シク教

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シク教(シクきょう、英語:Sikhism、パンジャーブ語:ਸਿੱਖੀ、スィク教、シーク教とも表記)は、16世紀インドで始められた宗教。宗教改革者カビールとイスラーム神秘主義スーフィズムの影響を受けている。シクスィク)とはサンスクリット語の「シシュヤ」に由来する語で、弟子を意味する。それに寄り教徒達はグル・ナーナクの弟子であることを表明している(グルとは師匠という意味である)。

総本山はインドのパンジャーブ州アムリトサルに有るハリマンディル(ゴールデン・テンプル)寺院。グル・ナーナクを開祖とし、教典は『グル・グラント・サーヒブ』と呼ばれる1430ページの書物である。英語に翻訳されインターネットでも公開されている。

シク教の寺院はグルドワーラーと呼ばれ、小規模な寺院はダルバールと呼ばれる。

目次

[編集] 教祖

  • 第1代 グル・ナーナク(1469年-1539年)
  • 第2代 グル・アンガド(1539年-1552年)
  • 第3代 グル・アマル・ダース(1552年-1574年)
  • 第4代 グル・ラーム・ダース(1574年-1581年)
  • 第5代 グル・アルジュン(1581年-1606年)
  • 第6代 グル・ハルゴービンド(1606年-1644年)
  • 第7代 グル・ハル・ラーイ(1644年-1661年)
  • 第8代 グル・ハル・クリシャン(1661年-1664年)
  • 第9代 グル・テーグ・バハードゥル(1664年-1675年)
  • 第10代 グル・ゴーヴィンド・シング(1675年-1708年)

(第10代教祖の4人の息子はムガル帝国との戦争で先に死んだため、遺言により、この後は教典がグルとされた。)

[編集] 教徒

カールサー派のシク教徒の男性は、髪の毛とを切らず、頭にターバンを着用するのが一般的なので、髭のあるターバンをつけたインド人男性はシク教徒である。ターバンの着用はヒンドゥー教徒などでは一般的でないにもかかわらず、世界的にはインド人男性の一般的イメージとなっている。女性も髪を切らないのでロングヘアーにしている。現在ではそのようなことをするカールサー派は減り半数を割ったとも言われ、それに代わってそのようなことをしない(カールサー派に属さない)サヒジダリーと呼ばれる人が増えている。男性はシング(ライオン)、女性はカウル(王女)という名前を持つ場合が多い。ヒンドゥー教が生まれつきのものであるのに対して、シク教は改宗宗教であることから、異教徒や外国人に対しても布教が行われる。アメリカにも教徒がおり、これは3HOという団体がアメリカで布教しているためと思われる。

インド全域に分布しているが、特に総本山ハリマンディルの所在地であるパンジャーブ地方に多い。信徒数はインド国内で約2000万人、日本には約1000人ほどが居住していると思われる。公務員軍人として登用されるなど社会的に活躍する人材を多く輩出し、職務等で海外に渡航したインド人にターバンを巻いたシク教徒を多く見かける。それがターバンの着用はインド人の習俗の世界的なイメージにつながった。インドでは少数派でありながら社会的に影響力のある宗教集団である。ムガル帝国時代に武器を持って戦っていたためともされるが、技術的な事項に強いものが多く、インドのタクシー運転手にはシク教徒が多い。

[編集] 教義

ヒンドゥー教と同様に輪廻転生を肯定しているが、イスラーム教の影響でカーストを否定している。宗教改革者カビールの影響とイスラーム神秘主義であるスーフィズムの影響が考えられる。カビールの生没年ははっきりしないが、1440年誕生1518年死亡説をとるなら2人の接触はあったとも考えられる。

神は一つとして、唯一神を標榜している。神には色々な呼び名があり、それぞれの宗教によって表現のされ方の違いはあるが諸宗教の本質は一つであるとし、教義の上では他宗教を排除することはない。ただし、それは他宗教への批判を差し控えるというような種類のものではなく、ナーナクは、ヒンドゥー、イスラム両教の形骸化、形式化した面については激しく批判をしている。その一方で、「聖典に帰れ」と主張しており、宗教家によって形づくられた宗教から立ち返るべきだとの信念を持っていた。

