天使

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歌を歌う天使達。ウィリアム・アドルフ・ブグロー (1881)。
セラフィム。ヴィクトル・ヴァスネツォフ (1885-1896頃の作品)。

天使(てんし)は、ユダヤ教キリスト教イスラム教聖典や伝承に登場するの使いである。以下、しばしばアブラハムの宗教と呼ばれ、比較宗教論の宗教分類で並置されるこの3宗教の天使について叙述する。

キリスト教による日本語訳聖書では「御使い」と訳される。日本ハリストス正教会では神使(しんし)とも訳す(日本正教会では「天使」という語も併用される)。

語源[編集]

英語の angel はギリシア語のアンゲロス(αγγελοςangelos)に由来し、その原義は「伝令」「使いの者」である。古代ギリシア・ローマ世界では、アンゲロスは生身の人間としての伝令であると同時に、神々と人間の中間の霊的存在としての伝令を指す言葉でもあり得た。古代の非キリスト教徒のネオプラトニストは、アンゲロスを神々やダイモーンのような超自然的存在として扱った[1]。また、「密使」を意味するペルシア語の「アンガロス」や「神の霊」の意であるサンスクリットの「アンギラス」も、ギリシア語のアンゲロスとともに語源に挙げられることがある[2]

ユダヤ教における天使[編集]

天使は、ヘブライ語ではマルアハ (םַלְאָךְ [mal’aḵ]) という。これは「遣わす」を意味する語根 √l’k の派生語である。

ユダヤの伝承では、天使サンダルフォンメタトロンなどが存在する。サンダルフォンなどは背の高さが世界の大きさの半分に達するなど、「御使い」としての天使とはかなりイメージや存在が異なる。

キリスト教における天使[編集]

キリスト教における天使は旧約聖書と新約聖書に基づいている。御使いは新約聖書の福音書使徒行伝ヨハネの黙示録エペソ書などで言及される。コロサイ2:18、黙示録19:10, 22:8-9 から、天使崇拝は偽りの教師の異端的な教えとして否定される[3]

天使は人間よりも優れた知恵と能力を持った、肉体を持たない“霊”であるとされている。天使長はミカエルダニエル書10:13、ユダの手紙1:9)、そのほかにセラピムケルビム、一般的な御使いがいる。キリスト教では悪魔(ギリシア語でsatanas)は堕落した天使であり、もともと神によって善きものとして造られたが[4]、神に逆らって地獄に堕ち、人間に悪を行うことを薦めるようになったとされる(Cf. 堕天使)。

カトリック教会における天使論は偽ディオニシウス・アレオパギタ(偽ディオニュシオス・ホ・アレオパギテース)の『天上位階論』の影響もある。

守護天使の存在がカトリック教会で肯定されている[5]

宗教改革者ジャン・カルヴァンは『キリスト教綱要』でキリスト教徒を守るために遣わされる御使いについて教えており、今日の福音派においても、神の御使いとしての人格をもった天使が存在すると考えられている[6][7][8]。ただし、カルヴァンは綱要でローマ・カトリックの天使に関する教えについて批判している。自由主義神学(リベラル)では、天使は擬人的表現であるとも捉えられ、天使が実在するとは必ずしも考えられていない。一方、福音派では、聖書は天使の存在を当然としているのであって、人格をもった天使が存在することは聖書の教理であると信じられている[9]

イスラム教における天使[編集]

イスラム教では、天使の存在は信徒(ムスリム)が信仰すべき六信のひとつである。アラビア語で単数形マラク (مَلَك [malak]) でヘブライ語からの借用語とみられるが、通例、複数形のマラーイカ ( مَلائِكة [malā'ika])、マラーイク ( مَلائِك [malā'ik]) で呼ばれる。マラーイカは唯一神であるアッラーフが創造した存在であるが、神と人間の間で仲立ちを務める、霊的に神と人間の中間の存在であるとされる。イスラム教での天使もユダヤ教、キリスト教での天使とほぼ同じである。

