義務教育

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

義務教育(ぎむきょういく)とは政府中央政府地方政府)、国民保護者など)などが子供受けさせなければならない教育のことである。義務教育の制度は、多くの国において普及している制度であるものの、国ごとに制度の仕組みは異なる。

「学齢」と関係が深い概念なので、より深く理解するには「学齢」の項目も参照のこと。

歴史[編集]

学校制度がまだ存在しない古代から現代の義務教育制度に通ずる社会制度は存在した。古くはスパルタにおける7歳から30歳の男性に対しての義務的な教育制度が存在し、自由民に対する文武両道の教育が行われていた。また、シャルルマーニュは802年に貴族の子弟に限定されない義務教育令を公布した。

中世になると、ルター派の諸国では民衆に対する教育に力を入れ始めたが、中でも、ドイツゴータ公国エルンスト敬虔公が1642年に公布したゴータ教育令は、現代の教育法規と同様に、授業時間学級編成教科書などの細密な規定がなされている点でかなり先進的なものであった。ゴータ教育令では義務教育の終了は「12歳を超えるか、文字が読めるようになるまで」と定められており、必ずしも一定年齢までの在学を義務付けていないという点で終了基準は課程主義(前述)と年齢主義の併用であったといえる。こういった教育制度はプロイセンフリードリヒ2世の時代まで主流であったが、基本的には下層階級の救済という目的は薄かった。

産業革命期になると、労働者階級の年少児童が工場などでの労働力として使われるようになり、劣悪な環境におかれることになった。イギリスでは19世紀前半には工場法などによって年少者の工場雇用を禁止し、19世紀後半には義務教育制度が施行されるようになった。アメリカ合衆国ではマサチューセッツ州が1852年に最初の義務教育法を制定した。ただし、これは親が貧困のために子を就学させないことを許容しているものであったため、義務教育制度の本来の対象であるはずの貧困層を救済できないものであるという批判もある。

20世紀初頭のアメリカにおいては、一部の州で「義務就学年限は14歳までだが、読み書きができない場合は16歳まで」とする課程主義と年齢主義を併用した終了規定を設けていた[1]が、現在では全て年齢主義での規定になっていると思われる(ただし特別支援教育の義務教育年限は20歳~21歳までとなっている)。

第二次世界大戦後、先進国ではもはや年少者が工場での労働力に用いられるようなことは過去のものとなっており、積極的な「児童のための教育」の考え方が強くなった。もはや、「教育を受ける義務」ではなく、「教育を受ける権利」としての考え方に転換しているため、「義務教育制度」は「教育普遍化制度」と改称すべきだとの意見もある[2]

期間[編集]

類型[編集]

年齢主義か課程主義か[編集]

義務教育の対象者を決める時の基準に何を用いるかによって分類される。特定年齢の間、義務教育の対象にするという方式を年齢主義と呼び、特定の発達段階に達してから特定の課程を修了するまでを義務教育の対象にするという方式を課程主義と呼ぶ。これは学校進級をする時の基準についての年齢主義と課程主義とは別個の概念である。

始期を年齢主義、終期を課程主義とするなどの両方の基準を用いる方式や、終期について年齢主義と課程主義を併用するなどの方式も存在しうる。歴史上は課程主義の義務教育制度もあったが、現代ではほとんどの国家で始期・終期について年齢主義の義務教育制度を採用している。

この分類について、教育制度教科書などのレベルの書物においても、学校における年齢主義・課程主義と混同している例が見られる[5]。 例えば「年齢主義の義務教育制度では、進級試験によらず年齢に伴って進級し、一定年齢に達したら就学義務は終了する」などと、義務教育の終期が一定年齢で あれば進級も当然年齢基準であるかのような解説が蔓延している。勿論、義務教育の開始・終了の時期と、学校における進級基準には合理的な関係はない。例え ば、フランスにおいては義務教育の終期は16歳と年齢によって規定されているが、小学校から飛び級原級留置がポピュラーである。実際に16歳の時点では小学生も大学生もいる。このように、義務教育が年齢主義であっても、学校で厳しい修得主義に基づく課程主義進級制度を実施することには何の問題もないのである。

また、課程主義は「一定の授業を受けるまで」などとする履修主義と、「読み書きができるようになるまで」などとする修得主義に分けられる。

教育の義務か就学の義務か[編集]

家庭教育社会教育なども義務教育の実際の教育活動として認可されるかどうかについては国によってさまざまである。教育義務型の義務教育制度ではホームスクーリングによる教育も社会的に受容されている。就学義務型の義務教育制度では学校教育によってのみ義務教育が行なわれる。

ドイツでは子供に「学校で教育を受ける義務」があると定めている。

その他[編集]

他にも外国人に対する就学義務があるかどうか、どこまでが公費負担かなど様々な類型がある。

日本[編集]

概要[編集]

日本の場合、憲法において、子供を保護する日本国民には、法律の定めるところにより教育を受けさせる義務があると定められている[6]。もっとも、すべての日本国民は、法律の定めるところにより教育を受ける権利も有している[7]ので、「教育を受ける権利」「教育を受けさせる義務」の双方について法律で定めることが想定されており、これらの条件の整備などは、法律によって行われる。

なお、教育基本法学校教育法の規定によって、子供を保護する日本国民(保護者)の義務については、15歳までの最長9年間は教育段階に応じる一条校就学させなければならない[8]とされ、義務の履行の督促を受けてもなお履行しない者は10万円以下の罰金に処する[9]とされている。しかし、督促について定めた学校教育法施行令第20条・第21条[10] の運用によっては、保護者に対して督促が行われず、保護者は処罰されない。保護者が催促を受けない具体例としては、保護者が子供が学校に就学できるよう充分な便宜を図った上にもかかわらず、子供自身が登校しない場合などである(不登校。古くは「登校拒否」と呼ばれた)。このようなことについては、いじめ校内暴力などの教育問題との関係もある。

ただし、保護者が就学させなければならない子で、病弱、発育不完全その他やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村の教育委員会は、文部科学大臣の定めるところにより、保護者の義務を猶予又は免除することができる[11]

沿革[編集]

  • 1871年(明治4年):文部省設置(大学ヲ廃シ文部省ヲ置ク。)
  • 1872年(明治5年):学制公布
  • 1879年(明治12年):教育令公布
  • 1880年(明治13年):教育令改正
  • 1886年(明治19年):学校令公布
  • 1890年(明治23年):小学校令改正
    尋常小学校修了または学齢超過のどちらか早い方が義務教育の終期であった。尋常小学校の修業年限は3年間または4年間で[12]、学齢期は8年間であったため、義務教育期間は3年間~8年間である。
  • 1900年(明治33年):小学校令全面改正
    尋常小学校の修業年限が4年間となったため、義務教育期間は4年間~8年間である。
  • 1903年(明治36年):国定教科書制度
  • 1907年(明治40年):小学校令改正
    尋常小学校の修業年限が6年間となったため、義務教育期間は6年間~8年間である。内務省や大蔵省を折衝した、牧野伸顕文相の努力があった。[13]
  • 1941年(昭和16年):国民学校令公布
    実質的には、尋常小学校に代わって国民学校初等科(修業年限は6年間)が義務教育課程となったため、義務教育期間は6年間~8年間のままである。
  • 1947年(昭和22年):学校教育法公布
    学校の修了と関係なく、学齢期を義務教育期としたため、義務教育期間は9年間である。なお移行のため、1947年度は7年間、1948年度は8年間が義務教育期間である。

日本での歴史[編集]

学制から始まった義務教育推進運動は、当初は授業料徴収があったために中々効果を上げなかったが、1900年に尋常小学校の授業料が無料になるなどした結果、1915年には通学率が90%を超えるなど、学齢期の国民の就学が普遍化していった。

