ビスカスカップリング

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ビスカスカップリングの外殻をカットしたところ
ビスカスカップリング内部に封入されているシリコンオイル
ビスカスカップリングのクラッチプレートを完全に分解したところ(イーグル・タロン(≒三菱・エクリプス))
ビスカスカップリング内部のクラッチプレート

ビスカスカップリング: Viscous coupling、VC)は、高粘度シリコーンオイルせん断(剪断)抵抗を利用した流体クラッチの一種である。西ドイツビスコドライブ[注 1]が開発した。

概要[編集]

基本構造は、頑丈な円筒形のケースの中に多数のクラッチプレートを収め、それと一緒に高粘度のシリコーンオイルが封入されている。ケースの方向から入力軸が挿入され、クラッチプレートと一つおきに結合されている。残りのプレートはケースと結合され、そのケースに出力軸が結合されている。構造が簡単で効き方も穏やかで扱いやすいため、リミテッド・スリップ・デフ (LSD) の差動制限装置として用いたり、スタンバイ式4WDの駆動力伝達に使用される。

ビスコドライブ社の開発によりフォルクスワーゲンが採用した初期の大型のものは、レスポンスや効きが良好であった。なお、日本では旧中島飛行機系列の栃木富士産業が母体となり、1973年(昭和48年)に英国GKNとの合弁会社GKNジャパンが成立。後にこのGKNジャパンが独ビスコドライブ社との合弁会社であるビスコドライブジャパン社を設立[2]し、日本市場への製品の供給を行っている。

動力伝達の媒体に特殊なシリコーンオイル[3]を使用しているため、回転差が大きい状態が続くと発熱による体積膨張が発生し、カップリング内のクラッチプレート同士が圧着する。この状態をハンプ現象と呼ぶ。ハンプ状態では高い摩擦トルクが発生することから、ナンバー付き競技車(ラリーダートトライアル)用のセンターデフLSD等に初期からハンプ状態(コールドハンプタイプ)になっているものも存在したが、製品バラツキが大きく、競技車両以外の市販車には普及しなかった。

LSDとして使用した場合でも、差動制限への移行がスムーズかつ強すぎないことから運転感覚に違和感がないため、実用製品(生活四駆)として使用する雪国のユーザーからは好評であった。その反面、スポーツ走行では効果が弱いため競技指向のユーザーからは好まれず、そうした車両ではヘリカル式等に移行していった。

スタンバイ式4WDにおいても、ある程度回転差が発生しないと駆動力が伝達されない事や、パートタイム式などに比べると伝達力が弱い事、ABS作動時に発生する回転差にも反応してしまうため、上級車種では電子制御式のアクティブ・トルク・スプリット式に移行していった。一方、現在においてもコストをかけられない小型車軽自動車では実用的で扱いやすい4WD用カップリングとして広く用いられている。

1986年(昭和61年)5月、日産自動車の3代目パルサー(N13型)に、量産車世界初となるビスカスカップリング式4WD、フルオート・フルタイム4WD 搭載車をラインナップした。

特殊な採用事例[編集]

1987年(昭和62年)に富士重工業(現・SUBARU)から発売された3代目スバル・レックスツインビスコ4WDという複数の機能を有したものが存在した。これはトランスファープロペラシャフト上には前後輪の回転差を吸収する機構が一切なく、リアのデファレンシャルギア部にビスカスカップリングを「2個並列」にして一体化したものを採用し、タイトコーナーブレーキング現象の回避に加え、前後輪の駆動力配分と左右後輪のLSD機能を兼ねていた。

同年、3代目パルサー(N13型)にフロントデフ、センターデフ、リアデフの3箇所にそれぞれ独立したビスカスカップリングを配置したトリプルビスカス・フルオート・フルタイム4WDを限定車で発売(1988年のマイナーチェンジでカタログモデルとなる)し、後のアテーサへの技術的嚆矢となる。時を経て、1991年平成3年)発売の9代目ブルーバード(U13型)にはトリプルビスカスのアテーサシステムが搭載され、この技術の系列としては頂点を迎えた。日産ではこれ以降、同社の高性能フルタイム4WD車の主力がATTESA E-TSへ移行したこともあり、現在ではこうした機構は採用されていない。

