清水崇行

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清水 崇行 (清水 隆行)
読売ジャイアンツ コーチ #81
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都足立区
生年月日 1973年10月23日(38歳)
身長
体重
183cm
83kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1995年 ドラフト3位
初出場 1996年4月6日
最終出場 2009年8月27日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴
  • 読売ジャイアンツ (2011 - )

清水 崇行(しみず たかゆき、本名:清水 隆行(読み同じ)、1973年10月23日 - )は、東京都足立区出身の元プロ野球選手外野手)。現在は読売ジャイアンツ二軍打撃コーチ。

2008年までの登録名は、本名である清水 隆行

目次

[編集] 略歴

[編集] 学生時代

浦和学院高等学校から東洋大学へ進学。大学時代の同期生には、後に巨人で共にプレーすることになる川中基嗣がいる。東都大学リーグ通算78試合出場、253打数71安打、打率.281、6本塁打、46打点。ベストナイン4度受賞。1995年のドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。

[編集] プロ入り後

ルーキーイヤーから安定した打率を叩き出し、外野手のレギュラーに定着。当初のポジションは左翼手中堅手を兼任していたが、松井秀喜の中堅手コンバートに従い左翼に定着。不動の2番だった川相昌弘の出場機会の減少に準じ、監督の長嶋茂雄に「バントと併殺が少ない攻撃型の2番打者」として起用されることになる。

同期入団の仁志敏久と不動の1番・2番コンビ、中堅手の松井、右翼手の高橋由伸と不動の外野陣を形成することになる。「左打ちのため左投手が苦手」とされ、左投手が先発する日はスタメンを外されたり、ワンポイントで左投手に交代すると代打を送られたりしていた(実際は通算で対左でも.270以上打っており、元木大介などとの兼ね合いと思われる)。そのため、2001年まで高打率を残し一軍ベンチにレギュラーとして留まりながら規定打席に到達しない年を複数回経験している。

2002年は新監督の原辰徳の構想で1番打者に抜擢され、最多安打のタイトルを獲得。キャリアハイとなる成績を残し、リーグ優勝・日本一に大きく貢献した。

2003年メジャーリーグ移籍した松井の穴を埋める中堅手の守備練習や故障などが重なり打率.240、14本塁打の成績に終わった。14本塁打のうちの1本が中日の開幕投手川上憲伸から開幕戦初回先頭打者本塁打である(巨人では1956年与那嶺要以来)。

2004年に監督就任した堀内恒夫は、中堅手に当時成長著しかった斉藤宜之の起用を明言。元々外野手としての守備力に難があった清水は一塁手の練習を提案された。しかし、斉藤の故障などもありスタメン復帰を果たし、2年振りの打率3割をマークした。

2005年にはセンターラインの強化にゲーブ・キャプラー外野手を獲得。清水は再び一塁手の練習に本格的に取り組むことになるが、選手層の厚さから序盤は代打に回される。キャプラーは打撃はもとより守備にも精彩を欠き、4月後半にはキャプラーと左翼を併用され、5月には定位置に復帰している。終わってみれば2年連続で打率3割を記録した。

2006年、原辰徳が監督に復帰。前年のシーズン途中より台頭した矢野謙次鈴木尚広、シーズン途中に移籍してきた木村拓也小関竜也などとの外野のポジション争いが熾烈を極めていたが、原は「清水・由伸(高橋由伸)は格が違う」と発言、左翼のスタメンを確約される。秋季キャンプ広岡達朗の指導で課題のスローイングの修正に取り組み、万全の体制でシーズンを開幕したかに思われたが、持ち味である打撃が低迷し続け、打率2割近辺を上下するほどの打撃不振から抜け出せなくなってしまう。7月26日にはプロ入り11年目にして初めての二軍での調整試合を経験。再昇格後はセンターやライトでの出場も多くなる。打率.216、6本塁打という過去最低の打撃成績となり、大幅減俸を受け入れる。生え抜き野手最年長であった仁志の移籍により、当時の生え抜き野手最年長となった。