明治時代から昭和時代前期における義務教育の範囲は実質的に初等教育尋常小学校から後に学校種を国民学校に改組)のみであった。1941年までは義務教育の始期は一定年齢での定めであったが(ただしそれより前後して就学した例は多い)、義務教育の終期は「尋常小学校の修了と、14歳になることの、どちらか早い方まで」と、課程主義と年齢主義の併用で定められていた。この時点では学齢期と義務教育期は別個のものである。当時の義務教育期間について、尋常小学校の当時の修業年限に基づいて「4年間」や「6年間」と固定的なものであるかのような書き方をしている情報源もあるが、実際には課程主義を併用していたことから、「4年間~8年間」、「6年間~8年間」とすべきである。例えば小学校を6年間で修了した場合、まだ14歳になっていなくても義務教育は終わるが、8年かかっても修了できない場合、14歳までが義務教育期間ということになる。文部省の公的文書である「s:課程の修了又は卒業の認定等について」においても、「義務教育年限が満一二歳までであった当時に義務教育を終え」のように、義務教育期間の終期が12歳である時期があったかのような描写も存在するが、実際には尋常小学校の修了の時期によって終期は変動する(なお学齢の終期が12歳であった時期はない)。

1939年から、中等学校高等小学校などに在籍していない男子は、14歳から19歳まで青年学校への就学義務があるとされ、年間210時間の定時制教育を受けることとなった。これは軍事教練的な性格も強かったが、形の上では男性のみ13年間の義務教育期間が定められていたことになる。また、1944年からは国民学校令によって昼間の授業による義務教育が8年間に延長される予定であったが、戦争のため実施されなかった。とはいえ、これら義務教育が時代の背景や情勢に左右されることはあっても、当時の日本は世界的にみて識字率の高い国となっていた。なお、国民学校令では義務教育年限は8年間であり、義務教育の終期は国民学校の修了とは関係なく、完全に年齢によって定められていたが、施行当初の3年間は6年制のままにするとの規定があり、また1944年以降の国民学校令等戦時特例により国民学校8年制化が先送りされたため、義務教育の終期は従来通り年齢主義と課程主義の併用のままであった。なお、6年制予定期間と戦時特例を合わせた期間は、国民学校令の施行から廃止までの全期間に渡っていたため、実際には法令通りの運用になったことはない。

1947年学制改革により、現在まで60年以上続いている義務教育制度が施行された。これは6歳から15歳までの9年間を義務教育期間とし、課程の修了と義務教育の終了が無関係な、完全な年齢主義で運用するようにしたものである。またこれまでは尋常小学校もしくは国民学校という単一校種が就学先学校であったが、この改革では小学校6年間・中学校3年間をその期間に該当させるという二段階のシステムがとられた。この時点で特殊教育諸学校への就学義務も定められたが、盲学校・聾学校については早い時期に対応できたものの、実際に養護学校の義務教育化は1979年からとなる。

1998年中等教育学校が学校種として定められたため、これの前期課程も義務教育を実施できる課程となった。

日本での状況[編集]

現在の日本の教育については、日本国憲法第26条第2項に、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」と定められており、この規定に基づく教育を「義務教育」と呼称している。そのため、保護者は、学齢期の人を小中学校などに通学するように取り計らう義務がある。これを就学義務(就学させる義務)という。

日本はあくまで「就学義務」であり、「教育義務」という定義ではないので、諸外国によく見られるホームスクーリングは義務教育の履行とはみなされない。

また、学校教育法の第38条に「市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。」と定められており、これは第49条で中学校にも準用されている。そのため、市町村はこれらの学校を設置する義務がある。これを学校設置義務という。

また、国は義務教育の対象者の就学を奨励しなければならない。例えば、義務教育国庫負担金制度により義務教育の授業料を無償としたり、貧困家庭には就学援助制度を適用したりするなど、該当者の就学をなるべく保障することになっている。これを就学保障義務という。

また、義務教育の対象となる学齢期の子女が教育を受ける機会が十分なものとなるよう、事業所はこれらの児童を一般の労働者として使用してはならない(労働基準法による)。これを避止義務という。