儀式偶像崇拝苦行ヨーガ(ハタ・ヨーガの意味)、カースト出家を否定し、真面目に世俗の職業に就くことを重んじる。戒律開祖のときはなかったが、第10代グル・ゴーヴィンド・シングによってタバコ麻薬が禁止された。肉食に関しては自由で、食べる人も食べない人もいる。

思想の系譜ははじめにラーマーヌジャがいてその孫弟子にラーマーナンダが、その弟子にカビールがおり、その影響を受けたのがグル・ナーナクである。

離婚については、好ましいことではないがやむをえない場合は仕方がないとの見解をとる。

[編集] 著名人

[編集] 略史

  • 16世紀初め - 初代グル・ナーナクが沐浴中に啓示を受け布教開始。北インド一帯へ広がる。
  • 1606年 - 5代目のグル・アルジュンがムガル帝国の弾圧を受け死亡。このころから迫害と共に教団組織を整備。反イスラム・反ヒンドゥー色を強める。
  • 17世紀後半 - 10代目のグル・ゴービント゛・シングが軍事的組織カールサーを結成。
  • 19世紀初め - ランジート・シングがラホールを中心に統一国家を建国。シク教国。イギリスにも対抗。
  • 1845-46 - 第1次シク戦争。パンジャブの東半分をイギリスに奪われる。
  • 1848-49 - 第2次シク戦争 全パンジャブが英領になり、シク教国は滅ぶ。
  • 1947年 - インド・パキスタン分離独立に際し、インド帰属を選択。
  • 1984年 - 「黄金寺院事件」発生。インド政府軍がシク教徒の聖地を襲撃。
  • 1985年 - シク教徒によるインド航空182便爆破事件起こる。

[編集] 寺院

シク教寺院に入るには靴を脱いで頭の上にハンカチをのせて髪の毛を隠さなければならない。これはターバンを巻くカールサー派への配慮と思われる。グル・グラント・サーヒブを歌い、1時間程の礼拝の後にカラーパルシャードと呼ばれる砂糖菓子がふるまわれる。神前に供えていた物を恭しく食べる。これは日本で仏壇に供えていたものを有難く頂戴するのと同種の習慣である。さらにランガルと呼ばれる食事が皆に振舞われる。これは無料で、内容はインド料理チャパティーパコラてんぷら)、ヨーグルトスープ)である。これはヒンドゥー教徒がカーストが違うと一緒に食事をしないことに対する批判である。

[編集] 日本の寺院

毎週日曜日の11時半頃より礼拝が行われ、1時頃に昼食が終わる。

[編集] 宗派

カールサー派 
シク教の主流派でターバンを巻いてひげをはやしているのはこの宗派である。5つの事柄を守る。1.長髪、2.ひざの上までのパンツ、3.腕に付ける鉄の輪、4.短刀(現在は短刀を持つことは禁止されている)、5.くし
アカーリー派 
政治色が強く政党(アカリ・ダル)を持っている。この派もターバンを巻く。
ニランカーリー派 
ダヤル・ダースが提唱した派で、第10代グル・ゴーヴィンド・シングの教えに従わず開祖の教えに戻れと主張した。
ウダーシー派 
グル・ナーナクの息子が第2代グルになれなかったので分離して新しい派を作った。
過激派 
パンジャーブを独立させてカリスタンという国を作ろうとして、武力闘争をしたがパンジャーブ警察によって根絶された。

[編集] 参考文献

  • クシワント・シン著 『インドのシク教』 斉藤昭俊訳、国書刊行会
  • 那谷敏郎著 『インドの黄金寺院』 平凡社
  • コール&サンビー著 『シク教』 溝上富夫訳、筑摩書房
  • 保坂俊司著 『シク教の教えと文化』 平河出版社
  • N.G.コウル・シング著 『シク教』 高橋堯英訳、青土社
  • グリンダル・シン・マン著 『シク教』 保坂俊司訳、春秋社

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク