トヨタ・スターレット

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スターレット (STARLET) は、トヨタ自動車で生産されていた乗用車である。

目次

[編集] 概要

パブリカのスポーティーな上級派生車として登場した初代はファストバックボディの2ドアと4ドアであり、1978年まではスポーティーグレードを廃止した2代目パプリカも併売されていた。2代目以降は3ドアと5ドアのハッチバックボディを持つ。2代目と3代目には商用車登録のバンも存在したが、ピックアップトラックは作られず、パブリカピックアップが1988年昭和63年)まで継続生産されていた。

前輪駆動化した3代目からターボチャージャー付きエンジン搭載車も登場し、「韋駄天」「かっ跳び」など走りのコンパクトとしての異名を持つ。

2代目以降の設計と組み立てには、豊田自動織機も参加している。

[編集] 歴史

[編集] 初代 P4#/5#型(1973年 - 1978年)

トヨタ・パブリカスターレット(初代)
P4#/5#型
販売期間 1973年 - 1978年
デザイン イタルデザイン・ジウジアーロ
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドアクーペ
4ドアセダン
エンジン 2K型 1L
3K型 1.2L
駆動方式 FR
全長 3,790mm
全幅 1,530mm
全高 1,310mm
ホイールベース 2,265mm
車両重量 755kg
先代 パブリカ(2代目)
-自動車のスペック表-

1973年(昭和48年)4月に2代目パブリカのスポーティーな上級シリーズとして、パブリカ・スターレットの名でデビュー(1000cc:KP45 / 1200cc:KP47)。初代セリカで好評であった「フルチョイスシステム」[1]に倣い、やや簡略化した「フリーチョイスシステム」を採用[2]していた。

ボディスタイルは2ドアのファストバッククーペで、直線的なエクステリアデザインは曲面主体の当時の国産車にあっては新鮮なものだった。同年10月、4ドアモデル(ファストバックセダン、1000cc:KP40 / 1200cc:KP42。)が追加され、トヨタ・スターレットとしてパブリカシリーズから独立する。

搭載エンジンは、パブリカと共通の2K型1000ccと3K型1200ccの2種で、1200ccにはさらにシングルキャブ(68馬力)とツインキャブ(74馬力)の2種が用意されていた。

1976年(昭和51年)2月にはマイナーチェンジと同時に昭和51年排出ガス規制を乗り切るため、改善の困難な1000cc[3]とツインキャブ仕様を廃止、1200cc・64馬力のシングルキャブ仕様のみに整理、型式もB-KP51系となった。同年9月にはATが追加(パブリカ共)された。

またモータースポーツでは、レースをはじめ、ラリージムカーナダートトライアルなどに広く用いられた。中でも、富士スピードウェイでのマイナーツーリングレースでは日産・サニー(B110型)、ホンダ・シビック(SB1型)との熾烈なバトルが繰り広げられた。TRDからは各種の競技用部品も市販された。また日本初のワンメイクレースは1981年から開始された「スターレットカップ」シリーズであり、2000年に「ネッツカップ ヴィッツレース」シリーズに引き継がれたが、ビギナーにもベテランにも楽しめるレースとして人気がある。

[編集] 2代目 P6#型(1978年 - 1984年)

トヨタ・スターレット(2代目)
P6#型
前期型
Toyota STARLET DX 1983 a.jpg
バン
Toyota-Starletvan.JPG
販売期間 1978年 - 1984年
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
5ドアバン
エンジン 3K型 / 4K-U型 / 4K-EU型
変速機 3速 / 2速AT
5速 / 4速MT 
駆動方式 FR
全長 3,745mm
全幅 1,535mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 730kg
-自動車のスペック表-

通称:「1300スターレット」。1978年(昭和53年)2月モデルチェンジハッチバックボディに転換。エンジンは先代モデルに用いられていた3K型の排気量をアップした4K型、72馬力へ変更された。

同時期のライバルはFFのものが多く、大衆車のFF化が進んでいた中でFRのままデビューした。また、同クラスで初めて全グレードにフロントディスクブレーキを標準装備したモデルである。他にも、衝撃吸収ステアリングやヘッドランプクリーナーといった装備も存在した。

リアアクスルは固定車軸ながら、先代のリーフリジッドから4リンク+コイルスプリングに変更されている。またロック トゥー ロック3回転のラックアンドピニオンステアリングギアボックスを採用。

発売時のグレード構成は、木目調インテリアやヘッドランプクリーナーなど最高級の装備を奢った「SE」、スポーツサスペンションなど走りを意識した装備の「S」、標準的な装備の量販グレード「XL」、ベースグレードの「DX」、廉価版の「スタンダード」となっており、スタンダード以外は3ドアと5ドアが選択できた。

