神智学協会
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神智学協会(しんちがくきょうかい)とは、ロシア帝国生まれのブラヴァツキー夫人が中心となって興した神秘思想結社。次の三つの目的を掲げている。
- 人種、信条、性別、階級、皮膚の色の違いにとらわれることなく、人類の普遍的な同胞団の核となること。
- 比較宗教、比較哲学、比較科学の研究を促進すること。
- 宇宙の未解明の法則と人間に潜在する能力を調査すること。
理念は、「真理に勝る宗教はなし」。世界各地に支部を持つなど、結成当時から多くの人々に影響を与えた。
また、チベットに住まうというクートフーミ導師(マハトマ)らから霊的な指導を受けていると称し、定期的に「導師からの手紙」が「発見」されていた。また、導師に出会ったと主張する会員もいた。
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[編集] 概略
1875年、ブラヴァツキー夫人、ヘンリー・スティール・オルコット(1832年 - 1907年)、ウイリアム・ジャッジが中心となってニューヨークで神智学協会が設立された。初代会長は、オルコットが努めた。
1891年のブラヴァツキー夫人の死をきっかけに協会は「アメリカ派」(ポイント=ローマ派)「イギリス・インド派」(アディヤール派)に分裂し、「アメリカ派」のジャッジが独立。
1902年、会員の一人ルドルフ・シュタイナーが神智学協会のドイツ支部長に就任。
1907年には、初代会長オルコットの死去を受けて、イギリスのアニー・ベザントが、(アディヤール派)神智学協会の2代目会長に就任。ペザントは「インド自治運動」にもかかわっており、そのため、ジャワハルラール・ネルーらインド人の独立運動家も、一時、神智学協会に加入するほどだった。
その一方で、べザント会長の元、チャールズ・リードビーターが、インドの少年ジッドゥ・クリシュナムルティを世界教師(=キリストの再来)として養成する「メシアニズム」運動を起こす。
ルドルフ・シュタイナーは、その動きに反発し、1912年に神智学協会を脱会して、人智学(アントロポゾフィー)協会を設立した。
1929年、クリシュナムルティ本人が「真理は集団で追求するものではない」との考えに基づき、ベザントが彼のために設立した星の教団を解散する宣言を行い、神智学協会から脱会した。
[編集] 日本における神智学
日本における神智学協会の活動は、1971年、田中恵美子が自ら主催する「綜合ヨガ・竜王会」内の内部部門として神智学協会日本支部である「神智学協会ニッポン・ロッジ」を作ったことではじまる。
神智学協会ニッポン・ロッジの初代会長、田中恵美子が1995年に没した後、1996年から2003年まではジェフ・クラークが第2代会長を努めた。
2003年以降、神智学ニッポン・ロッジは、総合ヨガ・竜王会と完全に分かれ、インドのアディヤールに本部がある神智学協会の直属の下部団体として活動をしている。
[編集] 関連事項
[編集] 参考文献
- H.P.ブラヴァツキー 『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論 上』 竜王文庫
- H.P.ブラヴァツキー 『神智学の鍵』 竜王文庫
- H.P.ブラヴァツキー 『沈黙の声』 竜王文庫
- H.P.ブラヴァツキー 『実践的オカルティズム』 竜王文庫
- H.P.ブラヴァツキー 『夢魔物語』 竜王文庫
- H.P.ブラヴァツキー『インド幻想紀行 ヒンドスタンの石窟とジャングルから』 ちくま学芸文庫
- ハワード・マーフェット 『H・P・ブラヴァツキー夫人 - 近代オカルティズムの母』 田中恵美子訳 竜王文庫ISBN 4897413087
[編集] 外部リンク
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