2006年に巨人で規定打席に到達した外野手はゼロとなり、高橋由と清水は出場機会を確保したものの、矢野や鈴木の台頭、谷佳知の移籍もあり、この年後半以降は不動のレギュラーを剥奪される。

2007年豊田清と一足早く自主トレに入り、鈴木や移籍してきた谷とともに「1番候補の一人」として春季キャンプを迎えた。だが怪我により開幕一軍からは外れ、前半戦は不調に苦しみ、一軍と二軍を往復。後半戦に入り徐々に調子を上げていき、スタメンでの出場機会も増えていった。特に9月以降は目覚しい活躍をみせ、少ない打席数ながらシーズン打率.339を挙げた。また、低めだった出塁率もこの年は4割を超えた。10月2日の対ヤクルト戦ではチームを5年ぶりのリーグ優勝を導く内野安打を放ち、中日とのクライマックスシリーズでも7番・センターでスタメン出場、左腕小笠原孝からヒットを放ちチャンスメイク。第2戦・第3戦は高橋由伸の腰痛による離脱で1番に入り、全3戦にスタメン出場した。

2008年オープン戦は再び感覚の狂いに苦しみ、また隠善智也の台頭などもあり2年続けての開幕二軍スタートとなった。二軍で結果を出したことや、一軍での故障者が続出したこともあり5月1日に一軍登録され、その日の対広島戦(東京ドーム)の6回裏に代打で登場。シーズン初打席でレフト前ヒットを放った。その後も主に代打要員として起用されるが、打率は1割台に低迷するなど不振から抜け出せず、後半戦は一軍出場が無かった。本塁打が0に終わったシーズンは入団後初めてであった。11月15日、自ら志願し、金銭トレードで埼玉西武ライオンズに移籍。

西武移籍後の2009年1月8日、登録名を清水 崇行に変更した。しかし、同年シーズンは結果を残せず、現役を引退。引退試合は開催されていない。

[編集] 引退後

2010年より、同じく前年限りで引退した立浪和義赤星憲広と共に日本テレビプロ野球中継解説者に就任。また、RFラジオ日本の解説者、スポーツ報知の評論家も務めた。2011年からは古巣・読売ジャイアンツ二軍打撃コーチを務める[1]

[編集] 人物

2004年シーズンから、安打1本につき1万円を盲導犬育成のために募金していた。2006年は「キリが良いから」と100万円を寄付した。

巨人在籍時に1996年のメークドラマと2008年のメークレジェンドの両方を経験した唯一の選手であるがその年はそれぞれ入団した最初の年と最後の年となってしまった。

[編集] プレースタイル

[編集] 打撃面

プロ入り11年で3割以上を7回記録し、安定した打率を残していた。通算打率も.289と非常に高い数字である。

独特の足を高く上げた構えからのダウンスイングは、日本球界トップレベルのスイングスピードで、外野席の観客が逃げてしまうほどのライナー性のホームランを放った。このライナーに関してはファンの間で「当たったら死ぬ」などと言われている。甘い球を逃さず早打ちするスタイルであり、四球が非常に少なく、出塁率も高くはなかったが、晩年はバッティングスタイルや起用法の変化に伴い、ボールを長く見極めるようになった。俊足で二塁打が多く、三振併殺打も少ないため、プロ入り4年目以降は一貫して2番打者か1番打者を打っていた。大半の打球は引っ張りのため、松井シフトほどではないが、相手の野手陣は右寄りの守備体系を敷いていた。

2009年6月7日、巨人の後輩であった亀井義行がランナー時のトリックプレーでランナーを返した試合のヒーローインタビューにおいて「(この技術は)清水さんに教わりました。」と話している。しかし、一方で盗塁はやや苦手であり、通算で90盗塁しか記録しておらず成功率も62%である。

上半身が主導する精緻なミート力と、下半身の粘り強さが一体となり、鋭いスイングで打球に回転を与える打撃フォームは、しばし野球少年や高校球児の手本のひとつともされていた(T-岡田は、高校時代に清水の打撃フォームを参考にしていた)。かつてライト前に抜けていた痛烈な当たりがセカンドゴロ止まりになるなどの打撃不振の原因は、一般には加齢による下半身の衰えや、スイングや右腕の「絞め」のブレなどを指摘するものが多い。また、2006年に行ったスローイング矯正により、前年まで打撃に特化していた身体のバランス(骨盤・体幹などの微妙なバランス感覚)が変化し、打撃メカニズムそのものが変わってしまったという説もある[要出典]

