スピリチュアリティ

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スピリチュアリティ(spirituality、霊性)とは、霊魂などの超自然的存在との見えないつながりを信じる、または感じることに基づく、思想や実践の総称である。必ずしも特定の宗教に根ざすものではなく、普遍性、共通性を志向する概念である。

目次

[編集] 定義

[編集] 広義のスピリチュアリティ

現象学派心理学のElkinsら(1988)は、「スピリチュアリティ」を以下のように定義した。
超越的次元の存在の自覚によって生じる存在・経験様式のひとつであり、それは、自己、他者、自然、生命、至高の存在と考える何かに関する一定の判別可能な価値観によって特徴づけられる。

彼らは、この定義を行うにあたって、次の仮定を示している。

  • 仮定1. 人間の経験の中にはスピリチュアリティとしか呼びようのない次元がある。
  • 仮定2. スピリチュアリティは人間的現象であり、潜在的には誰にでも起こりうる。
  • 仮定3. スピリチュアリティは宗教と同じではない。
  • 仮定4. スピリチュアリティを定義し、それを評価する方法を開発できる。

さらに、彼らは、尺度を作って測定するために、「スピリチュアリティ」を9つの要素に分解して再定義している。

  • 1. 超越的次元の存在: 超越的次元、すなわち何かしら「見えない世界」の存在を信じ、それと繋がることで力を得ていると感じる。
  • 2. 人生の意味と目的: 人生には意味があり、存在には目的があると確信している。
  • 3. 人生における使命: 生への責任、天命、果たすべき使命があると感じる。
  • 4. 生命の神聖さ: 生命は神聖であると感じ、畏怖の念を抱く。
  • 5. 物質的価値: 金銭や財産を最大の満足とは考えない。
  • 6. 愛他主義: 誰もが同じ人間であると思い、他人に対する愛他的感情を持つ。
  • 7. 理想主義: 高い理想を持ち、その実現のために努力する。
  • 8. 悲劇の自覚: 人間存在の悲劇的現実(苦痛、災害、病気、死など)を自覚している。そのことが逆に生きる喜び、感謝、価値を高める。
  • 9. スピリチュアリティの効果: スピリチュアリティは生活の中に結実するもので、自己、他者、自然、生命、何かしら至高なる存在等とその個人との関係に影響を与える。

[編集] 狭義のスピリチュアリティ

より狭い定義としては、島薗進(2007)による「新しいスピリチュアリティ」(新霊性運動・文化)の定義がある。島薗は、1960年代以降のアメリカ、および1970年代以降の先進諸国で、特定宗教の枠を超え、個々人がスピリチュアリティを自由に探求し、身につけようとする現象が、既存の宗教伝統や教団組織と対立するような、まとまりを持って出現したとしている。そして、これを新しいスピリチュアリティ、すなわち「新霊性運動・文化」と呼んでいる。島薗は、欧米では「ニューエイジ」と呼ばれ、日本では「精神世界」という呼称で呼ばれたものが、そのかなりの部分を占めるとする。本稿では、主にこの「新しいスピリチュアリティ」とその系譜について解説している。

[編集] 歴史的背景

[編集] スピリチュアリズム以前

ある個人が超越的な存在を直に認識することにより、価値観と人格の変容を得ることは、古代から世界に一般的であった。南アジアヒンドゥー教バラモン教密教東アジアなどが、その代表的なものである。イエス・キリストのような預言者もそうした事例であると言える。また、イスラム世界ではスーフィズムユダヤ教ではカバラなる神秘主義がそれぞれ流行した。その他、シャーマニズムも世界の様々な民族に広く見られる。

ヨーロッパにおいても、古代には、マニ教ミトラ教グノーシス主義による神秘主義的な信仰が広まっていた。また、古代ギリシアの哲学者であるプラトンピタゴラスも、霊魂の不滅とその輪廻を説いている。

時代が下り、ヨーロッパでは、カトリック教会国教としての地位を獲得するようになると、その教義に反する霊性の実践は、カタリ派のように「異端」と認定され、徹底的に弾圧されることになる。中世までのヨーロッパでは、霊性はほぼカトリック教会の独占物であり、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンノリッチのジュリアンらの幻視臨死体験もまた、教会の教義に照らして解釈された。

