イエス・キリスト

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イエス・キリスト(紀元前4年頃 - 紀元後28年頃、古典ギリシア語Ίησοῦς Χριστός, Iēsūs Khristosヘブライ語Yhoshuah ha-Mashiah)は、紀元1世紀初頭にパレスティナで活動し、宗教的教えを説いた人物である。母語はアフロ・アジア語族の西アラム語もしくはヘブライ語といわれる。アラム語とヘブライ語、両方を話すことができたという説もある。

この名は、キリスト教等において、固有名詞に近い形で把握されているが、元々のギリシア語では、「メシア(救世主)であるイエス」、または「イエスはメシアである」という意味である。イスラム教では対応する名として「マスィーフ・イーサー」と呼ぶが、この場合、固有名は「イーサー」のみで、「マスィーフ」はメシアに当たる称号である。

カトリックでは「イエズス・キリスト」、プロテスタント諸派では「イエス・キリスト」と表記し、日本正教会では「イイスス・ハリストス」と転写・表記される(後述)。

なお、日本では、プロテスタントの「イエス・キリスト」が一般的に用いられている。

キリスト教においては、東方諸教会正教会カトリック聖公会、およびプロテスタントの多くにおいて三位一体の教義の元に、神の子である救世主として(一部の宗派では、単性論と通称される、神としての属性のみを強調する立場で)信仰の対象となっており、他の教派でも最高の預言者、開祖とされている。イエスの言行を記した福音書を含む『聖書』は世界で最も翻訳言語数が多い歴史的ベストセラーであり、音楽・絵画・思想・哲学・世界史などに測り知れない影響を与えた。

イスラム教においてはマルヤムの子イーサー(マリアの子イエス)として、ムハンマドに先立つ偉大な預言者の一人とされる。現在では消滅した世界宗教マニ教においても、釈迦ザラスシュトラ(ゾロアスター)と共に、マニに先行する真理の開示者・神から派遣された預言者として崇拝されていた。西方グノーシス主義においては、イエスはアイオーンであり、悪であるこの世に落ちて苦しむ霊を救うため、プレーローマの永遠世界より訪れた真実開示者(救世主)とされた。バハーイー教シーク教においても、偉大な預言者であり聖者として高い尊敬を集めている。

目次

[編集] 概要

仏教の開祖釈迦や、古代ギリシアの哲人ソクラテス儒教の始祖孔子などとならび、伝統的な民族宗教における人間把握のありかたに反省を加え、後に世界宗教となるキリスト教の基礎を築き、人類精神歴史において大きな影響を与えたと一般的に理解されている。

キリスト教はイスラエル民族宗教であるユダヤ教の改革運動であり、それは後にキリスト教の教義面での重要人物となるパウロにおいてもほぼ同様である。キリスト教ユダヤ教とは別の宗教だと言う認識は、第一次ユダヤ戦争とその敗北後のイエスが最も厳しく批判したファリサイ派主導によるユダヤ教の再編の中で1世紀末頃に確立されたと考えられている。ローマ帝国治下にあって、社会秩序を紊乱する邪教として迫害されたが、紀元4世紀頃には地中海世界全域に広まって世界宗教となった。それと共に、ローマ帝国は寛容令・公認のミラノ勅令を出し、更に帝国の国教とした。

しかし、『新約聖書』において、イエスの目的として「それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです」(『ヨハネ福音書』3章16節)など数箇所にわたって記述されているが、これらの言葉が具体的に何を意味するのか、死後の問題の解決か、この地上にあっての精神的解放・救いか、イエスは文字通り、「不滅のいのち」を説いたのか、地上における良き人生の比喩を語ったのかについて、さまざまな見解が生じた。またイエス自身については、であるとする考えや、卓越した人間であるとする考えや、「神であって同時に人間」でもあるなどと様々な神学的解釈が存在した。これらにより、キリスト教における多数の分派や、イスラム教をはじめとする諸宗教でのイエスの位置付けや解釈の多様さが生まれた。東方諸教会正教会カトリック聖公会プロテスタントルター派カルヴァン派メソジストバプテストなど)、ドゥホボル教徒、その他多くの教団、宗派を生む事になる。

[編集] 語義と指示内容

[編集] イエスという呼称

イエスは、古典ギリシア語「イエースース(Ίησοῦς, Iēsūs再建音)」の慣用的日本語表記である。元の語は、アラム語のイェーシューア(ישוע, Yeshua)=ヘブライ語のヨシュア(イェホーシューア、יְהוֹשֻׁעַ, Yehoshua)で、「ヤハウェは救い」を意味する。東地中海地域では「イーサー」「イースス」の形でよく用いられた。

