マニュアルトランスミッション
マニュアルトランスミッション(英: Manual Transmission, MT、手動変速機)とは、運転者の任意により減速比(ギア)を選択するトランスミッション(変速機)で、主に自動車、オートバイ、鉄道車両などに採用されている。
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概要 [編集]
一般的にマニュアルトランスミッション(以下MT)は、減速比が異なるギアの組を、変速段数と同じ数だけ持つ。これに対し、代表的なオートマチックトランスミッション(以下、AT)は、遊星歯車機構の動作を切替えることで減速比の変更を実現しており、変速段数とギアの組数は必ずしも一致しない。現代の自動車に搭載されるMTは、運転者が任意のギア段に飛び越して変速することが可能である。他方、オートバイやレース車両に見られるMTでは、隣り合うギア段でしか変速することができないものが多い。後者を特にシーケンシャル方式と呼ぶことがある。
ATが開発され普及した結果、レトロニムとして旧来の手動による変速機がMTと称されるようになった。イギリス英語ではマニュアル・ギアボックスとも呼ばれる。日本語の慣例ではMT、マニュアルなどと略称される。また、一部地方で「ミッション」という単語がMTの略語として使われることがあるがこの単語は変速機全体を示すもののため誤用である[1]。
2010年代においては、日本国内の自動車販売台数におけるMT方式のシェアは非常に少なく、MTが主流の業務用の大型車や作業用車両、趣味性が強いスポーツタイプ乗用車などに搭載されるに留まる(詳しくは後述)。
内部構造 [編集]
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後輪駆動車用の5速MTの一般的な内部構造図
(車体を真横から見た際の構図)
シャフト [編集]
MTには様々なギアやシンクロメッシュ機構(後述)などが取り付けられた幾つかのシャフトが備わっている。後輪駆動車のMTの場合、普通は3つのシャフトを持っている(上図参照)。それぞれインプットシャフト、カウンターシャフト、そしてアウトプットシャフトである(以下、それぞれインプット、カウンター、アウトプット)。
後輪駆動車のMTでは、インプットとアウトプットは同一直線上にあり、実際には一本のシャフト状に組み合わさっている場合が多い。この複合シャフトはメインシャフトと呼ばれる。この入力端と出力端は一方が中空になっており、もう一方のシャフトがその中へ入り込み軸受で支えられているため、独立して回転できる。
カウンターには変速段数に応じた数のギアが付いている。インプットが回転すればそれに連れてカウンターが回転し、さらにアウトプットに付いている各前進ギアも回転する(上図の黄色部分に相当)。ただし、アウトプットに付いているギアは軸受を介してシャフトに付いているため、アウトプットとは独立して回転できる。
動力の伝達については、アウトプットに付いているドグ歯を備えたスリーブが、ギア側ドグ歯に噛み合うことによって行われる(上図の緑色部分)。つまり、シフトノブによる変速操作はすなわちスリーブの操作である。無論、2つ以上のスリーブが同時に結合されることはない。これによって、数あるギア段の中から1組のギア段だけを選んで、求める動力を得ることができる。後進段は通常はこれとは異なる構成になっている(後述)。
なお一部のMTでは、インプットとアウトプットが直結して1:1のギア比になり、カウンターを経ずに力を伝達することができる(上図の「4速直結」部に相当)。この直結状態のギア段を、減速していない最上位の段であることから「トップギア」と称する。1:1を越えて増速するギア段は、旧くは「オーバートップ」、現代では「オーバードライブ(OD)」と呼ぶ。
また、大部分の前輪駆動車のMTは、以上とは異なる設計になっている。まず、最終減速機構を含むディファレンシャルギアを内蔵する。また、シャフトはインプットとカウンターの2つしかない。インプットはトランスミッションの全長を貫いており、カウンターを直接回転させる独立したギアは存在しない。2番目のシャフト(カウンターまたはアウトプット)の出力端にギアがあり、ディファレンシャルギアのリングギア(最終減速機構)に接続している。
シンクロメッシュ機構 [編集]
詳細は「シンクロメッシュ」を参照
