ミカエル

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大天使ミハイル(ミカエル)のイコン。悪魔を踏んでいる。(シモン・ウシャコフ1676年モスクワトレチャコフ美術館蔵)

ミカエルヘブライ語:מִיכָאֵל [Mîḵā’ēl])は、旧約聖書ダニエル書』や旧約聖書外典エノク書』などに名があらわれる天使日本正教会では教会スラヴ語ロシア語からミハイルと表記される。

概説[編集]

ユダヤ教キリスト教イスラム教へと引き継がれ、教派によって異なるが三大天使四大天使七大天使の一人であると考えられてきた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においてもっとも偉大な天使の一人であり、「熾天使」として位置づけられることもある。

名称[編集]

「ミカエル」という名前を直訳すれば「神に似たるものは誰か」(mî疑問詞「誰」 + kə「~のような」 + hā ’ēl「神」)という意味になるが、『タルムード』では「誰が神のようになれようか」という反語と解される。

カトリック教会では、ミカエルは大天使聖ミカエルの称号で呼ばれる。日本ハリストス正教会では現代ギリシャ語ロシア語読みから転写し、神使ミハイルとよぶ。また、英語の人名マイケル(Michael)、ドイツ語のミハエル、ミヒャエル(Michael)、フランス語のミシェル(Michel)、スペイン語ポルトガル語のミゲル(Miguel)、 イタリア語のミケーレ(Michele)、フィンランド語のミカ(Mika)などは、この天使の名に由来する。

図像イメージ[編集]

グイド・レーニによる『大天使ミカエル 』

図像的には、甲冑を纏って天の軍団の先頭を行く、といったイメージが一般化され、場合によっては孔雀の尾羽のような文様の翼を有した姿で描かれることが多い。また、右手と左手にそれぞれ剣と魂の公正さを測るを携えた姿で描かれる事も。

聖書の記述[編集]

聖書でミカエルがあらわれるのは、『ダニエル書』10章13-21、同12章1、『ユダの手紙』1章9、『ヨハネの黙示録』12章7である。

ミカエルは旧約聖書外典である『エノク書』にもあらわれる。

ユダヤ教におけるミカエル[編集]

旧約聖書の中でミカエルの名前が出るのは『ダニエル書』10章および12章のみであるが、その中では、断食後のダニエルの見た幻の中にペルシアの天使たちと戦うためにつかわされたイスラエルの守り手として現れる。聖書学者たちの中には『ヨシュア記』の中にすでにミカエルの姿の原型があらわれていると考えるものもある。

旧約聖書そのものにはミカエルへの言及がほとんどないにもかかわらず、ラビ伝承によってミカエルはさらに多くの役割を与えられることになった。『ダニエル書』に描かれるイスラエルの守護者というイメージから、ミカエルと堕天使サマエルとの争いという伝承が生まれた。サマエルは時としてサタンと同一視されることもあり、もともと天使であったが天国から追放されて堕天使となったとされる。サマエルが天国から突き落とされたとき、ミカエルの羽を押さえ込んで道づれにしようとしたが、ミカエルは神自身によって救い上げられたという。また、ロトを壊滅するソドムから逃げ出させたのも、イサクがいけにえにされるのをとめたのも、モーセを教え諭して導びいたのも、イスラエルに侵攻するセンナケリブの軍勢を打ち破ったのもミカエルであるとされている。旧約聖書外典『モーセの昇天』に描かれたミカエルとサマエルの死闘は、のちに竜(悪魔の象徴)と争うミカエルというイメージを生み出した。

ラビたちによって天使へのゆきすぎた信心が規制されるようになっても、ミカエルのみは「イスラエルの守り手」として特別な地位を保たれた。ユダヤ教ではミカエルへの祈りが盛んにつくられている。ほかにも天上のエルサレムへユダヤ教徒の魂を迎え入れるのも、終わりのときにラッパを吹き鳴らすのもミカエルであるとされている。中世以降、カバラ思想が発達していくと、イスラエルの守りミカエルは、そのまま「ユダヤ人の守り手」となった。

キリスト教におけるミカエル[編集]

カトリック教会 [編集]

パリの聖ミカエル大通り(en)にあるミカエル像

カトリック教会ではミカエルを「大天使聖ミカエル」と呼んでいるが、この大天使とは偽ディオニシウス・アレオパギタが定めた天使の九階級のうち下から二番目に属するものである[1]。これは中世初期の頃までは大天使が天使の最高階級と考えられていたためとされる[1]

