マット・マートン

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マット・マートン
Matt Murton
阪神タイガース #9
Matt Murton 20120817.jpg
2012年8月17日、明治神宮野球場にて
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州フォートローダーデール
生年月日 1981年10月3日(32歳)
身長
体重
185 cm
99 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 ドラフト1巡目補完(全体32位)
初出場 MLB / 2005年7月8日
NPB / 2010年3月26日
年俸 $ 3,500,000(2014年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マシュー・ヘンリー・“マット”・マートンMatthew Henry "Matt" Murton, 1981年10月3日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手外野手)。アメリカ合衆国フロリダ州フォートローダーデール出身。日本プロ野球シーズン最多安打記録保持者(214本)。

経歴[編集]

MLB時代[編集]

2003年ドラフト1巡目でジョージア工科大学からボストン・レッドソックスに入団。

2004年に4チームが絡むトレードにより、ノマー・ガルシアパーラと共にシカゴ・カブスへ移籍した。

2005年7月8日の対フロリダ・マーリンズ戦でメジャーリーグデビュー。このデビュー戦では、のちに阪神でチームメイトとなるランディ・メッセンジャーがマーリンズの2番手投手として登板し、2打席対戦して右犠飛と右二塁打を放った。このシーズンは打率.321, 7本塁打、14打点OPS .908という成績を残した。特に左投手に対しては打率.380と結果を出した。

2006年左翼手として開幕スタメンを勝ち取り、初打席で本塁打を放つなど3安打と幸先の良いスタートを切った。7月以降の打率は.330と好調を維持し、8月3日には4打席4安打(4二塁打)5打点の1試合最多二塁打記録を樹立。この年はほぼメジャーに定着し、144試合出場でチームトップの打率.297, 13本塁打、62打点、OPS .809の成績を残した。カブスでは人気選手の一人となり、球場内にはマートンの特徴である赤毛の髪を真似たカツラを付けているファンが多く現れた。

カブス時代(2007年)

2007年アルフォンソ・ソリアーノクリフ・フロイド両外野手がカブスにFA移籍。チーム方針が長打力アップだったため、巧打者タイプのマートンはレギュラー争いに敗れ、打率.281と安定していながらも得点圏打率.186とチャンスに弱く、次第にメジャーでの出場機会を失ってマイナー落ちも経験。94試合の出場にとどまった。3Aでは打率.331, 8本塁打、27打点、OPS .977だった。

2008年はメジャーで結果を残すことができず、マイナーリーグで過ごす日々が続き、7月にリッチ・ハーデンチャド・ゴダーンとのトレードで他3選手と共にオークランド・アスレチックスへ移籍したが、アスレチックスでも9試合で30打数3安打で本塁打0と結果を残すことができなかった。結局、この年の多くを3Aで過ごし、86試合で打率.290, 2本塁打、28打点だった。

2009年2月4日にコーリー・ウィンバーリーとのトレードでコロラド・ロッキーズに移籍。この年はメジャー26試合出場で打率.250, 本塁打1本だった。3Aでは海抜1,839 mにある本拠地の利点を生かして97試合で打率.324, 12本塁打、79打点、OPS.888と活躍したが、他の外野手がメジャーで好調だったため、機会に恵まれずこの年はマイナーでシーズンを終えた。

同年オフ、外野手の強化を求めていた阪神が、駐米スカウトアンディ・シーツの「マートンの確実性のある打撃スタイルは日本向き」という強い推薦もあって獲得に動き、12月7日にロッキーズから保有権が譲渡された[2]。その後、12月12日に阪神入団が発表された。契約金5,000万円・年俸1億円の2年契約で、2年目は球団側に選択権がある。背番号は「9」に決まった。マートンの入団と相前後して、チームのレギュラー中堅手で1番打者だった赤星憲広が怪我で電撃的に引退したため、マートンは代わりの「1番・中堅」として期待をかけられた[3]

阪神時代[編集]