類似の製品[編集]

ビスカスカップリングはビスコドライブ社へのパテント料が発生するため、ビスコドライブ社との提携関係もしくはアンダーライセンスを持つ子会社を傘下に持つメーカー以外では、ビスカスカップリングに類似しながらも独自の差動形式を持つものがいくつか考案された。これらのカップリングはビスコドライブ社のパテントに抵触せず製造が簡単でより安価なものであったが、初期の大型ビスカスカップリングに比較するとレスポンスが悪く、かなりの回転差にならないと完全につながらなかったり、逆に繋がりが唐突であったりと、その普及の初期には洗練性に欠ける面が見られた。

ロータリーブレードカップリング[編集]

ロータリーブレードカップリング (Rotary Blade Coupling/RBC) は、ビスカスカップリングと類似したフリクションプレートを多数持つ構造を持ちながら、実際のクラッチ作動は流体の体積膨張ではなく、内部に設けられた3枚羽根のプロペラブレードの回転によって流体(シリコーンオイル)に発生する油圧を用いて行う形式のものである。前後軸に回転差が発生するとプロペラブレードが回転して、カップリング内の流体を攪拌する事で油圧が発生し、フリクションプレート(多板クラッチ)を押さえつける方向に油圧ピストンを作動させる事で差動制限が発生する。

始めにトヨタがトリブレード(Tri-blade = 3翔)カップリングとして発表し、その後トヨタを中心にビスコドライブ社とのパイプを持たないメーカーの多くでRBCの略称で今日でも幅広く採用されている。これらの非ビスコドライブ系メーカーの車種では、車重とエンジンのトルクが大きなものになると、RBCと類似した構造でプロペラブレードを電磁クラッチに置き換えた、電子制御式カップリングが用いられる場合が多い。また、近年では電磁クラッチとトリブレードの両方の直結機構を内蔵し、ドライバーの任意切り替えが可能な電磁ロック式RBCも高度な電子制御式スタンバイ4WDで採用されている。これらの製品の日本での代表的な製造メーカーはジェイテクトである[4]

デュアルポンプシステム[編集]

デュアルポンプシステム (Dual Pump System) とは、ホンダリアルタイム4WDと名付けた、自社のFFベースのスタンバイ式4WDに採用するに用いている機構。カップリング本体はビスカスカップリングと類似したフリクションプレートを多数持つ構造(多板クラッチ)であるが、実際のクラッチ作動は流体の体積膨張ではなく、前後のプロペラシャフトの回転で駆動する2個の油圧ポンプの油圧を用いるものである。前後軸に回転差が無い時には2つの油圧ポンプはほぼ同じ回転数で回るため、カップリングへの油圧も安定した状態である。空転などで前輪の回転数が後輪を上回ると、フロントポンプがリアポンプよりも高速で回転し、この時発生する油圧差によってフリクションプレートを押さえつけ、後輪に駆動力を伝達する。

今日でもホンダがほぼ独占的に採用し続ける独自の形式であり、現在ではやや高級な車種向けにデュアルポンプにワンウェイカムユニットとパイロットクラッチを併用して更にレスポンスを高めたものも用いられている[5]

利点と欠点[編集]

ビスカスカップリングやRBCは筐体内部に密閉されたシリコーンオイルとフリクションプレート等のみで差動制限機構が成立するため、差動ギアや各種の差動制限装置のように必ずしもギアボックスに内蔵されてギアオイルで潤滑が行われる必要がなく、カップリングを単体でプロペラシャフトなどの中間に配置するだけでもセンターデフやLSDとして機能するため、スタンバイ式4WDシステムをより簡易に構成する事が可能となる。

その一方で、ビスカスカップリングを初めとするカップリングは、原則として通常の走行状態では前後軸の回転差が発生しておらず、悪路・雪道・スタックなどに起因する駆動輪のスリップなどの緊急事態にのみ差動制限を発生させる事を前提としているため、何らかの理由により長時間差動制限が発生し続ける状況が継続すると、内部のシリコーンオイルが高熱により急速に劣化・変質し、最終的には常時直結状態になるなどの状態の故障に至る。このような状態になると、カップリングからの異音の発生やタイトコーナーブレーキング現象の頻発などの深刻なドライバビリティ低下が発生する。こうした事態によりカップリング本体のリコールに発展した事例が日本車メーカーで散見された[6][7][8]