[編集] 守備面

一方、打撃力の評価とは対照的に守備力の評価は数段劣るものであった。ポジショニングやクッションボールの処理なども良いほうではないが、足が早いため守備範囲は広く、刺殺数の実績も残している。大学時代は右翼手で、何度か一塁も守っており、プロ入り直後や2005年など何度か一塁手の守備も本格的に練習していた。しかし、横浜鈴木尚典などと同様スローイングに問題があり、チームにもスラッガーが多いため一塁手でのスタメン起用は実現しなかった。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1996 巨人 107 307 287 37 84 14 4 11 139 38 9 5 1 0 13 1 6 41 2 .293 .337 .484 .821
1997 118 422 381 50 116 12 3 12 170 36 7 5 2 4 28 2 7 48 2 .304 .360 .446 .806
1998 129 535 492 79 148 17 2 13 208 52 16 6 9 4 22 1 8 64 9 .301 .338 .423 .761
1999 116 465 424 71 125 23 1 8 174 32 15 5 11 2 24 0 4 49 7 .295 .337 .410 .747
2000 115 431 388 65 105 25 1 11 165 46 11 10 18 2 21 0 2 52 0 .271 .310 .425 .735
2001 126 384 333 49 108 10 1 7 141 29 8 7 13 2 33 3 3 39 4 .324 .388 .423 .812
2002 139 646 609 92 191 26 5 14 269 58 12 6 2 3 31 6 1 69 3 .314 .346 .442 .788
2003 101 379 366 48 88 17 0 14 147 44 1 2 1 1 9 0 2 34 2 .240 .262 .402 .664
2004 135 607 578 86 178 39 0 16 265 60 4 2 1 1 22 0 5 65 9 .308 .338 .458 .797
2005 127 531 490 76 147 24 3 15 222 50 4 3 5 3 32 1 1 44 5 .300 .342 .453 .795
2006 121 343 315 36 68 9 0 6 95 20 3 3 1 1 25 4 1 34 5 .216 .275 .302 .576
2007 66 129 112 17 38 3 0 3 50 14 0 0 2 0 14 2 1 13 3 .339 .417 .446 .864
2008 41 51 42 3 6 0 0 0 6 2 0 0 1 1 7 1 0 10 1 .143 .260 .143 .403
2009 西武 44 134 125 9 26 4 1 1 35 7 0 1 0 0 8 0 1 19 1 .208 .261 .280 .541
通算:14年 1485 5364 4942 718 1428 223 21 131 2086 488 90 55 67 24 289 21 42 581 53 .289 .332 .422 .754
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 年度別守備成績


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
1996 94 147 4 3 1 .981
1997 109 166 6 2 1 .989
1998 126 192 3 2 0 .990
1999 111 199 3 1 1 .995
2000 108 170 4 2 0 .989
2001 116 159 5 1 1 .994
2002 138 230 6 1 1 .996
2003 88 129 4 2 1 .985
2004 135 218 2 2 0 .991
2005 110 170 4 1 0 .994
2006 87 113 4 1 0 .992
2007 43 35 0 0 0 1.000
2008 8 4 0 1 0 .800
2009 3 3 1 0 0 1.000
通算 1276 1935 46 19 6 .991
※各年度の太字は左翼手刺殺数最多
※2002年は中堅手・松井秀喜、右翼手・福留孝介に次ぐ3位

[編集] タイトル

[編集] 表彰

[編集] 記録

初記録
節目の記録
その他の記録

[編集] 背番号

  • 35 (1996年 - 2001年)
  • 9 (2002年 - 2008年)
  • 4 (2009年)
  • 81 (2011年 - )

[編集] 登録名

  • 清水 隆行(しみず たかゆき)(1996年 - 2008年)
  • 清水 崇行(しみず たかゆき)(2009年 - )

[編集] 関連情報

[編集] 出演番組

[編集] 出典

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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