ハラール

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ハラールに従った肉屋(フランス、パリ)

ハラールアラビア語: حلال‎ Halāl)は、イスラム法で許された項目をいう。主にイスラム法上で食べられる物のことを表す。

日本語に訳すと「合法的」という意味となる。なお、日本では「ハラル」と書くことも多い[1]

反対に、口にすることを禁止されている物をハラームアラビア語: حرام‎ harām)と言い、この語は「禁じられた」という意味でハーレムと同じ語源である。

イスラム法の下では豚肉を食べることは禁じられているが、その他の食品でも加工や調理に関して一定の作法が要求される。この作法が遵守された食品がハラールとされる。

なお、ハラールとハラムの中間に疑わしいものシュブハ (Shubha) という概念がある。シュブハな食品はできるだけ食べることを避けることとされている。

概要[編集]

豚だけでなく、犬や虎などの獲物を捕獲するための牙や爪がある動物、啄木鳥、ロバ、ラバを食べることが禁止されているが、それ以外の肉であっても殺し方が正規の手順に従ったものでなければ食べられない。このため、ムスリムは単純に材料表示だけを見て判断することが出来ないためハラールの表示が必要となる。

ただし、世界的に統一された基準はなく、各国の認証機関によって制度が異なっているため、ある国では禁止されている食品や規定が、他の国では問題とならないこともある[1]。信仰とは神と個人との契約であり、ハラルの基準を問題視する事は、他人の信仰に口を挟むことと同義となるため、ムスリムが自分の考えとは異なる基準のハラルを問題視することは難しい[2]。このため、ムスリムによっては、自分が信頼するハラルマーク以外のマークには近づかないとする人もいる[3]

クルアーンの第二章173を根拠に、緊急時にはハラールではない食品を食べることも容認されている。スマトラ島沖地震インドネシアのイスラム教徒に対して外国からの援助物資に豚肉などが入っていたとしても食べて良いとするファトワーが出され公式に食べて良いとされたことがある。しかし一方で逆の事例として、中国四川省で発生した四川大地震により被災した中国在住のイスラム教徒は、非常事態であったにもかかわらず、ハラムの救援物資の利用を拒否する者が多かった。非イスラム教徒が多数派を占める地域においては、ハラールを守ることは殊の外重要視される場合もある。

ムスリムの人口が乏しい国家や地域では、イスラム諸国からの旅行者や留学生などのために、シールなどによって食品がハラールであることが示されていることが多い。これとは対照的に、ムスリムとその他の宗教の信徒の人口が拮抗している国家や地域では、原則として無表示の食品をハラールとしつつ、ムスリム以外を顧客として想定したハラームの食品に限って表示がなされていることがある。

サウジアラビアなどイスラム原理主義の強い国では法律でハラールでない食品の販売や輸入流通が禁止されている国もある。そのような国でハラールでない食品を販売した場合には犯罪とされ、ハラールでない食品をハラールであると偽装することも犯罪とされている。

イスラム諸国会議において、ハラールの世界標準規格が議論されているが、宗派の違いや加盟国間の文化、経済情勢、政治的利害関係などが原因で標準化には時間がかかると言われている。

ハラールの規則もムスリムによっては厳格に守っているわけではなくビッスミッラー(アッラーの御名において)と唱えればどんな肉でも食べてよいとする世俗派もいる。トルコなど世俗化が進んだ地域では、飲酒や豚肉食も平気でおこなうムスリムもいる。

広義の意味では食べ物に限定されず、イスラム法において合法であることを示す記号としても用いられている。たとえば、衣服、玩具、家電製品などにもハラールは適用される。衣服の場合は、女性の体の露出を禁止している規定に違反していないデザインであることを証明するマークとして付けられたりする。ブルキニという水着はハラールとされている。ゲームなどにおいても、イスラム教で禁止されている賭博に該当しないことを証明する印として用いられることがある。このような審査や判断はウラマーが行うことが一般的であり、特定の製品をハラールであると認めるファトワーが出されることもある。

食肉に関する規則[編集]

