百日咳

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百日咳(ひゃくにちぜき、: whooping cough, Pertussis)は、主にグラム陰性桿菌百日咳菌(Bordetella pertussis)による呼吸器感染症の一種。特有の痙攣性の咳発作を特徴とする急性気道感染症である。世界的に存在している感染症で予防接種を受けていない人々の間で、地域的な流行が3 - 5年毎に起きる。一年を通じて発生が見られるが、春が多い[1]WHOの発表では、世界の患者数は年間2,000 - 4,000 万人で、死亡率は1 - 2%、死亡数は約20 - 40万人とされている。約90%は発展途上国の小児[2]。ワクチン接種による免疫の持続期間は約4 - 12年間[3]

世界的に成人の感染者数が増加しているが、これはワクチン接種により百日咳の患者数が減少したことで、自然罹患による追加免疫を得られない世代が増えた為である。つまり、ワクチンによる免疫獲得者の成人層での百日咳に対する免疫が持続期間を経過し減衰し、現在の流行を招いていると考えられる[4]。小児期のワクチン接種による獲得免疫の減衰した成人感染者の増加は、水痘・帯状疱疹ウイルス麻疹ウイルスなどの感染症でも報告されている。

百日咳菌

流行[編集]

  • 1999 - 2002年のアメリカ合衆国イリノイ州ジョージア州マサチューセッツ州ミネソタ州)で百日咳を発症した生後12か月未満の乳児616人の調査では、感染源不明57%、母親14%、兄弟姉妹8%、父親6%、祖父母4%、その他が11%[5]
  • 日本での、年間罹患数の推計値は2000年28,000人、2001年15,000人[2]
  • 2006年から2007年[6]は「高知大学医学部」、「香川大学」[3]、「青森県の消防署」、「愛媛県宇和島市」、「長野県北部」[7]などで散発的な流行が発生。長野県須坂市を中心とした地域での流行では、55カ所の小児科定点施設からの報告数が、2006年には24例、2007年には72例の報告で、感染者の過半数が20歳以上の成人であり[8]大人が感染源となり小児への感染を広めているおそれがある[7]
    各流行事例では遺伝的に異なる菌株により蔓延しており[9]、菌の性質変化ではなく市中に潜在する原因菌が各々の地域で流行したと考えられる[10]
  • 2008年は百日咳の流行が拡大中。第15週(4月7日 - 13日)の定点当たり報告数は0.04人と、過去10年の同時期と比べても高水準。特に成人の感染者が増えており、香川大医学部では2007年の75名の集団感染事例の経験から、抗菌薬の予防投与を行うなどの対策を進めている。
  • 2012年は千葉県の成田市、佐倉市、富里市ででの流行も報告された。

百日咳発生データベース[編集]

日本では、全国3,000カ所の指定医療機関の小児科のみから報告される「定点把握システム」の為、成人の百日咳患者はほとんど把握されていなかったことから、国立感染症研究所は08年5月に百日咳発生データベース[11]を立ち上げ、指定医療機関以外からの自主報告を受付た結果、08年度は6,500人を越える感染者が報告され、患者の約60%が成人であった。

臨床所見[編集]

菌の排出が多く周囲を感染させやすい時期は、カタル期の感染後7日から3週間の時点までであるが、カタル期に百日咳を診断することは難しく感染拡大しやすい。通常は感染から3週目以降は感染性がなくなる[12]。 感染者の6割程度は5歳未満で2歳未満の子供の場合は重症化しやすく、6ヶ月未満の小児の死亡率が高い。母親からの経胎盤移行抗体は起きないと考えられている。[2] 感染や複数回のワクチン接種で免疫を得られるが、生涯有効な免疫にならない場合もある。2回目に感染した場合は、発症しても通常は軽度で百日咳と気が付かない場合もある。成人では咳が長期間継続し典型的な発作性の咳嗽を示さず回復するが、軽症のため診断が見逃され易く菌の供給源となり乳幼児への感染源となっている。

原因[編集]

