メンタルヘルス

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メンタルヘルス: mental health)とは、精神面における健康のことである。精神的健康心の健康精神保健精神衛生などと称され、主に精神的な疲労、ストレス、悩みなどの軽減や緩和とそれへのサポート、メンタルヘルス対策、あるいは精神保健医療のように精神疾患の予防と回復を目的とした場面で使われる。

世界保健機関による精神的健康の定義は、精神障害でないだけでなく、自身の可能性を実現し、共同体に実りあるよう貢献して、十全にあることだとしている[1]。精神的健康は、基本的人権であり、それを最大限に享受するという狙いから精神保健法が制定される[2]。それら法においては、精神障害を人権に配慮して治療し、また予防し、そして社会共同体の中へと回復し、精神的健康を維持し増進していくことがその方法として宣言されている。

精神疾患は生産性低下・病欠・失職を引き起こす大きな社会的負担であり、常に就業年齢人口の15%が軽中程度の疾患を罹患している[3]OECDは精神的健康に関わる直接的・間接的コストはGDPの4%以上と推定しているが、しかし未だ多くの国の医療制度において重点が低い現状であり、精神医療サービスの成果や質を正確に把握できていないと述べている[3]

年齢別の治療受給率(OECD6カ国の平均)[4]
18-24歳 25-34歳 35-44歳 45-54歳 55-64歳
罹患率 23% 20% 20% 21% 20%
治療受給率 8% 11% 14% 16% 17%
(オーストリー、豪州、デンマーク、ノルウェー、米国、英国)
WHO World Mental Health Surveyによる 12ヶ月有病割合
(各国サンプリング調査、2001-2003年)[5]
不安障害 気分障害 衝動制御障害 物質乱用 総計
コロンビア 10.0% 6.8% 3.9% 2.8% 17.8%
メキシコ 6.8% 4.8% 1.3% 2.5% 12.2%
米国 18.2% 9.6% 6.8% 3.8% 26.4%
ベルギー 6.9% 6.2% 1.0% 1.2% 12.0%
フランス 12% 8.5% 1.4% 0.7% 18.4%
ドイツ 6.2% 3.6% 0.3% 1.1% 9.1%
イタリア 5.8% 3.8% 0.3% 0.1% 8.2%
オランダ 8.8% 6.9% 1.3% 3.0% 14.9%
スペイン 5.9% 4.9% 0.5% 0.3% 9.2%
ウクライナ 7.1% 9.1% 3.2% 6.4% 20.5%
日本 5.3% 3.2% 1.0% 1.7% 8.8%
中国(北京) 3.2% 2.5% 2.6% 2.6% 9.1%
中国(上海) 2.4% 1.7% 0.7% 0.5% 4.3%

概要[編集]

世界保健機関(WHO)によって、障害調整生命年(DALY)のうち、精神疾患が占める割合が大きいことが報告されて以来、その対策の必要性が大きく唱えられることとなった。精神的な健康は、著しい苦痛や生活の機能において障害をもたらす段階になった場合、精神疾患であると診断されうる[6]

各国は、精神科医臨床心理士精神保健福祉士といった精神保健専門家英語版(Mental health professional)を育成する仕組みを持ち、その対策にあたっている。例えば、世界保健機関による人権に根差したメンタルヘルスケア関する『精神保健ケア法10原則』[7]は、言い換えると精神保健福祉法は、基本的人権として精神的な健康の増進があり、そのための治療も人権に配慮すべきであるという原則をまとめたものである。

世界保健機関による『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』第10版(IDC-10)で定義される範囲は、「精神および行動の障害 (Mental and behavioural disorders)」であり、そこには、アルツハイマー型認知症のような認知機能の問題から、依存症のような薬物関連障害、または統合失調症やうつ病のような精神障害が含まれている[8]

つまり、精神的な健康を保ち、薬物依存症のような不適切で有害なストレス対処法に陥らず、また認知能力を維持していくことは、福祉領域における関心ごとである。ただし、精神的な変調はストレスだけを原因とするものでもないため、甲状腺機能低下症の症状や、統合失調症パーソナリティ障害、また医薬品による物質関連障害であったりもする[9]。うつ病とストレスばかりが強調され、適切な診断の鑑別がなされないまま、うつ病であるかどうかも定かではない状態に対して多剤大量処方がなされるという問題もまた、福祉領域の別の関心ごとである。

予防の面では、適切なストレスの対処法を覚え、精神面において肯定的な状態を増進していくことや、認知機能を維持していくことは、よりよい十全な健康の実現に欠かせないことである。そしてまた、理性と感情が葛藤し合うというようなまだ精神的に不健康な状態よりは、人間的成熟を目指していくということが必要であろう[10]。また、自然とのふれあいも重要であり[11]、幸福と健康の双方においては社会的なつながりも重要である[12]

定義[編集]

世界保健機関[編集]

Mental health is not just the absence of mental disorder. It is defined as a state of well-being in which every individual realizes his or her own potential, can cope with the normal stresses of life, can work productively and fruitfully, and is able to make a contribution to her or his community.
精神的健康とは、単に精神障害でないということではない。それは、一人一人が彼または彼女自らの可能性を実現し、人生における普通のストレスに対処でき、生産的にまた実り多く働くことができ、彼または彼女の共同体に貢献することができるという、十全にある状態であると定義されている。

世界保健機関、2007、引用文の出所[1]

世界保健機関の世界保健機関憲章前文には「健康」の定義があり、単に病気ではないだけでないとし、達成しうる水準の健康を共有することは基本的人権であるとしている[13]。そして平和と安全の基礎となるとしている[13]

さらに憲章には目的として、第1条において人々が可能な限りの健康水準に達することを宣言しており、第2条の機関の任務における各種の宣言において、その(m)項では、精神的健康(Mental health)、特に人間関係の調和に焦点を当てることを宣言している[13]