スリーブのドグ歯がギア側ドグ歯と接続する際、お互いが異なるスピードで回転していると噛み合うことができず、歯同士がぶつかり大きな音が発生する(いわゆるギア鳴り[2])。これを解消するために、現代の自動車用MTのスリーブには、シンクロメッシュ(以下、シンクロ)と呼ばれる機構が備わっている。これは、運転者がシフトノブを操作してギアを入れようとする際、腕力を介して機構中に発生する摩擦力を利用して、スリーブとギアの回転を同調させる機構である。シンクロの普及によって、旧来の自動車の変速に必須とされてきた回転合わせ(ダブルクラッチなど)が不要となり、変速に要する技量は格段に小さくなった。シンクロの詳しい設計はメーカーによって異なる。
後進ギア [編集]
後進ギアの構成は前進ギアのそれとは異なる。MTのコストを下げるために、以下のような構成になっている。
後進も1組のギアで構成される。カウンターおよびアウトプットにそれぞれギアが固定されている。後進ギアが選択されると、リバースアイドラーと呼ばれる小さなギアがその2つのギアの間に滑りこみ、カウンター→アイドラー→アウトプットと動力を伝達し、間に1枚のギアが入るため回転方向が逆になる仕組みである。このため、後進段選択時にアウトプットとカウンターの間に回転差があると、アイドラーギアがスムーズに噛み合わない。車が前進しているときに後退ギアにシフトしようとするとガリガリとギア鳴りを起こすのは、これが原因である。またカウンターの惰性回転時も同様の現象が起こるため、回転を止めるためのブレーキを装備しているものもある。運転者は自動車を静止(すなわちアウトプットの回転停止)させ、それから後退ギアを選択するが、その際にMT内部のブレーキがカウンターを止め、アイドラーギアの挿入を容易にするのである。
この方法で構成された後進ギアは回転すると大きなうなり音を出す。これは、前進ギアの歯は軸に対して斜めに切られた斜歯歯車であるのに対し、後進ギアはアイドラーギアが滑りこむことを考慮して、歯が軸に対して平行な平歯車を使用しているためである。斜歯歯車は構造的に複数の歯が同時に噛み合うため、噛み合い状態の変化が少なく、騒音の原因となるような振動が発生しにくい。しかし平歯車では同時に噛み合う歯は原理的に1つであるため、回転につれて噛み合い状態が変化(噛み合い位置が歯先~歯元で変化)することによって摩擦音や歯のたわみによる振動音が発生し、バックラッシュによる歯面打音がこれに加わる。後退ギア走行で聞かれる特有のうなり音はこれらの複合音である。
後進ギアを平歯車で設計することは、幾つかの妥協(低い強度、シンクロなしで噛みあわせること、および大きな騒音)の産物であることは明らかであるが、自動車の後進の使用頻度やその負荷(後退時に最大出力を使うような機会は滅多にない)から問題ないものと考えられている。MTによっては後進段にも前進段と同様にドグ歯やシンクロを使用するものがあるが、ギア自体は平歯車のままの場合が多い。
種類 [編集]
自動車用に限れば、現代のMTは上記の「シンクロ型常時噛み合い式」が基本である。旧来のMTを含めた場合は、シンクロの有無によって大きく2種類に分けられる。シンクロが一般化した現在では、シンクロを持たないMTを「ノンシンクロ」と呼ぶこともある。開発普及の順はノンシンクロ型選択摺動式、ノンシンクロ型常時噛み合い式、シンクロ型常時噛み合い式である。
ノンシンクロ型MT [編集]
詳細は「ノンシンクロトランスミッション」を参照
最初期の自動車に搭載されたMTは、シンクロを備えていなかった。無論、走行中の変速は可能であり後進ギアも備えていた。しかし、ギアの選択はギア自体をスライドさせて噛み合わせる選択摺動式か、単純なドグ歯を噛み合わせる常時噛み合い式であったため、変速時にはデリケートなギア抜き・入れ操作、およびアクセルとクラッチの操作が要求された。そうしないと、うまくギアが噛み合わないばかりか、ギアを傷めることもあった。
高いギア段に変速する際は、カウンターの回転数を落としてアウトプットの回転数に合わせる必要がある。これは現代のMT操作と同様に、クラッチを切りギアを抜いた状態(ニュートラル)を介することで自然と実現される。しかし、スムースにギアを繋ぐにはシフトノブの感触や音により、ギアがきちんと噛み合ったことを感じ取らなければならず、この操作には経験と熟練を要した。一方で、低いギア段に変速する際は、カウンターを加速させなければならないため、いったんニュートラルにした上でクラッチを繋ぎ、エンジンを煽ってカウンターを加速させ、改めて目的のギアに入れるという、いわゆるダブルクラッチを必要とする場合もあった。