しかし、十字軍は、カトリック教会の没落、高度なイスラム科学および東ローマ帝国に保存されていたギリシア哲学の再発見をヨーロッパ世界にもたらし、ルネサンス宗教改革を引き起こした。また、15世紀には、グーテンベルクにより活版印刷が発明される。これらのことが、ヤーコプ・ベーメのような教会から独立した神秘体験の出版を増加させる。

ヨーロッパが工業化啓蒙思想の時代を迎えると、そうした神秘思想はさらに台頭してゆく。18世紀には、エマヌエル・スヴェーデンボリ(スウェーデンボルグ)が、夢などで幻視した「霊界」の様子を報告し、当時およびそれ以後の思想界に大きな影響を与えた。スウェーデンボルグは、聖書と教会によらず、人間が自由意志による善意と善行のみで救済される世界観を示したのである。

さらに、アメリカ合衆国霊媒であるアンドリュー・ジャクソン・デイヴィスは、1846年、入信状態での講演録を出版し、反響を呼んだ。この中でデイヴィスは、意識の死後存続を主張し、また、海王星冥王星の存在や、スピリチュアリズムの隆盛を予言した。彼は、スピリチュアリズム前史における霊媒として重要である。

[編集] スピリチュアリズム以後

とくに、1848年フォックス姉妹によるハイズビル事件(ニューヨーク郊外の民家で起こったポルターガイスト現象)以降、霊媒を通した霊との接触や心霊現象が、西洋では広く受容されてゆく。中でもイギリスでは、階級を問わず社会現象となる。こうした19世紀後半以降の現象および思想は、スピリチュアリズム(心霊主義)と呼ばれる。

スピリチュアリズムは、小説家のコナン・ドイルのような文化人のみならず、当時の大物科学者からも多数の支持者を輩出し、「霊」は科学研究の対象となってゆく[要出典]。一方で、こうした「心霊現象」には、既存の知識で説明できない事例だけでなく、奇術も大量に含まれていたため、支持派と懐疑派の垣根を越えて、にせ霊媒の告発が盛んになる。例えば、ブラヴァツキー夫人は、スピリチュアリズムの影響を受け、1875年神智学協会を設立し、そのオカルト信仰を流行させたが、英国の心霊現象研究協会(SPR)からそのトリックを暴かれている。

1857年フランスアラン・カルデックは、彼が信頼できると判断した複数の霊媒による交信を比較検討し、まとめたものを『霊の書』として出版した。これは主にラテン諸国で読まれ、400万部を超えるベストセラーとなった。カルデック以後、スピリチュアリズムは、単なる心霊現象の流行ではなく、世界観、人間観を形づくる思想としての性格も持つことになる。カルデックの著作は、とくにブラジルにおいて、「カルデシズモ」として広く支持され、現在のブラジルは、英国と並ぶスピリチュアリズムの中心となっている[要出典]

それ以降、英語圏においても、『モーゼスの霊訓』(1883年)、『ジュリアの音信』(1914年)、『ベールの彼方の生活』(1921年)、『マイヤースの通信』(1932年)、『ホワイトイーグル』(初刊1937年)、『シルバーバーチの霊訓』(初刊1938年)といった交信記録が次々と出版された。これら(とくに後二者)は、英国系スピリチュアリズムのテキストとなっている。20世紀以降は、それ以前に見られたような交霊会での心霊現象は、あまり見られなくなり、こうした見えざる存在との霊媒を通した交信が、スピリチュアリズムの主流となる[要出典]

これらの通信には、肉体とは別に不死の霊魂とその世界が存在すること、人間は霊魂と交信できること、人間が守護霊と低級霊の両方から影響を受けること、人知の及ばない無限の愛と知性を「神」として認めること、全ての霊魂は「神」から分化された「兄弟姉妹」として愛し合うべきこと、運命計画の範囲内で人間の自由意思が認められること、自由意思による行為は正負のカルマを発生させること、霊魂が利他愛とカルマ清算によって進化すること、生前の困難は進化のための試練であること、死後の世界には進化の程度に応じた上下の階層があること、死後の幸福感は霊魂の進化に比例すること、などといった内容が概ね共通している[要出典]。スピリチュアリズムとは、こうした理解を人類へ促すために、見えざる世界の上層により計画された運動なのだという[誰によって?]

