カルト
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カルト(Cult)は、「崇拝」、「礼拝」を意味するラテン語 Cultus [1]から派生した言葉で、元来、「儀礼・祭祀」などの宗教的活動を意味していた。現在では反社会的な宗教団体を指す言葉として使用されている。
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[編集] 概要
1990年代アメリカにおいて、反社会的な宗教団体を指す言葉として使われるようになった(この場合、一般の宗教と区別する意味で「破壊的カルト」とも)。フランス語においては「カルト(Culte)」は宗教の宗旨別を意味し、ヨーロッパにおいては一般的な宗教から派生したカルト団体を「セクト」と呼ぶ[2]。 [3]。
派生的な用法は#派生的な意味でのカルトの節を参照。
[編集] 社会学上におけるカルトの定義
19世紀から20世紀の変わり目の頃、ドイツのマックス・ヴェーバーやエルンスト・トレルチなどの社会学者、神学者によるキリスト教団体を「教会」(各国の主要な教団)と「セクト」に分ける類型法があった。セクトは既存の教会を批判し、宗教的により正しい生き方を目指して分派した小規模団体であると定義した。このような教会とセクトの分類は、キリスト教世界内の団体間の緊張関係に着目している。
- なお、1950年にアメリカの社会学者のハワード・S・ベッカー(Howard Saul Becker) は、米国発祥のキリスト教な的スタイルを持つ新興団体を新たな類型として含め、これを「カルト」と定義した。ベッカーの言うカルトは、心霊術、占星術などの信者集団で、小規模かつ緩やかな組織構成という特徴を持つものである。
[編集] 世界のカルト問題
[編集] 米国
1978年、米国から南米のガイアナに移動した人民寺院信者の900人に及ぶ集団自殺は、米国で社会問題化し、社会的に危険とみなされる宗教団体を指して「カルト」と呼ぶようになる。これを機に 1979年、連邦議会を初め、各州が公聴会を開催した[4]。
市民の間でも反カルト運動が高まり、同年“AFF”(America family Foudation「アメリカ家族財団」)(現:“ICSA” international Cultic Studies Association 「国際カルト研究会」)が設立され、カルト問題を社会に訴え、カウンセリングを確立・普及させた。
臨床心理学、社会心理学、社会学、神学者達が、新たなカルトの理論的な定義付けを試みている。カルトを社会的問題とする陣営の統一見解としては1985年にまとめられた Cultism:A conference for scholars and policy makers という文書がある。
米国での統一教会信者2名が宗教であることを隠した詐欺的勧誘によって、精神的苦痛を受けたとして統一教会に損害賠償を求めた裁判で1988年カリフォルニア州最高裁判所は「詐欺的勧誘が(“聖なる詐欺”という教団の)宗教的信念に基くものであっても、社会の保護のための規制に服する」として原告の訴えを却下した1、2審判決を破棄し、裁判のやり直しを命じた。この判例のように、宗教的教義に基く行為が公共の秩序や法規範と対立する場合、どちらを優先させるかは時代と共に変遷しているが、公共の秩序や法規範を優先させた判例も1800年代からこれまでいくつか出ている[4]。
[編集] ヨーロッパ
ヨーロッパにおいては「カルト」のことを「セクト」と呼ぶ[4]。特に、フランスは2006年から「MIVILUDES」(セクト的逸脱対策関係省庁本部)という組織を中心に大々的にセクト対策を行って来た。 これはセクトによる反社会的な行動に対する予防、抑止、対処のために作られた首相所轄の機関である。 ヨーロッパ各国のセクト対策については「Miviludes」が出した2004年度MIVILUDES報告書の 「14-行政関連活動 省庁」の「外務省」に俯瞰的な話が載っている(日本語訳:s:MIVILUDES2004年度報告書)。 フランスのセクト対策については日本でも『朝日新聞』、『読売新聞』、『毎日新聞』、『産経新聞』その他いくつかの新聞等で紹介されたので過去記事を検索することで、概略を知ることが可能である。 各新聞社の公式サイトでは、過去3か月分の記事しか検索できないなど不備があるので有料の新聞記事検索サービスで記事を閲覧する必要がある。 基本的な部分は各誌同じだが、それぞれ微妙にスタンスが違うので読み比べる必要がある。 朝日新聞は反カルトで大げさに、産経新聞は宗教団体の提灯記事、読売は比較的中立だが情報不足、毎日新聞は連載を組んで95年ごろのフランス政府の活動を報じたが、この時期のフランス政府のセクト対策は活発とはいえず、その後フランス政府の活動が活発になった時期まで報道が継続されなかったため、事情を知るものにとって控えめな印象を与える記事になっている。 また連載内容も国内の宗教団体に配慮してか、控えめな印象を与える記事構成となっていた。
