2001年の日本シリーズ

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日本の旗2001年の日本シリーズ
チーム 勝数(引分数)
ヤクルトスワローズ() 4
大阪近鉄バファローズ() 1
ゲームデータ
試合日程 2001年10月20日-10月25日
最高殊勲選手 古田敦也
敢闘選手 タフィ・ローズ
チームデータ
ヤクルトスワローズ ()
監督 若松勉
シーズン成績 76勝58敗6分
(シーズン1位)
大阪近鉄バファローズ()
監督 梨田昌孝
シーズン成績 78勝60敗2分
(シーズン1位)
日本シリーズ
 < 2000 2002 > 

2001年の日本シリーズ(2001ねんのにっぽんシリーズ、2001ねんのにほんシリーズ)は、2001年10月20日から10月25日まで行われたセ・リーグ優勝チームのヤクルトスワローズと、パ・リーグ優勝チームの大阪近鉄バファローズによる第52回プロ野球日本選手権シリーズである。

戦評[編集]

若松勉監督率いるヤクルトスワローズと梨田昌孝監督率いる大阪近鉄バファローズの対決となった。「いてまえ打線」と呼ばれる強力打線で勝ち抜いた近鉄VSヤクルト捕手の古田敦也の頭脳が最大の注目となり、結果は短期決戦の経験に勝るヤクルトが終始近鉄を圧倒し4勝1敗で4年ぶり5度目の日本一。

ヤクルトはシーズン優勝の原動力であった入来智前田浩継ら「リストラ組」を初めとする豊富な投手陣、ロベルト・ペタジーニを中心とした打線が順当に機能、好守も随所に見られ、シーズン終盤の負傷をおして強攻出場した古田も攻守に活躍を見せた。一方、近鉄はシリーズを通じて5番礒部公一が無安打、6番吉岡雄二が1安打に終わるなど、タフィ・ローズ北川博敏以外の打者がほぼ完璧に抑えられた。また、ヤクルトの先発投手が石井一久藤井秀悟、前田浩継といった左投手中心だったことや指名打者制度の関係からシーズンで指名打者として活躍した左打者の川口憲史が第5戦を除いてスタメンで起用されなかったことも影響した。リーグ最下位の防御率だった投手陣はヤクルト打線に打ちこまれ、投手力の低さを露呈した。

なお、近鉄はこの年が最後の日本シリーズ出場となった。

試合結果[編集]

第1戦[編集]

10月20日 大阪ドーム 開始18:10(3時間35分) 入場者数33,837

ヤクルト 0 1 0 0 0 3 0 1 2 7
近鉄 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

(ヤ)○石井一(1勝)、河端-古田
(近)●パウエル(1敗)、関口柴田愛敬前川古久保的山
本塁打
(ヤ)ラミレス1号3ラン(6回パウエル)、古田1号ソロ(8回柴田)

[審判]パ(球)セ パ前田 セ(塁)パ セ友寄(外)

  • オーダー
ヤクルト
1 [左] 真中
2 [遊] 宮本
3 [右] 稲葉
4 [一] ペタジーニ
5 [捕] 古田 (1)
6 [三] 岩村
7 [指] ラミレス (1)
8 [二] 土橋
走二 三木
9 [中] 飯田
近鉄
1 [中] 大村
2 [二] 水口
前田
3 [左] ローズ
4 [三] 中村
5 [右] 礒部
6 [一] 吉岡
7 [指] 北川
8 [遊]二 ギルバート
9 [捕] 古久保
鷹野
的山

近鉄はジェレミー・パウエル、ヤクルトはエース石井一久の先発で開幕。

ヤクルトは2回、先頭打者の古田敦也が右翼線二塁打でチャンスを作り、岩村明憲のタイムリーヒットで先制。6回にはラミレスの3ラン本塁打でリードを広げた。ヤクルト先発の石井一の前に近鉄打線は7回1死までノーヒット。北川博敏にライト前に運ばれ大記録達成は逃したが、結局この1安打のみに抑え、8回で12奪三振の快投を見せた。石井一は1997年の日本シリーズ第1戦でも12奪三振を記録しており、シリーズ史上初となる2度目の2桁奪三振。8回古田の本塁打、9回真中満の2点タイムリーでヤクルトの一方的なペースに終始した。ペナントレースで猛威をふるったいてまえ打線だが、1試合最少安打のシリーズ記録(当時)となる1安打に抑え込まれ、出鼻をくじかれる格好となってしまった。