グラム陰性桿菌の百日咳菌(Bordetella pertussis)或いは、パラ百日咳菌(B. parapertussis)による飛沫感染1906年ジュール・ボルデオクターヴ・ジャング(Octave Gengou)と共に発見し、ボルデにちなみ学名が付けられた。Bordet-Gengou bacillus; bacillus of Bordet and Gengouとも呼ばれる。

症状(小児の場合)[編集]

この病気は回復までに約3ヶ月を要し、初期は軽い風邪症候群のような症状のカタル期(約2週間持続)、中期は重い咳の発作が起こる痙咳期(約2 - 3週間持続)、回復期(約2 - 3週間以上持続)の3段階[13]

咳発作は夜間が起こりやすく、24時間で平均15回程度。発作時には嘔吐チアノーゼ無呼吸、顔面紅潮・眼瞼浮腫(百日咳顔貌)、結膜充血の症状が見られ、尿失禁、肋骨骨折、失神も見られる。発作による体力消耗は激しく、不眠や脱水、栄養不良等が著しい場合は入院治療が必要。

咳が続き、咳き込み方が激しくなっていく。咳のために嘔吐したり、連続的な咳のあとに急に息を吸い込むため音が鳴るなどする事もある。中耳炎を併発することも多い。

  • 潜伏期間は1 - 2週。
  • 生後6ヶ月前の乳児がかかると、咳によって呼吸困難となり、肺炎や脳症を起こすことがある。

類似症状を示す別な感染症としては、アデノウイルスマイコプラズマクラミジアなどの感染症でも同様の発作性の咳を示すため、鑑別診断が必要である。

症状(成人の場合)[編集]

咳症状の回復までに約3ヶ月を要する。初期は軽い風邪症候群のような症状のカタル期(約2週間持続)、中期は重い咳の発作が起こる痙咳期(約2 - 3週間持続)(成人においては咳を伴わないケースもある)、回復期(約2 - 3週間以上持続)の3段階。

微熱が続き、激しい咳が数週間続く場合と、咳を伴わない場合もあるため、不明熱として扱われるケースがある。

その後は、回復期を過ぎても治療が完結しない限り1年以上の長期に渡り咽喉痛や倦怠感、頭のふらつき、微熱等の慢性症状が持続する事がある。その過程で百日咳毒素による皮膚症状を伴う事もあるが、アトピーと誤診されやすい。

慢性症状となった場合、精神的なものとして処理されやすく、しばし臨床現場において問題とされる。

社会問題化している、慢性疲労症候群患者の一部は百日咳菌の可能性もある。

成人の場合、咳を伴わないなど定型的な症状が出るとは限らないため注意深く症状を注視する必要がある。

尿道炎膀胱炎を併発する事も多い。

目に菌が入り込んだ場合、強膜炎を伴う事もある。

  • 発熱は初期に38-9℃程度まで上がる事もあるが、一般的には比較的軽いか、全く見られない事も多い。
  • 高齢者においても咳を伴い、肺に水が溜まる場合や全身症状に移行する場合には生命に関わる。

病原診断[編集]

確定診断には、鼻咽頭からの原因菌の分離同定が必要であるが、実際には菌の分離同定は困難なことも多い。4週間以内では培養と核酸増幅法を、4週間以降は確定血清診断で百日咳菌凝集素価の測定を行う。培養には、ボルデ・ジャング(Bordet-Gengou)培地やCSMなどの培地を用いる。菌はカタル期後半に検出されるが、痙咳期に入ると検出されにくくなる。

鼻腔・咽頭材料からの直接検出…B. pertussis I相菌に対する特異抗体を用いたキットが市販されている。凝集反応を行うものと蛍光抗体法で検出するものとがある。 B. pertussis I相菌に対する特異抗体を用いた蛍光抗体法を患者鼻腔・咽頭材料を試料として行うことができる。蛍光顕微鏡下で鼻腔・咽頭材料に蛍光を発する桿菌が多数観察されれば、これらがB. pertussis である可能性は高い。元来、蛍光抗体法は技術の習熟が必要であり、これを行う場合は陽性・陰性コントロールを設定し、慎重に行われたい。従って、これが陽性でも培養は必ず行うこと。勿論,陰性でも百日咳の否定はできない。