以上の4つの義務によって日本の義務教育が成り立っているとされる。ただし避止義務については載せていない解説書もある。

日本の義務教育の目的[編集]

教育基本法(平成18年法律第120号)の第5条2項で「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家および社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」と規定している。

義務教育として行われる普通教育の目標[編集]

学校教育法に「義務教育として行われる普通教育」については次のように定められる。

第21条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法(平成18年法律第120号)第5条第2項に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

  1. 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
  2. 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
  3. 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
  4. 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
  5. 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
  6. 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
  7. 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
  8. 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
  9. 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
  10. 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。

保護者が就学させなければならない子[編集]

日本において、「保護者が就学させなければならない子」は次の3条件を満たしている子である。なお、ここでいう保護者とは「子に対して親権を行う者」であり、親権を行う者のない時は「未成年後見人」である。

  1. 満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満15歳に達した日の属する学年の終わりまでにある子。(学校教育法の新第2章「義務教育」より)
    学校教育法施行規則および年齢計算ニ関スル法律に基づけば、4月1日内までに満6歳となった子から4月1日内までに満14歳となった子が該当する。
    この9年間の義務教育に該当する年齢は、(法律上の)学齢とも呼ばれる。
  2. 日本国内に在住している子。
    学校教育法施行令において「学齢簿の編製は、当該市町村の住民基本台帳に基づいて行なうものとする」とされている。学齢簿に基づいて、就学先の学校が指定される。
  3. 保護者が日本国民である子。
    日本国憲法の第26条第2項、教育基本法の第5条第1項においては、義務を負うのは「国民」であるので、保護者に日本国民が含まれない子は、該当しない。

このうちどれかが欠けても、「保護者が就学させなければならない子」とはならない。「保護者が就学させなければならない子」の場合とそうでない場合では、入学の可否、退学の可否、授業料の徴収の可否、停学などの懲戒処分の可否、出席停止の運用などに違いが生じることもある。

なお、制度について詳しく知っていない人の中には、学齢を超過している者や、外国人の子などの任意就学者に対する教育であっても、小中学校教育のことを「義務教育」と呼んでいる人もいる[14]。これは就学義務などよりも教育内容に着目した呼び方であると思われるが、法律上は正式な表現ではないので、できるだけ使用を避けるべきである。#誤用の節も参照のこと。

義務教育の段階に該当する学校[編集]

これを具体化する法律教育基本法および学校教育法)により、その内容は、以下の学校で実施するように定められている。

上記の学校を義務教育諸学校と呼ぶ。なお義務教育諸学校の在籍者の大部分は、「保護者が就学させなければならない子」である。

現状では、特別支援学校を除き、同じ学年には同じ年齢の在籍者がほとんどという状態が続いている。小学校に児童として在籍する者は6歳から12歳の者がほとんどであり、中学校に生徒として在籍する者は12歳から15歳の者がほとんどである。学齢期(義務教育期)の終了と同時に、中学校を卒業する例がほとんどを占めている。

「保護者が就学させなければならない子」を学校に就学させる義務のことを就学義務という。

義務教育の期間は学年基準や在学年数基準ではなく、あくまで年齢基準であるため、義務教育として9学年分または9年間の学校教育を受けられていなくても、一定の期日に達すると義務教育の対象ではなくなる。この考え方を「義務教育年限における年齢主義(前述)」という。4月1日内までに15歳以上に達した人(学齢を超過した者)は、以上の学校に在学していても義務教育には該当しないため、就学猶予原級留置過年度入学などの理由で、14歳の年度のうちに中学校などを卒業できない場合でも、それ以後に通学することは義務教育の範囲とはされない。義務教育期間中に小学校などを卒業した場合、直後に中学校などに進学することとなっているが、小学校卒業時点で学齢を超えている場合は、進学は任意である。

「保護者が就学させなければならない子」の場合は住民登録をすればほぼ無条件で地元の公立の上記学校のいずれかの学年に入学できる。そうでない子の場合は学齢期かどうかが重要である。「保護者が就学させなければならない子」でなくても、学齢期の子の場合は、児童の権利に関する条約などに基づいて、多くの場合受け入れられる。しかし、学齢期を超過した者は新たに入学・編入学することを許可されないこともある[15]。なお、在学中に学齢を超過した場合はすぐに通学できなくなるわけではなく、通例、継続して在学することが可能である。

就学猶予・就学免除[編集]

学齢に達しても、病気などによって小学校への就学が困難な児童は就学猶予や就学免除などの手続きを受ける場合がある。この手続きを受けた場合、その年度には就学しないことになる。ただし、1979年の養護学校の義務教育化に伴い、養護学校などの障害児対象の学校が充実してきたため、近年では就学猶予・就学免除ともほとんど許可されなくなっている。

なお、少年院送致となった学齢期の人に対しても、就学猶予が行われる場合もある。

授業料と就学援助[編集]

日本国憲法第26条2項の後段においては、義務教育は無償とすると定められている。無償とされるべき範囲に争いがあるが、判例(義務教育教科書費国庫負担請求訴訟事件 最大判昭和39年2月26日)によれば、同条の無償とは授業料の無償を意味し、教科書、学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償としなければならないことを定めたものではないとする。また、判例では、授業料以外の義務教育に必要な費用については、保護者負担の軽減策を国がとることが望ましいが、立法政策の問題として解決すべき事柄で憲法の規定ではないとしている。なお、私立学校などでは授業料の徴収が学校教育法により認められており、この限りではない。

参考[編集]

教育基本法第5条第4項
国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
学校教育法第6条
学校においては、授業料を徴収することができる。ただし、国立又は公立の小学校及び中学校、これらに準ずる盲学校、聾学校及び養護学校又は中等教育学校の前期課程における義務教育については、これを徴収することができない。

現在は、義務教育においては、義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律により、学校で使用する教科書(教科用図書)については無償で給与されている。

なお、義務教育諸学校に在学している学齢超過者については正式な意味での義務教育を受けているとはいえないため、義務教育無償の原則に当てはまらないとの考え方もある。ただし、多くの夜間中学校においては授業料を徴収していないものと思われ、また、一般の公立中学校でも授業料は徴収していないケースが多いといわれる。同様に、外国人に対しても、公立学校では授業料は徴収しない扱いが通常である。

経済的に困窮している家庭を対象に就学援助制度がある。これは市町村が保護者に対し、学用品費や給食費を助成するものである。

不登校と義務教育[編集]

現在、学齢期の児童生徒の長期欠席が増加している。義務教育という言葉の響きから、在学者の不登校を違法なものだと考える人もまだ多いが、上記のように就学義務は保護者などの義務であり、当事者の義務ではないとされている(当事者にとっては教育を受ける権利である)。こういった制度であるため、本人が自由意志で欠席を選択するのであれば、本人・保護者ともなんら罰則は課されない。 なお、学齢期で日本国籍のある本人が学校(小・中学校)に行きたいと希望しているにもかかわらず、保護者が通学しないようにした場合(家事を強制したり、軟禁したり)は、就学義務違反となる。督促を受けても履行しないと、10万円以下の罰金が科される

不登校生徒を対象にした学校外施設として、いわゆるフリースクールが増加している。こういった施設に対しても、学校と同様に出席した場合は出席日数に算入する取り扱いが増えている。

義務教育学校における非義務教育生徒[編集]

日本の小中学校は、在籍する生徒の大部分が義務教育生徒だが、義務教育でない生徒(任意教育・希望教育の生徒)も一部いる。そういった生徒に対しては、法律的な立場が異なっていることが意外と知られていない。学齢超過者は無論のこと、学齢期の非日本国籍生徒に対しても、懲戒処分としての退学・停学や、本人希望による退学などが自由にできる。教員志望者向けのテキストなどでは、義務教育対象の生徒の場合にしか通用しないことを、あたかも全生徒に当てはまるかのように、「小中学校では出席停止はできるが停学はできない」と断言している場合があるので注意を要する。

