予防接種

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経口ポリオ生ワクチンを投与される子供

予防接種(よぼうせっしゅ, : vaccination)とは、病気に対する免疫をつけるために抗原物質(ワクチン)を投与すること。英語では、ヴァクスィネイション(v`æksənéɪʃən)と発音される。

日本の予防接種法では「疾病に対して免疫の効果を得させるため、疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを、人体に注射し、又は接種すること」と定義されている(予防接種法2条1項)。

概説[編集]

ワクチンによって、病原体の感染の影響を防いだり和らげたりすることができる。予防接種は、伝染病の抑止に最も効果的で、コストパフォーマンスの高い方法だと考えられている。

予防接種で投与される物質は、生きているが毒性を弱めた状態の病原体(細菌ウイルス)の場合もあれば、死んだり不活性化された状態の病原体の場合も、タンパク質などの精製物質の場合もある。

歴史[編集]

人間が、故意に別種の感染を受けることで病気を軽減しようとした最初の例は、天然痘である。天然痘の種痘は、紀元前200年以前に中国かインドで始まった[1]。1718年、メアリー・ワートリー・モンターギュは、症状の軽い天然痘から採取した液体を接種させるトルコ人の習慣について書き、また自らの子供に同様の接種を施している[2]イギリスの医師エドワード・ジェンナーは、牛痘ワクチンを人間の天然痘に対する免疫生成に利用できるかに関して、1796年までの数年間に少なくとも6人に試験を行っている。この6人は、身元不明のイングランド人(1771年ごろ)、ミセス・ゼベル(ドイツ人、1772年ごろ)、ミスター・ジェンセン(ドイツ人、1770年ごろ)、ベンジャミン・ジェスティ(イングランド人、1774年)、ミセス・レンダール(イングランド人、1782年ごろ)、ピーター・プレット(ドイツ人、1791年)である[3][1]

予防接種(vaccination)の語が最初に使われたのは1796年、エドワード・ジェンナーによってである。この後ルイ・パスツールが微生物学の先進的研究によって予防接種の概念をさらに進歩させた。予防接種(Vaccination 「牛」を意味するラテン語vaccaより)の命名の由来は、最初のワクチン(vaccine)が牛に感染する牛痘ウイルスで、天然痘よりも症状が軽く、治りにくく致死性の天然痘に対してある程度の免疫をつけるものであったからだ[3][1]

種痘の試みに対しては、倫理・政治・安全性・宗教などをめぐっての論争(en:Vaccine controversy)はその初期からあった。初期の成功と義務化によって、予防接種は広範囲にわたって受け入れられ、また大規模な予防接種キャンペーンが実施されたことで、多くの地域にわたって多数の病気の発病が激減したと評価されている。

予防接種の目的[編集]

大まかに言えば、抗原によって免疫系の準備を整えることにより、伝染病への防護となる人為的な免疫誘発が起こる。感染性の病原体を使用して免疫反応を刺激する方法は免疫処置と呼ばれる。予防接種の中には複数の免疫源を接種するものもあり、接種方法もいくつか存在する。

予防接種に使用されるワクチンの種類[編集]

詳細はワクチンの項目を参照のこと。

予防接種にはワクチンが使用される。

不活性化ワクチン[編集]

培養したウイルスを、熱やホルムアルデヒドで殺したものを使う。ウイルスは破壊されており繁殖できないが、ウイルスのカプシドタンパク質はあまり損傷されていないため免疫系に認識され、反応を引き起こすには十分なのである。処理が適切であれば、ワクチンに毒性はない。だが不活性化が適切に行われなければ、ウイルスが手つかずで残って毒性を発揮する場合もある。適切に作られたワクチンでは繁殖が行われないため、免疫反応を強化するには定期的な追加免疫のための接種が望ましい。

生ワクチン[編集]

