イコン
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イコン(ギリシア語: εικών、ドイツ語: Ikon、英語: icon)とは、キリスト教において神や天使や聖人を記念し象徴として模られた絵や像で、敬拝(崇敬)(προσκύνησις)の対象とされるもの。形を意味する"εικόνα"(イコナ[1])に由来する。
"εικών"をイコンと読むのは中世から現代までのギリシャ語による。古典ギリシャ語再建音ではエイコーン。ちなみに、英語の"icon"(アイコン)は、ギリシャ語のイコンに由来する。教会では聖像とも呼ぶ。
特に東方教会では平面の板に描かれたものや浮き彫りのものを用いるが、立像は用いられない訳ではない(但し極めて稀)。
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[編集] 形像拒否
旧約聖書では神を描写することが禁止された。これを形像拒否といい、このためユダヤ教・キリスト教では神を絵に描いたり彫像に作ることを禁じた。イスラム教もまた同じ根拠で宗教美術に具体的形像を持ち込むことを避けた。
しかしユダヤ教・キリスト教における形像拒否はイスラム教ほどには強くない。正教会によれば、出エジプト記37章7節(七十人訳聖書では38章6節)にある二体の「ケルビム」は偶像ではなく、イスラエルの崇敬の対象であり、これは天使のイコンであると解釈されている[2]。バビロン捕囚以後成立した列王記前書には、ケルビムや十二体の牛の像などがソロモン王の建立した神殿に安置されたとする記述がある。
[編集] 象徴モチーフ
初期キリスト教ではイエス・キリストや使徒たちの人物像を直接描くことは行われず、ユダヤ教美術や古代ローマ美術に共通する植物モティーフ、燭台などのユダヤ教由来のモティーフ、イエス・キリストと象徴的に結び付けられた羊・ぶどう・XPの組み合わせ文字などがもっぱら用いられた。しかしキリスト教信仰が解禁され、教会が公の施設として建てられるようになると、その内部装飾のための宗教美術は著しい発展を見せる。
ここで問題となるのは、イエスが神の子であると同時に神そのものであるという教説である。4世紀にはイエスが神であるという教説が正統教義として確立する(グノーシス主義ではこれを認めないため、異端とされた)が、神であるイエスを絵や像に描くことが教義上許されるかどうかという議論を呼び起こした。
[編集] イコン崇敬の全地公会議による公認
730年には東ローマ帝国の皇帝レオーン3世がイスラム教の影響を受けて、イコン崇敬を禁じる勅令を発した(聖像破壊運動)。しかし、787年に第七全地公会・第2回ニカイア公会議によって、イコン崇敬は教義上認められた。聖像破壊運動に反対した代表的な聖人としてダマスコの克肖者聖イオアンが挙げられる。
全地公会議では、イコン(εικών)の崇敬(προσκύνησις)を、模像を通して原像を(διά των χαρακτήρων τά πρωτότυπα )礼拝する(λατρεία)と定義している。
正教会では大斎第一主日をイコン崇敬の認知を記憶し、正教勝利の主日と呼ぶ。
[編集] 聖像の神学的意義
聖像破壊運動の焦点は聖像の使用がキリスト教教義と違背するかどうかにあった。 論点は大きく二つに分けられる。まず聖像使用が「偶像崇拝」に当たるかどうかであり、第二に聖像使用において(仮に偶像崇拝に当たらないとしても)「神を描くこと」が可能かどうかである。
旧約聖書での形像禁止は、精確には「偶像を崇拝すること」である。この批判を避けるために聖像擁護には「崇拝」と「崇敬」の違いが導入される。
すなわち聖像の使用は像そのものの崇拝ではなく、像が表わすものの想起のためであり、像そのものは敬意をもって扱われるべきものではあっても、あくまでも崇拝の対象ではないと考えるのである。聖像擁護論にあっては聖像はしばしば「恋人の図像」に喩えられる。恋人の絵や写真は恋人そのものではないが、遠く離れた恋人をしのぶ者はその図像を大切にする。それと同じく聖像は、その造形を通して神や聖人の存在、またその事跡を想起させるのである、という主張である。
次に神を描くことの可能性であるが、これはカルケドン公会議で正統教義とされた「神性と人性は子(キリスト)において分かたれず一体である(三位一体)」という教説から擁護される。旧約の「像を刻むなかれ」という禁止は神そのものに認め、またその描出の不可能性を認めたうえで、神の三つの位格のひとつである子なる神においては、人としての姿を現したナザレのイエスに関する限りで、この描出不可能性がむしろ神の側から破られていると考えうるからである。
[編集] 聖像の様式
[編集] 古代
聖像破壊運動のため、古代の聖像はかなりが失われている。数少ない優秀な遺例としては、シナイ山の聖カタリナ修道院にある『全能者キリスト』、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂(聖マリア大聖堂)にある『聖母子』があげられる。
[編集] 東方教会
正教会はイコン(=聖像)の形式に教会の教義により厳格かつ細密な規範を与えた。その規範は正教信徒が先達の図像をその通りに踏襲して「書く」ものであり、立体とすることは禁じられている。新しい図像はそのたびに教会会議などの審査を受けることになる。
