独学
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独学(どくがく、Autodidacticism)とは、師についてまなぶのではなく、自分で目標をたてて習熟する勉強法をいう。Self-taughtとも。特定の個人に直接ついてまなぶことなく、学問研究をすすめることをさす。
後進地域にうまれてしまった場合などやむをえず独学を選択するケースや、みずからすすんで師にたよらずにまなぶケースなどがある。自分でまなぶ対象を自由にえらべるメリットはあるが、アドバイスを他人からうけない制約のなさから自滅しないよう注意が必要である。
数週間など短期的に師事した場合は独学とみなされるケースと師事とみなされるケース、どちらも存在する。いずれにせよ、『論語』に「思いて学ばざればすなわち危うし」とあるように、アドバイスをあまり受けない独学では、自己満足や独善、あるいはあやまったみちにすすまないよう、同好の士との情報交換が重要である。
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[編集] 日本における独学の歴史
近代的な学校制度が導入される明治時代までの日本では、農民や商人が学問にめざめた場合、書物をよみ、独学のかたわら同好の士と文通し、師をもとめるという学校によらない学習手段が一般的だった[1]。国文学の賀茂真淵と本居宣長は生涯において直接対面したのは松坂の一夜かぎりだったが、以後、手紙のやりとりで師弟として学問の継承、発展に寄与した。
人類学者の鳥居龍蔵と植物学者の牧野富太郎もそういう方法によって研究者になった。彼らは裕福な家庭にうまれたため、学校で立身出世する必要性がかんじなかったこともおおきい。彼らはついには東京帝国大学を研究の場にすることができたが、すでに大学は学歴が幅をきかせる時代となっていて、学歴をもたない彼らは差別的なあつかいにくるしむこととなった[1]。
明治時代、東京専門学校(現早稲田大学)が『早稲田講義録』を発行し、まずしくて高等教育をうけられないひとびとにおおいに活用された。第二次世界大戦まえは中学講義録や英語講義録、電気講義録、囲碁講義録などさまざまな講義録が発行され、中等・高等教育の大衆化におおいに寄与した[2]。
[編集] 著名な独学者
- ソクラテス - 哲学者
- イブン=スィーナー - 医学者
- ゴットフリート・ライプニッツ - 哲学者、数学者
- ベンジャミン・フランクリン - 政治家、物理学者
- マイケル・ファラデー - 化学者、物理学者
- エイブラハム・リンカーン - 第16代アメリカ合衆国大統領
- アルフレッド・ラッセル・ウォレス - 博物学者
- オリヴァー・ヘヴィサイド - 物理学者
- トーマス・エジソン - 発明家
- ジョージ・バーナード・ショー - 劇作家
- シュリニヴァーサ・ラマヌジャン - 数学者
- マルコムX - 黒人指導者
[編集] 脚注
- ^ a b 天野郁夫 『学歴の社会史…教育と日本の近代』 平凡社〈平凡社ライブラリー〉(原著2005-01-06)、初版、pp. 84-88。ISBN 4582765262。2009-01-23閲覧。
- ^ 串間努 (2005-06-02). "第14回「懐かしき「講義録」の世界」の巻". まぼろし通販百科. まぼろしチャンネル. 2009-01-23 閲覧。