同年10月、パブリカバンの後継車として、リアオーバーハングを延長した5ドアバン(KP61 / 62V)が追加された。なお、バンのみリアサスペンションはリーフリジッドで、エンジンも当初は、パブリカ時代と同じ1200ccの3K型(3K-U、3K-HJ '76年1月 - '77年8月)が搭載されていたが、1982年(昭和57年)1月に1300ccの4K-J型(KP61V)に変更されている。

廉価グレードのDX-Aに、自動アイドリングストップ機能の「エコランシステム」[4]が設定されていた。

1978年(昭和53年)2月 - 2代目発表。時流に乗り、背の高い2ボックスボディー+ハッチバックスタイルとなる。その後モータースポーツでのTRDのサポートなどが奏功し、人気車となる。同年10月 - バンを追加。

1980年(昭和55年)5月 - マイナーチェンジ。俗に中期型と呼ばれるこの時期のモデルは、ヘッドランプが前期型の丸型2灯から角型2灯になり、同時に女性仕様の「リセ」が追加されている。バンのヘッドランプのみは角型のライトベゼルに丸型のランプが入っている。

1981年(昭和56年)8月 - 吸気系統の変更で、運輸省届出型式は4K-Uのまま、カタログ表記がLASRE 4K-II に変更され、AT車も従来の2速から3速に変更された。

1982年(昭和57年)1月 - バンのエンジンを 3K-HJ 型から 4K-J 型へ変更。
同年8月 - マイナーチェンジ。俗に後期型と呼ばれているが、車幅灯がヘッドランプの横に移動(コーナーマーカー化)し、ハッチバックの開口面積が拡大され、インパネのデザインが大幅に変更されている。

1983年(昭和58年)4月以降、ドアミラー仕様車も追加、併売される。

前期型と後期型では同じP60系でも内外観の印象は大きく異なる。また、後期型では電子燃料噴射方式(EFI)仕様の「Si」「SE-EFI」「XL-EFI」が追加された。ただしその特性は、レスポンスや吹け上がりの面でキャブレター仕様に譲る。一方、競技用のベース車には廉価グレードであったDXやDX-A、スタンダードが好まれた。これらは安価な上、余計な装備が無く、軽量であり、改造に向いていたからである。カモシカ風のエンブレムを冠した最後のモデルである。

後輪駆動車のわりに中古車価格の値下がりが早く、アフターパーツが豊富に存在したことから、1980年代から1990年代にかけて競技用として普及し、サーキットレースやラリーで盛んに使用された。同時にチューニングカー愛好者にも普及し、当時は峠族環状族に人気があった。また、彼らの間ではエンジンのボアアップや、1600ccの4A-GE型に換装する改造が流行した。かつてはTS仕様のワンメイクレース「スターレットグランドカップ」が存在した他、少数ながら全日本ツーリングカー選手権に参戦した実績がある。近年では、2005年から岩井照宜D1グランプリで使用している。

また、1980年(昭和55年)にはTeam ACPによりパリ=ダカールラリーに参戦、時間外ながらも完走を果たしている[5]

当時のカタログには砂漠を片輪走行するシーンがあった[6]


[編集] 3代目 P7#型(1984年 - 1989年)

トヨタ・スターレット(3代目)
P7#型
Si(前期型)
1984年 - 1987年
3rdStarletSi.jpg
リア(欧州仕様)
Toyota Starlet 1988 Sweden.JPG
販売期間 1984年 - 1989年
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
3ドアバン
駆動方式 FF
全長 3,700mm
全幅 1,590mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 740kg
-自動車のスペック表-

ターセル / コルサの実績を踏まえ、80系カローラ同様、駆動方式を横置きFFに転換。フロントサスペンションは一般的なストラットであるが、リアサスペンションは簡潔なトレーリングツイストビーム(アクスルビーム)として、可動箇所と部品点数を極力減らす構成とした(低コスト化)。

ガソリンエンジンの排気量は1300ccで、クロスフロー・バスタブ形燃焼室を採用した直列4気筒 SOHC 12バルブの2E型を搭載。デラックスには受注生産でリーンバーンエンジンの低燃費スペシャル「パーシャルリーンシステム仕様」[7]が設定されていた。また、1987年にはパブリカ、スターレットを通して初となる、1500cc ディーゼルエンジン1N型を追加、型式名はNP70となる。

前輪駆動となってからも、Ri(自然吸気)・ターボRというモータースポーツ向けグレードが用意されていた。元々のスポーツグレードであるSi・ターボSに比べると、無塗装バンパー、商用グレード並みの内装など、快適装備類が削られ、より競技車両への改造が容易になっていた。KP各型の後を継ぎ、サーキットレースをはじめ、ジムカーナダートトライアルまで幅広い競技にエントリーした人気車種であった。