[編集] 正教会における、イコン画家とイコンの要件
正教会では、教会や家庭などで用いるイコン、及びイコンを描く画家については厳格な規定がある。イコンを描くことは神に近づく道のひとつであり、祈祷のかたちのひとつであるばかりでなく、イコンを見る他の信者を神に導く道だからである。
- 正教会におけるイコンは、正教会信徒(多くの場合、修道士か修道女)が教会の祝福の下で描き(作成し)、それを司祭が成聖したもののみを指す。ある作品が図像的に一致するからといってそれを聖像と呼ぶわけではない。絵葉書でもリトグラフでも、成聖されたものは聖像であり、技巧を駆使して作られた優れた手描きの複製品でも作品でも、成聖されていなければそれはイコンではない。
- 正教会の聖堂では、至聖所と内陣はイコノスタシス(聖障)と呼ばれる壁で区切られる。イコノスタシスへのイコンの配置には厳格な規定がある。イコノスタシスは単にイコンの集合体というのみならず、「天使を象る存在」とされる神品を始めとした聖堂での奉神礼従事者の通り道である南門・北門には天使のイコンを配置するなど、その配置には実際の奉神礼と結び付いた要素があり、奉神礼に精通した者が作らなければ優れたものとはならない諸要素が含まれている。厳格な規定には伝統に裏打ちされた根拠がある。詳しくはイコノスタシスの項目を参照。
[編集] 現代の正教会のイコン
古くからイコンは貴重品であったが、修道士の減少も相俟ってその希少性がさらに高くなっている近現代における入手の困難さから、教会の公祈祷(奉神礼)の際にも紙で出来たイコンやあるいは図版からコピーしたものを使うことは行われている。頒布のため、既存のイコンを紙に印刷することも近現代では多くおこなわれる。信仰の上では、紙に印刷したイコンも板絵のイコンも、その価値には変わりがないとされる。あくまでも、イコン崇敬は、物質としての絵を尊ぶものではなく、その「窓」の向こうにいます聖なるものを記憶するためのなのである。但し、出来る限り手描きの方が聖堂に置かれるには望ましいとはされる。
美術研究の上では、多く板絵に金地を貼りテンペラ技法で書いたものがイコンと呼ばれ、実際に教会で使われる聖像も多くこの種類のものであるが、他にもフレスコやモザイク、ステンドグラスなどが使われることもある。近代以降はリトグラフを始めとした印刷によるものが信徒の利用する食堂や信徒の家庭などで普及していった。
幾つかの聖像は奇跡と結び付けられ、殊に崇敬される。特定の聖像のための祭日も存在する。キリストの顔を写したとされる「自印聖像」、「ウラジーミルの生神女」などがよく知られている。
[編集] 西方教会
聖像の形式に教会の教義で規範を与えた正教会に対して、西方すなわちローマ教会は比較的自由な立場をとった。殊に聖像破壊論争において、教皇グレゴリウス2世をはじめローマ教皇は、東ローマ皇帝が出した聖像破壊令に激しく反対した。ただし、トリエント公会議では、聖画像崇敬において教義上誤った表現や展示がされないように、また崇敬の信仰上の意義を教育するよう、司教らの管理義務を促した。
描写の形式で特に教会法上の規範がないことによって、西ヨーロッパの自然主義的な描写は、ルネサンス期のイリュージョニスティックな手法の流行、とりわけ一点透視図法がもたらした絵画空間の写実性により、具象性また再現性の追求において頂点を極めた。このことは逆に対抗宗教改革期における神秘主義の隆盛と相和し、再現的技術の極点としての非写実的描写をもたらした。バロック期のベルニーニの彫刻『聖テレサの法悦』やバロック様式の教会の装飾などにそれが窺える。
様式的自由はまたプロテスタントにも共通する。ルター派地域におけるバロック美術の受容はそのことをよく説明するであろう。しかしその自由な造形的展開は一方で新古典主義の厳格さへと収斂していき、他方で非伝統的なロマン主義絵画、たとえばカスパー・ダーヴィド・フリードリヒの聖性の表現としての風景画といった絵画語法を生み出すのである。
[編集] 注釈
- ^ 古典ギリシャ語の再建音ではエイコナ
- ^ 『The Orthodox Study Bible』Thomas Nelson Inc; annotated edition版 (2008/6/19)114頁 ISBN 9780718019082
[編集] 主要な聖像画家
- アンドレイ・ルブリョフ
- イリナ山下りん
- ペトル佐々木巌
- 鞠安日出子 - (正教会は正教信徒でない鞠安氏をイコン画家とは認めていない)
[編集] 参考文献
- Leonid Ouspensky and Vladimir Lossky, The Meaning of Icons, tr. by G. E. H. Palmer and E. Kadloubovsky, St. Vladmir's Seminary Press, 1982, 1999, (orig. Der Sinn der Ikonen, URS Graf, 1952, 1982).
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- イコンとは - 大阪ハリストス正教会内のページ
- 今月の神父様のお話 - 日本正教会の司祭による講話。現代の日本人正教徒イコン画家による自印聖像も掲載。
- イコン - 日本正教会公式ページ
- OCNアート アートジェーン 現代美術用語