毒性を十分に弱めた、生きたウイルスを接種する。ウイルスは繁殖するが、その速度は遅い。接種後も繁殖し、抗原として存在し続けるため、追加免疫はあまり必要ない。このワクチンは、組織培養によって毒性の少ない種類のウイルスを残したり、遺伝子の突然変異を誘発したり、毒性を発揮する特定遺伝子を除去することで作られる。この主のワクチンには毒性が再発するリスクがあるが、特定遺伝子の除去は比較的このリスクが少ない。免疫不全状態の人には使えない。

サブユニットワクチン[編集]

免疫系に示す抗原としてウイルス性物質を接種しない。ウイルス中の特定のタンパク質を分離して接種する、などの方法がある。この方式の弱点は、分離したタンパク質が変質する可能性があり、その場合ウイルスに対応するものとは別の抗体が作られてしまうと言うことである。他のサブユニットワクチンには組み替え型ワクチンがある。これは対象となるウイルスのタンパク質遺伝子を別のウイルスに注入する方法である。この第二のウイルスはタンパク質情報を発現するが、病気のリスクはない。この種のワクチンは現在肝炎ワクチンに用いられており、エボラウイルスHIVなど、予防接種が難しいウイルスに対するワクチンを作るため、さかんに研究されている[4]


接種方法の種類[編集]

胃腸からの吸収は期待できないため、ほとんどのワクチンは皮下注射で接種される。ポリオの生ワクチンや、ある種のコレラ・チフスのワクチンは腸を中心とする免疫を作るため、経口で接種される。

ヒトに対する予防接種[編集]

歴史[編集]

最初の予防接種に関する、ジェンナーの手書き草稿

予防接種の先駆けは、紀元前200年ごろ、古代中国で行われていた[1]。 学者のオーレ・ロン(Ole Lund)はこう記している。「文書上の予防接種の例で最も古いものは17世紀のインドおよび中国のもので、天然痘に感染した人のかさぶたを粉末状にしたものを病気の予防に使用した、という例である。昔、天然痘は世界共通の病気で、感染した人の20%から30%は死亡していた。天然痘は、18世紀ヨーロッパの数カ国において、死因の8%から20%を占めていた。予防接種の習慣は紀元前1000年のインドに起源をもつと考えられる」[5]アーユルヴェーダの教本、サクテーヤ・グランサム(Sact'eya Grantham)に予防接種についての記述があったことが、フランスの学者アンリ・マリ・ユッソン(Henri Marie Husson)によって、Dictionaire des sciences me`dicales誌中に報告されている。[6]ネトリーの病理学教授、アルムロス・ライト(en:Almroth Wright)は、ネトリー病院のプロフェッショナルを率いて実験を行い、後世の予防接種の形態を形作った。彼の実験結果は、ヨーロッパでのさらなる予防接種の発展に繋がった[7]

義務化[編集]

天然痘の予防接種を呼びかけるポスター

病気が蔓延する危険を避けるため、様々な時代ごとに、国や機関それぞれが、全ての人々に予防接種を義務化する法律を作ってきた。例えば、1853年の法律では、イングランド・ウェールズ全国での天然痘予防接種を義務化し、これに従わなかった者からは罰金を徴収した。現在、アメリカの州共通の予防接種法では、就学前に公的予防接種を受けることを義務づけている。他にもほとんどの国で同様の強制的な予防接種を行っている。

19世紀に始まる初期の予防接種以来、予防接種の法律化は様々な団体からの反発を引き起こした。こういった団体は包括的に予防接種反対論者(anti-vaccinationist)と呼ばれ、倫理的・政治的・衛生的・宗教的・その他の観点から予防接種に反対している。よく見られる意見は、「強制的な予防接種が個人の問題に対する過度の干渉にあたる」「推奨されている予防接種の安全性が不十分である」といったものである[8]。現代の予防接種法は、免疫不全の人々やワクチンへのアレルギーを持つ人々、強固に反対する人への例外措置を設けている[9]。 なお、ジョグジャカルタ原則の『医学的乱用からの保護』についての第18原則においても「HIV感染症やその他の疾患に関して非倫理的もしくは意思に反したワクチンや抗菌剤の投与からの保護の保障」(第18原則、項目(d))を求めている。