かつての日本のカトリック教会ではロマンス語の発音からイエズスという語を用いていたが、現在ではエキュメニズムの流れに沿ってイエスに統一されている[1]。ただし、『新約聖書』原典における本来の古典ギリシア語表記は、上に述べるように Ίησοῦς である。また、のちに翻訳された古典ラテン語では Iesus(イエースス)が、本来の名前に近い表記である。

日本ハリストス正教会がもちいる「イイスス(Iisus)」は、この Ίησοῦς の中世ギリシア語形の転写である。日本ハリストス正教会では教会スラヴ語由来の転写か、中世以降および現代のギリシア語の発音に則った転写を用いることが多く、古典再建音に基づく転写はまず行われない。

これらのギリシア語、ラテン語表記の語尾は主格形であり、目的語として使われる対格などでは異なる語尾に変化する。日本語の慣例表記「イエス」は、古典ギリシア語再建音から、日本語にない固有名詞の格変化語尾を省き、名詞幹のみとしたものである。

英語表記ではイエスは「ジーザス(Jesus)」となり、『ジーザス・クライスト・スーパースター』などに現れるが、日本語表記としては一般的とはいえない。

[編集] キリストという呼称

キリスト」も参照

キリストとは、旧約聖書の各預言者によって登場を預言されていた救世主という意味であり、古典ギリシア語「クリストス(Χριστός, Khristos)」の慣用的日本語表記である。元々はヘブライ語「メシア(マーシアハ、מָׁשִיַח, Māšîªḥ)」であり、「香油を注がれた者」を意味する。日本正教会では現代ギリシア語および教会スラヴ語から、「ハリストス」と転写する。

[編集] イエス・キリスト

よって「イエス・キリスト」とは「メシアとしてのイエースース」「香油を注がれ・聖化された者たるイエースース」を意味する。キリスト教における救世主キリスト・イエスを必ずしも意味しない。「香油を注がれた者(メシア)」とは、ユダヤ民族の歴史において、伝統的に、「聖化された王」の称号である。イスラエルユダの両王国が滅亡してより後、ユダヤ民族はディアスポラの民となり、かつての栄光ある「統一イスラエル」の成立と神権王国の再現を夢見た。このようにして「統一神権王国」を再現する者としての「メシア」への期待が、ユダヤ民族の歴史において、徐々に大きくなっていった。イエスをメシアと考える者は、「メシア・イエス(マーシアハ・イェホーシューア)」と彼を呼び、これをギリシア語に訳して「イエースース・クリストス」とした。

当時のユダヤ人にとって、メシアとは「イスラエルを救う聖なる王」であり「救世者・救世主」の意味ではなかったが、新約聖書でイエスは無差別平等の民族を越えた父なる神の愛を説き、十字架によるイエスの処刑後、徐々に教えが広まり、キリスト教は世界宗教として成長していった。

[編集] 救世主イエス・キリスト

やがて原始キリスト教会が成立すると、イエースースは「ソーテール(Σωτήρ, Sōtēr、救済者)」の称号で呼ばれることになる。「イエースース・クリストス・ソーテール(Ίησοῦς Χριστός Σωτήρ)」は「救世主イエス・キリスト」に相当する。また、「神の子」(字義通りには「神の息子」)を意味する「テウー・ヒュイオス(Θεοῦ Ὑιος, Theū Hyios)」の称号が加わるが、この名称は福音書において、イエスを指すと共に救済される人々をも表している。イエスは、人は父なる神の「子(τέκνον, teknon)」であり、また「息子(ὑιος, hyios)」であると述べている。

初期キリスト教徒にとってイエスは優れて神の子であった。1世紀末頃の『ヨハネ福音書』にはイエスを「子」、すなわちそれ自体神性をもった存在とする見方が登場する。イエスの神性は以後次第に大きな問題となり、325年第1ニカイア公会議における論争において、父と子と聖霊は三位一体であるという教理が正統であると宣言される。そして「神の子(テウー・ヒュイオス)」がキリストの称号として確立するのである。


[編集] キリスト教における位置づけ

様々なイエス・キリストの把握がある。この項目では、イエス・キリストを、救世主であり、父と子と聖霊を三位一体とみなすキリスト教における把握と、それに関連して、歴史的なイエス・キリストの把握像を概観する。イスラム教やユダヤ教における位置付けや把握は、それらの宗教での説明に譲る(キリスト教でも、三位一体教義を認めない宗派があるが、これらも、ここでは広義のキリスト教と考える)。