上記には、スウェーデンボルグおよび古代インド思想・仏教との共通点も見られるが、イエスを神ではなく偉大な指導者とする点、および地獄の存在を否定する点がスウェーデンボルグと異なる。また、霊魂の進化と階層を認める点、および社会への奉仕を重視する点が、古代インド思想や仏教とは異なる。さらに、スピリチュアリズムの通信における輪廻は、「類魂」(グループ・ソウル)説を特徴としており、これもまた、同一人物が生まれ変わるインド的、仏教的な輪廻観とは、似て非なるものである。

また、同じく20世紀以降には、霊媒による心霊治療も盛んとなる。これは、「憑依」している霊を霊媒に誘導したり、自動書記により処方箋を与えたり、手で触れるヒーリングなどによって、難治性の病気を治療するものである。ウィックランド夫妻エドガー・ケイシーハリー・エドワーズフランシスコ・カンディド・シャビエルなどがその著名な例である。とりわけ、ブラジルの「ドクター・フリッツ」は、麻酔をせずに苦痛の無い外科手術を行うことで知られている[要出典]

スピリチュアリズムはその歴史を通して、主に三つの抵抗勢力と戦わなければならなかった。それは、唯物論自然科学であり、カトリックを始めとするキリスト教会であり、そして、「霊媒」を自称する営利目的の詐欺師であった。

[編集] 思想の東西交流

近代霊性のもう一つの主なチャネルは、西洋の東洋との交流である。古代インドの経典『ウパニシャッド』は、ペルシャ語版を通してラテン語に翻訳され、19世紀前半の哲学者ショウペンハウアーは、『ウパニシャッド』や仏典から大きな影響を受けた。この時期から、ヨーロッパへのインド思想の影響は増大してゆく。以降、輪廻、カルマ汎神論など、東洋では一般的であるが、キリスト教会からは「異端」とされる概念が、エマーソンなど西洋の知識人にも再発見され、受け入れられることになる。

チベット仏教は、インド思想に匹敵するインパクトを西洋世界に与えた。19世紀前半にハンガリー人研究者チョーマ・ド・ケレスによって、ヨーロッパのチベット学の基礎が築かれる。そして、後期の大乗仏教をオリジナルに近い形で継承してきたチベット仏教への関心が、国際的に高まってゆくのである。

1928年には、『チベット死者の書』が、エヴァンス・ヴェンツの翻訳により西洋へ伝えられ、大きな反響を呼んだ。死者の書は、1960年代ヒッピームーブメントの中で、脱物質主義のバイブルとして再び注目され、1970年代以降には、その臨死体験との共通性が脚光を浴びる。中華人民共和国チベット侵攻 (1950-1951)により、ダライ・ラマを筆頭に多くの僧侶が亡命したことを契機に、20世紀後半から、チベット仏教は世界的に支持者を獲得してゆく。

哲学者のエドガール・モランは、「西洋は、自身の東洋を抑圧しつつ形成された」と述べている。この視点に立てば、西洋人にとって、東洋思想の受容は、抑圧されてきた内面の解放であったと言える。

[編集] 現代のスピリチュアリティ

[編集] 科学的アプローチ

1970年代から現在にかけては、臨死体験や「生まれ変わり」といった、「死後の生」を示唆し得る事例の収集と研究が進んだ。これらは、主にメディアを通して、現代人の死生観を変化させている。

1975年以降、レイモンド・ムーディ臨死体験を調査報告したことをきっかけに、光の存在との遭遇や、亡くなった親類との再開、体外離脱など、危篤状態における同様の神秘体験の報告が、急速に増加してゆく。これは、第二次世界大戦後の救急医学の進歩により、危篤患者の蘇生する確率が上がったためである。

その中でも、ソ連崩壊チェルノブイリ原発事故湾岸戦争など、将来の重大事件を体験中に見せられたダニオン・ブリンクリーや、脳機能の完全に停止した状態で体外離脱を経験し、自らの手術の様子を正確に描写したパム・レイノルズなどは、現在のところ脳内現象説では十分に説明できない特異な事例である。

1987年イアン・スティーヴンソンは、信憑性が高いと見なした多数の「生まれ変わり」事例を発表する。また、「過去生」への退行催眠も、アレクサンダー・キャノン(1950)を始まりとして、ジョエル・ホイットンヘレン・ウォムバックらにより、1970年代以降、盛んに研究される。こうして、それまではタブーであった「輪廻」事例の研究が、正規の大学に所属する研究者によっても本格化してゆく。