京都市では京都市立近衛中学校に在学していた韓国籍生徒(明言はないが学齢期と思われる)について、校長が「在日外国人には就学義務はないので除籍できる」と言い放ったり、提出された退学届を受け付けて退学させたり(転学先の世話をせず)したことが問題となり、裁判となった[16]。結果、33万円の賠償が命じられる判決が下った[17][18]。(なお記事で日本国籍がない生徒も義務教育であるかのような発言が紹介されているが、これは誤りである。学齢期の場合、当事者の希望による入学を、人道上・国際規約上の観点から受け付けているに過ぎない)。

法的には、義務教育学校における非義務教育生徒は、高校生と同じような立場である。つまりそれなりの事情があれば停学などの処分は可能ということである。

課題[編集]

インターナショナル・スクール(国際学校)やナショナル・スクール外国人学校民族学校など)をはじめとする各種学校無認可校に子女を通わせる保護者(日本人)は義務教育を履行していないと教育委員会から通告を受ける場合がある。しかし、これらの学校に通わせたいと思う保護者もいる。

日本は義務教育制度がほぼ完成している国家であるが、学齢超過の義務教育未修了者は170万人いるといわれる。こういった人は、主に第二次世界大戦直後の混乱により、学齢期に就学できなかった人である。これらの人の行ける小中学校としては、夜間中学校中学校通信教育が整備されているが、学校数が少ないこともあって非常に門戸が狭く、あまり効果を上げていない。また、小学校や、朝昼に授業を行う一般の中学校には入学を拒否される場合がほとんどである。

日本の義務教育期間はあくまで年齢主義であり、学齢を過ぎたらもはや義務教育の対象とはされない。そうしたことも一因で、学齢超過者が小中学校に入学することが困難となっている。そのため、上記のような戦争による未就学者や、近年増加している不登校者が小中学校への入学を希望しても、一度学齢を超過すると入学できない場合が多いことが問題となっている。

「義務教育」という用語が、強制的な印象を持たせるため、長期欠席生徒に対するプレッシャーになる場合があり、また法制度に疎い人の誤解を招く場合も多く、より適切な用語にすべきだとの意見がある[2]

年限延長問題[編集]

義務教育の年限延長は、明治時代から強く主張されており、社会の環境が整うにつれ徐々に延長されてきた経緯がある。当初修業年限が4年間だった尋常小学校は、1907年には6年制となり、その後制度上は国民学校の8年制化によって義務教育年限は8年間となったが、戦局の激化により実施はされず、戦後の学制改革によって義務教育は9年間となった。このように、当初は国家の経済力が弱かったこともあり、義務教育年限は短かったが、経済力の強化と、軍部による国民練成の要求により、延長がなされた形である。

現代では、高校進学率が非常に高く、また、幼稚園・保育園入園率も高いため、義務教育年限を延長し、それらの教育機関を義務教育対象機関にすることを求める意見がある。自民党は義務教育年齢を下方延長して幼稚園などを義務教育対象に組み入れることを主張していたが、逆に上方延長により高校などを義務教育諸学校とする意見も出ている。

しかし、受験との関わり、留年の扱いなど、費用以外にも様々な論点が噴出するため、簡単に導入することは不可能である。

誤用・誤解[編集]

日本の義務教育制度は一定年齢の就学義務という形であり、一定課程の修得を義務付けているわけではないため、義務教育という言葉は特定の教育課程のことを意味しない。にもかかわらず、義務教育という単語を「初等教育と前期中等教育の総称」として使用する例が見られる。例えば、一部の同人誌などの即売会の参加資格欄において、「代表者が義務教育を終了(修了)していること」という表現がみられるが、この真意は「学齢期を終了していること」ではなく、「中学校卒業していること」である場合が往々にしてある。通常は「義務教育を終了」といえば、中学校などの前期中等教育課程の修了のことではなく、学齢期の終了のことを意味するが、誤解を避けるためには使用を避けるべきである(日本国籍がない人の場合はそもそも義務教育の概念がないという問題もある)。