中国の回族の店。ハラール(清真)に従った食品を出すと書かれている。看板の左上にはモスクの絵がある。

牛肉など食肉に関しては以下の規則を守らなければならない。

その家畜が食べた餌にハラールに違反するものが入っていてはならない。
屠畜
必ずムスリムが殺したもので無ければならず、鋭利なナイフで「アッラーの御名によって。アッラーは最も偉大なり」と唱えながら喉のあたりを横に切断しなければならない。また電気ショックによる処理は好ましくないとされており、子羊やヤギ、子牛などの種類によって、電気ショックの電流・電圧、通過時間が細かく規定されている。絞殺や撲殺は禁忌である。なんらかの事故や病気で死亡した家畜の死体を食肉とすることも禁忌である。ただし搬送などの手伝いは異教徒が行っても良い。
解体処理
牛の頭をキブラの方向に向けて完全に血液が抜けて死んでから行う。血を食することは禁忌であるため完全に血を抜かなければならない。
輸送保管
保管場所や輸送する乗り物に豚が一緒になってはいけない。
冷蔵庫からトラックまで全て別にする必要がある。

野菜や穀物であっても肥料に豚の糞などが使用された物は禁忌であると解釈される事がある。(特にシャリーアに規定があるわけではない)

医薬品問題[編集]

豚を禁忌とするのは肉だけでなく、豚に由来する酵素や蛋白質にまで及ぶこともある。これは医薬品や化粧品などにも適用範囲が及ぶこともあり、実際にサウジアラビア、イラン、インドネシアなどでは法律で禁止されている。

現代の製薬業界において細菌の培養に必要な培地の生産に、豚由来の分解酵素が使用されていることは珍しくない。このため、非常に広範囲の医薬品がハラームである可能性があり、豚由来の分解酵素が使用されているかどうかは非常にわかりにくいためムスリムの間では難しい問題になっている。2009年にはインドネシアで聖地メッカを巡礼するために必要なワクチンの接種においてワクチンの製造に豚の酵素を使用していたことが問題となった[4]

2000年にインドネシア味の素で発酵菌の栄養源を作る過程で触媒として豚の酵素を使用していたために日本人技術者1人を含む東ジャワ州モジョクルトの味の素工場幹部4人が、消費者を保護する法に違反した容疑で逮捕される事件が起きている。ハラールの基本的な考え方では、豚と一緒に保管されたり触れたりした食品も禁忌とされるため、製品に全く残留していなかったとしてもイスラム思想的には禁忌とせざるを得ない事情がある。このため、インドネシア当局から触媒であっても認めないとする厳しい判断が下された。味の素は触媒を変更することで再度、販売の許可を得た。

根拠[編集]

根拠となるクルアーンの記述には以下の物がある

第二章173
かれがあなたがたに、食べることを禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外の名で供えられたものである。だが故意に違反せず、また法を越えず必要に迫られた場合は罪にはならない。アッラーは寛容にして慈悲深い方であられる。
第五章3
あなたがたに禁じられたものは、死肉、血、豚肉、アッラー以外の名を唱え殺されたもの、絞め殺されたもの、打ち殺されたもの、墜死したもの、角で突き殺されたもの、野獣が食い残したもの、ただしあなたがたがその止めを刺したものは別である。また石壇に犠牲とされたもの、籤で分配されたものである。これらは忌まわしいものである。今日、不信心な者たちはあなたがたの教えを打破することを断念した。だからかれらを畏れないでわれを畏れなさい。今日われはあなたがたのために、あなたがたの宗教を完成し、またあなたがたに対するわれの恩恵を全うし、あなたがたのための教えとして、イスラームを選んだのである。しかし罪を犯す意図なく、飢えに迫られた者には、本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
第五章90
あなたがた信仰する者よ、誠に酒と賭矢、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。恐らくあなたがたは成功するであろう。
第五章91
悪魔の望むところは、酒と賭矢によってあなたがたの間に、敵意と憎悪を起こさせ、あなたがたがアッラーを念じ礼拝を捧げるのを妨げようとすることである。それでもあなたがたは慎しまないのか。
第五章96
海で漁撈し、また獲物を食べることは、あなたがたにも旅人にも許されている。だが陸上の狩猟は、巡礼着の間は禁じられる。アッラーを畏れなさい。あなたがたはかれの御許に集められるのである。
第六章121
またアッラーの御名が唱えられなかったものを食べてはならない。それは実に不義な行いである。しかし悪魔は、自分の友を唆し、あなたがたと議論させようとする。あなたがたがもしかれらに従うならば、あなたがたは正に多神教徒である。

