香田勲男

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香田 勲男
読売ジャイアンツ コーチ #72
基本情報
国籍 日本
出身地 長崎県東彼杵郡東彼杵町
生年月日 1965年5月29日(44歳)
身長
体重
180cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投左打
守備位置 投手
プロ入り 1983年 ドラフト2位
初出場 1985年
最終出場 2001年
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴

香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、読売ジャイアンツ大阪近鉄バファローズに所属したプロ野球選手であり、現在は巨人で投手コーチを務めている。剣道の有段者(初段)。

目次

[編集] 略歴

  • 1982年佐世保工業高校の2年生エースとして第64回全国高等学校野球選手権大会に出場、翌年の春夏まで3期連続で甲子園出場を果たす。
  • 1983年プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツに2位指名され、入団。
  • 1985年6月9日ナゴヤ球場中日戦で初登板。
  • 1988年、先発を中心に27試合に登板。プロ初完封を含む、4勝をマークするなど一軍に定着する。
  • 1989年日本シリーズの第4戦に先発し、完封勝利を挙げる。巨人が3連敗で迎えたこの試合で、香田の快投は大きくシリーズの流れを変え、以後4連勝の大逆転につながった。この働きにより、岡崎郁阿波野秀幸と共にシリーズ優秀選手賞受賞。
  • 1990年、初の二桁勝利(11勝)と規定投球回数到達を果たし、巨人投手黄金期の先発陣の一角を担う。8月には月間MVPを受賞。
  • 1991年、この年以降、勝ち数が6→0→8→2→2→0と伸び悩む。
  • 1994年日本シリーズでは第1戦に敗戦処理で登板したのみ。シーズンオフに阿波野とのトレードで近鉄に移籍。
  • 1997年、9勝をマークするなど復調し、同年のオールスターゲームに監督推薦で出場。
  • 1999年、リリーフに転向して55試合に登板。5勝8セーブを記録し、抑え的中継ぎとして活躍する。
  • 2001年日本シリーズに登板したが、シーズンオフ現役引退。
  • 2002年、近鉄の投手コーチに就任
  • 2004年、巨人の投手コーチに就任
  • 2008年、ブルペンコーチとして2007年11月2日に一軍投手コーチに昇格する。

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
1985 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 4 1.0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 1.00
1986 13 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 90 22.0 14 4 9 1 1 25 1 0 11 10 4.09 1.05
1988 27 11 2 1 0 4 3 1 -- .571 371 93.2 73 5 24 3 0 76 1 0 28 27 2.59 1.04
1989 19 12 2 2 1 7 3 0 -- .700 334 88.0 62 7 21 1 0 71 1 0 23 23 2.35 0.94
1990 23 19 4 1 0 11 5 0 -- .688 531 130.1 116 12 37 2 1 106 5 0 50 42 2.90 1.17
1991 27 13 3 0 0 6 5 0 -- .545 495 113.2 120 18 35 1 2 78 1 0 64 58 4.59 1.36
1992 13 3 0 0 0 0 2 0 -- .000 134 26.1 40 6 15 0 0 27 0 0 27 26 8.89 2.09
1993 22 16 2 0 0 8 7 0 -- .533 411 100.0 87 7 30 0 5 59 3 0 42 39 3.51 1.17
1994 21 11 1 1 0 2 3 1 -- .400 314 70.2 79 7 32 0 3 40 0 0 41 35 4.46 1.57
1995 近鉄 20 12 1 0 0 2 5 0 -- .286 307 69.2 84 5 25 2 3 39 1 0 42 38 4.91 1.56
1996 4 4 0 0 0 0 3 0 -- .000 72 14.0 27 5 4 0 0 6 0 0 15 15 9.64 2.21
1997 18 18 0 0 0 9 4 0 -- .692 463 107.1 123 7 26 0 3 58 1 0 45 44 3.69 1.39
1998 23 14 0 0 0 4 5 0 -- .444 402 89.0 110 15 28 1 3 40 1 3 54 49 4.96 1.55
1999 55 0 0 0 0 5 4 8 -- .556 408 99.2 98 4 18 5 3 67 1 0 33 27 2.44 1.16
2000 28 0 0 0 0 6 2 0 -- .750 166 37.2 43 2 9 2 1 21 1 0 19 17 4.06 1.38
2001 36 0 0 0 0 2 3 1 -- .400 188 47.2 41 10 7 0 1 24 0 0 24 21 3.97 1.01
通算:16年 350 133 15 5 1 67 54 11 -- .554 4690 1110.2 1118 114 320 18 26 738 17 3 518 471 3.82 1.29

[編集] 背番号

  • 48 (1984年 - 1994年)
  • 12 (1995年 - 2001年)
  • 70 (2002年 - 2003年)
  • 89 (2004年 - 2005年)
  • 72 (2006年 - )

[編集] エピソード

  • 佐世保工業高校の頃から本格派投手として期待され、2年生の夏から3年生の夏まで3期連続で甲子園に出場し、3回とも初戦に勝利している。3年生の春、第55回選抜高等学校野球大会ではベスト8に進出するなど、甲子園通算4勝を挙げた。また3年生の夏、甲子園出場を決めた長崎大会の決勝戦(五島高校戦)ではノーヒット・ノーランを達成している。
  • 巨人入団当初は速球とシュートを武器とする本格派だったが、1986年のプロ初勝利以降に肩を痛め、1988年に復帰後は縦に変化する90キロ前後のカーブを軸に、140キロ台前半のストレートを投げ分けて活躍した。香田自身はその後伸び悩んだが、同時期に同学年の山本昌小宮山悟という後の一流投手も頭角を現し、彼らはスピードガン全盛の時代に「球の遅い一流投手」として活躍した(ちなみに120キロ台のストレートを武器に活躍し、通算176勝を挙げた星野伸之も彼と同学年である)。
  • ヤクルトスワローズの少年野球教室で古田敦也に、「これから真中満が打った『香田を引退に追い込んだホームラン』の動きを宮本慎也が再現します」とネタにされたことがある。

[編集] 関連項目