2010年は、それまで中堅手の経験がほとんどなかった[4]こともあって春季キャンプでは評価が低く、広澤克実金村義明などの野球評論家から酷評された[5][6][7]。しかし、オープン戦では鳥谷敬に次いでチーム2位の打率.352, 先頭打者本塁打2本の成績でシーズンを迎え、開幕後も5試合連続安打、15試合連続出塁を記録。その後もコンスタントに安打を放ち続けた。3月30日の対広島東洋カープ戦では来日1号本塁打を場外へ放った。このボールは、球場の外をジョギングしていた男性に拾われて宿舎に届けられた[8]。阪神の来日1年目外国人選手としては50年ぶりのオールスターゲームに監督推薦で出場した。

後半戦はオールスターを挟んで前半戦終盤から通算で5試合安打が出なかったが、最終的にシーズンを通して2試合以上安打が出なかったのはこの1回限りで、以降はこれまでと同じく安打を量産していった。9月5日の対広島戦の8回表1死2塁から、この日3本目の安打となる中前適時打を打ち、来日1年目の外国人史上最多となるシーズン175安打(それまでは1997年にフィル・クラークが記録した174安打)を記録[9]し、16日の対横浜ベイスターズ戦の8回には加賀繁からこの試合3安打目となる右前打を打ち、藤村富美男の球団記録に並ぶ191安打を記録[10]。18日には3安打を放ち、194安打と球団記録を更新すると共にシーズン安打歴代5位の記録となり、マルチ安打も60度目と球団新記録となった[11]。19日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦で球団新記録となる22回目の猛打賞を記録[12]。23日の対中日ドラゴンズ戦第4打席では吉見一起から史上4人目となるシーズン200安打目のソロホームランを放つ。来日1年目での200安打は史上初。28日の対巨人戦第3打席で内海哲也からシーズン最多安打のセ・リーグ新記録となる205安打目のヒットを放ち、プロ野球史上3人目となるシーズン200安打以上・100得点も達成し[13]、29歳の誕生日である10月3日の対広島戦の第4打席ではレフトへヒットを打ち、イチローに並ぶ日本記録の210安打を達成[14]。10月5日の対東京ヤクルトスワローズ戦第2打席で中澤雅人からセンター前ヒットを打って日本プロ野球新記録のシーズン211安打を達成し、この試合で24回目の猛打賞を記録[15]。最終的にリーグ3位の打率.349, 両リーグ通じて最多の214安打を放ち[16]最多安打のタイトルを獲得し、ベストナインにも選ばれた。また、『週刊ベースボール』誌上の読者投票「今年最も活躍した外国人選手」では、77%の得票で1位となった。

2011年の開幕戦では「1番・右翼」でスタメン出場し、第一打席でタイガースでは1955年の金田正泰以来56年ぶり、球団史上2人目の開幕戦初回先頭打者本塁打を放ったが、長打力向上を狙って春季キャンプから左足を高く上げる打撃フォームへの改造に取り組んできたこと[17]が裏目に出て、春先は打率1割台と苦戦した[18]。5月26日の対千葉ロッテマリーンズ戦では、3-1でロッテがリードの8回表、1死走者二塁の場面で、打者の清田育宏が打ち上げたライトフライを捕球した際に3アウトチェンジだと勘違いし、ボールをスタンドに投げ入れてしまった。これにより二塁走者の今江敏晃には2個の安全進塁権が与えられ、ロッテに1点が追加された(このプレーによる記録はマートンのエラー)[19]。走者がいる場面でアウトカウントを間違い、それにより得点が入ったのは、2003年5月21日の巨人のクリス・レイサム外野手以来である。その日は偶然にもレイサムの誕生日でもあった。これに対し球団フロントは、マートンから異例の事情聴取を行なった[20]。その後はフォームが定まったことで調子を戻し[21]、前半戦をリーグトップの打率.325で終え[22]オールスターゲームにも前年に引き続き監督推薦で出場した。後半戦は体調不良を起こしてスタメンを外れることもあった[23]が、9月6日から10月11日まで、日本プロ野球史上6人目かつ外国人選手では最多となる30試合連続安打を記録した。最終的には5厘差で長野久義に及ばず首位打者を逃したものの、180安打を放ち2年連続の最多安打を獲得。ベストナインにも同じく2年連続で選出された。前年は外野3ポジションすべてに就いたが、この年は右翼手としての出場のみであった。同年シーズン後に2年契約が満了し、メジャーリーグに復帰する可能性も取りざたされた[24]が、再び2年契約を結んで阪神に残留した[25]