実際のところ、このようなノンシンクロ型においては、クラッチを全く使わないで変速する方が簡単であった。その場合には、クラッチは静止状態から動き出すときにのみ使用されることになる。この操作方法は車両の空走時間を短縮できるため、ノンシンクロ型を搭載するレース用車両で現在でも一般的に行われている。
現在市販される自動車のMTは例外なく後述のシンクロ型であるが、大型車両や建設機械では俗に「クラッシュボックス」とよばれるノンシンクロ型を未だに採用する事例がある。これにはいくつかの理由がある。まず、シンクロの摩擦材は、接触相手である鋼製ギアの摩耗を防ぐために、鋼より柔らかい真鍮を主とする合金で作られており、定期的に分解交換が必要である。この磨耗が避けられないシンクロをなくすことで耐久性と信頼性が増し、部品点数が減り構造が単純になる結果、強度が上がりコストが下がる。これに加え、レース用車両では変速に要する時間が、シンクロ型よりもノンシンクロ型の方が早い場合もある。これに準じ、スポーツタイプの市販車両に搭載するMTにおいては、シンクロのドグ歯の耐久性をある程度犠牲にすることで、シフトフィールを大きく損なうことなく変速速度を向上させるものもある。
シンクロ型MT [編集]
現代のMTはシンクロを備えた常時噛み合い式(上述)が主流である。選択摺動式のようにギアそのものの噛み合わせを行う必要がないため、シンクロと組み合わせることによって、変速に要する技量は大幅に減った。
現代的なコーン型シンクロはポルシェにより改良が進められ、1952年にポルシェ・356に搭載された。その後、何年にも渡ってコーン型シンクロは「ポルシェシンクロ」と呼ばれることとなった。1950年代前半、大部分の自動車ではシンクロ1つと簡単なリンケージで済む「2速・3速のみシンクロ機構付のMT」を搭載していた。当時の運転マニュアルでは、2速から1速へ変速する際はいったん完全に停止し、それから1速に変速して再発進するのが最良と記されていた。しかし、機構の絶え間ない改良により1960年代には1速、そしてその後4速、5速、6速と前進全段にシンクロを持つ「フルシンクロ型」へ進化した。現在の技術では、シンクロを使わずに常時噛み合い式MTを構築することができるが、変速時の振動や騒音(いわゆる変速ショック)を抑制するためにも、シンクロが用いられ続けている。なお前進全段にシンクロを搭載することが一般的となったため、これを区別する「フルシンクロ型」という呼称は現在では廃れている。
設計のバリエーション [編集]
さまざまなギア段数 [編集]
MTはしばしば4、5あるいは6段、一部の車両は7、8段の前進ギアを備えている。ほぼすべての場合で後進ギアは一つである。3段あるいは4段のMTはほとんどの場合、最高段は直接駆動、つまりギア比が1:1である。5速以上のMTについては最高段は通常、オーバードライブギアであり、ギア比は1:1未満である。古い自動車は3速MTを装備するのが一般的だったが、高性能モデルでは4速MT、さらに洗練された自動車では5速MTを装備していた。
日本国内においては、5速MTはトヨタ自動車によって開拓され、1970年代には安価な量産車や軽トラックにさえ使われ始めた(トヨタ自動車では各々のモデル名に接尾辞「SR5」を付けることによって、それが5速MTを持っていることを宣伝した)。今日では、量産車向けのMTは全て5速であるが、6速MTが1990年代の初めに高性能車に出現した。最近では高性能車のみならず、量販車にも広がってきている。
外部オーバードライブ [編集]
前進3段または4段しかなかった初期のMTでは、好燃費となる高速巡航のためのオーバードライブ比率が不足していた。これを補うために、シフトノブに組み込まれたボタンによって作動する、MTとは別体のオーバードライブユニットが組み込まれていた。代表例として、販売台数が多かったイギリスのスポーツカー、MGBが挙げられる。
クロスミッション [編集]
詳細は「クロスレシオトランスミッション」を参照
一部の競技向けに使用される車両では、ギア比の差を小さくして(クロスレシオ)全般的に低くしたクロスレシオのトランスミッションが用いられ、俗に「クロスミッション」と呼ばれている。一般的に発進加速や、低回転域のトルクによる加速性能を重視する競技で有効であり、反面最高速度域は一般的なギア比より低くなりがちとなるため、長距離巡航には向かない。