最良の健康に到達することが基本的人権であるため、世界保健機関の目的とするところでもあるということである。それは精神的な健康においてもである。

さらには、1999年には憲章の健康の定義に、身体、精神だけでなく、スピリチュアルにも健康であることを追加するという提案がなされ賛成過多であったが[14]、現行の憲章で適切に機能しているということで採用には至らなかった[15]

日本の精神保健福祉法[編集]

日本の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律においては、第1条に目的が示され、国民の「精神保健」を向上させるという狙いのために、精神障害者における医療と保護、生活とまた社会復帰と自立の促進に必要な支援、また発生を予防し、国民の「精神的健康」を保持し、増進すると宣言されている。さらに第3条でそれは義務だとしている。

行動的健康[編集]

Behavioral Healthcareについて、米国の雇用主団体であるNational Business Group on Health[16]は、精神障害、行動障害、あるいは嗜癖障害に関する医療サービスだと説明しており[17]、アメリカ連邦政府の「アメリカのメンタル・ヘルス・ケアの変革について。連邦行動指針」[18]においても、behavioral health を含んで mental health が語られている。対象は、ICD-10と同じような範囲である。

その他[編集]

アメリカ国立精神衛生研究所は、「The National Institute of Mental Health」である。心の健康を表現する方法には、様々な言い方がある[19]

日本では精神科という言葉を使わずに「メンタルヘルス科」という名称を用いる病院もある。日本において、「メンタルヘルス」とあえてカタカナで呼ぶのは「精神病」「精神障害」「精神が病んでしまって」という言葉につきまとう偏見、スティグマ(烙印)を避けるための、ソフトな表現にしたいという意見もある[20]

スティグマ[編集]

OECD各国の人口10万あたり精神保健従事者数。
青は総合診療医、赤は精神科医、緑は臨床心理士、橙は精神保健師
OECD各国のメンタルヘルス問題時の受診先調査[21]
青は総合診療医、赤は精神科医、緑は臨床心理士

OECD諸国においては、平均で市民の14%[22]、労働年齢人口の20%ほど[23]が精神保健問題にて医療機関を受診している。OECDの労働年齢のおおよそ20%が軽中程度の精神疾患の苦しみを抱えており[24]、また人口の約50%は人生のある時において精神疾患を経験するとされて、重度の疾患を持つ人々は失業リスクが6-7倍となり、平均寿命は一般より20年も短い[24]

しかし治療が必要とされる人の60%が、治療を受けられていないとOECDは推定している[24]。OECDはプライマリケアに携わる総合診療医に対して、市民の精神保健について中心的な役割を果たすことを期待している[25]。WHOによれば世界の約3分の1(36%)の国々において、公式承認された精神疾患の管理・治療マニュアルが、主なプライマリヘルスケア診療所にて存在している[26]

受診までの期間[編集]

Duration of untreated psychosis精神病未治療期間、DUP)とは、精神障害発症(first episode psychosis、FEP)から初回受診までの期間のこと[27]。DUPが長いほど障害が長期化すると言われている[27][28]英国保健省の精神保健政策ガイドライン[29]ならびに世界的コンセンサスでは[27]DUPを3か月未満とすることを目標としているが、多くの国々では非常にDUPが長い現状であり、ある研究では平均10年以上と言われている[30]。とくに多くのOECD諸国においては、若年者の未治療率が最も高く、治療されるまでの待ち時間も最長であった[30]

たとえば、豪州においてはDUPは平均8.7週間[31]、米国においては1-3年[27]、日本の統合失調症患者においては平均34.6ヶ月(中央値10.5ヶ月)[32]と報告されている。

DUP短縮のため、メンタルケアへの受診につなげる取り組みは重要であり、特にプライマリケアに注力すべきとOECDは勧告している[33]。たとえば英国ではIAPTプログラムの実施により、2010-2012年間に一般的な精神疾患を持つ110万人に加療を行い、回復率は45%であったと報告されている[33]。同様に、豪州ではEEPIC(The Early Psychosis Prevention and Intervention Centre)[34]、ノルウェーではTIPS[35]、デンマークではOPUS[36]といった早期介入の取り組みが進められている。

反スティグマ・キャンペーン[編集]

OECDは精神疾患の偏見に対してへの反スティグマ・キャンペーンを提案している[37]。その対象は、市民全体でもあれば、労働者、医療提供者、教育者、若年者、賃貸大家なども対象に挙げている[38]。OECDにおいて、とくに英国、カナダ[39]、豪州は国家レベルにて市民を対象とした反スティグマ・キャンペーンを実施している[38]。またフィンランド、ノルウェー、スウェーデンでは学校授業として若年者に直接反スティグマ教育を実施している[38]

たとえばOECDは英国スコットランドにおける「See Me」キャンペーンを取り上げており、「4人に1人が精神疾患を経験する[40]」として、映画、テレビ広告、ポスター、ウェブサイト[1]で展開され、またマザーウェルFCは試合期間中に「Let's Stop the stigma of mental illness」Tシャツを着用していた[38][41]。SeeMeサイトでは、約3人に2人(61%)の人が身近に精神疾患経験者がいることを知っているし、最も多い疾患は抑うつ、パニック発作、重度ストレス、不安障害であり、長期的な精神疾患について3分の2以上の人が回復するというスコットランドのデータが示されている[40]。これにより精神疾患者は危険だと思う人の割合は2002年の32%から2009年には19%に減少した[40]

またOECDは、欧州委員会が3年計画で実施したThe Anti Stigma Programme: European Network (ASPEN)を取り上げており、これはEU28ヶのうつ病を対象としている[38]。それにおいてASPENは、非ヨーロッパ諸国(特に米国と豪州)ではうつ病への反スティグマキャンペーンが欧州よりも頻繁に行われており、これは製薬会社の資金が理由であると述べている[38]。ASPENはキャンペーンの質的評価の欠如を示唆している[38]

世界の精神保健[編集]

OECD諸国の人口あたりベット数(機能別)

