クランクケースブリーザー

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クランクケースブリーザー(Crankcase breather)とは、クランクケースの圧力を逃がすための通気口を指し、内燃機関のうちレシプロ4ストローク機関にのみ設けられる。この項目ではクランクケースブリーザーの機能を発展させたPCVバルブ(Positive Crankcase Ventilation valve)と、クランクケースブリーザーから流出するエンジンオイルを受け止めるオイルキャッチタンク(Oil catch tank)についても包括して記述する。

概要[編集]

4ストローク機関のクランクケース内部は、ピストンの下降やブローバイガス、温度上昇に伴う内部の空気の膨張やオイルの蒸気によって外気よりも圧力が高くなる。この圧力を外部へ解放するために設けられているのがクランクケースブリーザーで、最も単純なものは外気へ直接解放するオープンタイプである。しかし、ブローバイガスは未燃焼ガスなど高濃度の大気汚染物質を含むことから、クランクケースブリーザーから排出される未処理のまま放出しないよう、エンジンの吸気へと還元する構造がとられるようになった。また、ブローバイガス成分によってエンジンオイルが汚れたり、希釈されたりするため、PCVバルブと呼ばれる一種の逆止弁を用いて、ブローバイを積極的にクランクケース外部へ排出するクローズドタイプが採用されるようになった。

歴史[編集]

オープンタイプのクランクケースブリーザーは4ストロークエンジンの発明から30年余りが経過した1928年に登場した。それ以前の4ストロークエンジンはピストン下降に伴うクランクケース内の圧力に耐えるために、各部のオイルシールをエンジン内圧に耐える高剛性のものとして、オイルレベルゲージもねじ込み式とすることで内圧対策を行っていた。クランクケースブリーザーの考案によって、より高回転化が可能となっていった。

その後、1960年代まではクランクケースブリーザーはほとんどがオープンタイプであり、クランクケースやシリンダーヘッドのロッカーカバーから出たブリーザーホースはシャーシの下部まで出口が伸ばされ、気化したオイルや水分、ブローバイは全て路上に捨てるroad draft tubeと呼ばれる構造が採られていた。

PCVバルブに類似した逆止弁がクランクケースブリーザーに初めて採用されたのは、第二次世界大戦中の戦車のエンジンであった。戦車はしばしば深い河川を単独で渡河走行するため、通常のクランクケースブリーザーではクランクケース内部が浸水して潤滑に問題を起こす恐れがあった。そのため、クランクケースブリーザーに逆止弁を設けて水分の侵入を防ぐ対策が必要となった。しかし、この段階では外部からの異物の侵入を防ぐ目的でのみ逆止弁が利用され、今日のPCVバルブに相当する利用法はまだ考えられてはいなかった。

1952年、カリフォルニア州パサデナカリフォルニア工科大学に所属するA. J. Haagen-Smit教授は、光化学スモッグの原因物質が未燃焼の炭化水素であることを発表した。これは当時の自動車用エンジンが原因であることを強く示唆するものであった。その後、1958年にはGM Research LaboratoryのLloyd L. Withrow博士が幾多の路上調査を行い、未燃焼炭化水素の発生源が当時主流であったオープンタイプのクランクケースブリーザーであることを突き止めた。

Withrow博士の報告を受けたゼネラルモーターズは直ちにクランクケースブリーザーの改良を行う必要性を認識し、傘下の各部門にクランクケースブリーザーの有効な改良策が無いかを調査させた。その結果、キャデラック部門が大戦中に戦車用エンジンに用いていた簡易な逆止弁を応用することで、クランクケース内のブローバイを効果的に吸い出せることが明らかになった。これが実用的なPCVバルブの始まりである。