最近では、ELISA法による抗PT抗体、抗FHA抗体の測定のほかに、菌のDNA解析、核酸増幅法(PCR法、LAMP法)などによる病原体遺伝子の検出も行われる。LAMP法は簡便で感度が高く、特異性にも優れている。

血清ELISA法では基本的にペア血清で抗体価2倍以上の上昇で診断する。やむを得ず単血清で診断する場合は抗PT抗体IgG-ELISAでは、94または100 EU/mLをカットオフとする。

百日咳菌抗体(細菌凝集法)検査は、ワクチン株である東浜株と比較的最近の流行株である山口株の2種類の抗体を測定する。感染初期と2週間以上経た時期のペア血清測定を行い、4倍以上の上昇で診断する。シングル血清(1回の検査)で診断する場合は、ワクチン未接種者や10歳以上では東浜株、山口株のいずれかが40倍以上、10歳未満ではいずれか320倍以上が目安とされている。ワクチン接種者では抗体価が長期間持続することがあり、いずれか1280倍以上で最近の感染を強く疑うという報告もある。

血液所見では目立ったCRPの上昇は見られず、白血球が感染初期の上昇が見られる事が多い。ただしカタル期を過ぎると血液所見は全くの正常となってしまうため見過ごされることがある。

百日咳診断基準(案)2008では、臨床診断は「14日以上の咳」と、「発作性の咳込み」「吸気性笛声」「咳込み後の嘔吐」何れかの特徴的な症状を有する場合。

鑑別診断[編集]

マイコプラズマ肺炎と症状が似ているが、マイコプラズマ肺炎ではCRP(-)、赤沈亢進が見られ、白血球数は正常である[14]

治療[編集]

咳の発作を誘発させない注意が必要で、室温20℃以上(低温は咳を誘発する)とし加湿器により室内の湿度を上げ、水分を十分与え、粘性の高い痰を出しやすくする[13]。タバコ、煙を避ける。

そのままにしていると、いつまでも倦怠感や微熱、鼻炎、咽喉痛(人によってさまざま)といった症状に悩まされ続ける事になる。気付かないまま他人や幼児に移してしまうことがあるので、必ず治療実施後、数ヶ月を置いてから抗体検査により抗体価が陰性を示している事を確認する必要がある。

日本で流行している百日咳は大半が抗菌薬に対する耐性を獲得しているとみられる。かつての第一選択薬であった、マクロライド系抗生物質での除菌はほぼ不可能な事態となっている。ニューキノロン系抗生物質、一部のセフェム系抗生物質テトラサイクリン系抗生物質等の医療現場で常用される抗菌薬でも同様の耐性を獲得しているケースが増加傾向にある。

耐性菌の市中蔓延を防ぐ観点からも急性期において、必ず、百日咳菌をターゲットとした専用培地で培養、薬剤感受性試験を実施の後、感受性のある抗菌薬で集中的に治療を行う必要がある。

ごくまれである耐性を持たない百日咳菌に対しては、主にマクロライド系抗生物質の抗菌薬が第一選択薬となり、2週間の連続投与を行なう[13]

途中で抗菌薬の服用を中止すると耐性菌となってぶり返すので、症状が消えても必ず2週間以上は服用する必要がある。

ちなみに、1996年にクラリスロマイシン7日間と、アジスロマイシン3日間での効果を見たとの文献があるが、これはあくまで小児のデータであり、成人に対しての治療では明確に不十分である。

アメリカの治療指針では、クラリスロマイシンの耐性例では、ST合剤という薬が使用されているが、日本では百日咳菌に対する感受性が、実際にどの程度のものであるのか、信頼の置けるデータは存在せず耐性菌に対する治療が問題となっている。

近年、複数の抗菌薬が無効な多剤耐性と見られる百日咳患者が日本の臨床現場でも増加しており、投薬前には百日咳をターゲットとした専用培地と特殊な希釈方法により培養検査を行い薬剤感受性試験の実施が望まれる。(ただし、培養の成功率は低いため同時に検査技術の向上も望まれる。)

痙咳に対しては鎮咳去痰剤や痰の吸引、時に気管支拡張剤、酸素吸入[13]。十分な栄養と水分補給。

重症例ではガンマグロブリン大量投与[13]

