャー付きの4A-GZE型(170ps/6,400rpm)は、これまで通り16バルブのままだが細部の見直しを行っている。先代のZSに相当するグレードがSJとして設定された。エンジンは4A-FE型である。

スーパーストラットサスペンションがGT APEX(オプション)、GT-Z(標準装備)に設定された。なお、GT-ZにはビスカスLSDが標準装備されている。またスーパーストラットサスペンションを装備していないGT APEXには、電子制御サスペンションのTEMS(上下G感応式)がオプション設定された。

廉価グレードのSに搭載された5A-FE型は105ps/6,000rpmに達する。

7代目(AE110/AE111型、1995年-2000年)[編集]

トヨタ・カローラレビン
AE110/111
7代 前期型(AE111型)
Toyota Corolla Levin 1995 1.jpg
初代 前期型 XZ(AE111型)
Toyota Corolla Levin 1995 2.jpg
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1995年 - 2000年
乗車定員 4名
ボディタイプ 2ドアクーペ
エンジン 5A-FE型 1.5L 直4
4A-FE型 1.6L 直4
4A-GE型 1.6L 直4
最高出力 5A-FE型:100ps/5,600rpm
4A-FE型:115ps/6,000rpm
4A-GE型:165ps/7,800rpm
最大トルク 5A-FE型:14.0kg・m/4400rpm
4A-FE型:15.0kg・m/4800rpm
4A-GE型:16.5kg/5600rpm
変速機 4速AT/5速MT/6速MT
駆動方式 FF
サスペンション 前: 独立懸架ストラット/独立懸架ストラット(キャンバーコントロールアーム付き)
後: 独立懸架ストラット
全長 4,305mm
全幅 1,695mm
全高 1,305mm
ホイールベース 2,465mm
車両重量 950kg - 1,110kg
-自動車のスペック表-

1995年6月、フルモデルチェンジ。呼称は「ピンゾロ」「ゾロメ」「イチイチイチ」「ひゃくじゅういち」「ワンイレブン」。スポーツグレードには通称「黒ヘッド」と呼ばれる4A-GE型エンジンを搭載する。エンジン制御方式はエアフローメーターを使用するLジェトロからAE92型以来のDジェトロ方式に戻り、4連スロットル径の拡大、燃焼室の形状の変更などの改良により、出力は165psに向上した。プラットフォームは変更されず、スーパーストラットサスペンションも先代より引き継がれたが、ボディは前モデルに比べ最大70kg軽量化され、走りのパフォーマンスは向上した。しかし、バブル崩壊後の時期に設計された影響からか、初期モデルでは前モデルより車内の内装が見劣りすることが不評で、後期モデルでは内装が主に改良された。

このモデルからスーパーチャージャー付のグレードは廃止され、グレード構成もそれまでのGT系に代わり、新たにBZ系と呼ばれるようになった。これまでのGT APEXに代わる、装備を充実したグレードはBZ-Gとなり、装備を抑え走行性能を重視したグレードはBZ-Vとなる。スーパーストラットサスペンションはBZ-Vに標準、BZ-Gにオプション装備となっている。スーパーストラットサスペンションを装備するMT車には、195/55R15タイヤと大径ブレーキ、日本のFF車では初となるヘリカルLSDが標準装備となる。このほか、ハイメカツインカムを搭載するベーシックグレードでは、4A-FE型1,600ccエンジンを搭載するモデルはXZ、5A-FE型1,500ccエンジンを搭載するモデルはFZ(型式名はAE110)となった。

後期型BZ-R(ヘッドライトは後期型トレノのもの)
後期型BZ-R

1995年12月、FZをベースとした特別仕様車FZリミテッドが設定された。運転席エアバッグ、専用ステアリングホイール、ストップランプ付リヤスポイラー、UVカットドアガラスが特別装備され、専用ボディカラーであるライトマリンブルーマイカメタリックが設定された。

1996年5月、一部改良が行われた。全車にこれまでメーカーオプションだった運転席エアバッグABSが標準装備された。

1996年12月、FZとXZをベースとした特別仕様車FZリミテッド・XZリミテッドを設定。助手席エアバッグ、ストップランプ付リヤスポイラー、電動格納式リモコンカラードドアミラー、ワイヤレスドアロックリモートコントロールが特別装備された。

1997年4月のマイナーチェンジでは、BZ系に自社開発6速MTが採用され、衝突安全ボディ「GOA」の採用によりボディー剛性が向上し、重量はやや重くなった。また、グレード名称が一部変更され、BZ-Gにスーパーストラットサスペンションが装着されたものがBZ-R、それまでのBZ-Vは「BZ-R V仕様」と改称された。

1998年4月 一部改良が行われた。BZ-Rにプライバシーガラスが標準装備(V仕様には設定なし)となり、全車に助手席シートベルト締め忘れ警告灯が標準装備となった。また、ボディーカラーが一部変更された。

その後、折からのクーペを含むスペシャルティカーの販売不振のため、2000年8月でカローラ(セダン・ワゴン)の9代目(E120系)へのモデルチェンジを機に、姉妹車のトレノを含むスプリンターシリーズとともに生産中止となり、モデル消滅となった。

モータースポーツ活動[編集]