[編集] 新霊性文化

[編集] 日本の動向

日本においても、西洋でのスピリチュアリズムの台頭とほぼ同じ時期の幕末、『仙境異聞』や『神界物語』など、平田篤胤とその門下による死後世界の研究や、天理教金光教黒住教など、「神がかり」による教派神道の成立が相次ぐ。明治以降には、鈴木大拙によりが西洋に紹介され、また、やはり鈴木によりスウェーデンボルグなど西洋の神秘思想が日本にも伝えられる。大正期には、スピリチュアリズムと共通点のある大本[要出典]が巨大教団へ成長し、後の新宗教の源流の一つとなった。時代が昭和に入ると、大本を離れた浅野和三郎心霊科学研究会を中心に、西洋のスピリチュアリズムが日本へ本格的に紹介されてゆく。

[編集] 社会現象および既存宗教との関係

スピリチュアリティは、社会現象としてみると、占い瞑想などとの関係が深く、「霊魂はいると思うけど宗教団体に所属して信仰を持つつもりは無い」というような人々の心的態度や実践である。その意味で、スピリチュアリティとは、非宗教分野での擬似宗教的な実践や、組織性を有さない擬似宗教的な思想と見ることができる。もちろん、このことは宗教団体に所属している信者がスピリチュアリティを有することを妨げない。むしろ、スピリチュアリティは「霊性」や神秘主義という概念と親和性があり、宗教の基盤や根底をなすものであると考えることができる。職業宗教家や知識階級層に限定されない、より幅広い市民の関心を支持を持ちうることが、スピリチュアリティの真骨頂といえよう。[要出典]

スピリチュアリティについては自然崇拝アニミズム的な感覚への回帰や、教祖や先生に指導されるのでなく自分自身が神や自然に繋がっていくことを回復していく流れであり、これについては先祖がえりと考えるか、より精神性が向上しているとみるかについて議論が分かれることとなっている。[要出典]

また、宗教団体構成員やスピリチュアリティを支持する人間の一部には、精神性が向上したことにより己の「魂の位があがった」としスピリチュアルを否定する人間を「魂の位が低い人間」として非難する者もいるが、これは「スピリチュアル・エゴ」という用語で呼ばれている状態だと評価する人もいる[誰によって?]

[編集] スピリチュアリティと宗教の違い

スピリチュアリティと宗教の違いには、このような表現方法も存在している。「宗教は傷ついた小鳥を保護し癒した後にかごの中に閉じ込めてしまう。」「スピリチュアリティは小鳥を保護し癒した後にかごから外に逃がしてくれる。」[誰によって?]これは、スピリチュアリティの目指すものが個々人の自立であり、宗教勧誘を目的としたものでないということがいえるからだ。また、このような表現もある。「宗教はアフリカ難民に食糧援助をして依存させてしまう。」「スピリチュアリティはアフリカ難民に魚の釣り方や小麦の作り方を教えて自立させる。」。

以上の説は島薗進などがとなえる説であるが、同様のものとする意見もある。

[編集] 学術的研究

スピリチュアリティは宗教学、文化人類学、心理学、代替医療などが相互に関連しあう分野である。[要出典]

宗教学や宗教社会学の分野では、島薗進などの宗教学者の研究も古くから注目を集めてきた。近年では、「宗教と社会」学会スピリチュアリティ研究プロジェクトの代表研究者である弓山達也樫尾直樹などとスピリチュアルデザイン研究所を中心とした研究グループをスピリチュアリティ学派と呼ぶことがある[誰によって?]。また、非宗教分野での擬似宗教的な実践としてのスピリチュアリティへの関心は、非宗教分野での研究者からも広く注目[誰によって?]されるようになっている。

また、スピリチュアル・コンベンション(すぴこん)などのイベントでは、カルト団体や霊感商法を排除しつつスピリチュアリティに接しようとする取り組みが見られる。最近ではスピリチュアル110番も設置された。その取り組みに関して、島薗進、樫尾直樹が「社会的に必要な要素もあり条件付ながら見守っていきたい」などと論評を寄せている。

その一方で、そういった仕組みの成立や取り組みは困難であり、カルト教団や霊感商法の店舗を完全に排除し、トラブルを回避することは難しいとの指摘もある[要出典]

さらに、磯村健太郎の著書『〈スピリチュアル〉はなぜ流行るのか』がある。心理学の面からの取り組みとして、ユング心理学の河合隼雄[要出典]、トランスパーソナル心理学の諸富祥彦らがいる。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

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