2012年には、シーズンを通じて攻守に精彩を欠いた。不振に悩まされるあまり本人の精神状態も安定せず、6月9日の対オリックス・バファローズ戦では自身の緩慢な守備で相手に得点を与え、打者走者の二塁進塁も許したことを報道陣に問われ、この日の先発投手能見篤史を引き合いに出して「能見さんが嫌いだから二塁まで進ませてやった」と暴言と誤解されてしまうほどの過激なジョーク[26]を口にした。この発言は、ロバート・ホワイティングのエッセー『サクラと星条旗』に引用されるなど、さまざまな波紋をもたらした(後述)。また、8月17日の対ヤクルト戦では守備でのミスを巡って試合後に首脳陣と衝突する[27]など、トラブルの多いシーズンだった。

2013年には、金本知憲の現役引退・福留孝介の加入による一軍外野陣の再編成によって、守備位置が右翼手から左翼手に変更。「6番・左翼手」として公式戦の開幕を迎えた。開幕直後からセントラル・リーグの打率トップを争うほどにまで打撃が復調したことや、開幕戦から4番を打っていた新井良太が故障で戦線を離脱したことから、4月9日の対巨人戦から8月29日の同カードまで[28]は4番打者に定着。6月6日の対埼玉西武ライオンズ戦9回裏には、自身では来日初、阪神球団通算では100本目のサヨナラ本塁打を牧田和久から記録[29]。3日後(6月9日)の対ロッテ戦(いずれも甲子園)でも、9回裏に益田直也から逆転サヨナラ本塁打を放った結果、阪神の選手では初めて1か月間に公式戦で2本のサヨナラ本塁打を記録した[30]。また、オールスターゲームには、初めて選手間投票の同リーグ外野手部門で選出された[31]。8月21日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜)では、来日初の1試合2本塁打(2打席連続本塁打)を放った[32]。その一方で、同月18日の対広島戦(マツダスタジアム)から22日の対ヤクルト戦(甲子園)にかけて、4試合連続で猛打賞(球団新記録、セ・リーグおよびNPB歴代2位タイ記録)を達成[33]。同月29日の対中日戦(ナゴヤドーム)では、来日後最多となるシーズン18号本塁打を放った。公式戦では19本塁打・178安打・37二塁打を記録し、来日後3度目のリーグ最多安打に加えて、リーグ最多二塁打も達成した[34]。この年で2年契約が満了したため、シーズン終了の直後にはメジャーリーグへの復帰を示唆したこともあった[35]が、1年契約で阪神への残留を決めた[36]

2014年は開幕から「5番・左翼手」として安打・打点・本塁打を量産。4月5日の対ヤクルト戦(神宮)では、第1打席から2本塁打を含む3打席連続安打を放つとともに、自己最多の1試合7打点を記録した[37]。同月30日の対広島戦では、2回裏に野村祐輔からの左前安打で、日米通算1,000安打を達成[38]。5月18日の対DeNA戦では、8回裏の第4打席でNPB公式戦通算744安打目を放ち、阪神に在籍した外国人選手として実働6年のランディ・バースが保持していた公式戦通算最多安打記録を、実働5年目にして更新した[39]

選手としての特徴[編集]

打撃フォーム(2011年)

打撃[編集]

軸のぶれないコンパクトなスイングでライナー性の打球を広角に打ち分ける打撃を持ち味とする[40][41]。左投手に対してはメジャー通算で打率.304を残しており、阪神移籍後の2010年には打率.408を記録し、追い込まれてからでも打率.350と得意とした[42]

守備・走塁[編集]

守備では肩の強さには欠ける[43][44]ものの、左翼守備ではメジャー通算のDRS 13, UZR 28.5と高い数値を残した[45]。一方で右翼守備ではUZR -2.0と平均を下回り[45]、阪神移籍後の2010年は両リーグの中堅手中ワースト1位のUZR -10.5を記録した[46]。走塁では一塁到達4.44秒と特別に足が速いわけではない[47]