また、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのはミカエルだとされている[2]

その後、ミカエルは人ではないが聖人と同じようにカトリック教会の間で広く崇敬されるようになった。カトリック教会ではミカエルをガブリエルラファエルと並ぶ三大天使の一人としており、ミカエルは守護者というイメージからしばしば山頂や建物の頂上にその像が置かれた。ルネサンス期に入ると、ミカエルはしばしば燃える剣を手にした姿で描かれるようになった。中世においてミカエルは兵士の守り手、キリスト教軍の保護者であった。現代のカトリック教会では、兵士ではなく警官や救急隊員の守護聖人になっており、地域ではドイツおよびウクライナフランスの守護聖人とされている。

カトリック教会における日本の守護聖人もかつてはミカエルであるとされた[3]。これはフランシスコ・ザビエルによって定められたが[3]、のちにザビエル自身が日本の守護聖人とされている。

またミカエルは、地上におけるカトリック教会全体の保護者とされていて、第2バチカン公会議以前はミサの後に唱える「大天使聖ミカエルへの祈り」があった。

カトリック教会ではミカエルはガブリエル、ラファエルとともに9月29日が祝日になっており[1]、かつてイギリスの大学ではこの日が始業日であった。カトリック教会ではミカエルに捧げられた教会や修道院が492年に作られたカシノ山の聖堂(イタリア)をはじめ多数つくられたが、もっとも有名なものとしてフランスのモン・サン・ミシェルがあげられる。

正教会[編集]

モスクワ聖天使首大聖堂にあるミハイル(ミカエル)のイコン

正教会ではしばしばガウリイル(ガブリエル)とともにイコノスタシスの門に描かれる。

プロテスタント[編集]

聖書信仰に立つ福音派では聖書の教理に基づいてミカエルの存在を認識している[4]

キリスト教系の新宗教[編集]

エホバの証人ではイエスと同一視されている[5]

末日聖徒イエス・キリスト教会では人祖アダムの天上における姿がミカエルであると考えられている。

イスラム教におけるミカエル[編集]

イスラム教ではミカエルはミーカーイールと呼ばれる。彼は四人の大天使(ミーカーイールとジブリールアズラーイールイスラーフィール)の一人であるとされ、『クルアーン』の中でもミーカーイールについて言及されている箇所がある[6]

ただしイスラムでは、ジブリール(ガブリエル)が預言者ムハンマドの仲立ちをし啓示をもたらしたとされるため、天使の首位を占めるのはジブリールであり、ミーカーイールは次点であるとされている。

その他[編集]

異教由来の起源[編集]

3世紀のラビ・シメオン・ベン・ラキシュは、ミカエルという名前や天使の思想はユダヤ人が新バビロニア王国に捕囚されていた時代にバビロニアの宗教の影響によってその神が取り込まれたものだという説を唱えた。この説は現代の学者たちにも広く受け入れられている。元々ミカエルはカルデア人に信仰された神であったと考えられている[7]。また、メタトロンと同じくミトラ神を起源とする説もある[8]

西洋儀式魔術[編集]

儀式魔術では四大天使に四大元素との象徴的対応関係が設定されており、ミカエルは火の元素、赤色、南、炎などに関連付けられる[9]

俗説 [編集]

菓子職人の守護聖人とされる。このためフランスでは、その名をとった「サン・ミシェル」と呼ばれるケーキが生まれているほか、聖ミカエルの祝日である9月29日は「洋菓子の日」でもある[10]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c ジョン・ロナー 『天使の事典』 柏書房
  2. ^ レジーヌ・ペルヌー 『奇跡の少女ジャンヌ・ダルク』 創元社
  3. ^ a b 『マリアのウィンク 聖書の名シーン集』 視覚デザイン研究所
  4. ^ 新聖書辞典
  5. ^ み使いの頭ミカエルとはだれのことか
  6. ^ カイロ版2章(雌牛の章)98節
  7. ^ グスタフ・デイヴィッドスン 『天使辞典』 創元社
  8. ^ 松村一男 『世界の神々の事典』 学研
  9. ^ 真野隆也 『悠久なる魔術』 新紀元社
  10. ^ 21世紀研究会編『食の世界地図』文藝春秋・165P

参考文献[編集]

関連項目[編集]