フランス政府はセクトと宗教の線引きという極めて難しい問題に挑戦した。 何が宗教で何がセクトか、社会現象や団体の行動も異文化と見るべきか、それとも問題とすべき事体なのかなど極めて難しい問題である。 フランスはこの種の宗教問題を避けるために犯罪や洗脳、社会問題を引き起こしている団体に対処するというスタンスで、問題点の多い団体を洗い出した。 選択されたのは西欧的人権や法は宗教に優先するという価値基準である。 その結果として宗教で無い団体などもセクトに含まれている。 セクト対策も単なる分類やリストアップではなく行政レベルでの具体的な政策であった、その内容は「実際の問題行動に対する情報収集や行政指導、各地域への専門部署の設置」、「洗脳などを含めて教育方法に問題のあると見られる団体の子供へのモニタリング」、各種法整備や制度の整備、「被害者救済のための判例の積み重ね」などの具体的な活動である。
ヨーロッパ全体でもカルト問題は難しく微妙な問題を含んでおり、信教の自由との兼ね合いをとることが重視されている。 宗教問題に関しヨーロッパでは国内での裁判に不服がある場合欧州人権裁判所に持ち込むことが出来る。 そこでの判決は国内の裁判所より上位にあるとされ、判決は欧州各国内で参考とされるべき判例となる。 1990年代のフランス司法は人権裁判所の判断に添った形での判決を出す方向へシフトした。 特に成人の信教の自由を保護することを重視し、国家や司法が宗教に介入するにはそれ相応の根拠がある場合に限るとされている。 介入の根拠とできるのは、社会治安上の問題や犯罪、育児に関する責任や教育上の問題などである。
ヨーロッパのセクト対策を調査するために「日本弁護士連合会」から視察団が出た。 山口広弁護士他6名の弁護士と2名の新聞記者が参加し、視察結果は本にまとめられ、毎日新聞の紙面で連載された。[5]。 抜粋すると、ヨーロッパのカルト対策の共通点は、「セクト」の明らかな問題行動や犯罪が、信教の自由の名の元に見過ごされている点を改善することである。 ヨーロッパでは「セクト」を宗教として見るのではなく、実際にどのような活動をし、どのような問題がおきているのかが重視されている。 国の関係機関や警察、司法、民間団体が広範に連携して情報収集をし、個々の団体の問題行動に対処するという方針を取っている。 国家機関やNGOの活動は国家の枠を超えた広範な活動を呈している。 実際に、労働法や脱税、完全な営利目的の団体や詐欺、子供への教育等の観点からの対策が提起され実行に移された。 またヨーロッパにおいては信者の社会復帰や、教育から隔離された「セクト」の子供たちの教育問題に力が注がれている。 対して日本ではカルト団体の信者が、教団を離れても支援がないために社会復帰できず教団に戻ったり、子供が教団内で軟禁状態になり、教育から隔離させられているのに放置されている等の問題がある。
1995年にフランスの下院である国民議会にフランス国内で活動中の「セクト」のリストが提出された。 「セクト」の選別基準は、警察、司法の記録などに基づき人権侵害・犯罪性・社会問題などの実害である。 国際的な団体も多数記載された報告書であり、日本語訳は国立国会図書館に蔵書がある。 フランスでは海外県と本土でカルト問題に関する事情が全く違い、また地域ごとに行政側の熱意や体制にも大きな違いがあるが、これは被害の多寡によるものである。
基本的にフランス政府の行ったセクトの選別はオウム真理教事件で適用が検討された破防法や指定暴力団などとは微妙に違う。 日本で言えば統一教会などが裁判を通じて問題点を洗い出されたように、あくどい団体を行政とNGOが実用上のレベルで協力してリストアップしたと理解すると非常にわかりやすい。 統一教会は極めてあくどく警戒されているが、特に何かで危険指定されているわけでも日本国内での活動が止まっているわけでもないのと同じである。 セクトは特に広域に危険指定して追い詰めるほどでは無いが、問題が無いわけではない。という扱いである。 日本の団体では創価学会等が取り扱われた。
