総主教
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総主教(そうしゅきょう)は、東方教会における聖職者の位階のうち最高のものであり、主教品の最上位。正教会、東方諸教会に存在する。日本正教会で用いられる訳語。稀に日本正教会の祈祷書において教会スラヴ語風に「パトリアルフ」というルビが付されている事がある。総主教の統括する直属の事務局、および直属の教区は総主教庁(Patriarchate)と呼ばれる。
正教会の聖職者システムと位階の名称等については神品・教衆を参照
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[編集] 語義
- ギリシャ語:Πατριάρχης
- ロシア語・ブルガリア語:Патриарх
- 英語:Patriarch
"Πατριάρχης"(現代ギリシャ語読み:パトリアルヒス)は、語源的には"πατήρ(pater)" は「父」を表し、"ἄρχων (archon)"は「指導者」「支配者」「王」を表し、これら二語が合成されて「族長」といった意味を持ったとされる。これが教会の職名に適用された場合、「総主教」の意味となる。
[編集] 正教会の総主教
古代にはローマを含め五つの総主教庁があり、各々の地域の典礼・教義を管掌した。総主教はその長である。総主教庁は総主教が統理する各教会の中心となる機構である。東西教会の分裂以降、ローマ教皇は正教会の総主教には数えられない。
現在の正教会には計9人の総主教がいる。古代の五大総主教区から受け継ぐものと、後代に至って総主教位を認められたものとがある。それぞれの関係は、儀礼上の序列を除けば対等である(名誉上はコンスタンティノープル総主教庁が首位)。以下に列挙する(カッコ内は正式名)。
古代の五大総主教区から継承した総主教
- コンスタンディヌーポリ総主教(コンスタンティノープル総主教) - (コンスタンディヌーポリの大主教・新しいローマ[1]と全地の総主教)[2]
- アレクサンドリア総主教・パパ - (アレクサンドリア及び全アフリカのパパ・総主教)[3]
- アンティオキア総主教 - (アンティオキア及び全東方の総主教)
- エルサレム総主教 - (エルサレム及び聖シオンの総主教)[4]
後代になって成立した総主教
- モスクワ総主教 - (モスクワ及び全ロシアの総主教)
- グルジア総主教 - (ムツヘタとトビリシの大主教・全グルジアのカトリコス総主教)[5]
- セルビア総主教 - (ベオグラードとカルロヴツィの府主教・ペーチの大主教・全セルビアの総主教)
- ルーマニア総主教 - (カッパドキアのカイサリアの主教代行・ハンガリー=ワラキアの府主教・ブクレシュティの大主教・全ルーマニアの総主教)
- ブルガリア総主教
[編集] 東方諸教会における総主教
非カルケドン派、アッシリア東方教会にもそれぞれ総主教が存在する。これらはコンスタンディヌーポリ総主教と教会法上の結び付きを保っている上記の各正教会・総主教庁とは別系統の教会である。詳細はそれぞれの記事を参照。
非カルケドン派
- アレクサンドリア総主教・パパ(コプト正教会)
- アンティオキア総主教(シリア正教会)
- インドのカトリコス(インド・シリア正教会)
- エチミアジンのカトリコス・アルメニア総主教(アルメニア使徒教会)
- インドのカトリコス(インド正教会)
- アクスムの大主教・エチオピアのカトリコス総主教(エチオピア正教会)
- エリトリア総主教(エリトリア正教会)
アッシリア東方教会
- アッシリア総主教
[編集] カトリック教会における総大司教
詳細は「総大司教」を参照
ローマ・カトリックでは"Patriarch"を総大司教と訳している。ただし、ローマカトリック教会で正教会の「総主教」に相当するのはローマ教皇のみであり、ローマカトリック内の東方典礼の総大司教やラテン典礼の総大司教(リスボンやベネチア等)などの「総大司教」職の内容は、正教会でいう総主教の職権とまったく異なる。
[編集] 脚注
- ^ 「新しいローマ」はコンスタンティノポリスがコンスタンティヌス1世によってローマ帝国の首都とされたときの正式名称
- ^ 本項ではギリシャ関連の固有名詞に関して、現代ギリシャ語読みを基本的に採用する。
- ^ アレクサンドリア総主教は古代より「パパ(教皇)」(Pope)の称号を有する。
- ^ 現代ギリシャ語読みでは「イェルサリム総主教」が近いところであるが、これはよく知られている地名に合わせた。
- ^ 「カトリコス」は1010年より用いられている、グルジア総主教の称号。他に非カルケドン派において、アルメニア使徒教会などの首座主教が「カトリコス」の称号を用いている。