また、第二次世界大戦後の学制改革の直前までは、尋常小学校または国民学校初等科の卒業時期によって義務教育の終期が変動する制度だったので[19]、「義務教育の修了」の概念が存在したが、学制改革以降、現在までは、特定学校の卒業が義務教育の終期と結びつかず、終期は一定年齢のまま変動しない制度であるため、「義務教育の終了」の概念は存在するものの、修了の概念は存在しない。なお、行政においても「義務教育未修了者」などという表現が使用されることもあるが、これは前期のような課程主義を併用していた義務教育制度の時代を含めた言い方であるため、誤りではない。またこれは義務教育年限が9年未満の時期も考慮した言い方であるため、単純に「前期中等教育未修了者」などと言い換えると問題を生じる場合があり、簡単に表現するためにはある意味やむをえない用法である[20]。また、当時から存命であった世代の人々はすでに学齢も超えているので、「義務教育未終了者」と言い換えるのは明らかな誤りになる。

現代の制度において、「義務教育の修了」の語句を用いた場合、学齢期の終了のことを指すのか、中学校またはその同等課程の修了のことを指すのか、意味があいまいになる[21]

また、児童手当法の附則には、施行直後の暫定措置のための条文に、学齢期を過ぎた後も中学校や中学部に在籍していれば義務教育に含めるとする部分があるが、このように法律同士が語句の用法において齟齬をきたしている場合もある[22]。これらの事例は、日本において戦後長らく中卒と義務教育終了が同一時期である例が圧倒的多数であったため、用語の正しい使い方が発達してこなかったのも一因と考えられる。

なお、就学義務は子女の保護者などに課せられているため、就学者自身にとっては本来、教育を受ける権利となるはずである。しかし、国民学校的な教育体制の戦後における継続、日本教職員組合(日教組)や文部科学省(旧文部省)などの教育を施す側の権力志向、保護者(親)による就学者(子)への高学歴要求志向(芹沢俊介による定義では、教育家族化)などから、就学者自身に課せられた一方的な義務という意味で解釈されやすい。

ドイツ[編集]

ドイツ連邦共和国では、子供には「教育を受ける権利」と「就学する義務」の両方が定められている[23]。また、児童・生徒及び保護者に既成の学校教育を拒否する権利は認められておらず、不登校が発覚した場合は、本人は登校を強制され、保護者も処罰される。これはヒトラー政権当時の1938年に制定された、現在も有効な条文で[24]、いわば徴兵制と同様の強制力を持つものとなっている。第二次世界大戦敗戦後、「日本は皇室制度を維持し、ドイツは教育制度を維持した」と言われており[25]、ドイツの教育制度は日本の学制改革のような大きな改革がなかったのが一因である。ただし不登校でホームスクーリングをしている例は500家庭あるとされる[26]

参考文献[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 米国での初等・中等教育の垂直的編制における一般教育と職業教育との関連問題 31ページ 2010年8月1日閲覧。
  2. ^ a b 桑原敏明・真野宮雄『教育権と教育制度』、第一法規出版
  3. ^ ノーマライゼーションを実現する障害者のための特別学校”. Scandinavian Tourist Board. 2009年2月21日閲覧。
  4. ^ http://www.unesco.org/education/wef/countryreports/maldives/rapport_2.html
  5. ^ 混同している例:『「教育」の常識・非常識―公教育と私教育を巡って(早稲田教育叢書)』 安彦忠彦 112ページ - 『現代教育制度論』 熊谷一乗 80ページ - 両書ともアマゾンのなか見検索で閲覧可能。
  6. ^ 日本国憲法第26条第2項前段
  7. ^ 日本国憲法第26条第1項
  8. ^ 学校教育法 第16条、第17条
  9. ^ 学校教育法 第144条
  10. ^ 学校教育法施行令
    第20条 小学校、中学校、中等教育学校及び特別支援学校の校長は、当該学校に在学する学齢児童又は学齢生徒が、休業日を除き引き続き7日間出席せず、その他その出席状況が良好でない場合において、その出席させないことについて保護者に正当な事由がないと認められるときは、速やかに、その旨を当該学齢児童又は学齢生徒の住所の存する市町村の教育委員会に通知しなければならない。