フランス政府のセクト対策についてはフランス国内の現地法人のみが対象となった。 理由は2つある。 一つ目の理由は、フランス国内でのセクトの活動実績を重視してセクト問題を取り扱ったからである。 二つ目の理由は、西欧的人権もまた価値観の一つに過ぎず、その団体がいかに奇異に見えようとも母国では広く受け入れられていることもある以上、他国にまでは口出しをしないという立場である。
2001年に反セクト法が制定された。 悪質な団体の強制解散を裁判で問えるようにし、解散後の即再結成を防止するための監視を可能にする法律である。 この法律には特定団体の名前が列挙されており創価学会もこの中にあるというデマが流布した。 実際には法律の条文中にそのようなリストは存在せず、朝日経由、インターネット上で流行ったデマである。 繰り返し書くが、創価学会は行政レベルのセクトのリストに掲載されたのである。[要出典]
[編集] 日本
1992年の「統一教会」の合同結婚式に参加した山崎浩子が、翌1993年の脱会記者会見の際に、「マインド・コントロール」されていました」と発言し、同年、同じ統一教会の元信者で社会心理学のスティーヴン・ハッサンが書いた『マインド・コントロールの恐怖』という著作がベストセラーになり、マインド・コントロールという言葉が社会に知られるようになると同時に、そのようなマインド・コントロールを行なうるような宗教団体に対し、「カルト」という言葉が使われるようになった。
この「カルト」という呼称には20世紀前後の社会学としての定義にはなかった「反社会的な集団」、「危険な集団」、「わけのわからない不気味な集団」といった「否定的なニュアンス」が含まれるようになった。マインドコントロール論支持者はカルトの定義を企業、政治団体などに拡大していったが、さほど浸透はせず、日本では一般に新興宗教団体を指す場合が多い。
特に一連のオウム事件は、思想・信教の自由に対する必要以上の配慮から行政が及び腰になって捜査が遅れ、いわゆるテロを防げずに被害を拡大してしまったという社会的非難が大きくなったこともあり、健全な宗教と様々な世俗的動機を持った集団とを区別するという認識や、それまで「宗教の自由」「信教の自由」という名の下に見過ごされてきた宗教団体による人権侵害等を見つめ直す土壌が作られた。
1999年3月、日弁連消費者問題対策委員会は、宗教的活動にかかわる人権侵害についての判断基準(1.献金等勧誘活動、2.信者の勧誘、3.信者及び職員の処遇、4.未成年者、子供への処遇)を示した「反社会的な宗教活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」と題する意見書を発表した。「日本宗教連盟」を初めとする宗教界から強い反発が出た[5]。 このような事件が相次いだこともあり、社会的な問題を起す団体を「カルト」と呼ぶことが定着してきた。 2000年の岡山高裁においては宗教団体(統一教会)による勧誘・教化行為の違法性を認めた全国初の判決が出たように、社会が宗教を見る目は厳しくなって来ている。[要出典]
なお、カルト問題に長年関わってきた旧約聖書学者の 浅見定雄(東北学院大学名誉教授)は、カルト問題は「宗教問題」ではなく「社会問題」だとしている。
日本で一般に説明される「カルト」とは少数であっても熱烈な信者が存在するような宗教的団体を指す。カルト教団、カルト宗教ともいう。 教祖が絶対的な権威を持つカリスマであり、その教義に排他的な所や反社会的な内容があることが多い。また、教え自体が、教祖の宗教的な信念に基づく思想ではなく、経済的搾取等の自己の欲望のために信者を利用するための表向きの看板に過ぎないことも多い[2]。
日本の各教団のその誘訪方法はほぼ同じで、まず美辞麗句で誘い、詳細を知らせず入信させ、実践させていくことで精神を変えてしまう、というもの。 そして「辞めたら不幸になる」と脅される。
[編集] カルト団体と社会問題
- 1960年代
- 1969年8月8日 アメリカでチャールズ・マンソン(Charles Milles Manson)が自身の信奉者である「マンソン・ファミリー」に殺害を指示。女優シャロン・テート(妊娠8ヶ月)の自宅に押し入り、彼女とその友人3人と、目撃された少年を殺害。翌日の夜も実業家夫婦を自宅で殺害。