ジブリールから啓示を受ける預言者ムハンマド(集史より)。

マラーイカは数多く存在するが、その頂点にあるのがジブリール ( جبرئيل [Jabra'īl]、جبرائيل [Jabrā'īl, Jibrā'īl]、جبريل [Jibrīl])、ミーカーイール ( ميكائيل [Mīkā'īl])、イズラーイール ( عزرائيل [`Izrā'īl])、イスラーフィール ( اسرافيل [Isrāfīl]) の四大天使である。ジブリールとミーカーイールはクルアーンに登場する。クルアーンには名前と役割の明らかな天使はそれほど登場しないが、ハディースなどの伝承において天使に関する様々な言及が存在する。それによれば、天使は神がから創造した存在で、主に天上にあって神を助ける役割を帯びている。

ジブリールはクルアーンに3度言及されており (Q 2:28-29, 66:4)、天使の筆頭とされる。イスラムの預言者ムハンマドに啓示を教えた存在として特に重要視されている。キリスト教での教義と同様にイエス(イーサー)の母マリア(マルヤム)に受胎告知を行った天使であり、またアブラハム(イブラーヒーム)がイサク(イスハーク)を犠牲に捧げようとした時に、神の命令によってこれを制止した天使もジブリールとされている。ミーカーイールはクルアーンで一度だけ「ミーカール ( مِيكَال [Mīkāl])」と表記されてジブリールと並んで出て来るが (Q 2:98)、イスラム諸文献ではジブリールに比べると言及される頻度はあまり多くない。イズラーイールはクルアーンにも言及されている「死の天使 ( ملك المَوْت [malak al-mawt])」(Q 32:11) のことと考えられており、死を司る天使とされている。魂を引き離す役割を担い、人間が世界のいついかなる場所にあっても予定された時に必ず現れて死をもたらす存在であるという。ただし、個人の死の予定については神が決めるため、イズラーイール自身には分からないという。イスラーフィールは終末審判の時に、その到来を告げるラッパを吹く天使とされる。頭は天に達し足は地に至るというほどの巨体であるという。終末に天使がラッパを吹くことはクルアーンで述べられているが、イスラーフィールという名は出て来ず、ハディースなどでその名前が知られている。

イスラム教では後に創造されたものであるほど優れているという考えがあり、アッラーフは天使に、最初の人間であるアーダムを礼拝するように命じた。天使は神を称讃して止まぬ存在で、神の唯一性(タウヒード)や啓示の真正さを確証する存在でもあるとされる。そのため、神の啓示を預言者たちに伝える役割を担い、終末にはラッパを吹き鳴らし、死者の生前の善行や悪行など行いの全てについてやその判決を記録する者ともされている。多くは神の天の玉座の周りを神を讃美しながら幾重にも巡っているといい、天の楽園の番人たちも天使の役割とされている。また、場合によっては個人の救済のために現れることもある。総じて、イスラム教の天使は、神の補佐役として様々な役割を遂行する存在である。

聖書偽典における天使[編集]

アダムの家系と天使[編集]

旧約偽典ヨベル書」によれば、アダムの子孫は代々天使と人間の間に生まれた娘と結婚し、その一族エノクメトシェラノアなどが生まれたという。

堕天使[編集]

創世記のノアの洪水の部分と旧約聖書の偽典エチオピア正教会の正典エノク書によれば、天使の一部グリゴリ(200名)が人間の娘と交わりネフィリム(天から落ちてきた者たちの意味、通常は巨人と訳されている)を生みだすという事件を起こしたが、大洪水でノアの方舟以外のネフィリムを含む人間は死に絶えている。キリスト教におけるヨハネの黙示録による学説では、天使の一部は神に反逆し堕天使となり、その長は元天使長暁の天使ルシファーで、争いに敗れて地獄の長となったとされる。

