アッシリア東方教会

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アッシリア東方教会(アッシリアとうほうきょうかい、シリア語ܥܕܬܐ ܩܕܝܫܬܐ ܘܫܠܝܚܝܬܐ ܩܬܘܠܝܩܝ ܕܡܕܢܚܐ ܕܐܬܘܪ̈ܝܐ英語:Holy Apostolic Catholic Assyrian Church of the East[1])は、サーサーン朝を経由して唐代中国に渡り景教となった、古代のネストリウス派東方教会(英語:Church of the East)とも呼ばれる)の流れを継承し、東方諸教会に分類されるキリスト教教派のひとつである。アッシリア教会アッシリア東方使徒教会東方アッシリア教会とも。

キリスト教‎教派分岐の概略。この図はあくまで概略であり、より詳細な分類方法と経緯がある事に注意。

アッシリア正教会と呼ばれる事もあるが、当該教会は「オーソドックス(Orthodox:正教)」に類する自称を用いないのでこの呼称は誤りである。

現在のアッシリア・カトリコス総主教は、アメリカシカゴに居住しているマル・ディンハ4世英語版1976年よりその地位にある。

教派間関係[編集]

東方、主にインドにおける諸教会の系統を示す図。水色のRはプロテスタント改革派教会に合流したグループ、青のOは非カルケドン派正教会(オリエンタル・オーソドックス)、紫のCはローマ・カトリック教会と合同している東方典礼教会、一番下はアッシリア東方教会。水色・青・紫の線で記された教会は西シリア語を、茶色・オレンジ・黄色の線で記された教会は東シリア語を典礼に用いる。なお、この図のアッシリア東方教会以外の教会は全てインドに本拠地を置いている。

東方諸教会のうち、いわゆる単性論教会に分類される非カルケドン派の多くの教会は「正教会」の称号を用いており、これらは英語で「オリエンタル・オーソドックス(Oriental Orthodox:オリエント正教)」と呼ばれるフル・コミュニオン相互領聖)関係を構築している。対してアッシリア東方教会は、この関係には加わっていない。

1994年には、アッシリア東方教会の総主教マル・ディンハ4世と、ローマ・カトリック教会の当時の教皇ヨハネ・パウロ2世が『キリスト理解におけるカトリック教会とアッシリア東方教会の共同宣言英語版[2]』に調印し、「両教会は互いの典礼と信心を尊重する」と述べた。

歴史[編集]

431年コンスタンティノープル大主教ネストリウスエフェソス公会議で異端とされて破門されると、彼の説を支持する者たちが東方へ渡って布教していった。そのうちの一派が5世紀に当時サーサーン朝ペルシアの領土であったメソポタミア(現イラク)にて布教したのが、今日のアッシリア東方教会の始まりである。当時ネストリウス派を異端視するビザンツ帝国と敵対していたササン朝の歴代皇帝は彼らを手厚く保護し、ペルシア領のいたるところにキリスト教徒の共同体が存在した。498年には「クテシフォンセレウキア」に新しい総主教が立てられた。

644年イスラム教徒アラブ人がササン朝を滅ぼすと、アッシリア人を含むキリスト教徒たちは啓典の民ズィンミー)として低い扱いを受け、イスラム領を出て中央アジアなどの外地で布教活動を行う者も少なくなかった。そのうちの南西インドのマラバール海岸英語版ゴア州からコモリン岬に渡って広がる、アラビア海に面した西ガーツ山脈より西側の地域)に渡った一派はナスラーニー英語版(紀元52年の聖トマスの宣教によりキリスト教に改宗したユダヤ人の末裔。トマス派とも)と合流、カルデア・シリア教会と呼ばれるようになった。

なお、欧米の文献においては古代のネストリウス派そのものをアッシリア東方教会と呼ぶこともある。派生として1968年バグダードで分裂・独立した古代東方教会(w:Ancient Church of the East)がある。

中東における迫害[編集]

アッシリア人・アッシリア東方教会信徒は、オスマン帝国において、1914年から1920年の間にジェノサイドの対象となった。一説には50万人から70万人の犠牲者が出たとされ[3][4][5][6]、アッシリア・カトリコス総主教だったマル・シムン22世英語版も犠牲者となった。

現代のイラクでも他のキリスト教徒同様テロや脅迫などの迫害にあっている。地域によっては地元のイスラム共同体からジズヤの支払いを要求されている場合もある[7][8]

現況[編集]

現在の信者はイラクアメリカ合衆国などに広く分布し、現在の総主教庁はアメリカ・イリノイ州にある。大主教区は「インド」、「イラク・ロシア」、「豪州ニュージーランドレバノン」の3つ、さらに主教区がアメリカ東部、アメリカ西部、カリフォルニアカナダ、ロシア、欧州シリアイランなどに設けられている。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ An Introduction to the Christian Orthodox Churches, By John Binns, page 28 [1]
  2. ^ COMMON CHRISTOLOGICAL DECLARATION BETWEEN THE CATHOLIC CHURCH AND THE ASSYRIAN CHURCH OF THE EAST The Holy See(バチカン公式サイト)
  3. ^ The Plight of Religious Minorities: Can Religious Pluralism Survive? - Page 51 by United States Congress
  4. ^ The Armenian Genocide: Wartime Radicalization Or Premeditated Continuum - Page 272 edited by Richard Hovannisian
  5. ^ Not Even My Name: A True Story - Page 131 by Thea Halo
  6. ^ The Political Dictionary of Modern Middle East by Agnes G. Korbani
  7. ^ 『ムスリムがクリスチャンにジズヤの支払いを強要』 Assyrian International News Agency
  8. ^ 『死か改宗かいずれか選べ-アッシリア人21家族がバグダードの教会に保護を求める』 Assyrian International News Agency

外部リンク[編集]

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