GMはPCVバルブの有効性を確認すると、en:Automobile Manufacturers Association(AMA)を通じて米国内の自動車産業に対して、PCVバルブの特許権を放棄し、ロイヤリティフリーとすることを発表した。これにより、AMAに所属する各社は連邦政府の具体的な法改正が無かった場合であっても1961年までにはカリフォルニア州で販売する自動車の全てにPCVバルブを導入、1962年にはアメリカ50州で販売する自動車の全てに導入を完了し、連邦政府が新たな法規制を導入することに合意した。

しかし、1967年の連邦大陪審の調査の折には、幾つかの批評家はAMAが主張するほどPCVバルブには光化学スモッグの抑制効果が無いのではないかと発表し、より強力なスモッグ低減装置の導入を主張した。しかし18ヶ月に及んだ調査の結果、Samuel Flatow米連邦検事はAMAの主張を認める決定を下した。この裁判の結果はPCVバルブの有効性を証明し、米国以外の国のメーカーにもこの構造が広く広まる契機となった反面、その後10年余りに渡り、マスキー法を初めとする新たな排ガス規制の導入までは自動車業界の排ガス対策が進まない要因ともなってしまった。

現在では車検が存在しないカテゴリーのエンジンを除いては、PCVバルブを用いたクローズドタイプのクランクケースブリーザーは、極一般的に使用される機器となっている。近年では単にブローバイを処理するだけではなく、クランクケース内圧をより高度にコントロールするクランクケース内圧コントロールバルブも登場しており、一部のオートバイモータースポーツ参加車両で導入が進められている。

オープンタイプ(大気開放型)[編集]

最も単純なクランクケースブリーザーは圧力を直接大気に解放するものである。排ガス規制が厳しくなった今日では、発電機などの小型エンジンや原動機付自転車などの車両でしか用いられていない。なお、オープンタイプのクランクケースブリーザーの先端に、異物の侵入を防ぐための小型のエアクリーナーが取り付けられる場合もある。

シールドタイプ(再循環型)[編集]

現在でも多くの車種が採用している形式で、ブローバイガスの大気中への放出が禁じられている自動車などでは、クランクケースブリーザーの出口はエアクリーナーボックスや吸気管へ接続されていて、ブローバイガスを吸気と混ぜて取り込み、燃焼して処理している。ただし、吸気流入量とブローバイガスの放出量のバランスによっては、必ずしも全てのブローバイガスがエンジンに取り込まれて処理されず、一部はエアクリーナーを逆流して大気に放出される場合もある。

また、エンジンオイルのミストや蒸気がエアクリーナーボックス内で凝結するため、オイルキャッチタンクなどを装備していない場合にはエアクリーナーがブローバイで汚れやすくなる。オートバイなど、スペース的にオイルキャッチタンクを装備する余裕のない車種においては、エアクリーナーボックスの底面にブリーザーチューブを上向きに接続し、凝集したエンジンオイルがブリーザーチューブを通じてクランクケースに戻るような構造が採られることもある。

クローズタイプ(PCVシステム)[編集]

サーブ・96en:Ford Taunus V4 engineに取り付けられたPCVバルブ。左シリンダーバンクのロッカーカバーに直に取り付けられ、ブリーザーチューブはインテークマニホールドに接続されている。

PCVバルブはワンウェイバルブ(逆止弁)を用いたクランクケースブリーザーであり、ブローバイを積極的に排出して吸気系に還元することを目的に考案されたものである。ブリーザーチューブには2つの流路があり、片方はPCVバルブが取り付けられてインテークマニホールドに接続され、もう片方はバルブを介さずにエアクリーナーボックスに接続される。そしてPCVバルブが組み込まれた流路はインテークマニホールドの負圧によってブローバイを吸い出す。この時、エアクリーナーボックス側の流路から新鮮な空気がクランクケースに取り込まれる。PCVバルブの流路はクランクケース内の圧力よりもインテークマニホールド内部の圧力が低いときだけ作動し、それ以外の状況ではシールドタイプと同様の機構となる。具体的にはアイドリング時などインテークマニホールドに負圧がかかっている時にはPCVバルブ流路からブローバイが吸い出され、フルスロットル時などインテークマニホールドの圧力が大気圧若しくはそれ以上に過給されている時はエアクリーナー系統からブローバイが還元される。