日本の予防接種[編集]

定期接種[編集]

予防接種法に基づいて接種される。対象年齢の接種費用には自治体による公費助成が行われ、A類疾病については地方公共団体の多くで無償とされる(有償とする地方公共団体も存在)。予防接種により健康被害が発生した場合は、予防接種法第11条による救済制度がある。[10]

A類疾病 - 接種対象者又はその保護者等に接種の努力義務が課される。
ジフテリア百日咳破傷風ポリオ(急性灰白髄炎)(4種混合ワクチン,DPT-IPV)、麻疹(はしか)・風疹(三日はしか)(MRワクチン)、日本脳炎結核BCG
B類疾病 - 主に個人予防に重点。努力義務無し。
65歳以上、または60歳以上65歳未満で心臓や腎臓、又は呼吸器に重い障害のある人、AIDSなどに罹患し免疫力が低下している人の場合、インフルエンザ

臨時接種[編集]

予防接種法に基づいて接種される。まん延予防上緊急の必要があると認めるとき、都道府県知事は市町村長に行うよう指示することができる。 対象年齢の接種費用には自治体による公費助成が行われ、A類疾病については原則無償とされる。予防接種により健康被害が発生した場合は、予防接種法第11条による救済制度がある。[11]

A類疾病 - 接種対象者又はその保護者等に接種の努力義務が課される。
痘瘡の他に、A類疾病が対象である。
B類疾病 - 接種の努力義務が課されない。
新型インフルエンザ

任意接種[編集]

予防接種法に定めがなく、被接種者(又はその親権者等)の自由意思による接種。

接種費用は、全額自己負担となる。予防接種により健康被害が発生した場合は、医薬品副作用被害救済制度が適用される。
流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、A型肝炎B型肝炎、成人用肺炎球菌狂犬病ワイル病秋やみ等の他、定期接種の対象年齢層以外に対するA類疾病/B類疾病も任意接種となる。

ワクチンの種類[編集]

生ワクチン
生きた病原体の毒性を弱めたもの。ロタウイルス感染症、結核、麻しん(はしか)、風しん、おたふくかぜ、水痘(みずぼうそう)、黄熱病 など。生の病原体を入れるため、接種した病原体により軽い症状(副反応)が出ることがある。
接種後は4週(中27日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。
不活化ワクチン
死んで毒性を失った病原体の成分のみのもの。B型肝炎、ヒブ感染症、小児の肺炎球菌感染症、百日せき、ポリオ、日本脳炎、インフルエンザ、A型肝炎、狂犬病など。ワクチンの効果は弱いため、何度かの接種が必要になることが多い。
接種後は1週(中6日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。
トキソイド
菌が発生する毒素を取り出し、それを無毒化したもの。ジフテリア、破傷風(はしょうふう)など。不活化ワクチンと同じくワクチンの効果は弱いため、何度かの接種が必要になることが多い。病原体そのものを攻撃する抗体を作らせるわけではないので、厳密にはワクチンに含めないという考え方もある。
接種後は1週(中6日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。

予防接種の注意事項[編集]

予防接種実施規則によると、明らかな発熱を呈している者、重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者、当該疾病に係る予防接種の接種液の成分によるアレルギーまたはアナフィラキシーが検査で明らかになっている者は不適当と判断され接種ができない。 妊娠している者に関しては、急性灰白髄炎、麻疹及び風疹にかかわる予防接種はできないことになっている。

また、心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患及び発育障害等の基礎疾患を有することが明らかな者、前回の予防接種で2日以内に発熱のみられた者、又は全身性発疹等のアレルギーを疑う症状を呈したことがある者、過去にけいれんの既往がある者、過去に免疫不全の診断がなされている者、接種しようとする接種液の成分に対してアレルギーを呈する恐れのある者等は医師の判断に基づき注意して接種することが義務付けられる。