なお、通常の5速MTを6速に設計変更する場合、従来の5速ギアの歯数のみを6速に準用して、1-5速のギア比を詰めて実質的なクロスミッション化が行われる場合[3]もある。
軸とギアの構成 [編集]
インプットは必ずしもカウンターを回転させるピニオンギアを回すわけではない。ギアをインプットそのものにマウントし、カウンターに付いたギアと噛み合わせる方式もある。この場合、カウンターがアウトプットを回す。言いかえれば、駆動されるギアや駆動するギアをどの軸に載せるかは設計に依存する。
クラッチ [編集]
詳細は「クラッチ」を参照
トランスミッションを使っているすべての乗り物は、停車や変速のために、エンジンとトランスミッションを切り離すためのカップリング装置が用いられる。MTではクラッチがこの役割を担う。自動車ではクラッチは通常、ペダルによって操作される。オートバイではハンドルの左側に付いたレバーがこの役割を担う。
クラッチペダルが完全に踏み込まれているとき、クラッチは完全に外れ、エンジンのトルクがトランスミッションないし駆動輪へ伝達されなくなる。この状態で、ギアを選択したり自動車を止めることができる。一方、クラッチペダルが完全に放されたときクラッチは完全に接続し、エンジンのトルクがトランスミッションを経て駆動輪に伝達される。この状態ではクラッチは滑らず、ほぼ動力の損失無く車輪に伝達される。これらの両極端の中間は半クラッチと呼ばれ、クラッチペダルの踏み加減に応じて、クラッチが滑りつつトルクを伝達する。例えば自動車を発進させるときは、エンジンが回転を保てる最低限の回転数(いわゆるアイドリング)に応じた車速に引き上げるまで、半クラッチの利用が不可欠である。また変速において、ギアを選択したあとクラッチをつなぐ際に半クラッチを介することによって、エンジンとトランスミッションの回転差によって生じるショックを和らげることができる。半クラッチ開始におけるトルク伝達を滑らかにするために、クラッチ板にはクラッチダンパーというばねが組み込まれている。これはクラッチジャダーというトルク変動の軽減に効果がある。なお半クラッチの際、トルクは摩擦によって伝達されるので、動力が部分的に熱として捨てられる。長時間半クラッチを続けると、過熱によってクラッチ板を傷める可能性がある。
熟練したモトクロスやオフロードオートバイの乗り手は、コーナー中に下げざるを得なかったエンジン回転数を、瞬時に最高の出力を得られる回転数付近へ上げるために、コーナーを出るときにクラッチを瞬時に「叩く」あるいは「煽る」ことがある。これと同様の操作は、自動車でドリフト走行のきっかけに用いる運転者もおり、「クラッチ蹴り」と呼ばれる。いずれもクラッチに過大な負荷を強いる操作であると同時に、一般における走行では使用すべきではない(特に1~3速の変速でクラッチをつなぐ際に急激にクラッチをつなぐといきなり動力が伝わり、結果急発進してしまう為、一般走行ではクラッチはゆっくり繋ぐ事が求められる)。
ちなみにAT車では、エンジンとトランスミッションの切り離しにトルクコンバータが使われる場合が多かったが、近年はそれを用いないものも増えている。
クラッチスタートシステム [編集]
詳細は「クラッチスタートシステム」を参照
停車時に1速や後退にギアを入れて駐停車したことを忘れたまま、クラッチを完全に踏まずに始動させてしまったり、始動前からエアコンのスイッチをONにしているなどして車両を大きく衝動させてしまい、物損事故や人身事故を招くという事例も発生している。また、高齢世代や寒冷地では始動直後のエンストを防ぐため、アクセルも同時に踏みながらエンジンを始動させる人も少なくない。普通はギアをニュートラルにして始動するためアクセルを踏んでも問題はないが、ギアを入れたまま始動すればアクセルを踏まなくても大きく衝動を起こす危険がある。そのため、日本国内において1999年7月以降より新車で販売されているMT車には、クラッチを踏まないとエンジンがかからないクラッチスタートシステムの採用が義務付けられている。それ以前の車には採用されていないものが多い。
適応と普及、現状 [編集]
乗用車 [編集]
