森本稀哲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

森本 稀哲
北海道日本ハムファイターズ #1
打球を見上げる森本(2009年)
基本情報
国籍 日本
出身地 東京都荒川区
生年月日 1981年1月31日(28歳)
身長
体重
184cm
81kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 中堅手左翼手右翼手
プロ入り 1998年 ドラフト4位
初出場 2000年8月2日
年俸 1億1,000万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

森本 稀哲(もりもと ひちょり、1981年1月31日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手外野手)。

真面目でとにかく明るい性格とスキンヘッドが特徴。を自らのイメージカラーに定めている。

目次

[編集] 来歴・人物

在日韓国人の父と、日本人の母を持つ。「ひちょり」という名前は、「稀哲」の韓国語での発音「ヒチョル」(희철)から取って父が命名した(“稀哲”にした理由は不明)。プロ入り当時、一部の選手名鑑には「ひちょり」でなく「ひろより」と振り仮名を振っているものや、「稀哲」を「哲」と誤植しているものがあった(日本スポーツ出版社刊「12球団全選手カラー百科名鑑1999」など)。 初等教育は民族学校であり、本人も「在日としての民族意識は強かったです」と話している。実家は西日暮里焼肉店『絵理花』。

小学生の時、汎発性円形脱毛症にかかった(髪他、体毛全てが突如抜け落ち生えて来なくなる)。現在はこの病気をほぼ克服しているが、当時の苦労を忘れないように、そして同じ病気で苦しむ人に勇気を与えるためにと毎日自身で剃刀を当ててスキンヘッドにし続けている。

[編集] プロ入り前

帝京高校では1998年に主将、遊撃手として夏の甲子園(第80回全国大会)に出場。3回戦・浜田高校戦で8回に和田毅からバックスクリーンへの同点本塁打を放つも敗退。敗戦後、帝京高校野球部前田三夫監督は「今回のチームは『仲良しグループ』のようなチームだった。」と辛口の意見を述べていた。高校通算34本塁打。

  • 高校時代、登校日にはいつも両親手製の焼肉弁当(肉・タレは店で使うものと同じ)を持参し、他の野球部員と交換していた。仲間に焼肉弁当を堪能してもらおうという計らいによる。

[編集] プロ入り後

1998年秋のドラフトで日本ハムファイターズに4位で指名され入団。当初は内野手であったが外野手に転向した。

入団2年目の2000年に一軍初出場・初本塁打を記録。 しばらく守備・代走要員で起用されるが、2003年にはこの年に監督に就任したトレイ・ヒルマンに「バーニー・ウィリアムスの再来」と評され、一番・中堅手で初めて開幕スタメン起用される。4月だけで4本塁打するが、打率が低くその後も打撃が伸び悩み、守備・代走要員にとどまった。

2005年、課題だった打撃が向上し、初の100試合出場で打率,264、7本塁打を記録した。

2006年は開幕スタメンの坪井智哉ケガなどもあり4月下旬頃から一番・左翼手に定着し、初の規定打席に到達。パシフィック・リーグ最多得点を記録。チームメイトの新庄剛志稲葉篤紀とともにゴールデングラブ賞を受賞し、日本ハム勢のみで外野手部門を独占した。オールスターゲームにも初選出。

  • 新庄からは弟分のように可愛がられており、新庄が2006年に引退した際、森本を自らの背番号1の後継者に指名した。
    • 森本の方も、帝京高校での主将経験から、「新庄さんには、出来れば、もっと早く出逢いたかった。」と思っていた節がある。
  • 2006年10月12日のパ・リーグプレーオフ第2ステージ・対福岡ソフトバンクホークス2回戦の9回裏、0対0の二死1一,二塁の二塁ランナーであった森本は、稲葉の放った二塁への内野安打で、相手守備陣の隙をついて二塁から一気にホームへ生還、これが決勝得点となりサヨナラ勝利でのリーグ優勝に貢献した。優勝の瞬間については「何が何だか分からなかったが、稲葉さんを見たら『喜びを通り越した怖い顔』をしていたので、優勝したことに気付いた」と語っている。

2007年、前年限りで引退した新庄に代わり中堅手に定着。不動の一番打者として全イニング出場を果たし、初の打率3割を記録。24試合連続安打はパ・リーグ歴代6位タイ、球団では大下弘と並び最多タイ記録。2年連続で最多得票でゴールデングラブ賞と、初のベストナインを獲得。補殺数は両リーグ1位の15個を記録した。