こうした事態を防ぐためには、通常走行時には4WDの前後軸あるいはLSDの左右のタイヤの回転差が極力発生しないように、タイヤサイズや空気圧の設定は純正指定を遵守する事が最善の策であり、空気圧変更やホイール交換を伴うインチアップ/インチダウンを行う際には細心の注意が必要となる。特にビスカスカップリングを採用する4WD車の前後軸に1つでも異なるタイヤ[9]を履くといったことはビスカスカップリングの過熱から車両火災に直結する禁忌事項[10]でもあり、厳に慎むべき行為である。通常、日産自動車アテーサE-TSなど後輪駆動をベースとした高性能なものを除いた、一般的なビスカスカップリングを採用する車種[11]は4輪で全て同じものが原則であるが、稀な例として3代目日産・ラルゴのスタンバイ式4WD車のように、タイヤ外径は同一ながらも前後のホイールサイズが異なる構成を採る車種も存在するため、こうした車種のタイヤ交換の際には特に注意が必要である。

かつてJAFを初めとするロードサービスのレッカー車は片軸を吊り上げてけん引する形態を採っていたため、ビスカスカップリングを採用するスタンバイ式4WD車を牽引した場合、片軸のみが回転し続けることによりビスカスカップリングの破損を招く事例[12]が発生した。そのため、今日のように全車輪の下にドリーを入れて牽引する方式が一般化するまでは、スタンバイ式4WD車の多くで特殊な操作により強制的に2WD状態とする機能が用意される場合があり、このような機能を持たない車種においては片軸持ち上げでの牽引は禁忌事項であるとされた。車検を取得する際の陸運局スピードメーター及びブレーキ機能のテスターにおいても、片軸のみを回転させる機材しか用意されていない場合には、同様の事例を招く場合があり、このような場合にも前述の強制2WD切り換えが使用された。現在ではほぼ全ての陸運局が全軸駆動型のテスターを導入したため、このような機能は余り見られないものになっているが、今日においてもユーザー車検などにおいてドライバー自らが検査ラインに入る必要がある時は、フルタイム4WD対応の検査ラインである事を十分に確認する必要がある。

脚注[編集]

注釈

  1. ^ 現在はGKN傘下のGKNドライブライン社の商標である。[1]

出典

  1. ^ ビスカスカップリング”. GKNドライブラインジャパン株式会社. 2012年12月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月3日閲覧。
  2. ^ 沿革”. GKNドライブラインジャパン株式会社. 2012年6月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月3日閲覧。
  3. ^ ビスカスカップリング用流体
  4. ^ ドライブライン > カップリング”. ジェイテクト. 2018年8月9日閲覧。
  5. ^ 本田技研工業株式会社 - Chassis 4WD
  6. ^ スズキ株式会社 - リコール等情報 - 平成19年4月 ワゴンR、アルト、アルトラパン、Kei、MRワゴン、セルボ、ワゴンRプラス、ソリオ、カルタス【ロータリブレードカップリングの保証期間延長】について
  7. ^ キャロル、AZワゴン、ラピュタ、スピアーノ ロータリブレードカップリングの保証期間延長”. リコール情報. マツダ (2007年4月). 2011年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月30日閲覧。
  8. ^ 日産:リコール関連情報 モコ他ロータリブレードカップリングの保証期間延長について
  9. ^ メーカー、銘柄、外径、扁平率、トレッドパターン、回転方向の指定の有無、グリップレベル。つまりハイグリップタイヤと普通のラジアルタイヤなど
  10. ^ クルマが燃える(車両火災の話) | 日本自動車研究所
  11. ^ ビスカスカップリングを採用する点は同じであるが、前後で回転差が生じた場合にトルク分配をするシステムが後者とは異なる。
  12. ^ けん引方法と注意事項 <4WD>” (PDF). 三菱・ギャラン E-EA1A型整備解説書. JASPA(一般社団法人 日本自動車整備振興会連合会). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月31日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]