精神保健医療は混迷の中にある。

世界の精神医療は、ここ数十年間の間に脱施設化Deinstitutionalisation、患者を施設からコミュニティケアへ)を目標政策としてきている[3]。OECDは、多くの国々(米国、英国、豪州、フランス、イタリア、ノルウェー、スウェーデン)ではほぼ脱施設化を達成したが、しかし日本と韓国のような国ではいまだ施設入院が主流であると報告している[3]

精神病院への長期入院 (世界保健機関 2011, Country profiles)
期間 日本 フィンランド ドイツ オランダ アイルランド デンマーク 韓国
1年以下 35% 82% 100% 28% 58% 90.0% 67%
1-5年 29% 11% 0% 38% 18% 9.7% 25%
5年以上 36% 7% 0% 34% 25% 0.3% 8%

WHOの指針[編集]

WHOのファクトシートでは以下が挙げられている。

精神保健 10の事実(10 FACTS ON MENTAL HEALTH)

  1. 世界の児童・青年のうち、約20%が精神疾患・問題を抱えている。
  2. 精神疾患・物質乱用は、世界の障害者の多数を占める。
  3. 世界では、毎年約80万人が自殺で亡くなる。
  4. 戦争災害は、精神保健と精神的健康に大きな影響を与える。
  5. 精神疾患は、他の傷病(意図的な外傷、意図しない外傷など)と同じ、大きな疾病上昇リスクファクターである。
  6. 患者や患者家族へのスティグマ・差別は、人々を精神疾患治療から遠ざける。
  7. 多くの国々では、精神疾患・社会的行動障害をもつ人々への人権侵害が繰り返し行われている。
  8. 精神保健従事者の人的資源は、世界的に大きな偏りがある。
  9. 精神保健サービスの普及を妨げる障壁は主に5つあり、公衆衛生政策の欠如と財源不足、現状の精神保健サービス団体、プライマリケアとの連携欠如、従事者人材の不足、公衆精神衛生におけるリーダーシップ欠如である。
  10. サービス向上のために割かれる財源は、現状では相対的に控えめである。

世界保健機関、2014年[42]

2012年の第66回WHO総会では「Mental health action plan 2013 - 2020」が可決され、各国は人権に配慮した根拠に基づくユニバーサルヘルスケアを推進し、また2020年までの達成目標として以下を挙げている[2]

精神保健アクションプラン(Mental health action plan)2013 - 2020

  1. 世界の80%の国々が、国際・地域の人権規約に即して、精神保健の政策/計画を策定または更新する(2020年までに)。
    1. 世界の50%の国々が、国際・地域の人権規約に即して、精神保健のための法律を制定または更新する(2020年までに)。
  2. 重度の精神障害に対するサービスの適用範囲を20%増加する(2020年までに)。
  3. 世界の80%の国々が、少なくとも2つの、機能している、国の多部門による精神保健の促進と予防プログラムを持つ(2020年までに)。
    1. 各国の自殺死亡率を10%減少させる(2020年までに)。
  4. 世界の80%の国々が、国の保健医療・社会情報システムにより、中核となる精神保健指標を少なくとも1セット以上、2年毎に定期的に収集・報告する(2020年までに)。

世界保健機関 2013

イギリスの精神保健[編集]

イングランドにおける人口有病率[43]
一般的(common)な精神疾患 16%
抑うつエピソード 3%
恐怖症 2%
全般性不安障害 4%
PTSD スクリーニング 3%
ADHDスクリーニング 1%
精神病 1%
過去の自殺試行 1%
薬物依存 3%
アルコール依存 6%
アルコール問題 24%
精神疾患すべて 23%

イギリスにおいて精神疾患は、主な離職原因でありESA受給者の40.9%を占め[44]、その経済的損失は700億ボンド(GDPの4.5%)と推定されている[45]英国保健省の統計によれば、イングランドでは成人の6人に1人が人生のある時点で精神保健問題を経験し、また5-16歳の児童青年では10人に1人が精神疾患を抱え、多くは罹患したまま成人となる[46]。初回罹患は平均14歳で、4分の3は20歳中盤までに罹患し、100人に約1人は深刻な疾患である[46]。65歳以上人口では35%が罹患している[43]。また成人の約半数は人生のある時点でうつ病を最低1回は経験する[46]

医療制度の評価は高く、政策決定、公的機関、民間機関それぞれの意思決定において問題意識が共有されており、精神疾患へのスティグマ削減と施政向上に共に取り組んでおり[47]、軽中程度の患者に対しては根拠に基づいた心理療法が施され、OECDは他国が参考にすべき先進的な精神保健制度を持っていると評している[48]

イギリスは世界で最も「脱施設化」に取り組んでいる国の一つであり、人口10万あたりの病床数は54床で(2011年)これはOECD平均の68床よりも少ない[48]診療報酬制度でもイギリスは先進的であると評され、精神医療には成果に基づく支払制度(ペイ・フォー・パフォーマンス)が導入され、これにより長期入院から通院型加療へのシフトに成功した[48]。医療制度の指標であるHealth of the Nation Outcome Scales(HoNOS)も評価が高く、豪州とニュージーランドにも導入された[48]

イタリアの精神保健[編集]

イタリアは脱施設化の先駆者であり(バザリア法)、人口あたり精神病床数は明らかにOECD諸国にて低水準を達成している[49]。イタリアは20年かけて病床数削減を達成し、コミュニティベースに移行した[49]。自殺率も2000-2010年の間に -13.4%も削減できた(OECD平均は -7%)[49]。イタリアは予定外の再入院率(双極性障害と統合失調症)も削減できており、これは外来診療とコミュニティケアがよく機能している指標だとOECDは評している[49]

カナダの精神保健[編集]

カナダにおける精神疾患12ヶ月有病割合(2011年)[50]
年齢 9-12 13-19 20-29 30-39 40-49 50-59 60-69 70-79 80-89 90+ 総合
男性 15.1% 29.1% 28.7% 26.3% 19.5% 12.8% 10.6% 17.8% 28.3% 33.8% 18.7%
女性 15.6% 25.9% 28.1% 25.0% 20.6% 17.5% 17.6% 25.9% 36.7% 42.1% 20.9%

