スピリチュアル

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スピリチュアル: spiritual)は、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、の、聖霊の、[1]の、の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味し[2]、元々はキリスト教に関する言葉である。スピリチュアルには複数の意味があり、日本ではスピリチュアリティ(霊性、精神性)とスピリチュアリズム(心霊主義、心霊術)に関連する物事も広くスピリチュアルと呼ばれる[3]

音楽においては、『新約聖書』における「霊の歌」(スピリチュアル・ソング)という言葉から、アメリカ民衆の中から生まれた宗教的な歌を指すようになった[4]。音楽としてのスピリチュアルは、日本語では霊歌と呼ばれる。

語源[編集]

スピリチュアル(英語:spiritual)はラテン語スピリトゥス(spiritus)に由来する[5]。このラテン語は、呼吸する・生きている、霊感を得る、風が吹くなどの意味を持つ動詞スピロー(spiro)に基づく[5]。スピリトゥスは、呼吸や息、いのち、意識、霊感、風、香り、霊や魂を意味する[5]。このスピリトゥスは聖書の歴史のなかで、主にギリシャ語のプネウマの訳語となっており、プネウマはヘブライ語におけるルーアハおよびネシャマーに対応している。旧約聖書において、ルーアハは始原のエネルギーであり、神との関わりのなかで、神に従って、新世界を創造するダイナミズムを有するものであり、ネシャマーは神の命の息であり、物質で造られた体にネシャマーが入れられたことで、人は命ある存在となった[5]。聖書における風、息、人間の霊、神の霊といった表現は、一つの存在の中にある本質的なもの、その存在を生かすもの、自ずと発散してくるものを意味している[6]。哲学では、「物質に依存せず、時間と空間に左右されず、合成されたものではない、真・善・美にかかわる行動原理」と考えられてきた[6]。現代英語のspiritは、精神、心、霊魂、聖霊、生気・活気などと訳される[7]「life and consciousness not associated with a body」(肉体に関連付けられない命や意識)と解説され、肉体との二元論的な意味合いとなっている[8]。また、ラテン語のスピリトゥスは、ギリシャ語のプネウマ同様、もとは呼吸、血液等と同一視され、「生命の原理」と考えられていた[6]

音楽[編集]

音楽において、スピリチュアルは一般的に、アメリカの黒人奴隷キリスト教が広まり、白人の宗教歌とアフリカ独特の音楽的感性が融合して生まれた歌謡・黒人霊歌を指す。黒人霊歌に明確な音楽的特徴はなく、漠然と「黒人が関与した(と考えられる)宗教的な歌」を指している。スピリチュアルには黒人霊歌以外に、プロテスタントの宗教歌を起源とする白人霊歌(ホワイト・スピリチュアル)があり[9]、黒人霊歌・白人霊歌は英語の歌である。もう一つペンシルヴェニア・ダッチ(ドイツ語方言)があり、アメリカのスピリチュアルはこの3種類である[4]

スピリチュアルは西洋の讃美歌より広い意味で使われており[4]、スピリチュアルを賛美歌に含める考えと、賛美歌としては取り扱わない考えとがある。

音楽ジャンルとしてのスピリチュアルという名称の由来[編集]

メソジストの野外礼拝(1819年)

スピリチュアル(霊歌)は、新約聖書の「エフェソの信徒への手紙」(エペソ人への手紙)、「コロサイの信徒への手紙」(コロサイ人への手紙)にある「霊の歌」(スピリチュアル・ソング)に由来しする。

そこで、あなたがたの歩きかたによく注意して、賢くない者のようにではなく、賢い者のように歩き、今の時を生かして用いなさい。今は悪い時代なのである。だから、愚かな者にならないで、主の御旨がなんであるかを悟りなさい。酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。

エペソ人への手紙(口語訳)

キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。あなたがたが召されて一体となったのは、このためでもある。いつも感謝していなさい。キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい。

コロサイ人への手紙(口語訳)