なお、エアクリーナー側の流路には車種によってはオイルセパレーターが装備され、エアクリーナー側の流路をブローバイガスが通過する場合にブローバイのオイル分を除去する役割を持つ。ここに溜められたオイルは、新鮮な空気がクランクケースへ取り込まれる際にクランクケース内に送り返される。

クローズタイプのクランクケースブリーザーはその構造上、エンジンがどんな回転数であっても外気にブローバイが漏れることがなくなる。ブローバイは燃料成分も含んでいるため多少は燃焼に影響を及ぼすが、今日の電子制御式燃料噴射装置はPCVバルブからのブローバイの流入を考慮した制御が行われているため、実使用に際してはほとんど問題は発生しない。むしろ、ブローバイがクランクケースから除去されることによりエンジンオイルの劣化を緩やかにし、PCVバルブが何らかの理由で作動しない状態になることはエンジンにとっては悪影響となる。

PCVバルブの一例
PCVバルブの一例

PCVバルブはシリンダーヘッドカバーのインテークマニホールドに近い場所に取り付けられている場合が多い。内部はばねと円錐状のプランジャで構成されたチェックバルブとなっており、1方向にしか通気しないようになっている。エンジン停止中など、インテークマニホールド内が大気圧に近い時はばねがプランジャを押しつけて、バルブが閉じている。マニフォールドに負圧が発生し、プランジャを吸引する力がばねの荷重を上回るとバルブが開く。また、バルブボディのプランジャ円錐部付近は、内側を絞った形になっていてマニフォールドの負圧によってブローバイの流量がコントロールされる。アイドリング時など、マニフォールド負圧が大きい時にはプランジャを吸引する力が強く、プランジャを押し返すばねを大きく縮ませる。この時プランジャの太い部分がバルブボディの絞り部に挿入されて、バルブ内の流路面積が小さくなりブローバイの流出量が抑えられる。逆にパーシャル状態など、負圧が比較的小さいときはプランジャを吸引する力が弱く、ばねのたわみは少なくなる。このとき、バルブボディの絞り部に挿入されるのはプランジャの細い部分だけになり、流路面積が大きくブローバイの流出量が多くなる。[1]

クランクケース内圧コントロールバルブ[編集]

クランクケース内圧コントロールバルブはクランクケースの内圧を常に最適に保つことを目的に装着される部品である。

オイルキャッチタンク[編集]

オイルキャッチタンク(Oil catch tank)は、クランクケースブリーザーの出口に設けてブローバイガスと共に排出されるオイルを受け止める部品である。オイルキャッチタンクはブローバイから水分やオイルミストを除去したり、ピストン吹き抜けを伴うエンジンブローが発生した際にオイルがエンジン外部に撒き散らされることを防止したりといった役割がある。

メーカー純正で取り付けられるものはオイルや水を溜めておくタンクではなく、オイルセパレーターとして機能し、分離された水分や油分はセパレーター底部の管を通ってクランクケースへ戻される。またブローバイの発生量が相対的に少ない軽自動車などには装備されないことも多い。

特にモータースポーツにおいてはコース上へのオイル飛散は、事故を引き起こす危険性が高いため、多くの場合はレギュレーションによってオイルキャッチタンクの取り付けが義務付けられている。あるいは、内圧コントロールバルブを取り付けた車両において、バルブ内へのオイルの混入を防ぐ目的でクランクケースと内圧コントロールバルブの中間にオイルキャッチタンクを設ける場合がある。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Toyota Motor Sales, U.S.A., Inc.. “EMISSION SUB SYSTEMS - Positive Crankcase Ventilation System (pdf)” (英語). Autoshop101. 2011年6月15日閲覧。

関連項目[編集]