阪神への移籍後には、二塁(または三塁)走者として三塁ベースコーチの指示で本塁へ突入した際に、激しいクロスプレーや強引なタックルで相手の捕手を倒れ込ませたことが数回ある。2013年5月12日の対ヤクルト戦(松山坊っちゃんスタジアム)では、4回裏1死1・3塁で藤井彰人が中飛を放ったところ、三塁走者としてタッチアップで本塁へ突入。その際のタックルでマートンの左膝がホームプレート上にいた相手捕手・田中雅彦の首付近を直撃し、田中は左鎖骨の骨折で途中交代(翌日に登録抹消)を余儀なくされた。マートンは試合後に「田中をケガさせようと思ってタックルしたわけじゃない」と釈明していた[48]が、後にヤクルト球団の関係者へ謝罪している。しかし、同年9月14日の同カードでも、本塁突入の際にホームプレート上にいた相川へ強引にタックル。結果として、相川と共に退場処分を受けた(後述)。

ただし、現行の公認野球規則では、走路の優先権が走者にあることを定めている。この規則を厳密に適用すれば、「塁上の走者が本塁に到達する可能性がある場合には、相手捕手は味方野手からの送球を捕るまで、その走者の走路を妨げないようにホームベースを空けていなければならない」という見解が成り立つ[49]走塁妨害#概要を参照)。マートンは、このような見解から、前述の退場後に「キャッチャー(相川)がホームプレート上にいた。自分としては何が何でも得点したかったので、タックルするしかなかった」[49]、また「何でもかんでもぶつかるわけではない。ホームベースが空いていたらそんなことはしない」と言う一方で「たとえあの状況で自分の弟(後述)が相手捕手としてホームを守っていたとしても、ホーム上にいたらタックルに行く」と述べている[50]

人物[編集]

非常に真面目な性格で、キャンプでも和田豊打撃コーチ(当時)や山脇光治守備走塁コーチに積極的にアドバイスを聞き、練習中のティーバッティングでは投手の投げるコースに見立ててティーの高さを変えて打ち込んだり[51]、練習終了後も熱心に居残り練習を納得いくまで続けたりするなど、大変な努力家である。試合中も出塁・凡退に関わりなく、対戦した相手投手の特徴ばかりでなく、審判ごとのストライクゾーンの特徴までもノートに書き記している[52]

日本の野球に敬意を持ち、日本文化に馴染もうと努力をしており、あらゆる日本食にも挑戦して好きになったと語っている[53]。『週刊ベースボール』の記事によると牛丼ラーメン寿司などが大好物になったとのこと。特に牛丼は来日した翌日に同僚だったクレイグ・ブラゼル吉野家に連れて行ってもらってからの大のお気に入りで、二年目の2011年に来日した際は「早く牛丼が食べたくてしょうがなかった」と発言。自宅の冷凍庫には常に牛丼があり、吉野家からプレゼントされた丼で食べているという[54]。また、打撃が復調した2013年からは、試合後のヒーローインタビューで片言ながら関西弁を交えるようになった[55]MBSラジオの『MBSタイガースライブ』は、阪神戦の中継の際、マートンの関西弁による「ヒット、ウツノ、アサメシマエヤ。MBSタイガースライブ」というジングルを随時流しており、番組が『MBSベースボールパーク』に改称した2014年の中継でも継続している。

2010年シーズンにマートンの打席で使われた応援歌は、当初マートン専用ではなく「外国人選手汎用曲」として作られたものであった。マートンの入団前年までは、阪神では新外国人選手が入団してくると無条件で専用の応援歌が作成されていたが、それまでの新外国人はルー・フォードケビン・メンチなど1年限りで退団するケースが多く、応援歌も1年限りで使われなくなるという状態が続いていたため、応援団らの配慮で外国人選手用の汎用曲が用意された。1年間通じて活躍すれば2年目以降は本人専用のものが作られるということになった[56]。しかし、この年のマートンの活躍により、阪神選手の応援歌を管理するヒッティングマーチ委員会が、2011年以降はこの曲をマートン専用の応援歌として使用することを決定。その後新たに入団する外国人選手があった際に別の汎用曲を改めて作ることになった[57]