キリスト教におけるイエス・キリストの把握については、以下の記事を参照のこと。

[編集] 学術的立場における位置づけ

[編集] 「ナザレのイエス」と「史的イエス」

詳細は「ナザレのイエス」を参照

詳細は「史的イエス」を参照

歴史学等では、歴史上の人間としてのイエスを指す場合、「ナザレのイエス」と呼ぶことがある。これは、『福音書』において、イエスが「ナザレ人」と呼ばれているためである。

科学的な見地から、復活や昇天を否定し、あくまで人間として、イエスが歴史的にどのような人物であったかを厳密に検証していく試みが、多くの学者によってなされている。

西ヨーロッパの宗教画やキリスト彫像は北方ヨーロッパ系の白人の痩せた男性のイメージで作られるのが一般である。しかし現在ではコーカソイドではあるが中近東から地中海沿岸一帯にかけて分布する、いわゆる地中海人種であったと想定されており、北方ヨーロッパ系の形質の身体であったとは考えにくい。


[編集] 諸宗教でのイエスの位置づけ

[編集] イスラム教におけるイエス

詳細は「イスラームにおけるイーサー」を参照

イスラム教においても、ユダヤ教の預言者とともにイエスを預言者(ナビー)のひとりとして受け入れている。イスラム教では、「マルヤムの子イーサーعيسى ابن مريم, ʻĪsā ibn Maryam、マリアの子イエス)」と呼ばれるが、『クルアーン』の記述によればアッラーフの奇蹟によってマリアの体内に創造された特殊な出自であるが、他の預言者同様「アーダムの子=人間」のひとりであって、決して「アッラーフの子キリスト」とは認められていない。

『クルアーン』はイエスを預言者(ナビー)のひとりとして受け入れているため、イーサー(イエス)をたびたび記載している。 しかしアッラーフは人類を含め一切の被造物を超越した存在でありかつ創造主であり、アッラーフ自身が「子を産みもしなければ産まれもしない」ために、イーサーが「アッラーフ」であることも「アッラーフの子」であることも明確に否定している。[2]

ただし生前のイエスは「神の子」を比喩として用いており、対象も彼自身に限定されるものではなかった[3] 。また、ムハンマドが批判した主流派キリスト教でも、「子」という言葉は霊的なものとされており、生物学的な行為によるものではないとされている[4]。なおムハンマドは、主流派キリスト教を批判するに当たりマリア崇敬を三位一体と混同していた。[5]

さらにイスラム教では、イーサー(イエス)は十字架にかかっておらず(別人が十字架で磔にされたので)、預言者としての使命を果たして生涯を全うしたとされる。[6]しかしながら、イーサーは救世主メシア(マスィーフ)であることは認められており、最後の審判に先立って出現する反キリストであるダッジャールを討伐するため地上に再臨するとされているため、「アッラーフの救世主イーサー(عيسى المسيح الله, ʻĪsā al-Masīḥ Allāh)」という尊称も一般的である。また預言者ムハンマドは、昇天の旅であるミウラージュの奇蹟において天使ジブリール(ガブリエル)の導きにより天上でムーサー(モーセ)とイーサー(イエス)の2人の預言者に会っている。

イスラームの考えによれば、イーサーが光臨した後は、非ムスリムは消滅する(イスラームに改宗させられる)ので、非ムスリムへの差別税ジズヤは廃止されるとしている。また、イーサーは十字架を打ち壊すだろうとし、先行するキリスト教の信仰を否定している[7]

イーサーは神の啓示を受けた通常の預言者(ナビー)であるのみならず、使徒(ラスール)としても『クルアーン』やハディースなどでは重視して言及されている。イスラム教においてもヌーフ(ノア)、イブラーヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーセ)、ムハンマドと共に五大預言者のうちの1人に数えられ、イエスは大変に重要な地位を占めている。

[編集] ユダヤ教におけるイエス

イエスはユダヤ教では一般に偽メシアとして認識されている。ただしきわめて少数だが、イエスがユダヤ教のメシアであるとするメシアニック・ジュダイズム派も存在する。

[編集] グノーシス主義におけるイエス

グノーシス主義では、天地を創造した造物主を劣悪な神と見なし、これとは別に善なる「至高者」が存在するという神話をもち、キリスト教的グノーシス主義では、至高者の下にある諸の神的存在(アイオーン)の中から、人間世界に派遣された救済者・真実開示者が歴史上の「イエス」であると考え、イエスは、人間に内在する「至高者の要素」を認識すること(グノーシス)による救済を説いたと信ずる。この意味で、イエスはやはり「メシア」(救世主)である。