最量販グレードは充実装備のリーズナブルな実用グレードの「ソレイユ」であった。女性仕様にはリセがあった。ターボモデルには5ドアもあったが、販売台数は少ない。 現在では車両価格の低さ、軽さ、4Eエンジンへの換装の手軽さなどから、耐久レースなどのベース車として活用されている。

1984年(昭和59年)10月 - フルモデルチェンジ。前輪駆動方式に転換、型式もP70系となる。バンモデル(EP76V)も存在したが、先代とは異なり、乗用モデルの3ドアハッチバックと同じ車体であった。

1985年(昭和60年)1月 - お買い得価格の特別仕様車のソレイユが登場。1986年(昭和61年)1月にはカタログモデルに昇格。1987年(昭和62年)1月マイナーチェンジ後はエアコンとカラーバンパーを装備した特別仕様車の「ソレイユL」が度々限定販売された。

1986年(昭和61年)1月 - ネット105馬力にパワーアップをしたターボモデル[8]を追加。

1987年(昭和62年)1月 - マイナーチェンジ。ディーゼル車追加。ターボ以外のモデルはバンパーがやや大型化され、フロントグリルの変更を受ける。同時にEFI仕様車に4速ATを追加。

1988年(昭和63年)1月 - ターボモデルの一部変更でフォグランプ組み込みのフロントグリルを採用、同時に最大出力を110馬力に向上した。

1988年(昭和63年)8月 - モデルライフ末期ながら、Siとソレイユにキャンバストップ仕様を追加。

[編集] 4代目 P8#型(1989年 - 1995年)

トヨタ・スターレット(4代目)
P8#型
1992-1995 Toyota Starlet Soleil L.jpg
販売期間 1989年 - 1995年
乗車定員 5人
ボディタイプ 3ドア/5ドアハッチバック
エンジン 4E-F型 / 4E-FE型 / 4E-FTE型 / 1N型
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
駆動方式 FF / 4WD
全長 3,770mm
全幅 1,600mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 790kg
-自動車のスペック表-

1989年平成元年)12月にフルモデルチェンジ。1300ccエンジンはSOHC12バルブから、ハイメカツインカムII(DOHC16バルブ)となる(最高出力はキャブレター仕様が82ps、EFIが100ps、GTのターボ仕様が135ps)。スターレット初の4輪ディスクブレーキをGTに搭載し、オプションのABSはクラス初である。前代まで続いた4ナンバーの商用モデルは廃止された。

型式名は、前輪駆動モデルはEP82、四輪駆動モデルはEP85、ディーゼルエンジンモデルはNP80。

1992年(平成4年)1月のマイナーチェンジで、全てのエンジンがインジェクション仕様となる。SRSエアバッグも用意される。バックドア(ハッチ)にリアコンビランプを横長に見せるガーニッシュを追加。

このモデルから全てのエンジンがDOHCと1気筒あたり4バルブになったが、初期のGTはシャーシに対し出力がオーバースペック気味で、ハンドリングが過激な車だった。後のマイナーチェンジで足回りが見直され、ハンドリングマナーもやや落ち着いたものとなる。最終型では丸型ヘッドランプとなり、ホットハッチらしい風貌となった。

GTは当然ながら、NAモデルも歴代最高の出力を誇ったことや価格の低さを買われてレースに多用されている。特に、富士スピードウェイで行われているアマチュアレース「富士チャンピオンレース」のN1400クラス(排気量1400cc以下の市販車をベースとしたN1レース)は、2010年(平成22年)現在このEP82型NAモデルのワンメイクレースとなっている。

前期型SIはEFI仕様100PSで5MT/4AT、S及びキャンパストップが電子制御キャブレター仕様で5MT&3AT、ソレイユ系は電子制御キャブレター仕様で4MT/3ATという組み合わせだったが、中期型からは全グレードがEFI化したのに伴い、SIはSに改称(IはEFIのIのため)。4WD車、ディーゼル車は、ソレイユ系でも4AT/5MTである。

特別仕様車は、中期型にGTリミテッド、ソレイユL Memorial、ソレイユL Can 等があった。尚、ソレイユLは、低いグレードにもかかわらず、中期型からパワーウィンドウ&パワードアロックがメーカーオプションで装備できた。

尚、一部特別仕様車を除いて、GTはパワーウィンドウ&パワードアロック、エアコン、フルホイールキャップはすべてオプション設定。

4WDモデル改FRドリ車仕様が雑誌「ドリフト天国」によって制作された。モチーフは前述のKP61型でフェンダーミラーがついている。


[編集] 5代目 P9#型(1996年 - 1999年)