カナダにおいては、20-29歳人口では28%以上、40歳までには2人に1人が、90歳までには男性の65%以上と女性の70%が、人生のある時点で精神疾患を経験する[50]。カナダの精神疾患は670万人以上であり、これは糖尿病タイプ2患者(220万人)、心臓病患者(140万人)と比較される[50]

カナダ保健省配下のカナダ精神保健委員会英語版によれば、毎年5人に1人の市民が精神疾患になり、労働人口の約21.4%が精神疾患を経験し、精神保健問題の経済的コストは最低でも500億加ドル(GDPの2.8%)と推定され、労働生産性への影響は64億加ドル以上であるという[50]

また児童青年に対して早期予防を図ることで経済的コストを削減できるという強いエビデンスがあり、カナダ精神保健委員会は、もし新規の精神疾患患者を10%減らせたならば、少なくとも年間40億加ドルの経済的コストを削減できると推定している[50]

フィンランドの精神保健[編集]

フィンランドは脱施設化の成果を上げている国であり、若年者の精神疾患リスクと遠隔地医療に焦点を当てた、注目すべき制度であるとOECDは評している[51]。フィンランドでは2000-2010年の間、プライマリケアにおける精神保健支出を倍増しているが、一方で施設入院費用は削減を達成した[51]。また若年者に重点的な施策がなされ、学校にて精神保健教育プログラムが整備されている[51]。また遠隔医療が整備され、ビデオ会議のような形でプライマリケア医を支援する仕組みがある[51]。しかしフィンランドは高い自殺率が長年の課題であり、自殺率削減は進んでいるものの依然に高水準である[51]

スウェーデンの精神保健[編集]

スウェーデンでは、市民の24%が、精神保健問題で医療機関を受診している(OECD平均は14%)[22]。とくに若者市民の20%以上が精神疾患を持っていたため(2000年末)、子どもの精神保健に重点が置れている[22]。政府は精神保健対策の必要性を認識しており、フィンランドやノルウェーと同様に、学校教育において精神保健への反スティグマ・プログラムを設定している[22]

オーストラリアの精神保健[編集]

オーストラリアにおける精神疾患12ヶ月有病割合(2007年)[52]
年齢 16-24 25-34 35-44 45-54 55-64 65-74 75+ 総合
男性 22.7% 22.7% 20.7% 18.5% 10.8% 7.7% 4.8% 17.6%
女性 30.0% 26.8% 25.8% 24.0% 16.3% 9.5% 6.8% 22.3%

オーストラリア保健省の国家統計によれば、16-85歳の市民およそ2人に1人が(45.5%)、人生のどこかの時点で不安、情動、物質乱用の障害を経験する[52]。インタビューにおいて過去12ヶ月の間、7人に1人が(14.4%)不安障害を、16人に1人が(6.2%)情動障害を、20人に1人が(5.1%)物質乱用を経験している[52]

政府は制度改革を進めており、病床数は1960年と比べて約9割の削減を成し遂げ、OECD平均より明らかに脱施設化を達成している[53]。保健支出はコミュニティケアにシフトしており、多種多様なサービスが提供されている[53]。しかしOECDはサービスごとの配分バランスや、地域格差などを挙げて、それら住民のニーズにより対応するよう勧告している[53]

またプライマリケアにおいては、軽中度の疾患には心理療法へのアクセスを改善する取り組み(Access to Allied Psychological Services、ATAPSプログラム)を進めており、計6回の短期間セッションが提供される[54]。またウェブベース認知行動療法プログラム(MoodGYM)が開発され、これはフィンランド、オランダ、ノルウェー、中国にも普及した[53]。OECDはオーストラリアにおける職場の精神保健による経済的損失は年間590億豪ドルに上るとし、これらの取り組みの継続を評価している[53]

ノルウェーの精神保健[編集]

ノルウェーの精神保健制度は良好であり、人口全体に対して幅広く適切なケアを提供できているとOECDは評している[55]。軽中程度の疾患については他のOECD諸国と同様、総合診療医(GP)が中心となって治療を行い、GPは認知行動療法(CBT)の研修を受けており保険適応される[55]。深刻な疾患についてはGPの紹介状をもとに専門医が治療する[55]。またウェブベースのCBTプログラム(MoodGYM)が無料で提供されたり、イギリスに類似した心理療法アクセス改善(IAPT)プログラムの試験実施が行われている[55]

人口あたりの病床数はOECD平均を上回るが、過去10年間で病床削減を成し遂げており入院から外来へのシフトが進んている[56]。しかし再入院率が高いため連携が今後の課題であるとOECDは評している[56]。またノルウェー統計庁によれば15-24歳市民の16.5%が深刻な心理的ストレスを抱えているとされ、適切な治療なしには学力低下・就労困難をまねくため、児童青年層に注意を払うべきであるとOECDは勧告している[56]

日本の精神保健[編集]

OECDは「日本の精神医療には、緊急の行動を要する課題がある。高い自殺率、精神科病床数の多さ及び平均入院期間の長さによって、日本の精神医療制度は良くない理由で注目を浴びている。現在入手可能なデータや情報が現状を評価するのに十分ではなく、全体像が不明瞭であり、これらの指標から、精神医療の質における主要な弱点がいくつか示唆されるが、日本の精神医療制度は徐々に変わりつつある。過去10 年間のコミットメントと努力が、制度に前向きな変化を生み出しつつある。」[57]と報告している。

また精神疾患の治療は、OECD諸国においては主に総合診療医が担っているが、日本のプライマリケア制度の整備は発展途上である[58]。OECDは、日本の地域医療を担う医療関係者は、すべからく精神保健の技能を身につけるべき[58]、具体的にはすべてのプライマリケア医の研修過程に、軽中程度の精神疾患に対する診断・治療技能を組み込むよう勧告している[57]。厚労省は「G-Pネット」としてプライマリケア医と精神科医の連携を進める政策を取っている[59][60]