TE27型が追加されると、カローラを使用したモータースポーツ参加者はレビンへ移行し、ツーリングカーレースでも上位を占める程の活躍をした。そして、世界ラリー選手権(WRC)にはオベ・アンダーソン率いるアンダーソン・モータースポーツ(後のトヨタ・チーム・ヨーロッパ、現在はトヨタ・モータースポーツ)よりそれまでのセリカに代わって参戦、1975年の1000湖ラリー(現在のラリー・フィンランド)ではハンヌ・ミッコラのドライビングにより総合優勝を飾った。また、国内ラリーでも活躍し、エントラントのほとんどがTE27型レビンで占められることもあった。

TE37型以降は、ツーリングカーレースへの参加もなく、ラリー関係者からは大きく重くなったボディが不評で、引き続きTE27型を使用するユーザーも数多く、目立った戦績は残していない。

TE71型にモデルチェンジした際にはラリーに使われることは少なくなり、ボディ剛性に優れるセダンGTや2ドアハードトップのGTがよく使用されていたが、サーキットでは空力的に優れているレビンがツーリングカーレースに参加し、好成績を収めていた。また、TE71型では18R-G型エンジンのターボ仕様を載せたスーパーシルエット(グループ5)仕様がトムスの手によって製作され参加していたが、ハンドリングに優れるも、パワーでは日産スーパーシルエット軍団[5]の前には歯が立たない状態だったが、バランスに優れた車体を生かして好成績を残している。

AE86型においては、開発当初からモータースポーツ参加を念頭に置いて開発されたと言う経緯がある(CG増刊「The 86」参照)上に、TE71型からのキャリーオーバー部品が多数存在していた為、発売後に数週間でラリーへ実戦参加する車両があるなど、積極的な競技参加が目立った。また、N1規定で行われるカローラ/スプリンター・ノーマルカップ(C/SNC)やN2規定で行われるカローラ/スプリンター・グランドカップ(C/SGC)などのワンメイクレースが開催されるようになったのも、この代からで以降も続けられるが、C/SGCは車両製作費が高騰したこともあり、1985年迄の2年だけで終了した。

グループA車両によるヨーロッパツーリングカー選手権(ETC)にも当初から参戦しており、日本で1985年から開催されたJTCの初戦で優勝を飾ることができたのも、ETCに参加していたことにより車両製作のノウハウが生かされたからである。各国内サーキットで開催されるアマチュアレースでも幅広く愛用されてきた。ホモロゲーション1996年に切れているが、2010年代に突入した現在でも、OKAYAMAチャレンジカップ富士チャンピオンレース等で多数が活躍しており、長く愛されている稀有なモデルである。

AE92型にモデルチェンジしてからは、JTCでシビック勢との争いが激化し、毎レースごとに互角の戦いを繰り広げていたものの、シビックがマイナーチェンジでVTECエンジンを搭載してからはパワーの面で大きく水をあけられ、苦戦が続いた。AE92型で追加されたスーパーチャージャー仕様はレギュレーションにより一つ上のクラスに編入されるため[6]逆に不利になり、レースでは使用されなかったが、国内ラリーでは軽量かつハイパワーな面が注目され、長く使用された。

AE101型にモデルチェンジされると、4A-GE型エンジンが20バルブ仕様に進化し、パワーではVTECと渡り合えたものの、今度はタイヤに泣かされることになる[7]。またレース仕様車にもスーパーストラットサスペンションを採用したことにより、足回りの熟成にも手間取ることとなってしまった。結局、JTCでは終盤、シビック優勢のままシリーズが終了してしまい、いま一つな結果で終わった。その後、全日本GT選手権(JGTC)2000年シリーズ第4戦に、3S-GTE型エンジンを搭載した車両が参戦した。

AE111型では、日本国内ラリーにおいて全日本からアマチュアレベルまで幅広く使用されてきたが、近年は出場クラスの排気量制限が上方に引き上げられたために、1,600ccクラスではパワー的に若干不利な点は否めない。レースではN1耐久(現 スーパー耐久)への参加が目立った程度で、C/SNCもAE111型デビューから2年ほどで終了してしまった。不景気による競技人口の減少と、スポーツカー離れが顕著になってきた時勢もあり、最後はさみしい幕引きとなった。

日本国外での名称[編集]

  • 北米では「カローラGT-S」の名称で販売されていたが、AE86・AE92は保安基準の関係でトレノのリトラクタブルヘッドライトを使用していた。似たような例は日産・240SX(S13)でも見られる。[8]
  • オーストラリアでは、現行型カローラのハッチバック(日本名:ランクス及びオーリス)、ワゴン(日本名:フィールダー)のスポーティモデルに設定されている。

車名の由来[編集]

  • レビンとは、英語で「稲妻」の意味。ただし古語であり、通常は英語で稲妻はlightningと言う。

脚注[編集]

  1. ^ 旧式ながらLASREエンジンに編入された
  2. ^ AE86の通称(グレード)3ドアはGT-APEX/GTVの2種類・2ドアはGT-APEX/GTの2種類 
  3. ^ AE86全てのグレードで4輪ディスクブレーキではなく2ドアのGTのみリアブレーキがAE85と同じドラムブレーキ
  4. ^ 前期との後期の違い フロントバンパー(ウインカー部)ー・テールランプ(大きさ)・テールガーニッシュ
  5. ^ スカイラインシルビアブルーバードの3車種
  6. ^ 過給機付きエンジン搭載車は、エンジン排気量が1.7倍に換算され、2.7Lとして扱われる。
  7. ^ グループAでは、量産車両で設定されているタイヤサイズからの拡大幅が制限されていた。
  8. ^ ヘッドライトの高さが、保安基準より低いため。240SXの場合も同じくリトラクタブル化(いわゆるワンビア状態)で対応している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]