両親ともに教師という家庭に生まれた敬虔なプロテスタントのクリスチャンであり[13]、日曜日には神戸市内の教会にできる限り訪れるという。本拠地での試合で打席に入る際に流れる登場曲も、クリスチャン・ロックのバンドであるカットレス (Kutless) の楽曲を使用[58]。ヒーローインタビューも、「イエス様に平安がある」という日本語で締めくくることが多い。

2012年現在もジョージア工科大学に籍がある身分で、大学3年生の時に米球界で野球を始めたため、卒業まで33単位が残ったままである[59]

5歳年下の弟ルークもジョージア工科大学出身の野球選手で、2009年にニューヨーク・ヤンキースからドラフト19巡目で指名されてプロ入りし、ヤンキース傘下のマイナーでプレーしている。ポジションは一塁手[60][61]

2010年9月21日より、関西地区のファミリーマート1,400店舗での限定商品として、阪神タイガースとのコラボ商品である「ファミリーマートンカツおむすび」「ファミリーマートンカツ弁当」など5品目が発売されている。商品化のきっかけとなったのは、同社とマートンの名前をかけて「ファミリーマートン (Family Murton)」と書いた、同社のコーポレートカラーである緑・白・青の手作り応援グッズを使っているファンを同社の社員が目にしたことに端を発し、マートンならびに阪神球団を応援しようという機運が盛り上がったためである[62]。ちなみに、甲子園球場では2011年以降、マートンのプロデュースによる「マートン平焼き」「マートンカツ丼~蟹ほぐし身のせ~」を場内限定メニューとして発売している。

2013年1月には、ロバート・ホワイティングが『夕刊フジ』に連載中のコラム『サクラと星条旗』(翻訳版)から、前述の「能見さんが嫌い」発言を取り上げたエッセー(前年7月3日付の同紙に掲載)を近畿大学が一般入学試験・前期A日程「国語」の問題に採用した[63]。しかしマートンは、決勝の適時打を放った4月9日の対巨人戦で、完封勝利を記録した先発投手の能見と共に試合後のヒーローインタビューに登場すると、「ノウミサン、アイシテル」と言いながら能見とハグ。前述の発言が報じられてから、既に能見と和解していることをファンの前で宣言した。このインタビューの直後には、阪神球団がマートン・能見の両者に承諾を得たうえで、「ノウミサンアイシテル」というロゴを入れたTシャツを球団公式グッズとして数量限定で販売した[64]。2014年4月4日の対中日戦(京セラドーム大阪)試合後のヒーローインタビューでは、同年の開幕3戦目であった3月30日・巨人戦(東京ドーム)で二塁での守備中に右翼手の福留孝介と激突し戦線離脱した西岡剛に「ニシオカサン、イナイ、サミシイ。アイシテル」とエールを送る一方で、当日の先発で勝利投手になった能見についても、「能見さんのことは大好きです。素晴らしいピッチャー」という趣旨の英語で称賛している[65]

日本プロ野球のレベルについては、MLBと3Aの間であるとし、「4A」であると語っている[66]

退場歴[編集]