「スピリチュアル・ソング」は、伝統的に教会で使われた詩編歌や賛美歌のテキストと区別するために、18~19世紀半ばの讃美歌集で使われた[4]。これらは民謡ではなく、白人・黒人の区別もしていない[4]。また19世紀初頭には、野外礼拝用讃美歌も「スピリチュアル・ソング」と呼ばれるようになった[4]

現在のように「スピリチュアル」が、賛歌、黒人霊歌を指すようになったのは、明確にはわからないが南北戦争後のことであり、それまでは(それ以降もしばしば)、アンセム、賛美歌、霊の歌、ジュビリー・ソング、奴隷の歌、奴隷小屋・プランテーションの歌、ゴスペル、ニグロ・メロディー、プランテーション讃美歌など様々に呼ばれた[4]。1960年代には、黒人霊歌を指す言葉として、スピリチュアルが一般的になった[4]。歌集の標題にスピリチュアル・ソングではなくピリチュアルを用いた本は、ジョンソン兄弟の『アメリカ黒人霊歌集』(1925年)が最初である[4]

黒人霊歌[編集]

黒人霊歌は、アフリカ大陸からアメリカ大陸に強制連行され、奴隷状態に置かれた黒人たちから生まれた。生活の中で育まれ口頭で伝えられる歌、すなわち民謡であった[4]。現在黒人霊歌と呼ばれるものはそれほど均質ではなく、黒人霊歌とそれ以外の歌の区別は明瞭ではない[4]。歌集やアルバムには、奴隷制以後の芸術歌謡やゴスペルと重複する歌もあり、「黒人が関与した(と考えられる)宗教的な歌」程度の漠然とした共通点が読みとれる[4]。名称が規定している民族性(アフロ・アメリカン)と宗教性(キリスト教)が共通する特徴として挙げられる。成立の時期・条件として奴隷制度を重視するなら、「奴隷の歌」または「プランテーション・ソング」の一種とされ、そのように呼ばれてきた[4]

黒人霊歌の起源は、アフリカ民謡を起源のひとつとする説、白人の民間宗教歌が黒人に影響を与えて発生したという白人音楽起源論などがあるが、アフリカとアメリカ南部白人文化両方の影響があると考えられている[10]

黒人霊歌はニグロ・スピリチュアルという言い方もあるが、黒人を指す二グロという言葉には差別色があり、現在では好まれない。

著名なスピリチュアル(霊歌)[編集]

"The Gospel Train"は1872年、フィスク・ジュビリー・シンガーズによって発表された。これはアメリカ海軍軍バンドのSea Chanters のアンサンブルによる演奏である。

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宗教とその派生[編集]