ナショナルセンターは、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)である。

統計と疫学調査[編集]

日本における精神疾患の患者数で、通院患者において2011年において多いものは、うつ病統合失調症である[61]。近年の外来において著しい増加がみられるのは、うつ病と認知症(アルツハイマー型)である[61]。ただし認知症の数自体は他と比較して多くはない[61]。1996年の約218万人から2008年の約323万人へと約48%増加した[61][注 1]

日本の入院患者数(2011年、千人)[62]
総数 0-14歳 15-34歳 35-64歳 65歳以上
うち70歳以上 うち75歳以上
V .精神及び行動の障害 282.3 1.1 15.6 128.4 136.6 105 73.9
  統合失調症,統合失調症型障害及び妄想性障害 174.1 0.2 9.7 97.3 66.5 44 24.2
気分[感情]障害(躁うつ病を含む) 29.1 0.1 1.9 11.5 15.5 12.5 9
神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害 5.6 0.2 1.1 1.8 2.5 2.1 1.8
その他の精神及び行動の障害 73.5 0.6 2.9 17.8 52 46.3 38.9
日本の外来患者数(2011年、千人)[63]
総数 0-14歳 15-34歳 35-64歳 65歳以上
うち70歳以上 うち75歳以上
V .精神及び行動の障害 221.2 9.2 41.7 113.0 56.4 43.3 31.7
  統合失調症,統合失調症型障害及び妄想性障害 60.6 0.2 11.5 39.4 9.3 5.5 3.0
気分[感情]障害(躁うつ病を含む) 74.5 0.1 13.3 41.5 19.1 14.5 9.9
神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害 47.4 1.0 12.0 22.0 12.3 9.1 6.2
その他の精神及び行動の障害 38.7 7.8 5.0 10.2 15.6 14.2 12.6
OECD各国の人口10万人あたり標準化自殺率。ピンクがOECD平均、オレンジが日本[64]

日本の自殺率は2000年から2013年の間に6.3%減少したが、しかしOECD平均と比べ高い状況にあるため、未だ要注意国であるとOECDは指摘している[65][58]

日本の高度救命救急センター搬送の自殺未遂者において、その80%以上についてDSM-4基準に基づく精神疾患が認められている[66]

疫学調査には、厚生労働省の研究事業に「こころの健康についての疫学調査に関する研究」がある。同研究における世界保健機関による世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006における4134名からの生涯有病率/12ヶ月有病率で以下となる[注 2]

  • 気分障害で6.5%/2.3%のうち、大うつ病性障害 6.2%/2.1%、気分変調性障害 0.7%/0.3%
  • 不安障害で 9.2%/5.5%のうち、特定の恐怖症 3.4%/2.3%、全般性不安障害 1.8%/0.9%、社会恐怖 1.4%/0.7%、PTSDは1.4%/0.6%。
  • 物質関連障害は8.5%/1.5%であり、アルコール乱用が8.4%/1.4%、アルコール依存が1.2%/0.3%、薬物乱用で0.2%/0.0%、薬物依存は0.0%/0.0%である。
  • 間歇性爆発性障害は2.1%/0.7%である。

ただし、その上位分類においても欧米よりは少ない。気分障害の12ヶ月有病率は日本の2.3%に対してアメリカで9.5%、欧米で4.2%。不安障害は日本の5.5%に対しアメリカでは18.1%もあり、欧米でも13.6%である[67]

日本での歴史[編集]

江戸時代以前には、精神的な不調は、加持祈祷や漢方によって治療された[68]。全国にいくつか治療所が存在した[68]。後に岩倉病院となった京都岩倉の岩倉大雲寺や、のちに小松沢癲狂院となった東京小松沢の小松沢狂疾治療所などいくつかが点在していた[68]

また精神に著しい問題が見られる者は、座敷牢という個人の自宅内に設置した牢屋に入監した[68]。これは明治33年に、精神病者看護法が制定され、無許可監置を禁じた[68]。当時精神科は2000床しかなかった[68]

1950年になると精神衛生法が制定され[69]、1984年には改正され精神保健法となった。1995年に、再び改正され精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)となった。

施設入院における人権侵害[編集]

日本の精神福祉の状況は、依然として患者に対する人権蹂躙が存続しており、かつては1983年の宇都宮病院事件では死のリンチで有名となったが[70]、事件以降も5年間で23件の問題事件が確認されており[71]、2001年でも朝倉病院事件[72]箕面ヶ丘病院事件などで人権侵害・不当入院措置・診療報酬不正請求が明らかとなっている。

2013年に国際連合人権理事会は日本に対し、精神障害者の非常に大勢が自らの意思に反して長期間に渡って社会的入院されていることや、身体拘束と隔離が過剰に用いられていることを警告[73]、日本は、全ての精神病院を訪問監査する独立組織を立ち上げること、また外来ケアとコミュニティケアを充実させ、入院患者数を削減(脱施設化)するよう勧告している[73]

厚労省は介護保険においての身体拘束ゼロを目指しており、介護保険指定基準(省令)にて切迫性/非代替性/一時性の全てを満たす場合を除いて行ってはならないとしている[注 3]

行き過ぎた多剤投与[編集]

各国の人口1000人あたりベンゾジアゼピン系催眠鎮静剤消費量 (国際麻薬統制委員会)[74]

2010年には、厚生労働大臣が「うつ病などに対する薬漬け医療」に言及し、自殺・うつ病対策プロジェクトチームにて、大量処方過量服薬の防止について検討していることに言及した[75]。これは、薬剤師を活用するなどの閣議決定[76]も虚しく是正されることはなく、2014年(平成26年)には、上限数を超える処方せん医薬品医師処方箋に書いた場合、診療所病院に対する診療報酬を減額することが決まった[77]