せき止め薬は使用しない。

予防[編集]

小児期に三種混合ワクチン(DTaPワクチン)による予防接種が行われている。日本での乳幼児期の三種混合ワクチン(DTaP)の接種は、通常計4回。1994年10月からはDTaPワクチンの接種開始年齢が、2歳から3カ月に引き下げられた。結果、接種率上昇とともに小児における患者数は著明に減少した[15]

ただし、成人に対する対策は遅れているのが現状である。

1981年から日本では、副反応が少ない精製された「無菌体の百日咳ワクチン(aP : acellular pertussis)」DTaPが使用されているが、海外では、副作用が強い「全菌体の百日咳ワクチン(wP : whole-cell pertussis)」DTwP が使われている国もある[16]

パラ百日咳菌(Bordetella parapertussis)に対してはDTPは無効。

医療現場でのマスク着用は感染伝播防止に有効と考えられる[17]

年齢、予防接種歴に関わらず、家族や濃厚接触者にはエリスロマイシン、クラリスロマイシンなどを10~14日間予防投与する[18]

百日咳菌の特性[編集]

線維状血球凝集素(FHA)、パータクチン(69KD 外膜蛋白)、凝集素(アグルチノーゲン2.3)などの定着因子と百日咳毒素(PT)、気管上皮細胞毒素、アデニル酸シクラーゼ、易熱性皮膚壊死毒素などの物質が病原性に関与している。このうち、百日咳毒素はGタンパク質αサブユニットのうちGiをADPリボシル化することで、細胞毒性を発揮する。

菌の大きさは0.2~0.5×0.5~1.0μmのグラム陰性短桿菌で、偏性好気性で鞭毛はなく非運動性である。

関連法規[編集]

問題点[編集]

2006年以降の小児科定点(全国3,000カ所の指定医療機関)から報告される小児以外の症例は、ほんの一部と考えられる。既に成人層の感染者が小児を上回っている中で、小児以外の症例を確実に把握するには、現行の発生動向調査体制では十分ではない[19]。集団感染の早期探知や感染拡大の防止に対し、有効な施策が必要である。

脚注[編集]

  1. ^ 週別報告定点医療機関あたり百日咳患者数(横浜市、1995-99年)横浜市
  2. ^ a b c 感染症の話 百日咳 2003年第36週号 国立感染症研究所
  3. ^ a b 香川大学における百日咳集団感染事例国立感染症研究所
  4. ^ 週報 2008年第20週(4月報含む) 国立感染症研究所
  5. ^ Bisgard KM, Pascual FB, Ehresmann KR, et al. Infant pertussis: who was the source? Pediatr Infect Dis J 2004;23:985-989.
  6. ^ 定点当たりの百日咳患者報告数および患者年齢割合の推移MyMed(マイメド)
  7. ^ a b 長野県における百日咳の流行 IARS Vol. 29 p. 74-75: 2008年3月号 国立感染症研究所
  8. ^ 2007年1年間の百日咳症例の年齢分布
  9. ^ 2007流行株の MLST タイプ
  10. ^ 百日咳流行株の分子疫学、2007年
  11. ^ 百日咳発生データベース 国立感染症研究所
  12. ^ 百日ぜきメルクマニュアル家庭版
  13. ^ a b c d e 多屋馨子「百日咳」『Credentials』、2009年、2巻、7号、pp48-51。
  14. ^ 病気がみえるVol.6 メディックメディア社発行 ISBN 978-4-89632-309-2
  15. ^ 園部友良先生インタビュー - 一般財団法人 阪大微生物病研究会
  16. ^ 国による百日咳ワクチンの種類と接種時期の違いMyMed(マイメド)
  17. ^ 高知大学医学部および附属病院における百日咳集団発生事例国立感染症研究所
  18. ^ 「感染症の話 百日咳」IDWR(感染症発生動向調査 週報)2003年第36週号(2003年9月1~7日) 国立感染症研究所感染症情報センター
  19. ^ 成人持続咳嗽(2週間以上)患者におけるLAMP法による百日咳菌抗原遺伝子陽性率と臨床像国立感染症研究所

関連項目[編集]

外部リンク[編集]