マズダク教

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マズダク教(マズダクきょう)とは、5世紀末から6世紀にかけてサーサーン朝ペルシャ(現在のイラン)に起こった宗教である。当時の主流であったゾロアスター教を批判しつつ禁欲や平等を説いたが、サーサーン朝によって宗教弾圧に遭った。

概要[編集]

開祖のマズダク英語版はゾロアスター教の僧侶であったがマニ教の影響も受けていたとされる。マズダク教は、カワード英語版(クバード)王(488年-531年)により、貴族の政治勢力に対抗するための政治的手段として、当初国王に支持されていた。これは、カワードが即位前にエフタルへ人質に出されていたため、ペルシャ国内の政治的基盤がもろかったためである。しかし、マズダク教は国王の意図を超えて社会運動として広まりを見せ、財産や女性の共有などを説いたため、社会が混乱に陥った。即位前のホスロー1世がこれを徹底的に弾圧し、社会秩序を再建した。しかし、マズダク教は絶滅したわけではなく、イスラム期に入ってからも、780年頃に中央アジアで勃発した反イスラム反乱であるムカンナの反乱イデオロギーとして復活している。