- 1990年代
- 1993年4月 アメリカ、テキサス州の「ブランチ・ダビディアン」が、自己の拠点でFBIと銃撃戦。その後の集団自殺で86名が死亡。
- 1995年 「オウム真理教」による「地下鉄サリン事件」を初めとする事件。
- 1999年11月 「ライフスペース」主催者である高橋弘二らがホテルで死亡した男性を放置しミイラ化させたとして翌2000年に保護責任者遺棄致死罪容疑で逮捕された。(2005年7月4日、最高裁で殺人罪により懲役7年とした東京高裁判決が確定)
- 1999年12月 「法の華三法行」が「足裏診断」という個人面談でマニュアルに従った不安を煽る話術で多額の金銭を騙し取った詐欺容疑で強制捜査され、2000年には教祖福永法源を含む教団関係者が逮捕された。(大半が有罪となり、教団は2001年3月に破産宣告を受け解散)
[編集] 派生的な意味でのカルト
少数の熱烈な信奉者を持つ映画や文学、音楽などの作品についてもカルトという言葉が用いられることがしばしばある。カルト映画やカルト・ミュージックなどがその例である。 こういった用法は英語にも見られる。ただし、日本では本来の意味での「カルト」が余り知られていなかったため、かつてはこちらの派生的用法の意味で使われていた。 その一例として、特定分野のマニアックな内容を設問にしたクイズ番組カルトQがある。
[編集] 参考文献
- ブライアン・ウィルソン(著)、池田昭(訳)『セクト その宗教社会学』 (1972 平凡社) ISBN 4-582-82135-9
- スティーヴン・ハッサン(著)、浅見定雄(訳) 『マインド・コントロールの恐怖』(1993.6 恒友出版 1993.6) ISBN 4-7652-3071-6
- 一度は統一教会に入会し、考え方や感じ方までも変えられてしまった筆者が、周囲の助けを得て脱会し、その後、数多くの脱会者を助けた実例に基づいた内容で、「マインドコントロールとは何か」を知るための本として、幅広く読まれている。
- 西田公昭(静岡県立大学/社会心理学)著『マインド・コントロールとは何か』(紀伊國屋書店 1995) ISBN 4-314-00713-3
- 裁判の参考資料として提出されたこともある資料を含む書籍で、上記の書籍と共にこの問題について客観的(学術的にも)に知るための極めて重要な参考文献。
- 浅見定雄『なぜカルト宗教は生まれるのか』(日本キリスト教団出版局 1997) ISBN 4-8184-0257-5
- 竹下節子『カルトか宗教か』(文藝春秋 1999.11) ISBN 4-16-660073-7
- フランスにおけるカルト(フランスではセクトと称する)問題について詳しく書かれている。
- L・フェスティンガー、H.W. リーケン& S. シャクター著/水野博介訳『予言がはずれるとき――この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』(勁草書房 1995) ISBN 4-326-10106-7
- 呉智英『危険な思想家』(メディアワークス、1998、のち双葉文庫、2000) ISBN 4-5757-1177-2
[編集] 脚注
- ^ [1](カルト問題研究プロジェクト)
- ^ a b 竹内節子 『カルトか宗教か』 文藝春秋 1999年11月20日
- ^ 中国語では邪教(じゃきょう)と書かれる。
- ^ a b c d e 第二東京弁護士会 消費者問題対策委員会(編)『論争 宗教法人法改正』 1995年9月30日 緑風出版
- ^ a b 山口広・中村周而・平田広志・紀藤正樹 『カルト宗教のトラブル対策』教育史料出版会 2000年5月20日
- ^ 第024回国会 衆議院 法務委員会 第42号 昭和31年(1956年)6月3日
- ^ 第063回国会 衆議院 予算委員会 第8号 昭和45年(1970年)2月28日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 「MIVILUDES」(公式ウェブサイト、フランス語)
- 日本脱カルト研究会(JDCC)
- カルト問題プロジェクト
- カルト被害を考える会 - 旧「青春を返せ裁判」を支援する会を名称変更
- 人民寺院事件
- 川島堅二の宗教学研究室
- カルト宗教解析倶楽部―カルト ・宗教システムの解析のためのサイト
- カルトに傷ついたあなたへ