  • 2007年2月8日放送の『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ系)に出演して賞金100万円を獲得した際、「僕の手元に残そうとは思っていない。全額、パフォーマンスに使うつもりです」として、シーズン公式戦にて大胆パフォーマンスを行うことを「予告」していた[1]が、実際にはファンのためにオリジナルタオルを作成、3月30日の札幌開幕戦の試合後に抽選で選ばれた212人のファンをグラウンドに招き入れ、森本本人から一人一人に直接手渡された。
  • 2007年シーズンから、新庄の後を継ぐかのようにタイムリーヒット及び本塁打に「○○ヒッツ!」「○○ホームラン!」と命名している。

2008年5月25日の対読売ジャイアンツ戦にて西村健太朗から死球を受け、左手小指を骨折。2006年8月から続いていたフルイニング出場も途絶え、全治5週間の重症で26日に出場選手登録を抹消された。後半戦はケガの影響からか不振に喘ぎ、9月にはトップバッターを外されるなど、レギュラー獲得以来最低の成績となってしまった。

  • 一部からは、「『宇宙人・森本』が、『妖怪・西村』にケガをさせられた」という、悪い冗談を交えた報道もあった。
  • 2008年5月19日に新庄が経営するアスリート・アーティスト等のマネジメント等を業務とする株式会社レハサフと、マネジメント契約を結ぶ。

[編集] 背番号

  • 53(1999年)
  • 46(2000年 - 2006年)
  • 1(2007年 - )

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] タイトル

[編集] 表彰

[編集] 記録

[編集] 個人初記録

[編集] 年度別打撃成績

年度 球団
























1999年 日本ハム 53 一軍出場なし
2000年 46 7 13 2 2 0 0 1 5 3 0 1 0 0 3 0 5 0 .154
2001年 65 133 16 33 4 2 1 44 9 11 2 3 1 9 2 35 2 .248
2002年 66 60 6 10 3 0 1 16 5 5 1 1 1 1 3 16 0 .167
2003年 61 133 21 26 2 1 4 42 16 3 2 3 0 14 1 48 2 .195
2004年 78 58 19 11 3 0 0 14 3 1 2 0 0 12 1 24 3 .190
2005年 103 295 48 78 10 3 7 115 25 9 2 5 1 22 2 82 3 .264
2006年 134 520 84 148 28 6 9 215 42 13 9 21 5 46 3 103 4 .285
2007年 1 144 584 91 175 27 3 3 217 44 31 3 17 6 47 6 111 6 .300
2008年 121 478 66 121 15 1 0 138 21 12 7 17 1 49 4 81 5 .253
通算成績(9年) 779 2274 353 604 92 16 26 806 168 85 29 67 15 203 22 505 25 .266
  • 太字はリーグ最高
  • 2008年シーズン終了時点

[編集] エピソード

  • 同じ歳で元チームメイトの實松一成(現読売ジャイアンツ)とは親友である。
  • 小学生時代に、当時好きだったクラスメイトの女子から「(ドラゴンボールの)ピッコロみたい」と言われた事がある。
  • 森本には専用の応援歌があるが、2006年のアジアシリーズ決勝戦(11月12日)の第4打席ではファンから後継者という期待を込め、新庄の応援歌の替え歌が演奏された(歌詞中の「メジャー」を「鎌ケ谷」、「新庄」を「稀哲」としていた)。
  • 2006年11月18日、長袖を千葉県鎌ケ谷市ファイターズスタジアムに送ってしまったため、札幌市で行われた優勝パレードに半袖のユニフォーム姿で登場した。
  • 2007年3月18日、北海道新幹線大使に任命。

[編集] パフォーマンス

[編集] 2004年

[編集] 2006年

[編集] 2007年

[編集] 2008年

  • 2月14日、沖縄キャンプでの紅白戦初打席の登場曲に国生さゆりの「バレンタイン・キッス」を選曲、口には口紅で大きなハートマークを書いていた。北海道文化放送で前年末に放送された番組での公約を守るためだったが、相手チーム投手の藤井秀悟に試合終了後、謝罪を入れている(藤井ブログ「野球小僧」より。コメントは、「逆に試合後に稀哲が謝ってくるし…。こちらこそゴメン(・・;」だった)。
  • 7月22日、「WE LOVE HOKKAIDO シリーズ 2008」で「ひちょりイリュージョン」と称し、バックスクリーン横の地上17メートルからワイヤーに吊られて登場。この時、何体かのダミー人形も登場。人形は、後日展示された後、オールスターのパフォーマンスにも使用された。

[編集] CM出演

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 森本 ミリオネア資金でパフォーマンス - スポーツニッポン 2007年2月15日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

他の言語