ヘレニズム期のユダヤ教セクト、クムラン教団で破壊をもたらす闇の天使とされたベリアルは、新約聖書の時代には悪魔の固有名詞として扱われるようになった[10]コリントの信徒への手紙二では、ベリアルがキリストと反対の位置にあることが示されている[11]

『バルクの書』の天使[編集]

ヒッポリュトスの『全異端反駁』の報告するところでは、グノーシス主義ナハシュ(蛇)派の『バルクの書』には以下のような神話が含まれていたという。

第二の男性原理エロヒム(万物の父)と第三の女性原理エデンまたはイスラエル(体は女性、足は蛇身)の間に24の天使が生まれた。この天使をモーゼはパラダイスと呼んだ。エロヒムとエデン各12の天使が仕えた。エロヒムの天使がエデンの人身の土からアダムとイヴの体を創った。エロヒムが天に昇ったので怒ったエデンはナハスとアフロディテ(バベル)により人間の霊を苦しめさせた。エロヒムの天使バルクはモーゼや他の預言者、ヘラクレスなどに働きかけて人間の霊を天上へ昇らせ救おうとするもモーゼ・預言者はナハス、ヘラクレスはアフロディテの誘惑に敗れる。バルクはイエスに全てを話し、ついにイエスの霊は天上に昇り後続の人間も救われた[12]

オカルティズムにおける天使[編集]

ダイアン・フォーチュンは、心霊現象から自分を防衛する必要がある時に魔法円を描いて天使に祈る方法を紹介している[13]。 また、「天使うらない」という占いが行われている[14][15]

天使の概念史[編集]

「仕える霊」としての「み使い」は捕囚期以降の観念であると考えられている。古い文書、とりわけモーセ五書に登場する「ヤハウェの使い」はむしろヤハウェ(エホバ)の特別な顕現ないし密接な関係にある高次の霊と考えられた。セラフィムやケルブ・ケルビム、あるいはオファニムなども、「み使い」の意味での天使とは考えられていなかった。彼らは、神ヤハウェ(エホバ)と密接な関係を持つ高次の霊ではあるが、何か異質な者と考えられていた(この考えはまた、初期のキリスト教の神学者たちも感じていた)。

捕囚期以降、神が多数の霊に仕えられているとする観念が生まれた。この「天の宮廷」にバビロニア神話の影響をみるものもいる。またおのおのの国にはそれを司る天使(国の君)がいるという考え方が生まれた。

天使と神々[編集]

多数の羽根を持つケルビム。作者不詳 (1156)。

3宗教の聖典であるモーセ五書における「神の使い」「ヤハウェの使い」は、ヤハウェの顕現体であり、ときにヤハウェ(エホバ)と同一視されるが、天使はこれと異なり、「仕える霊」として描写される。旧約聖書における「仕える霊」「天の軍勢」としての天使への言及は比較的新しく、ユダヤ人のバビロン捕囚期以降に成立した概念と考えられている。ミカエルラファエルなど固有の名前をもった天使は、捕囚期以後に成立した文書にはじめて現れる。3世紀のラビ・シメオン・ベン・ラキシュはこのことを指摘し、これらの天使がバビロニア王国に捕囚されていた時代に由来するとの説をたてた。

ここから、天使の概念は、アブラハムの宗教が広まり、他民族を取り込んでイスラエル民族が成立していく過程で、他宗教の神を、唯一神によって創造された下位の存在として取り込んでいったとする考えがある。またゾロアスター教の神の組織のあり方に、天使の組織のあり方が類似しており、天国と地獄の概念、善悪の天使に分かれて戦う戦争の概念はゾロアスター教の考え方から影響があると言われている。しかし、天使が本来持っている霊的・神学的な概念を示す最古のものは、古代世界とはほとんど関係が無く、全ては旧約聖書と新約聖書に結びついている。

2種類の天使[編集]