現在では多くのタイプの自動車にATが採用されているが、MTは比較的製造コストが低く、動力の伝達が効率的であるため、かつてはMTが主流で、ATはオプション設定であることが多かった。またエンジンの小さい小型車については、初期[4]のATはトルクコンバーターの損失が大きく走行性能が悪かったため、エンジンの動力を効率的に使えるMTの方が適していた。さらに、スポーツカーやオフロード車などエンジンの性能を最大限に引き出す必要がある車ではMTが多く採用されていた。しかし近年では、無段変速機(CVT)や従来ATおよびそれを制御するコンピュータの性能向上などにより、MTは数を減らしつつある。
日本では1980年代後半まで、MTは自動車やオートバイの変速機構の主流であった。1990年代以降、一般的な乗用車はATへの移行が進み、MTはスポーツモデルや一部の廉価グレードを中心に残るに留まっている(アメリカのMT車の普及率は4.4%[5]、日本の場合は1.7%[6]と十数年で激減した)。また、日本メーカーのほとんどの国内向け高級車はAT仕様のみである。現在もMTが主流な欧州車でも、日本へ輸入されるものにはMTが設定されていないものが多い。また、デュアルクラッチトランスミッション(DCT)などのトルクコンバーターを使わないAT車種も増えている。
アメリカ、東南アジア、中東、豪州などではMTは人気がなく、ATが標準的であるが、ヨーロッパや一部の途上国では多くの自動車がMT装備で販売される。ただし、ヨーロッパでも最近はATが増えつつあり、2008年に西ヨーロッパで製造された車は75.2%がMT、16.1%がトルクコンバータ式AT、8.7%がその他のAT(DCT、CVT、セミAT)である。アメリカや日本では、レンタカーのような一部用途の自動車は例外なくATが搭載されているが、ヨーロッパでは正反対である。そのため日本メーカーも、日本国内仕様にはMTを設定しない車種でも、輸出用にはMTを設定している車種が多い。
一部の国や地域では、自動車運転免許の取得において、運転できる車両をAT車のみとする限定免許が設定されている(日本での定義はクラッチペダルが無い車両)。限定を取り払いたい運転者は、追加の講習や試験(日本では限定解除審査と呼ばれる)に合格する必要がある。詳細はオートマチック限定免許を参照。
営業用自動車 [編集]
トラックやバスなどの大型車では重量が大きいことや、運転手が基本的に運転に熟練した職業運転手であること、そしてビジネス用途でなにより重視されるコスト(車両価格や燃費)の低さという点で依然MTが主流である。営業車は自家用車に比べて走行距離が長いうえ、業者によっては保有車両が数千、数万台に達するなど、数パーセントの燃費の差が利益に大きく影響を与えることになる。しかし、普通免許で運転できる小型トラックやライトバン(おおよそ1トン積み以下)、配送業務のアルバイトやホームセンターの貸し出しトラックなどではATへの移行が進んでいる。また大型トラックであったとしても、クラッチのみを自動化またはトランスミッション自体はMTのままで自動変速機構を備えたセミATが長距離トラックを中心に広まっている。長距離運転するドライバーの疲労を軽減するのが目的である。
一方、大型バスやトラックでもATしか設定がない車種が存在する。以下はその一例。
- UDトラックス(旧:日産ディーゼル)
- KL-UA272KAM型フルフラットノンステップバス - 構造上MTの搭載が不可能(他社製のフルフラットノンステップ車も基本的にはATのみ)
- スペースアロー/スペースウィング(RA273・274系) - 軽量化と経済性を狙ってライバル車種に比べて小排気量のエンジンを搭載するため、動力性能の低下を補完する目的でMTの設定がない。
- 三菱ふそうトラック・バス
また、日本のタクシーでも近年までMTが主流であった。しかし近年のAT普及の波に勝てず、二種免許のAT限定が認められたこともあり、タクシーでもATが多くなっている。もはや大都市圏でMTのタクシーを見ることは稀である。2011年には第二種普通運転免許の取得者18,901人中9,224人と49%がAT限定になっており、AT限定で取得する者が半数となっている[7]。さらには、2008年から2009年にかけて中型タクシー用車両のトヨタ・クラウンコンフォート、トヨタ・クラウンセダン、日産・セドリック営業車がATのみになり、中型タクシーを中心にタクシーのAT化がさらに加速する見込みである。
オートバイ [編集]