2014年のOECDによる日本の医療の質レビューでは、日本は「専門家及び地域社会双方による精神保健医療福祉サービスにおいて、不適切な薬剤使用(行き過ぎた多剤投与)を削減し、診療報酬を通じて代替的治療法が適切に評価されるようにするために、一層の努力が必要である」と勧告されている[57]。そのためOECDは日本に対し、軽中程度の患者に対しては心理療法を中心とした治療を提供できるよう、根拠に基づいた治療プログラムの整備を進めるよう勧告し[58]、その参考例としてイギリスの心理療法アクセス改善(IAPT)プログラムを挙げている[57]

社会的入院[編集]

OECD各国の平均精神病院入院日数[78]

日本の精神保健は他国に比べ「脱施設化」が遅れているとOECDは報告しており[3][58]社会的入院という問題を抱えている。全世界の精神科病床数200万床のうち、日本は35万床と世界の6分の1を保有し、日本だけ精神障害が流行しているということもないため、国際的に批判の的となっている[79]。さらに日本の平均入院日数は300日であり[80]、海外における1-2週間からは大きくかけ離れている。日本では入院するような病気を抱えていないままに、病院から出られない人々が大勢存在するということである。

2002年にもこれを解消しようとしたが[69]、病床を空けることができても病院側の収入が減るため新たな病人で埋めてしまうため、最近では病棟の一部を居住施設へと転換するという構想が持ち上がっており、新たな囲い込みであるとの批判を受けている[81]。厚労省の2004年の目標では、病床数を2014年までに7万床削減するとしたが、その目標は達成できないでいる[69]

OECDは各国に対し、診療報酬の日数払い制度は医療機関の過剰診療をまねくため、日数制限や包括払い制度の導入など支払い制度の改革が必要だと勧告している[82]。厚労省は2014年診療報酬改定という形で退院支援を促進しようとしている[58]

途上国における精神保健[編集]

WHOは中所得国において、精神保健サービスを必要とする人のうち、5人に4人が適切なケアを受給できていないと推定している[83]。2008年にWHOは低中所得国を対象とした改善計画 Mental Health Gap Action Programme (mhGAP) を開始し、精神、神経、薬物乱用を対象としたクリニカルパスおよび診療ガイドラインを公開している[83]

分野[編集]

職場[編集]

児童・青年[編集]

WHOによれば、世界の児童・青年のうち、約20%が精神疾患・問題を抱えている[42]。精神疾患者の半数以上は、児童青年期の発症がそのまま継続したものであり[30]、OECD諸国にて精神疾患発症の中央値は14歳前後であり、また不安障害パーソナリティ障害については11歳であった[22]

OECD各国の若年者人口(15-24歳)における精神疾患の割合(2000年)[84]
オーストリー スイス 英国 オランダ ベルギー スウェーデン 豪州 デンマーク 米国 ノルウェー
中程度 13% 12% 14% 15% 17% 17.2% 19% 18% 22% 20%
深刻 2% 5% 3% 5% 5% 5% 4% 7% 6% 8%
15% 17% 18% 20% 21% 22% 22% 25% 28% 29%

精神不調を訴える子どもには、学校が支援を提供すべきであり、とりわけ家族が子どもをサポートできない場合にその役割は重要である[30]。精神不調問題が子どもにとってスティグマにならないよう、すみやかに生徒と教師に対してメンタルヘルス教育を施すようOECDは勧告しており、そのプログラム例として豪州のKidsMatter、MindMattersを挙げている[30]

老年期[編集]

個人における精神の充足[編集]

個人において、精神的な健康を維持し増幅させるためには、大部分には、身体における生活習慣病の予防策と同じであり、食事や運動、またストレス管理によって、心身ともに対処することが可能である。

ジャンクフードのような認知機能を低下させる食事よりも、ビタミンB群オメガ3脂肪酸に富んだ食事は、認知機能を高め維持し、気分を良く保つ影響を与える[85]。運動には、軽症から中等度のうつ病の治療として推奨されうるほどの効果があり[86]、その予防にも効果がある[87]。また運動は脳卒中後の認知機能の回復も高める[88]

呼吸法によるリラクセーションは、怒りの管理や心理療法でも用いられる[89]。睡眠や[90]、笑うことも自律神経のバランスを整えるとも言われる[91]

否定的な影響を感じる相手とは適切な距離を保つという方法もある。また心理学は、アサーションと呼ばれる自己主張の方法も重視しており、自己の理想願望が過剰であることによってそれが達成できずストレスを感じていることを是正したり、あるいはそうして相手に対する期待を無理のないお願いに是正した上で、適切な方法で主張するということである。そうしてそれが不可能である場合には、肯定的な影響を感じる人々との接触を増やすことである。重要な人々とのコミュニケーションは、ストレス解消ともなる。

対して、不適切なストレスの発散方法は、怒りを爆発させることによって問題を引き起こしたり、不適切にアルコールなどの薬物を摂取することによって、精神的健康また身体的健康にわたって悪影響をおよぼすことがある。

自然とのふれあいは、認知機能や幸福感を高める[11]

考え方のクセと呼ばれる認知的な方法も可能である。「せねばならない」という思い込みや、「黒か白か」といった二分思考は認知行動療法によって修正可能な思考のクセの焦点の一部である。否定的な思考を過剰に繰り返す状態を是正することでいくらか気分が改善されることもある[92][93]

しかしながら、精神的な変調は、更年期障害甲状腺機能低下症の症状であったり、アルコールなどの薬物、気管支喘息に対する医薬品といったことも原因となりえ、過度に個人的な努力やストレスを強調すれば、判断を誤りうる。また現在病気喧伝といった問題があり、正常に近い健康状態に対して、過剰に多剤大量処方が行われることがあり、これが原因となって逆に体調がすぐれないこともある。

メンタルヘルスを取り巻く社会状況[編集]

社会的コスト[編集]

精神疾患は大きな社会的経済コストをもたらし、また個人の主要な貧困要因である[94]