第2戦[編集]

10月21日 大阪ドーム 開始18:11(4時間7分) 入場者数33277

ヤクルト 0 1 2 1 1 1 0 0 0 6
近鉄 0 0 0 1 1 4 0 3 × 9

(ヤ)藤井、島田山本、●五十嵐(1敗)-古田
(近)岩隈、関口、山村、前川、三澤、○岡本(1勝)、S大塚(1S)-古久保、藤井、的山
本塁打
(ヤ)真中1号ソロ(4回山村)
(近)中村1号ソロ(4回藤井)、水口1号3ラン(6回島田)、ローズ1号3ラン(8回五十嵐)

[審判]セ友寄(球)パ橘 セ谷 パ前田(塁)セ井野 パ中村(外)

  • オーダー
ヤクルト
1 [左] 真中 (1)
2 [遊] 宮本
3 [右] 稲葉
4 [一] ペタジーニ
5 [捕] 古田 (1)
6 [三] 岩村
7 [指] ラミレス (1)
8 [二] 土橋
9 [中] 飯田
近鉄
1 [中] 大村
2 [二] 水口 (1)
3 [左] ローズ (1)
4 [三] 中村 (1)
5 [右] 礒部
6 [一] 吉岡
7 [指] 北川
8 [遊] ギルバート
益田
的山
9 [捕] 古久保
鷹野
藤井
前田

第2戦は、近鉄はシーズン後半戦に活躍した岩隈久志、ヤクルトはリーグ最多勝の藤井秀悟が先発。

第1戦に続きヤクルトが小刻みに点を重ね、4回表までに4-0とリード。近鉄は4回裏中村紀洋の本塁打、5回裏タフィ・ローズの犠牲フライで1点ずつ返す。6回裏2死1、2塁から大村直之の適時打を放ち3点差。なお2人の走者という場面でヤクルトは藤井に代えて島田直也が登板するも、伏兵の水口栄二が3ラン本塁打を放ち同点。8回にはローズの3ラン本塁打で勝ち越した。6番手で登板した岡本晃は最少投球勝利投手のシリーズ記録となる2球で勝利投手となった。

第3戦[編集]

10月23日 神宮 開始18:30(3時間17分) 入場者数30443

近鉄 0 0 0 0 1 0 1 0 0 2
ヤクルト 2 0 0 0 4 3 0 0 × 9

(近)●バーグマン(1敗)、香田、関口、盛田、柴田-古久保、北川
(ヤ)○入来(1勝)、ニューマン石井弘、河端-古田
本塁打
(ヤ)真中2号2ラン(5回香田)

[審判]パ中村(球)セ井野 パ橘 セ谷(塁)パ林 セ森(外)

  • オーダー
近鉄
1 [中] 大村
2 [二] 水口 (1)
3 [左] ローズ (1)
4 [三] 中村 (1)
5 [右] 礒部
6 [一] 吉岡
7 [遊] ギルバート
川口
香田
関口
打捕 北川
8 [捕] 古久保
鷹野
盛田
柴田
9 [投] バーグマン
打遊 阿部
ヤクルト
1 [中]左 真中 (2)
2 [遊] 宮本
3 [右] 稲葉
4 [一] ペタジーニ
5 [捕] 古田 (1)
6 [三] 岩村
7 [左] ラミレス (1)
飯田
8 [二] 土橋
三木
9 [投] 入来
副島
ニューマン
池山
石井弘
河端

舞台を神宮に移しての第3戦は、ヤクルトは「リストラ組」のベテラン入来智、近鉄はショーン・バーグマンの先発。

初回に2点を先制したヤクルトは、5回に1点差へ詰め寄られるも、その裏真中の2号2ラン本塁打で4-1と突き放すと、2死1塁からロベルト・ペタジーニのタイムリー二塁打、古田四球のあと岩村もタイムリー二塁打を放ち、6-1とリードを広げた。6回にも四球と安打を絡め、3点を追加し勝負を決めた。近鉄は1点差に詰め寄った5回表、なおもチャンスでシーズン打率.140の古久保をそのまま送り、次の復調しつつあったバーグマンに代打を送って、同点機を逸したのが痛かった。DH制の使えないビジターでの采配で敵に後ろを見せる格好になったばかりではなく、結果的に後続投手が打ち込まれ、ここまでの3試合で合計22失点。開幕から3試合連続の6失点以上はシリーズ史上初で、不安視されていた近鉄投手陣の脆さが露呈した。