オートバイでは50ccスクーターを除き、ほとんどがクラッチレバーを持つMTであった。しかし1990年代後半以降、いわゆるビッグスクーターの人気が高まり250ccクラスまでは販売台数の大半がAT車となった。それに伴い、2005年には普通二輪免許(小型限定も含む)と大型二輪免許にAT限定が新設された。250ccを超えるクラスでもAT車の販売比率は徐々に増加している。なおオートバイの場合はMTといっても、現代の自動車と違ってほぼ全てがノンシンクロミッションである。
軍用車 [編集]
軍用車両は信頼性や耐久性、保守性が求められるためMTが搭載されてきたが、アメリカ合衆国においては徴兵制度もあいまって、また日本においてはAT車が事実上の標準になった事情があり、軍用車両へもATを導入する必要があった。当初は燃費が悪い、走行性能が悪いなどの苦情も出ていたが、それを改善しようとメーカーが努力し、これがAT一般の耐入力向上(高出力エンジン対応)や耐久性、信頼性の向上に寄与した。
また、大型トラックや特殊車両などの場合、MTでは操作に習熟した者でないと発進すら困難な場合があるが、ATでは自動車の運転ができる者ならある程度運転することは可能であり、小型車両においても片手片脚を負傷した状態でも運転可能となる。そのため、常に人員の損耗や負傷に備えねばならない軍隊でのAT化はメリットともなる。
整備 [編集]
クラッチは、主に半クラッチの使用で磨耗していく。良質のクラッチを熟練した運転手が扱う場合は何十万kmも走ることができるが、運転技能やトランスミッションの潤滑オイルの交換頻度などの諸条件によっては、修理あるいは交換頻度の増加の原因になる。
MTはギアオイルで潤滑されている。ギアオイルはATの潤滑油(ATF)ほどの頻度ではないが、定期的に交換しなければならない自動車もある(トランスミッションの修理や漏れの補充を除いてはギアオイルは交換不要であるとするメーカーもある)。前輪駆動車の場合はギアオイルがディファレンシャルギアのオイルも兼ねていることが多く、交換頻度は格段に高くなる。
MTを構成している斜歯歯車での歯面の滑りや大トルク伝達時の歯面の圧力で油膜が切れるのを防ぐため、ギアオイルには硫黄やリン、亜鉛等からなる極圧添加剤と呼ばれる化合物が添加されており、特有の匂いがある。一部の製造業者ではギアオイルにこれらの添加物を使わず、最近までは通常のエンジンオイルを指定していたが、現在ではエンジンオイルの強化版であるらしい自社ブランドのギアオイルを指定している。
オートバイのクラッチはエンジンオイルに浸されている湿式クラッチが大半である。これは通常、エンジンの下半分とトランスミッションがケースごと一体化しており、同じオイルがエンジンとトランスミッションの両方を潤滑する。そのため四輪用エンジンオイルや一部のオイル添加剤を使用すると、クラッチ滑りを起こす可能性があるので、極力オートバイ用エンジンオイルを使用することが望ましい。
その他の変速機との比較 [編集]
乗用車の場合、一般的な自動変速機と比較した場合、
- 同じ車で比較した場合、ATの方が大型であるため、MTの方が軽量である。
- 伝達機構が単純で高効率な歯車伝達方式であり、変速機構自体はどの自動変速機よりも伝達効率は高い。
- 駐車場などで低速で移動する際、AT車はクリープをブレーキで調整するのに対し、MT車はアクセルをふかしながら半クラッチで速度を調整するという手法をとる。このため、MT車のようにとっさにクラッチを切れないAT車は、ブレーキとアクセルペダルを踏み間違えた時、破滅的結果を招く可能性が高い。
「ブレーキとアクセルの踏み間違え事故」も参照
- バッテリーが上がりセルモーターでのエンジン始動が不能になった場合、押しがけや引きがけ[8]によるエンジンの始動が可能である。
- 踏切内でのエンジン故障などの緊急時に、ギアを入れたままセルモーターを回すことによって、短距離であれば移動が出来る。ただし、近年の車に装備されているクラッチスタートシステムを使用できないように改造しているか、搭載していない古い年式の車種に限定される。
- 発進の際にクラッチを切ってギアを投入するという一連の作業が存在するので、アイドリングストップ機構を組み込みやすい。しかし、近年は変速機の種類に関わらず同機構を搭載した車種が増えている。