天使は主に二つの類に分かれる。第一は「み使い」と呼ばれる天使である。第二は、セラフィム(熾天使)、ケルビム(智天使)、オファニム(座天使)がそうであるが、多数の眼を持ち、多数の翼等を持った姿の天使である。これらは一般的な天使のイメージとはほど遠い怪物的なイメージで表現されている。

第一の天使は、『旧約聖書』『新約聖書』においては、姿が見えないか、翼など持たず普通の人と変わらない、成人か若い青年の姿で現れる。(なお、ガブリエルミカエルは下級天使の位階である大天使とされるが[16]、上級天使である熾天使や智天使の位階にあるとされる場合もある。これは、キリスト教で天使位階を論じて、彼らを最高位天使としたためである。彼らは、怪物のような姿では考えられていない)。

天使像の変遷[編集]

初期のキリスト教では、天使は(現在の一般的な天使イメージとは異なり)翼を持たない姿で描かれることもあったが、聖書中には4つの翼を持つケルビム[17]と6つの翼を持つセラフィム[18]の記述が存在する。この内、ケルビムの描写は翼の下に人間の手があるとされ、現在膾炙している天使の容姿と合致する内容である。聖書と内容を一部共有するクルアーンにおいても、天使は2対、3対、または4対の翼を持つ存在であるとされている[19]。天使が有翼の姿であると普及するようになるのは、オリエント・ペルシアの天使・精霊のイメージなどが混合されてきたことも一因であると考えられる。

中世ヨーロッパにおいては、絵画から窺える限りでは、天使は有翼で、当時の西欧人の衣装をまとい、「天の聖歌隊」を構成する天使たちは美少年の姿に、悪と戦う使命を持ったミカエルなどは、鎧をまとい剣を帯びた、雄々しい戦士の姿で描かれていた。

近世以降、無垢な子供の姿や、女性の姿、やさしい男性の姿を取って表現されることが多くなった。これはルネサンス期にローマ神話クピド(女神ウェヌスの子である愛の神)からイメージを借りたとされる。場合によっては童子の顔と翼だけで身体を持たない姿に描かれることもある。

[編集]

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  1. ^ Luck, Georg. Arcana Mundi - Magic and the Occult in the Greek and Roman Worlds. The Johns and Hopkins University Press
  2. ^ グスタフ・デイヴィッドスン 『天使辞典』
  3. ^ 新聖書辞典
  4. ^ 『天使論序説』 p.137
  5. ^ 公教要理』、『カトリック教会のカテキズム
  6. ^ ビリー・グラハム 『天使』 いのちのことば社
  7. ^ ヘンリー・シーセン 『組織神学』 聖書図書刊行会
  8. ^ マーティン・ロイドジョンズ 『キリスト者の戦い』 いのちのことば社
  9. ^ 尾山令仁 『聖書の教理』「神が造られた歴的世界」。
  10. ^ 南條竹則 『悪魔学入門』 講談社、2010年。
  11. ^ 『新共同訳聖書』 コリント第二 6章15節。
  12. ^ 荒井献・他訳 『ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話』 岩波書店、1997年。
  13. ^ ダイアン・フォーチュン 『心霊的自己防衛』 国書刊行会、pp.187-189。
  14. ^ 鏡リュウジ 『天使のしあわせ運び 』 二見書房
  15. ^ 鏡リュウジ 『天使うらない』 小学館
  16. ^ 『岩波 キリスト教辞典』 p.780
  17. ^ 旧約聖書 エゼキエル書10章21節
  18. ^ 旧約聖書 イザヤ書6章2節
  19. ^ クルアーン35章1節

参考文献[編集]

一般[編集]

神話学・美術史[編集]

  • 吉田敦彦 『世界の始まりの物語 天地創造神話はいかにつくられたか』 大和書房。
  • ローラ・ウォード/ウィル・スティーズ 『天使の姿―絵画・彫刻で知る天使の物語』 新紀元社、2005年。ISBN 4775304186

哲学・神学史[編集]

キリスト教神学[編集]

関連項目[編集]