真中満

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真中 満
東京ヤクルトスワローズ コーチ #77
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県大田原市
生年月日 1971年1月6日(43歳)
身長
体重
170 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1992年 ドラフト3位
初出場 1993年9月3日
最終出場 2008年10月12日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • 東京ヤクルトスワローズ (2009 - )

真中 満(まなか みつる、1971年1月6日 - )は、栃木県大田原市出身の元プロ野球選手外野手)。

2011年から2013年までは東京ヤクルトスワローズの二軍監督を務めた。 2014年シーズンより一軍チーフ打撃コーチを務める。

来歴[編集]

大田原小5年の時に野球を始める。宇都宮学園高等学校(現:文星芸術大学附属高等学校)時代は3番を打ち、4番の高嶋徹と共に3年時の1988年に春夏連続で甲子園に出場。はベスト4、は3回戦敗退。

卒業後、日本大学に進学(同期生に渡邉博幸がいる)。1年秋の入れ替え戦ではサヨナラ本塁打を打った。4年春に打率.386、13打点で2冠を獲得。東都大学リーグ通算71試合出場、260打数78安打、打率.300、8本塁打、41打点。ベストナイン4回。

1992年ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団。1996年ヘルニア手術のため7試合の出場に終わったが、1997年はケガの飯田哲也に代わり1番を担い、リーグ優勝・日本一に貢献。1998年には133試合フル出場を達成し、1999年にはプロ入り初の打率3割を達成。2001年は打率.312でリーグ優勝、日本一に貢献。 野村克也監督率いるヤクルト黄金期ではセンターのポジションを名手・飯田哲也と争っていたため、飯田が故障で戦列を離れた際の代役扱いだった。しかし、飯田が繰り返して怪我をするようになり立場が逆転し、98年からはレギュラー外野手としてライト、センターを守るようになる。2005年は青木宣親の台頭でレギュラー争いが再び激化。今度はリーグの最多安打記録を塗り替える青木の大活躍で出場機会が減ってしまうが、真中には勝負強いバッティングを生かすため代打の切り札という新たな役割が与えられた。代打でも3割バッターとして遜色のない働きを見せ、2007年には日本記録となるシーズン代打起用回数98回・代打のみで31安打を記録するなど“代打職人”、“代打の神様”と称される選手となる。この代打起用回数・代打安打数は未だに破られていない。しかし、2008年は14打数1安打(打率.071)に終わり、同年限りで現役引退。

引退後、翌2009年からはヤクルトの二軍打撃コーチを務める。2010年シーズン終盤、二軍監督の猿渡寛茂らの契約満了に伴い、二軍監督代行としてフェニックス・リーグの指揮を取る。その後11月1日付球団公式サイトにて2011年度シーズンの二軍監督就任が正式に発表された。2013年イースタン・リーグ優勝を果たす。

2013年10月23日2014年シーズンより一軍チーフ打撃コーチに就任することが発表された[1]

選手としての特徴・人物[編集]

プロ野球選手としては背丈は高くなかったが、シュアな打撃とパンチ力を兼ね備え、大学時代は若松二世と呼ばれた[2]50メートル走のタイムは6秒1の俊足で[2]、1998年元日に放送された『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』での50メートル走では6秒52を記録している[3]

全力プレーを怠らない真面目な取り組み方は若手の見本で、大学時代に記者から真摯な姿勢が表彰されたこともある。

2009年6月、日刊ゲンダイで「新人コーチ奮闘記・汗と涙と笑いとバット」を隔週(火曜発売)連載していた。(全8回) そしてその3年後の2012年の4月より再び日刊ゲンダイで「ヤクルト二軍監督 真中満の育成ノート やらせて おだてて たしなめて」を隔週(木曜発売)連載中。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1993 ヤクルト 21 45 44 3 12 2 0 0 14 1 1 1 0 0 1 0 0 7 0 .273 .289 .318 .607
1994 27 82 76 9 25 3 1 1 33 6 0 0 2 1 3 1 0 12 0 .329 .350 .434 .784
1995 99 137 126 14 27 1 1 1 33 13 10 3 6 0 4 1 1 8 5 .214 .244 .262 .506
1996 7 10 9 1 3 0 0 0 3 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 .333 .400 .333 .733
1997 87 250 228 40 77 11 3 3 103 19 8 2 5 0 15 0 2 32 2 .338 .384 .452 .835
1998 133 561 495 57 136 20 8 5 187 27 12 8 30 1 29 0 4 56 2 .275 .319 .378 .697
1999 133 574 516 71 159 33 2 7 217 46 8 6 7 3 46 7 2 38 4 .308 .365 .421 .786
2000 119 495 463 53 129 16 4 9 180 41 5 3 6 1 23 5 2 33 8 .279 .315 .389 .704
2001 123 498 449 61 140 26 1 7 189 36 7 3 5 2 38 9 4 40 6 .312 .369 .421 .790
2002 89 387 367 39 91 13 0 4 116 25 2 2 2 1 16 1 1 33 4 .248 .281 .316 .597
2003 121 390 369 49 108 21 3 6 153 48 6 1 2 3 13 1 2 37 7 .293 .318 .415 .732
2004 91 268 246 36 67 7 2 4 90 20 1 3 5 0 17 0 0 34 2 .272 .319 .366 .685
2005 99 244 225 20 68 12 0 5 95 28 2 1 3 1 15 2 0 29 11 .302 .344 .422 .767
2006 99 194 172 13 41 8 0 1 52 15 1 0 7 3 11 0 1 19 5 .238 .283 .302 .586
2007 105 125 119 11 38 6 0 1 47 10 0 0 0 1 5 0 0 13 5 .319 .344 .395 .739
2008 15 14 14 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .071 .071 .071 .143
通算:16年 1368 4274 3918 477 1122 179 25 54 1513 335 64 33 80 17 237 27 19 394 61 .286 .329 .386 .715

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 31 (1993年 - 2008年)
  • 77 (2009年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ 2014年コーチングスタッフについて
  2. ^ a b 【9月15日】2007年(平19) 新“代打の神様”真中「オレらしく」日本記録達成!”. Sponichi Annex. 2014年5月12日閲覧。
  3. ^ 『跳び箱神話part2』、レゾナンス出版、203-204頁。ISBN 4-947735-07-4

関連項目[編集]