2013年8月14日の対広島戦で、3回裏に広島先発の大竹寛が投じたノーボール1ストライクからの外角球をボール球と思って見逃したが判定はストライク。この判定に激高し、バットでベース付近に線を引いた行為が侮辱行為ととられ、球審の良川昌美より退場を宣告された。その後も怒りは収まらず、監督やコーチ、同僚の制止を何度も振り切って、審判に不満をあらわにした。同年9月14日の対ヤクルト戦(神宮)で、福留のセンター前安打で二塁にいたマートンが一気に本塁へ突入した際にヤクルト捕手の相川亮二へタックル。判定はアウトだったが、このタックルに激高した相川がマートンを突き飛ばしたことから、両チーム総出の乱闘に発展し、相川と共に暴力行為で自身2度目の退場処分を受けた。マートンはシーズン2度目の退場処分ということもあり、1試合の出場停止処分を受けた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 CHC 51 160 140 19 45 3 2 7 73 14 2 1 2 2 16 4 0 22 4 .321 .386 .521 .907
2006 144 508 455 70 135 22 3 13 202 62 5 2 1 2 45 1 5 62 16 .297 .365 .444 .809
2007 94 261 235 35 66 13 0 8 103 22 1 0 0 0 26 0 0 39 4 .281 .352 .438 .790
2008 19 42 40 2 10 2 0 0 12 6 0 0 0 0 1 0 1 5 2 .250 .286 .300 .586
OAK 9 31 30 1 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 1 0 0 7 1 .100 .129 .133 .262
'08計 28 73 70 3 13 3 0 0 16 8 0 0 0 0 2 0 1 12 3 .186 .219 .229 .448
2009 COL 29 56 52 7 13 5 0 1 21 6 2 0 0 0 4 0 0 14 0 .250 .304 .404 .707
2010 阪神 144 668 613 105 214 35 3 17 306 91 11 6 0 5 47 3 3 70 14 .349 .395 .499 .894
2011 142 606 579 66 180 24 1 13 245 60 6 4 1 1 24 0 1 76 13 .311 .339 .423 .762
2012 121 473 453 39 118 18 2 5 155 38 2 4 0 1 18 0 1 56 14 .260 .290 .342 .632
2013 143 613 566 55 178 37 1 19 274 85 6 1 0 4 42 1 1 81 25 .314 .361 .484 .845
MLB:5年 346 1058 952 134 272 46 5 29 415 112 10 3 3 4 93 5 6 149 27 .286 .352 .436 .788
NPB:4年 560 2360 2211 265 690 114 7 54 980 274 25 15 1 10 131 4 6 283 66 .312 .350 .443 .793
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の赤太字はNPBでの歴代最高、太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]



左翼(LF) 中堅(CF) 右翼(RF) 外野(OF)
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2005 CHC 43 62 1 2 1 .969 - - 43 62 1 2 1 .969
2006 133 240 3 3 2 .988 - - 133 240 3 3 2 .988
2007 28 50 1 0 0 1.000 1 0 0 0 0 ---- 41 65 2 4 1 .944 68 115 3 4 1 .967
2008 10 13 0 0 0 1.000 - 2 1 0 0 0 1.000 12 14 0 0 0 1.000
OAK 7 27 1 0 1 1.000 - - 7 27 1 0 1 1.000
'08計 17 40 1 0 1 1.000 - 2 1 0 0 0 1.000 19 41 1 0 1 1.000
2009 COL 12 12 0 0 0 1.000 - 5 1 0 0 0 1.000 16 13 0 0 0 1.000
2010 阪神 - - - 144 262 3 4 2 .985
2011 - - - 140 235 5 4 2 .984
2012 - - - 117 190 8 2 1 .990
2013 - - - 140 181 1 2 0 .989
MLB:5年 233 404 6 5 4 .988 1 0 0 0 0 ---- 48 67 2 4 1 .945 279 471 8 9 5 .982
NPB:4年 - - - 541 868 17 12 5 .986
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB
  • ベストナイン:3回(2010年、2011年、2013年)
  • 連盟特別賞:1回(2010年)※シーズン214安打のプロ野球新記録
  • 月間サヨナラ賞:1回 (2013年6月)

記録[編集]

レギュラーシーズン (NPB)
  • シーズン214安打(2010年) - NPB記録
  • 打率.349(2010年) - 来日初年の外国人選手として歴代一位
  • 猛打賞24回(2010年) - アレックス・ラミレスと並んで外国人最多記録
  • 30試合連続安打(2011年9月6日 - 10月11日) - 歴代4位、阪神タイガース球団記録、外国人最多記録
NPB初記録
NPBその他の記録

背番号[編集]

  • 19 (2005年 - 2008年途中)
  • 26 (2008年途中 - 同年終了)
  • 14 (2009年)
  • 9 (2010年 - )

登場曲[編集]

  • "Strong Tower" - Kutless(2010年 - 2011年、2012年6月 - 2013年)
  • "Saved the Day" - Phillips Craig and Dean(2012年)
  • "Stain" - ナイトdeライト(2014年 - )

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 阪神 マートン残留を発表 単年で契約 スポーツニッポン、2013年11月26日。
  2. ^ Matt Murton to join Hanshin Tigers Outfielder will play in Japan”. rockies.com (2009年12月7日). 2009年12月8日閲覧。
  3. ^ 真弓監督「ポスト赤星」戦争や! 日刊スポーツ、2009年12月15日。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]