    (教育委員会の行う出席の督促等)
    第21条 市町村の教育委員会は、前条の通知を受けたときその他当該市町村に住所を有する学齢児童又は学齢生徒の保護者が法第17条第1項又は第2項に規定する義務を怠つていると認められるときは、その保護者に対して、当該学齢児童又は学齢生徒の出席を督促しなければならない。
  11. ^ 学校教育法 第18条
  12. ^ 4年制の尋常小学校の場合、第3学年修了で義務教育終了とみなされたかどうかは不明である。
  13. ^ 茶谷[2013:44]
  14. ^ 沖縄夜間中学にも不況の波:珊瑚舎スコーレの動画においては、アナウンサーが自主夜間中学に対してこれは義務教育であるとしている。
  15. ^ なお、学齢期を超過した者であっても、各教育委員会の判断において、新たに入学・編入学を許可することは禁止されていない。
  16. ^ 京都市内の公立中学校・不登校の在日4世を退学に 母子で国賠訴訟(民団新聞)
  17. ^ 在日外国人の義務教育・中学校退学事件、国家賠償請求 JANJAN
  18. ^ 勝訴!在日コリアン4世中学生不就学裁判【大橋】
    「原告Aは、2度目の退学届の受理に際して、HN校長から、退学と転学の違い及び退学によって原告Aが被る不利益について説明を受けなかった結果、指導要録の引継ぎや卒業認定の問題等、退学によって被る不利益について十分に検討することができず、原告母による退学届の提出に対して主体的に関与することができなかったことにより精神的苦痛を被ったと認められる。」(中略)「以上の諸規定、通達等及び原告Aが現に近衛中学校に在籍していたことなどからすると、憲法26条の規定する教育を受ける権利が外国人に及ぶかどうかという問題は措くとしても、原告Aは、引き続き近衛中学校に在籍し続け、あるいは、転学に当たっては指導要録等の引継ぎを受けるなどして、卒業の際には卒業認定を受けるべき法的利益を有していたと認めるのが相当である。」
  19. ^ 歴史の節で前述のように、原文においては完全な年齢主義だが、移行措置と戦時特例により課程主義が残った。
  20. ^ より正確に表現するには、「尋常小学校、国民学校初等科の非卒業者」などと学校を個別に挙げることになる。
  21. ^ 戦前の制度において「義務教育の修了」の語句を用いた場合は、学齢期間中に尋常小学校を卒業したことを意味し、「義務教育の終了」の語句を用いた場合は、前記のことの他、尋常小学校を卒業しないうちに学齢を超過したことも意味する。なお学齢超過後に尋常小学校を卒業した場合に「義務教育の修了」と言えるかについては本来微妙である。
  22. ^ 児童手当法 - 「義務教育終了前の児童(十五歳に達した日の属する学年の末日以前の児童をいい、同日以後引き続いて中学校又は盲学校、聾学校若しくは養護学校の中学部に在学する児童を含む。以下同じ。)」
  23. ^ 中央教育審議会義務教育特別部会 (2005年2月28日). “各国の義務教育制度の概要”. 我が国の義務教育制度について. 文部科学省. 2009年8月27日閲覧。
  24. ^ 編集部「国外脱出を迫られる「ホームスクーリング」の家族」、『週刊金曜日』第699号、金曜日、2008年4月。
  25. ^ 複線型教育の必要性 中村豊久 2010年8月1日閲覧。
  26. ^ ドイツマスコミスキャン~学校忌避に禁固3か月 JanJan 竹森健夫 2010年8月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]