ウルル

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座標: 南緯25度20分41.3秒 東経131度2分6.6秒 / 南緯25.344806度 東経131.035167度 / -25.344806; 131.035167

ウルルの全景
空中写真
ウルルの斜面

ウルル(Uluru)はオーストラリア大陸にある世界で2番目に大きい一枚岩である。ウルルは先住民であるアボリジニによる呼び名で、イギリスの探検家によって名付けられたエアーズロック: Ayers Rock)も広く知られた名称である。

マウント・オーガスタスよりも知名度が高いことなどから、しばしば書籍やWebサイト、テレビなどにおいて「エアーズロックは世界最大の一枚岩である」と紹介されるケースがある[1]。しかし、マウント・オーガスタスはエアーズロック(ウルル)の倍以上の大きさがある[2]

概要[編集]

オーストラリアのほぼ中央に位置し、ノーザンテリトリー、ウルル-カタ・ジュダ国立公園内に存在する。西オーストラリア州にあるマウント・オーガスタスに次いで、世界で二番目に大きな単一の岩石である。『世界の中心』という意味合いで「大地のヘソ」もしくは「地球のヘソ」と呼ばれることもある。ウルルを形成する砂岩は鉄分を多く含んでおり、外観は鉄分が酸化した赤色を呈している。太陽の当たり方で色が変わって見え、朝陽と夕陽により赤色がより鮮やかになる。ウルルは岩盤が長期的に削剝され形づくられたもので、比高335m(標高868m)、周囲は9.4kmとなっている。表面には地層が表れ、地表からほぼ垂直に無数の縦じまを形成している。

アボリジニがウルル周辺に住み着いたのは、今から1万年以上前といわれる。アボリジニが遺したとされる、精霊や水場の位置が描かれた壁画があり、最も古いものは1千年程度前のものと推定される[要出典]。アボリジニの聖地であり、古くからアボリジニによって「ウルル」と呼ばれていたが、1980年代から正式名称として使われ始めた[要出典]。表面の色、風食による巨大なくぼみや穴などはノッチとも呼ばれ、精霊が宿っているとされる。ウルルの所有権はピッティンジャラジャ評議会というアボリジニの組織が有しており、オーストラリア政府にリースされ、1985年から2084年まで一帯の土地をオーストラリア国立公園ならびにワイルド・ライフサービスに貸すことになっている。ウルル周辺にもアボリジニの聖地がいくつかあり、許可無く立ち入った場合は罰金が科せられる。[要出典]

ウルルの別称であるエアーズロックという名称は1873年イギリス探検家ウィリアム・ゴスが探検行の途中で発見し、当時のサウス・オーストラリア植民地総督、ヘンリー・エアーズにちなんで名づけたものである。1987年[要出典]ユネスコ世界遺産(複合遺産)に登録された。

日本では、2001年に刊行された片山恭一の『世界の中心で、愛をさけぶ』の舞台になった。

形成過程[編集]

カタ・ジュタとウルルの概要

6億年前、現在ウルルがある地域は8000m級の山脈があったと考えられている。その山脈を流れていた川は、山からふもとへ砂を大量に運び出し、扇状地を形成した。5億年前、8000m級の山脈は侵食を受け消滅したと見られている。山脈を形成していた土砂は侵食によって流され、扇状地を覆って砂を砂岩へと変化させた。4億年前に地殻変動が起こり、砂岩の地層は大きく褶曲して向斜構造となった。長期にわたる雨や風などにより周囲の土砂は侵食を受けたが、硬い砂岩層は侵食の度合いが少なく地表に突出して表れ、7000万年前にはほぼ現在の姿となった。なお、地表部は全体の5%に当たる。

観光[編集]

夕陽や朝陽を浴びて刻々と岩の色が変化していく様子を鑑賞したり、ウルルに登ったりといった観光が行われ、入場料は25豪ドルである。

ウルルの山頂までの往復には2-3時間かかる。前半の3分の1の行程は最大斜度46度で[要出典]、登山路には杭を打って鎖が張られている。過去には転落死亡事故も発生しており、気象条件などによっては入山が規制される。また、アボリジニの宗教的あるいは文化的な行事が行われている時も登山禁止となり[3]、宗教的な理由から写真撮影が禁止されている場所がある。

  • 気温:その日の最高気温が36度以上に気温が上がると予想される場合、朝の8時に閉鎖
  • 風:2500フィート(25ノット)以上の風が吹くと予報された場合
  • 低気圧:ウルルから50キロ以内の北西または南西に強い低気圧が観測された場合
  • 雨:今後3時間以内に20%以上の確率で降雨が予報された場合
  • 雷:今後3時間以内に5%以上の確率で雷雲の発生が予報された場合
  • 曇天:ウルルの山頂より低く雲が出ている場合
  • 日没:日の出の1時間半以上前および日の入り後1時間半後

アボリジニの間では一部の祭司以外は登山が認められていなかったが、オーストラリア政府と旅行会社によってウルルの観光開発が行われ、オーストラリア政府はリース料とウルル=カタ・ジュタ国立公園 入場料の一部を支払っている。一方、ウルルを聖地とするアボリジニの人々からは観光客によるウルル登山を快く思われておらず、こうした背景から登山を推奨しない旅行会社もあり、土産物店で「私はウルル登山しません」とプリントされたTシャツやステッカーなども販売されている。2009年7月にはオーストラリア政府が2011年10月にも入山禁止の措置を取る計画を行なっていることが明らかになった[4][5]

しかし、リース料などの観光収入はアボリジニの貴重な収入源となっているため、観光客による登山を仕方なく認めている現状がある。2010年1月8日に観光業界に配慮し、登山を当面認めることを発表した[6]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 青春出版社『世界で一番おもしろい地図帳』、JTB旅行サイト(デッドリンク)など
  2. ^ 管野浩編 『雑学おもしろ事典』 p.205 日東書院 1991年
  3. ^ エアーズロック旅行情報 旅行情報.JP[リンク切れ]
  4. ^ http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009071001000712.html エアーズロック入山禁止で論争 共同通信2009年7月10日配信
  5. ^ エアーズロック登山禁止へ”. 読売新聞 (2009年7月21日). 2010年1月9日閲覧。[リンク切れ]
  6. ^ 観光業に配慮して…豪州「エアーズロック」登山継続”. スポニチ (2010年1月8日). 2010年1月9日閲覧。[リンク切れ]