イスラム圏外でのハラール[編集]

日本では、国内に在住するムスリム向けの食材店が中心だったが、近年ではハラールフードを売り物にするレストランも登場している。

イスラム教圏からの観光客が日本を旅行するにあたり、日本ではハラールに則った料理を出すことができる宿泊施設が非常に少ないことが懸念されている。そのため、豚肉の調理をしていない調理場を新たに設ける、アルコール消毒の必要がない紙皿でハラールフードを提供するなど工夫するホテルが登場している[5]

また、近年増えているイスラム教圏からの留学生への対応として、東北大学九州大学山梨大学国際大学などでは学生食堂のメニューにハラールフードを追加する大学も現れている。全国大学生協連合会によると、2014年時点で、少なくとも日本の19の大学で、ハラール食が提供されているという[6]

日本の調査捕鯨船「日新丸」が、船内で行うクジラ肉の加工処理について、ハラールの認証を取得した。日新丸を所有する共同船舶によると、同船が広島県尾道市に係留中(2013年11月13日)、認証機関が船内で加工処理の過程を確認。手の消毒で使っていたアルコールがイスラム法上認められないと指摘を受け、次亜塩素酸ナトリウムに変更し、2013年11月24日に認証された。クジラ肉の国内消費のすそ野を、イスラム教徒にも広げる狙いがあるという[7]

中国では元来ムスリムの間で食べられていた清真料理が、安全性やヘルシーさなどから非イスラム教徒にも注目されている。

ハラル認証をただ取得するだけでなく、日本の実情に合わせたハラル認証制度を作るという動きも出てきている[1]。また国内のみでなく、イスラム諸国への輸出のためにハラル認証を所得するケースも増えている。ただし、このローカルハラル認証の中には、ブームに当て込んだいい加減なものもあり、ハラルをうたいながらハラムを提供する可能性もある。このため、日本独自のローカルハラルは、イスラム教という宗教そのものの侮辱にも繋がりかねず、日本とイスラム圏の国際的なトラブルの要因になる危険性も指摘されている[2]。日本政府は、ハラル認証の実態調査に乗り出す方針を示している[8]

日本では、日本ムスリム協会や日本ハラール協会などといった団体が、マレーシアシンガポールの政府のハラル認証機関から、の承認を受けている[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 鈴木雅光 (2014年6月5日). “日本基準の「ローカルハラル認証」を作ろう”. 東洋経済オンライン. http://toyokeizai.net/articles/-/39207 2014年6月15日閲覧。 
  2. ^ a b 筑紫祐二 (2014年7月12日). “そのハラル、大丈夫?マーク発行団体が乱立”. 東洋経済. http://toyokeizai.net/articles/-/42051 2014年8月3日閲覧。 
  3. ^ a b 筑紫祐二 (2014年7月22日). “偽物ハラルが蔓延する「観光立国」の瀬戸際”. 東洋経済. http://toyokeizai.net/articles/-/43178 2014年8月3日閲覧。 
  4. ^ インドネシア語新聞翻訳髄膜炎ワクチン、豚の酵素を含有
  5. ^ 日経スペシャル ガイアの夜明け 日本人の知らないニッポンの魅力~新戦略で外国人観光客を呼び込め!~」2012年11月27日放送分より。
  6. ^ “イスラム学生も安心、学食でも「ハラール」食”. 読売新聞. (2014年5月29日). http://www.yomiuri.co.jp/national/20140529-OYT1T50108.html 2014年6月1日閲覧。 
  7. ^ 読売新聞2014年1月22日配信より
  8. ^ “食品などのハラル認証 政府、イスラム開拓へ実態調査”. 日本経済新聞. (2014年8月5日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDE04H03_U4A800C1PP8000/ 2014年8月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]