第4戦[編集]

10月24日 神宮 開始18:30(2時間55分) 入場者数32145

近鉄 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1
ヤクルト 0 0 0 0 1 0 1 0 × 2

(近)前川、●岡本(1勝1敗)、柴田、三澤-的山、北川
(ヤ)前田、○ニューマン(1勝)、河端、山本、S高津(1S)-古田
本塁打
(近)ローズ2号ソロ(4回前田)
(ヤ)副島1号ソロ(7回岡本)

[審判]セ森(球)パ林 セ井野 パ橘(塁)セ友寄 パ前田(外)

  • オーダー
近鉄
1 [中] 大村
2 [二] 水口 (1)
川口
3 [左] ローズ (2)
4 [遊]三 中村 (1)
5 [一]捕 北川
6 [三]一 吉岡
7 [右] 礒部
8 [捕] 的山
打遊 ギルバート
9 [投] 前川
岡本
柴田
三澤
益田
ヤクルト
1 [中]左 真中 (2)
2 [遊] 宮本
3 [右] 稲葉
4 [一] ペタジーニ
5 [捕] 古田 (1)
6 [三] 岩村
7 [左] ラミレス (1)
高津
8 [二] 土橋
9 [投] 前田
ニューマン
副島 (1)
河端
山本
飯田

第4戦は、ヤクルトは第3戦の入来と同じく「リストラ組」の一人・前田浩継、近鉄はチーム最多勝の前川勝彦の先発。

ここまで大量失点を繰り返していた近鉄だが、先発の前川が6回途中まで6四球を出しながらも1失点の好投を見せる。しかし打線はローズの本塁打による1点のみと沈黙。7回裏、代打の副島孔太が近鉄2番手の岡本からレフトポール際ギリギリに飛び込む勝ち越し本塁打を放つ。打球を追っていたローズが呆然とする近鉄ファンの前でガックリと崩れ落ち、このシリーズを象徴するシーンとなった。ヤクルトは1点のリードを高津臣吾に繋ぐ小刻みな継投で守り切り、日本一に王手をかけた。

第5戦[編集]

10月25日 神宮 開始18:30(3時間46分) 入場者数32568

近鉄 0 0 0 0 2 0 0 0 0 2
ヤクルト 3 0 0 1 0 0 0 0 × 4

(近)●パウエル(2敗)、柴田、三澤、バーグマン、前川、岡本、大塚-古久保
(ヤ)ホッジス、ニューマン、河端、○山本(1勝)、S高津(2S)-古田

[審判]パ前田(球)セ友寄 パ林 セ井野(塁)パ中村 セ谷(外)

  • オーダー
近鉄
1 [中] 大村
2 [二] 水口 (1)
大塚
藤井
3 [右] ローズ (2)
4 [三]遊 中村 (1)
5 [左] 川口
6 [一] 北川
7 [遊] ギルバート
岡本
市原
鷹野
前田
8 [捕] 古久保
礒部
9 [投] パウエル
益田
柴田
三澤
バーグマン
前川
吉岡
ヤクルト
1 [中]左 真中 (2)
2 [遊] 宮本
3 [右] 稲葉
4 [一] ペタジーニ
5 [捕] 古田 (1)
6 [三] 岩村
7 [左] ラミレス (1)
飯田
8 [二] 土橋
走二 三木
9 [投] ホッジス
ニューマン
副島 (1)
河端
山本
高津

第5戦は、ヤクルトは8月移籍ながら5勝を挙げたケビン・ホッジス、近鉄は第1戦先発のパウエルが先発。

ヤクルトは初回から真中がヒットで出塁。宮本慎也が送った後、稲葉篤紀のタイムリーヒットで先制。ペタジーニ、古田の連続四球で満塁とした後、岩村の2点タイムリーで3点を先制しペースを掴んだ。近鉄は5回、ローズの2点タイムリーで反撃するが、これ以後はチャンスらしいチャンスも作れなかった。9回、高津が最終打者の藤井彰人を捕手へのファウルフライに打ち取り、ヤクルトが4勝1敗で4年ぶりの日本一に輝いた。高津はペナントレースに続き、自己4度目の日本シリーズ胴上げ投手となった。