上記のようにATに対して様々な利点があるが、ATの多段化や高性能化、CVTやセミATの普及、やDCTのようなトルクコンバータを使わないMT由来のATの出現、制御コンピュータの高性能化、そして何よりMTは良くも悪くも運転者の技量・思考が反映されやすく、変速やクラッチ操作の違いにより乗り心地や加速力、燃費、機構の寿命などが変動しやすいため、ほとんどのメリットは日本では重要視されなくなりつつある。また近年の日本では、AT車が主流となり以下のような状態が発生している。
- クラッチ操作が要らないためATのほうが楽に運転できることや、1990年代以降はAT限定免許が普及したことなどから、ATへの需要シフトによりMTが一部の趣味的な用途の車と位置付けられ、MTが用意されている車種は激減した。逆にMTのみの運転経験しかない者にはAT車のクリープ現象が精神的負担となる場合もある。
- かつては同一車種の同一グレードで比較した場合、AT車はMT車と比較して割高なことが多かったが、AT車の普及により価格差が少なくなった。現在はMT車とAT車の価格差がない場合が多い。特殊な例では、ダイハツ・コペンの場合、2010年のマイナーチェンジでMT車のほうがAT車よりわずかながら高くなった。またフィットRSの場合、多少の装備差はあるものの、MT車のほうがCVT車より20万円以上高く設定された時期があった[9]。
- 自動変速技術の向上、自動変速に連動させたエンジン回転数、燃料噴射などの制御技術など変速機以外の技術向上によって、総合面での効率上の優位が小さくなっている。
- 一例としてトヨタ・カローラアクシオの1500cc・2WDモデルの燃費は、CVTで20.0km/L[10]、5速MTで18.0km/L(いずれもJC08モード)[11]。無論、CVTの方が10kg~20kg程重い。ただし、日本でカタログに記載される燃費の測定では、MT車は全車共通の変速パターンを用いなければならないのに対し、AT車、およびCVT車はそれぞれDレンジで行うため、AT車、およびCVT車のみその車に最適な変速パターンを用いることができるという測定条件の大きな違いがある[12]。
- かつてはスポーツカーには必ずと言っていいほどMTが搭載されていたが、性能を追求した結果、日産・GT-Rがスカイライン時代と異なりDCTのみになったり、スポーツカーの代名詞的存在のフェラーリやランボルギーニもMTを廃止する意向である。特に前述した高性能なスポーツカーほどそれが顕著である[13]。またF1をはじめとしたレース車両でも、MTの変速操作を自動化したセミATが主流になっている。
- クラッチペダルを踏んで変速・エンジン始動を行うという仕様上、クルーズコントロールやエンジンスターターなどの装備が使用できない場合が多い。
- 複数の人物で車両を共有する場合、AT限定免許を考えMT車は導入しない場合が多い。レンタカーやカーシェアリングではそれが顕著である。
- そもそもメーカーラインナップの減少で選択肢が狭まり、MT車を選びたくても選べない。そのため以下のような状況が発生している。
- 車種によってはMTで乗りたければミッションスワップや逆輸入・並行輸入を行わざるを得ないような状況になっているため、ミッションスワップキットまで登場するまでになっている。ミッションスワップキットの例(SARD製・トヨタ・Nプラットホーム車用)
- 競技ベース車が無くなっていることから、チューニング関連業界が新たにMT車を輸入するケースも存在する。(例:ジェネシスクーペ、サトリア ネオ)
「マニュアルモード」という表記が与える誤解 [編集]
AT車のカタログに「マニュアルモード付き○速トランスミッション」や「マニュアルモードパドルシフト/ステアシフト」といった表記がなされることがある。これらはスポーツ性の演出のために、トルクコンバータ式ATのギア選択もしくはCVTの減速比設定[14]を手動で選べるようになっているだけである。したがって、これらのトランスミッションの特性は旧来のトルコン式ATと同じである。中には「マニュアルモード」の表現から、クラッチを自動化したMT(セミAT)と誤解される場合もある。欧米では、このようなマニュアルモード付きのトルコン式ATに「Manumatic」という混成語が与えられている。
MT車独特の操作方法 [編集]
現在日本国内で販売されているMT搭載車種 [編集]
参考までに、2012年9月現在日本国内で新車で販売されているSUVを含む一般乗用車(トラック等の商用車を除く)の例である。メーカーのみ表記されている場合は、そのメーカーの全ての車種でMTが選択可能。 ★印の車種のMT車は全グレードで6速を採用、☆印の車種のMT車は特定のグレードで6速を採用しているもので、何も記されていないものは全グレード5速以下のものである。現在のところ軽自動車では6速MTを採用している車種はない。