精神疾患の各国の社会的コスト(GDP比、2010年)[95]
英国 イスラエル ドイツ ギリシャ オーストリー 欧州平均 フランス アイルランド ベルギー デンマーク スペイン ポルトガル スウェーデン イタリア
4.5% 4.3% 3.8% 3.6% 3.6% 3.6% 3.5% 3.4% 3.4% 3.4% 3.4% 3.4% 3.4% 3.4
スベロニア オランダ ハンガリー フィンランド スイス ポルトガル ノルウェー エストニア チェコ 米国 スロバキア ルクセンブルク 豪州
3.3% 3.3% 3.2% 3.2% 3.2% 3.1% 2.9% 2.7% 2.7% 2.5% 2.5% 2.2% 2.2%

精神疾患に問題を持つ人の大部分は就業しており、深刻な疾患を持つ人の50%ほどは就業している[96]貧困と精神疾患には関連性があり[97]、就業率について健常者と比べて、軽中程度の患者では10~15%、重度患者では25~30%も低かった[96]。また抑うつと貧困には高い関連性があった[97]

精神保健と貧困リスク (OECD 2014, p. 58)
低世帯所得の比率 精神保健状態別 市民全体
重度の疾患 中程度の疾患 疾患なし
米国 43.3% 23.9% 16.9% 20.0%
英国 42.4% 33.7% 23.6% 25.7%
豪州 37.3% 19.6% 12.6% 15.0%
デンマーク 30.8% 25.5% 15.0% 17.4%
オーストリー 27.0% 23.0% 20.1% 20.9%
スウェーデン 27.0% 22.0% 16.0% 18.0%
ベルギー 19.2% 16.4% 10.1% 11.5%
スイス 18.8% 15.9% 11.0% 14.6%
ノルウェー 18.4% 13.6% 7.8% 9.5%
患者一人当たりコスト(欧州、2010年)[95]
直接的な
医療コスト
直接的な
非医療コスト
間接的コスト
気分障害 €781 €464 €2,161
精神病 €5,805 €0 €12,991
不安障害 €670 €2 €405
睡眠障害 €441 €0 €348
児童青年の障害 €439 €3156 €0
パーソナリティ障害 €773 €625 €4,929
摂食障害 €400 €48 €111


障害給付の増加[編集]

OECD10カ国の福祉受給者に占める
精神疾患理由の割合(%)[98]
給付項目 平均 下位国 上位国
障害給付 46.4% 31.9% 65.7%
傷病給付 53.9% 30.2% 73.2%
失業給付 29.2% 23.6% 35.1%
公的扶助 45.2% 33.1% 66.3%
(豪州、オーストリー、ベルギー、デンマーク、オランダ、
ノルウェー、スウェーデン、スイス、英国、米国)

アメリカでの障害給付は1987年の125万人から、2007年の400万人に増加した。イギリスにおける精神と行動の障害による障害給付は、2000年の74.5万人から2013年の100万人以上へと38%増加した。同様の増加傾向は他の先進国でも見られ、それは金融危機よりも先に増加している[99]

OECD各国の障害給付(Disablity benefit) における精神疾患理由の割合[98]
デンマーク 英国 オランダ スウェーデン スイス 豪州 ベルギー オーストリー 米国 ノルウェー
40.90% 39.60% 39.00% 37.40% 37.10% 35.40% 33.30% 31.10% 28.30% 27.90%

病気喧伝[編集]

精神疾患の増加の一端には、製薬会社による病気喧伝がもたらしてきたものである。日本におけるうつ病注意欠陥多動性障害社会不安障害双極性障害の診断の乱発もそうである[100]。2012年にも、アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)所長であるトーマス・インセルは、医薬品の売上とは反対に、うつ病、統合失調症、双極性障害といった一般的な障害を含む重篤な精神疾患を有する人々の疾患の罹患率や死亡率が減少していないことを報告している[101]

2013年には『精神障害の診断と統計マニュアル』第4版(DSM-IV)の編集委員長であるアレン・フランセスは、精神疾患の数が急増しているというよりは、粗雑な診断が増え、安易に薬が処方されているため、流行の診断名による診断と過剰診断英語版を減らすことが必要だとしている[102]

日本についても、精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、1996年,1999年頃には200万人程度だったものが、2008年には323万人にのぼった。著しい増加がみられるのはうつ病であり、1996年比で2002年には1.6倍強、2008年には2.4倍にまで増加した[61]

製薬会社が新しい薬を販売することによって、病気喧伝がなされ、発売以前の2倍にも診断が下されるようになるという現象が各国にて起きている[103]

軽症のうつ病を説明する「心の風邪」というキャッチコピーは、2000年ごろから日本で特に抗うつ薬パキシルの市場を開拓するために、グラクソ・スミスクラインによる強力なマーケティングによって用いられた[104]。薬の売り上げは2000年からの8年で10倍となり、協力したアメリカ人医師は、節操などなく下衆な娼婦だった、と明かしている[105]。後に、軽症のうつ病に対する抗うつ薬の効果に疑問が呈され、安易な薬物療法は避けるよう推奨された[106]

新型うつの流行と議論[編集]

「心の風邪」の宣伝文句により人々にとって精神科が身近になる中、樽味伸は2004年にうつ病のディスチミア型を提唱した[107]。うつ病の患者の中に、仕事熱心でなく、他罰的で、抗うつ薬が効かない患者が増えていることに気づいたからである[107]。後に、新型うつ病のステレオタイプ、仕事では元気がないがプライベートは元気という言説につながるが、これは樽味の意図したことではない[108]。これは古くは、「退却神経症」あるいは「逃避型抑うつ」とか、近年では樽味のディスチミア型の他に、阿部による「未熟型うつ病」、松浪による「現代型うつ病」などによって異なる病理が描かれていたが、共通した特徴としては、典型的なうつ病よりも抗うつ薬が効きにくく、軽症かつ難治ということである[109]。一方、「非定型うつ病」とは『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)においては、特定の症状を持つうつ病を指しているが、この用語はマスコミなど一般に、典型的ではないうつ病を指して用いられている[109]。2012年には、テレビ番組のNHKスペシャルにて、「職場を襲う"新型うつ"」が特集され、同様の特徴が報道されている[110]