音楽以外の意味と派生語、関連項目について述べる。

  • スピリチュアル、スピリツアル、すぴりつある:キリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま[11]、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄などを指す名詞で、霊歌より古い用法である。キリシタン用語としては、ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される[11]
  • スピリチュアリティ:人間に特有な心理的あるいは精神的活動を指す用語で、個人の内面における奥深く、しばしば宗教的な感情および信念と関連があるもの。霊性、霊的[12]、精神世界、精神性、精神主義、宗教的など様々に訳される。スピリチュアルも類似した意味で使われる。
  • 超自然キリストの水上歩行など、自然の法則を越えた現象を指す。英語ではスーパーナチュラル(Supernatural)。スピリチュアルには「超自然的な」という意味がある。
  • ニューエイジ (アメリカ)/ 精神世界 (日本) / スピリチュアル (日本):「精神世界」はスピリチュアリティの日本語訳のひとつでもあり、1970年代以降ブームとなったアメリカの対抗文化「ニューエイジ」における思想の多くの部分を含む日本のジャンルである[3]。「ニューエイジ」は主に「精神世界」の名で日本に広まり、その後「スピリチュアル」と呼ばれるものにほぼ受けつがれた[3]。そのため、日本におけるスピリチュアルという名詞の意味は、キリスト教におけるスピリチュアルとはかなり異なる。「ニューエイジ」、「精神世界」、現代日本の「スピリチュアル」は、「スピリチュアリティ」(霊性)と「スピリチュアリズム」(心霊主義)を柱とする[3]。ただし、現代日本の「スピリチュアル」には、「ニューエイジ」のエコロジー、自然志向、平和主義など社会性の高い領域は含まれず、個人におけるご利益など現世利益的側面が強い[3]三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有元裕美子は、現代日本の「スピリチュアル」には、狭義では癒し、セラピー、補完・代替医療食事療法を除く)、占星術東洋思想古代文明、超自然現象などがあり、広義では哲学心理学宗教学民俗学人類学、また宗教、日本的霊性(先祖崇拝巫女イタコノロユタ陰陽道など)も含まれるとしている[3]。また、「精神世界」に含まれる潜在能力開発(自己啓発)、ニューサイエンス疑似科学オカルト宇宙人UFOなどは狭義のスピリチュアルには含まれないとしている[3]
  • スピリトゥアル派、スピリチュアル派:13~14世紀の清貧の厳格な実践を唱えるフランシスコ会の一派はスピリトゥアル派(心霊派、聖霊派、厳格派)と呼ばれた。英語ではスピリチュアルである。
  • 憑依:霊(スピリット)などが人間に乗り移ることで、カトリックにおいて超自然のひとつ。(参考:憑依#キリスト教聖霊のバプテスマ悪魔憑き
  • ケイティ・ペリーのアルバム「プリズム (ケイティ・ペリーのアルバム)英語版」の収録曲「スピリチュアル」
  • スピリツアル修行:1607年に長崎で刊行されたローマ字キリシタン版イエズス会の祖イグナティウス・ロヨラが記したスピリチュアル修行書・観想書『霊操』が基になっているとされる。
  • スピリチュアルケア:病や死の接近によって生きる意味や目的が脅かされて経験する実存的・全存在的苦痛(スピリチュアル・ペイン)のケア。ターミナルケアガン治療などで注目される概念。
  • スピリット:ラテン語のスピリトゥス(spiritus)に由来する英語で、聖霊や天使、魂や霊、精神、本質、信念などを意味する。
  • 唯心論:スピリチュアリズム。精神の独立した存在と優位を説く学説のこと。
  • 心霊主義、心霊術、交霊術:スピリチュアリズム、スピリティズム。人間の肉体が消滅しても霊魂は存在するとする思想・信仰・実践のこと。
  • スピリティズム、スピリティスム:スピリチュアリズムと同じ意味。またはアラン・カルデックによって出版された 『霊の書』に始まる心霊主義の教義のこと。

出典・脚注[編集]

  1. ^ キリスト教において霊とは、概ね神の霊(聖霊)であるが、神によって造られた人間にも霊が存在する。他に汚れた霊・悪霊がある。(内田和彦)
  2. ^ 『ジーニアス英和辞典 第3版』大修館書店
  3. ^ a b c d e f g 有元裕美子 著 『スピリチュアル市場の研究: データで読む急拡大マーケットの真実』 東洋経済新報社 2011年
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m 黒人霊歌とその起源論争 桜井雅人
  5. ^ a b c d 「スピリチュアル」の意味―聖書テキストの考察による一試論― 梶原直美
  6. ^ a b c スピリチュアルペイン3 中二階
  7. ^ 日本人高齢者のスピリチュアリティ概念構造の検討 竹田恵子 太湯好子
  8. ^ スピリチュアリティの考察 長山正義 大阪市立大学看護学雑誌 第4巻 (2008/03)
  9. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 スピリチュアル
  10. ^ 歌はどこから - 黒人霊歌資料にアメリカの意識を追う - ウェルズ恵子
  11. ^ a b 日本国語大辞典 第二版』 小学館、2003年
  12. ^ 新約聖書における霊性 内田和彦

霊歌の関連項目[編集]

外部リンク[編集]