予防接種禍[編集]

日本では1948年の「予防接種法」以降、強制接種や集団接種が拡大していったが、その強制接種集団接種が安全な方法で行われていなかった。一例を挙げれば1964年茨城県で行われた集団接種では、不十分な問診、複数の人に対して針を変えずに接種、マスクをせずに接種、不正確な量の注入、などのやり方が行われていたらしい[12]。複数の人に対して針を替えずに接種をする行為が蔓延していたことが日本でB型C型肝炎が多発した原因である[13]、と考えられている。 (→ 医原病も参照可 )

予防接種禍と法律(谷間の問題)[編集]

予防接種によって生命・身体に重大な損害が与えられた被害者を救済するための法律構成が憲法上問題となっている。17条説、29条3項類推解釈説、29条3項勿論解釈説、25条説、13条説等が主張されている。

推奨される接種順序[編集]

国立感染症研究所、VPDを知って、NPO法人子どもを守ろうの会、公益社団法人 日本小児科学会から予防接種スケジュールが発表されている。

また、NPO法人子どもを守ろうの会では、iPhoneAndroidスマートフォン用の予防接種スケジューラアプリを無料提供している。


動物に対する予防接種[編集]

野生動物の保護や産業に有用な家畜、ペットの伝染病の蔓延を予防するための予防接種もある。また、動物から人に伝染する動物由来感染症(ズーノーシス:人獣共通感染症にも含まれる)や人から動物に伝染する人獣共通感染症を予防する目的で行う予防接種もある。身近な例としては飼い犬に対する狂犬病の予防接種などがある。(→※詳しくは人獣共通感染症を参照。)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d Lombard M, Pastoret PP, Moulin AM (2007). “A brief history of vaccines and vaccination”. Rev. - Off. Int. Epizoot. 26 (1): 29-48. PMID 17633292. 
  2. ^ Behbehani AM (1983). “The smallpox story: life and death of an old disease”. Microbiol. Rev. 47 (4): 455-509. PMID 6319980. http://mmbr.asm.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=6319980. 
  3. ^ a b Plett PC (2006). “[Peter Plett and other discoverers of cowpox vaccination before Edward Jenner”] (German). Sudhoffs Arch 90 (2): 219-32. PMID 17338405. http://lib.bioinfo.pl/meid:4459 2008年3月12日閲覧。. 
  4. ^ Department of Veterinary Science & Microbiology at The University of Arizona Vaccines by Janet M. Decker, PhD
  5. ^ Lund, Ole; Nielsen, Morten Strunge and Lundegaard, Claus (2005). Immunological Bioinformatics. MIT Press. ISBN 0262122804
  6. ^ Chaumeton, F.P.; F.V. Me`rat de Vaumartoise. Dictionaire des sciences me`dicales. Paris: C.L.F. Panckoucke, 1812-1822, lvi (1821).
  7. ^ Curtin, Phillip (1998). "Disease and Empire: The Health of European Troops in the Conquest of Africa". Cambridge University Press. ISBN 0521598354
  8. ^ Wolfe R, Sharp L (2002). “Anti-vaccinationists past and present”. BMJ 325 (7361): 430-2. doi:10.1136/bmj.325.7361.430. PMID 12193361. http://bmj.bmjjournals.com/cgi/content/full/325/7361/430. 
  9. ^ Salmon, Daniel A et al. (2006) Compulsory vaccination and conscientious or philosophical exemptions: past, present, and future. Lancet 367(9508):436-442.
  10. ^ 予防接種事故に対する医療費公費負担制度(東京都福祉保健局)
  11. ^ 予防接種事故に対する医療費公費負担制度(東京都福祉保健局)
  12. ^ 吉原賢二『私憤から公憤へ- 社会問題としてのワクチン禍』 p.112-114
  13. ^ 読売新聞2000年2月9日記事「広がるC型肝炎、3割が「陽性」の地域も」

外部リンク[編集]

関連項目[編集]