2009年に出版された、以前の日本うつ病学会の出版物では、医師は「本当のうつ病でもないくせに、うつ病、うつ病と騒ぎ立てて疾病利得を得ようとしている」というような冷たい目でのみ見るべきではなく、彼らにかろうじて残されているレジリエンスを最大限に引き出す機会をうかがうべきであるとされる[111]

日本うつ病学会は、2012年のうつ病診療ガイドラインにおいて、「現代型(新型)うつ〔ママ〕」について、若年者の軽症の抑うつ状態の研究の一側面を切り取ったマスコミ用語であり、精神医学的な深い考察も、治療のための根拠も欠いているとしている[112]日本うつ病学会は、ウェブサイト上にて、その概念も学術的に検討されたものではないとしている[109]

日本の福祉制度[編集]

日本法上の精神障害者定義は下記の通りである。

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
統合失調症、精神作用物質[注 4]による急性中毒又はその依存症知的障害精神病質その他の精神疾患を有する者(第5条)」とされる。
障害者基本法
「精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者(第2条)」である。
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(旧:障害者自立支援法
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の第5条に規定する精神障害者から知的障害者福祉法にいう知的障害者を除いた者のうち18歳以上である者(第4条)である。なお、精神障害者のうち18歳未満の者は児童福祉法第4条第2項に規定する障害児と一緒に障害児としている[113]

精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)では精神障害を「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症知的障害精神病質その他の精神疾患」と定義する。しかし、典型的な精神疾患である気分障害(感情障害)や所謂神経症性障害を例示することなく「その他の精神疾患」に一括りする一方で、先天性または乳幼児期・青年期早期からの障害又は通常からの偏りから生じ、通常の精神疾患とは別個に取り扱われる[注 5]精神遅滞知的障害)や精神病質[注 6]が、治療と社会復帰を目的とする精神保健福祉法に例示されていることについては、バランスを欠くとする批判もあるが、法改正の必要性の有無などについて議論が深まってはいない。

障害者自立支援[編集]

自立支援医療の受給者証と自己負担上限額管理表の例(神奈川県川崎市)

障害者自立支援法による自立支援医療(精神通院医療)が存在する。これは診察料・代といった精神疾患の治療に対する通院医療費負担[114]社会復帰支援事業の施設利用料の一部公的負担が適用となる。医療費全体の原則10%負担で、患者の世帯収入に応じた応益負担である。

精神障害者保健福祉手帳[編集]

精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について(厚生省保健医療局長通知)」によると概ね下記とされている。

  • 適切な食事摂取が難しい、または出来ない
  • 洗面入浴更衣清掃など身辺の清潔保持が難しい、または出来ない
  • 金銭管理および適切な買い物が難しい、または出来ない
  • 規則的な通院・服薬が難しい、または出来ない
  • 適切な意思伝達や協調的な対人関係の構築が難しい、または出来ない
  • 身辺の安全保持・危機対応が難しい、または出来ない
  • 社会的手続や公共施設の利用が難しい、または出来ない
  • 趣味娯楽等への関心が低く、それらの活動への参加が難しい、または出来ない

精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について

障害者雇用[編集]

2006年4月より精神障害者保健福祉手帳の所持者に限り障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)による法定雇用率の算定に加えることができるようになった。

障害年金[編集]

障害の程度など条件によっては障害年金の受給ができることもある。障害年金には国民年金法に基づく障害基礎年金と厚生年金保険法に基づく障害厚生年金がある。

認定基準上での精神障害は「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害」、「気分(感情)障害(そううつ病)」、「症状性を含む器質性精神障害」、「てんかん」、「知的障害(精神遅滞)」に区分されている。パーソナリティ障害は原則認定の対象外で、神経症については原則として認定の対象とならないが、臨床症状から判断して精神病の病態を示しているものについては、統合失調症またはそううつ病に準じて取り扱うことになっている[118]。 

脚注[編集]

  1. ^ 2011年度は福島の数が除外されている
  2. ^ 国立精神・神経医療研究センター (2007, pp.4,12. 表2)。数値は性別、年齢分布による重み付け補正後を使用した。 なお、「こころの健康についての疫学調査に関する研究」の3年間にわたる調査は統合失調症を対象外としている。調査に用いたWHO-CIDIが統合失調症等に対しては低い妥当性しか持たないためとしている(国立精神・神経医療研究センター 2005, p. 4)。WHO-CIDIとは、WHO統合国際診断面接:WHO-CIDI2000であり、非専門家(正規の診断を下せる精神科医以外の意味であり、保健師、看護師等の医療関係者が担当)による構造化面接方法である。
  3. ^ 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(省令)
    (指定短期入所生活介護の取扱方針)第百二十八条 4  指定短期入所生活介護事業者は、指定短期入所生活介護の提供に当たっては、当該利用者又は他の利用者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。
     5 指定短期入所生活介護事業者は、前項の身体的拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の利用者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由を記録しなければならない。
  4. ^ 厚生省保健医療局長通知「精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について」の「精神障害者保健福祉手帳障害等級判定基準の説明」によると有機溶剤などの産業化合物、アルコールなどの嗜好品麻薬覚醒剤コカイン向精神薬などの医薬品など
  5. ^ DSM-IVでは通常の精神疾患は1軸に分類される一方、知的障害パーソナリティ障害(精神病質)は2軸に分類されて区別されている。知的障害は療育や教育福祉の分野で議論されることが多く、日本の法律上も知的障害者福祉法等が別途規定されている。精神病質は、犯罪を犯した場合の犯罪精神医学司法精神医学)や刑事処遇論の領域で問題となる場合が多い。
  6. ^ 精神病質パーソナリティ障害とほぼ同義である。

出典[編集]

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参考文献[編集]

国際機関

政府資料

その他

関連項目[編集]

外部リンク[編集]