表彰選手[編集]

テレビ・ラジオ中継[編集]

テレビ中継[編集]

  • 第1戦:10月20日
実況:小縣裕介 解説福本豊加藤哲郎 ゲスト解説:広澤克実阪神)、吉井理人エクスポズ
  • 第2戦:10月21日
  • 第3戦:10月23日
ゲスト解説:谷繁元信横浜、日本シリーズ終了後にFA宣言中日へ移籍) <副音声豊田泰光江夏豊
  • 第4戦:10月24日
実況:国吉伸洋 解説:落合博満栗山英樹 ゲスト解説:槙原寛己巨人、この年をもって引退)、吉井理人
  • 第5戦:10月25日
ゲスト解説:岩本勉日本ハム)、野茂英雄レッドソックス) <副音声:カズ山本ほか>

※なお、第6戦と第7戦が実施された場合、第6戦は毎日放送(JNN系列)、第7戦は関西テレビ(FNN系列)が中継する予定だった。
※前年末からスタートしたBSデジタル放送により、このシリーズからNHK衛星第1テレビ以外でのBS放送中継が行なわれるようになった。
※フジテレビは1995年の日本シリーズから7年連続で日本シリーズの中継権を獲得している。

※関東地区での視聴率は(ビデオリサーチ調べ)、第1戦(テレビ朝日系)は17.7%。 第2戦(テレビ朝日系)は15.0%。第3戦(フジテレビ系)は14.3%。第4戦(テレビ朝日系)は16.8%。第5戦(フジテレビ系)は19.0%だった。

ラジオ中継[編集]

  • 第1戦:10月20日
  • 第2戦:10月21日
  • 第3戦:10月23日
  • 第4戦:10月24日
  • NHKラジオ第1 解説:石毛宏典 ゲスト解説:片岡篤史(日本ハム、日本シリーズ終了後にFA宣言し阪神へ移籍)
  • TBSラジオ(JRN) 解説:牛島和彦 ゲスト解説:山本昌(中日)
  • 文化放送(NRN) 解説:豊田泰光 ゲスト解説:岩本勉 ゲスト:ダンカン、甲斐よしひろ
  • ニッポン放送(NRN) 実況:師岡正雄 解説:田尾安志 ゲスト解説:江夏豊、谷繁元信
  • ラジオ日本 解説:高橋一三 ゲスト解説:千葉茂(翌年逝去
  • 第5戦:10月25日
  • NHKラジオ第1 解説:大野豊、小早川毅彦
  • TBSラジオ(JRN) 解説:栗山英樹 ゲスト解説:小宮山悟
  • 文化放送(NRN) 解説:西本聖 ゲスト解説:岩本勉、黒木知宏
  • ニッポン放送(NRN) 実況:小野浩慈 解説:岡崎郁 ゲスト解説:槙原寛己
  • ラジオ日本 解説:屋鋪要 ゲスト解説:宮田征典(巨人投手コーチを辞任)

エピソード[編集]

  • 近鉄の通算打率.171、1試合1安打(第1戦)は2007年に日本ハムが通算打率.147、1試合0安打(第5戦)を記録するまでシリーズ最低記録だった。また、7人継投における勝利(第2戦)はシリーズ初。
  • ヤクルトが優勝の胴上げをした際、若松監督の足をわざと高く上がるように押したため若松が空中で1回転するという珍事が起きた。その首謀者は石井一久である。若松は腰痛の持病があり、後に監督を辞した後も「あの時、石井に押されたおかげで(腰痛が)悪化しました」と冗談めかしてよく話題にする。
  • 同年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件に配慮し、両チームともリーグ優勝の際の恒例行事であるビールかけを自粛した。シリーズ終了後、日本一になったヤクルトがビールかけを行なったが、事件への配慮から選手会主催で実施した。
  • 近鉄は2004年オフにオリックスとの合併によって消滅したが(プロ野球再編問題 (2004年)も参照)、この年を含めて4度リーグ優勝を果たすも日本一は一度も果たせなかった。

外部リンク[編集]