トヨタ・スターレット(5代目)
P9#型
欧州仕様
Toyota Starlet Carat.JPG
Toyota Starlet Carat Heck.JPG
販売期間 1996年1月 -
1999年8月(生産終了)
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
エンジン 4E-FE / 4E-FTE / 1N
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
駆動方式 FF / 4WD
サスペンション 前:マクファーソンストラット式コイルスプリング
後:トレーリングツイストビーム
※4WDはトレーリング車軸式
全長 3,740 - 3,790mm
全幅 1,625mm
全高 1,400mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 810kg - 1,020kg
後継 トヨタ・ヴィッツ
-自動車のスペック表-

1996年(平成8年)1月にフルモデルチェンジ。衝突安全ボディ、"GOA"となる。型式名は前輪駆動モデルはEP91、四輪駆動モデルはEP95、ディーゼルエンジンモデルはNP90。

スポーティーな外観を持つモデルは、それぞれ、4E-FE型エンジン(1331cc)を搭載した自然吸気モデル"グランツァS (Glanza S) "、4E-FTE型エンジン(1331cc)を搭載したターボモデル"グランツァV (Glanza V) "という名称になり、3ドアのみラインナップされた。

ターボモデルには本格的なスポーツ走行を目的とし、快適装備を省いたモータースポーツパッケージ (MSP) も用意された。EP91型のターボモデルでは、安全性に配慮(駆動系の保護と過度のホイールスピンを防ぐ)し、1速(発進時)では加給圧を抑える機構が追加されている。また、任意でブースト圧を低く設定できる「ローモード・スイッチ」は先代から引き継がれている。

4E-FE型エンジンを搭載した自然吸気の通常モデルは"ルフレ(Reflet / Reflet f / Reflet x) "という名称になり、3ドアと5ドアがラインナップされた。EP82型搭載のEFIエンジンと同型式ではあるが、環境性能・運転性などを重視したチューンにより、最大出力が下がっている。

EP91系ターボモデルは、グランツーリスモシリーズ首都高バトル01といったレースゲームに登場している。

1994年(平成6年)5月 - マイナーチェンジで6年間続いたキャンバストップの生産が終了。

1997年(平成9年) - 各社のレトロ調モデルの追加に合わせ、クラシック風のドレスアップモデルとして"カラット (Carat) "が登場。自然吸気エンジン全車に TDI (Toyota Direct Ignition System) を採用。なお上位モデルのルフレxは、内・外装デザイン以外の性能は自然吸気スポーツモデルのグランツァSと同等であった。

1998年(平成10年)1月 - マイナーチェンジ。同年10月には特別仕様車としてカジュアルRV(RV風)の"リミックス (Remix) "(ラシーンに対抗したモデル。5ドアのみ)もラインナップされ、バリエーションを拡充。

1999年(平成11年)8月 - ヴィッツの1300cc車グレード追加と同時に生産・販売を終了。

[編集] 車両型式と姉妹車

型式(かたしき)表記はトヨタの通例どおりで、"KP##"、"EP##"などである。最初のアルファベットはエンジン型式、後のアルファベットの"P"は車種「スターレット」を意味する。"P"は初代モデルであるパブリカスターレット、およびその先代のパブリカから引き継いだもの。

また、トヨタ自動車には、スターレットとサスペンションやパワートレイン(エンジン、トランスアクスル)を共用する、ターセルコルサカローラII(共に型式は"L"。これらのハッチバックが類似車。)が存在するが、スターレットは単独の型式"P"を持つため、姉妹車の扱いとはなっていない。両系列共に第2開発センターの車種であるが、開発チームも分かれている。

[編集] 脚注

  1. ^ エンジン、外装の他、内装にも材質、装備の品目等によるグレードが設定されており、内外装色、トランスミッションなども含め、ある程度自由な組み合わせが可能で、ユーザーが自分の好みに合わせられるという販売システム。
  2. ^ 1976年(昭和51年)2月以降は設定がなくなる。
  3. ^ 1000ccエンジンのリアトランク付(3ボックス)4ドアセダンは1999年(平成11年)9月発表のプラッツまで空位となる。
  4. ^ DX-Aの5速MT車で販売期間は1981年8月 - 1984年10月
  5. ^ TBSおはよう720」・「おはよう700」内の、トヨタ車で世界を走破する企画、「キャラバンII」の延長で、横田紀一郎を中心とするメンバーもほぼ同じ。これ以降、トヨタはパリ=ダカの市販車無改造クラスを中心にラリーレイドにも参戦する。
  6. ^ これらはトヨタF1チームの元監督、オベ・アンダーソンの運転によるものであった。
  7. ^ 寒冷地仕様車には設定無し
  8. ^ ターボモデルはバンパー組み込みフォグランプ内蔵大型エアロ風バンパーとボンネット上のエアースクープ。

[編集] 車名の由来

  • 英語で「小さな星」の意味の名詞、starletから。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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