イエスは、至高者から生じたアイオーンであり、なる存在で、劣悪な造物主の手によるこの世の肉体とは本来無縁であるが、人間に働きかけるために、仮に肉体をまとって、この世に下ってきたという仮現説(ドケティズム)の立場でイエスの存在を理解する。ただし、「地上のイエスの振る舞いは、人間の目にそのようにみえただけの幻の如き存在である」、あるいは「肉体をもたないイエスが受難することはなく、十字架に掛けられたのは別人であった」などという、イエスの人間化を完全に否定する「狭義の仮現説」がある一方、「人間に働きかける手段として、人間の肉体を受けた」として「受肉」「受難」を部分的に認める立場を含む広義の仮現説もあり、イエスの受肉に関する理解はグノーシスの各派によって異なる。

イエス・キリストが語り手や主人公となるグノーシス文書が多数あり、原始キリスト教は、これらを異端の書だとした。更に、異端文書廃棄令を出し、意図的にこれらの文書を破壊した。このため、グノーシス文書の多くは湮滅した。しかし、20世紀の『ナグ・ハマディ写本』等の発見により、『トマスによる福音書』、『フィリポによる福音書』、『マリアによる福音書』、『エジプト人福音書』など、湮滅と破壊を奇跡的に免れたグノーシス文書の内容が知られるようになった。

[編集] マニ教におけるイエス

マニ教は、ヘレニズムにおける文化的・宗教的なシュンクレティズムにあって、ユダヤ教ゾロアスター教西方グノーシス主義、初期キリスト教大乗仏教などと相互作用しつつ、並行して展開したグノーシス宗教である。マニ教においても、イエスは、ザラスシュトラ仏陀にならぶ預言者として高い尊敬を受けている。

[編集] シーク教及びバハーイー教

イスラームヒンドゥー教の影響の下に成立したシーク教においては、イエスは預言者、聖者として尊敬されている。また、イスラーム教シーア派から派生したバハーイー教においても、世界の偉大な宗教を開いた預言者の一人として高い尊敬を受けている。

[編集] 神智学におけるイエス

詳細は「イエス大師」を参照

ブラヴァツキー夫人が創始した神秘思想体系である神智学では、イエスは「古代の英知の大師(マスター)たち」の一人とされ、聖白色同胞団と結び付けられている。こうしたイエス観はニューエイジ思想にも受け継がれている。

[編集] イエスの誕生日

伝統的に誕生日とされている12月25日クリスマス(降誕祭。12月24日はクリスマス・イヴ)として、多くの教派で行われる祭りであるが、当時の伝統的な宗教ミトラス教の習俗を尊重し取り入れ融合した面も存在した可能性がある。今日では、その他非キリスト教国でも祝日とされ、毎年キリストの降誕を記念し、クリスマスが祝われるようになっているが日本では祝日、休日ではない。

イエスの本当の生誕の日はユリウス暦4月7日であったなど諸説ある。しかし、どの説も確実性に欠けるという見方もあり、現状ではイエスの生誕日について細かい点はよく判っていない。

[編集] 脚注

  1. ^ これは、プロテスタントを初めとする他教派と共同で翻訳した聖書共同訳」にイエススを用いたところ内外からの批判により後続版である「新共同訳」がイエス(一部はメシア)に統一されたのに由来する。
  2. ^ 「……マルヤムの子マスィーフ・イーサーは、只アッラーフの使徒である。マルヤムに授けられたかれの御言葉であり、かれからの霊である。だからアッラーフとその使徒たちを信じなさい。『三(位)』などと言ってはならない。……」(『クルアーン』第4章171節)
  3. ^ 「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(『マタイによる福音書』5章9節)
  4. ^ 三位一体のカテキズム
  5. ^ 「またアッラーフがこのように仰せられた時を思え。『マルヤムの子イーサーよ、あなたは「アッラーフの外に、わたしとわたしの母とを2柱のアッラーフとせよ。」と人びとに告げたか。』」(『クルアーン』第5章116節)(註:イーサーはこれに対し、そのようなことを述べたこともなく、考えたこともないと答える。)
  6. ^ 「かれらは不信心のため、またマルヤムに対する激しい中傷の言葉のために、『わたしたちはアッラーフの使徒、マルヤムの子マスィーフ(メシア)、イーサーを殺したぞ』という言葉のために(心を封じられた)。だがかれらがかれ(イーサー)を殺したのでもなく、またかれを十字架にかけたのでもない。」(『クルアーン』第4章156節〜159節)
  7. ^ 「日訳サヒーフ・ムスリム」第1巻、信仰の書、p114、伝承者アブー・フライラ

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィキクォート
ウィキクォートイエスに関する引用句集があります。

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

他の言語