- iQ(130G)★
- ヴィッツ(1.5RS)
- カローラアクシオ(1.5LUXEL(ラグゼール)を除く1.5Lの2WD車)
- カローラフィールダー(1.5Lの2WD車)
- オーリス(RSおよびRS“S Package”)★
- 86(全グレード)★
- プロボックスワゴン
- コンフォート(全車)
- ロードスター(RHTのSおよびVS除く)☆
- デミオ(13Cの2WD車と1.5L各車)
- アテンザ(XDのみ、Lパッケージを除く)★
- アクセラ(マツダスピードアクセラ)★
- キャロル(GS)
- AZ-オフロード
- フレア(XG)
- パジェロ(ショートVR-IおよびロングGR。いずれも3.0Lガソリン車)
- ランサーエボリューションX(GSRプレミアム除く)
- eKワゴン(M)
- インプレッサスポーツ/G4(各1.6LのAWD(4WD)車)
- WRXSTi(Aライン除く)★
- BRZ(全グレード)★
- フォレスター(2.0XSのプラチナムセレクションと同プレミアムセレクション、および2.5Sエディション除く)
- プレオ(FスペシャルおよびF)
- スイフト(XLおよびXGの2WD車、スポーツ)☆
- エスクード
- アルトセダン(F)
- ジムニー/ジムニーシエラ
- ワゴンR(FX)
- ミラセダン(XスペシャルおよびX)
脚注・出典 [編集]
- ^ Yahoo!辞書『ミッション』
- ^ シンクロの磨耗が進んで完全に働かず、変速時に異音が生じることを「ギア鳴り」という向きもあるが、正確な表現ではない。選択摺動式が大勢を占めていたころの名残り、もしくは構造の誤認である。磨耗して生じる異音は、スリーブのドグ歯とギアのドグ歯によって生じる鳴りである。
- ^ それとは逆に、1-5速ギアの歯数を準用して、6速のみさらにハイギアード化することで、最高速度を向上させる手法も存在する。
- ^ トルクコンバーターも初期のものに比べると現在の伝達効率は格段に上がっている。
- ^ http://www.carnationcanada.com/blog/blog/manual-transmission-past/
- ^ 2010年新車販売台数MT比率(ベストカープラス6月18日増刊号の記事)
- ^ 警察庁2011年運転免許統計22ページ 運転免許合格者数 http://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h23_main.pdf
- ^ 押しがけは、車を押すか下り坂でニュートラルで転がすなどして、速度が上がったら適当なギアに入れてクラッチを繋ぐ。引きがけは他の車に牽引してもらい、速度が上がったら適当なギアに入れてクラッチをつなぐことによってセルモーターを使わずにエンジンを始動する。
- ^ 2代目の2007年10月-2009年11月モデル[1]。2009年11月の一部改良によりCVT車とMT車は同一価格になった[2]。
- ^ ただし、メーカーオプションで設定されているアイドリングストップ機構「Toyota Stop&Start System」装着車は21.4km/Lとなる。
- ^ メーカーサイト - 環境仕様
- ^ 道路運送車両の保安基準の細目を定める告示【2009.07.30】別添42(軽・中量車排出ガスの測定方法)
- ^ http://jp.autoblog.com/2010/03/31/lamborghinis-future-includes-less-weight/
- ^ CVTの場合、本来は連続無段階で変速比を変更できるものを6段なり7段に区切ることで有段変速のように振る舞わせている。中には、変速比を完全に固定するのでなく、緩やかに変化させるものもある。
関連項目 [編集]
- トランスミッション
- シーケンシャルシフトマチック
- ノンシンクロトランスミッション
- シンクロメッシュ
- クロスレシオトランスミッション
- フィンガーシフト
- シフトレバーの配置
- ミッションオイル・オートバイ用オイル
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