1962年の日本シリーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本の旗1962年の日本シリーズ
チーム 勝数(引分数)
東映フライヤーズ() 4(1)
阪神タイガース() 2(1)
ゲームデータ
試合日程 1962年10月13日-10月21日
最高殊勲選手 土橋正幸
種茂雅之
敢闘選手 吉田義男
チームデータ
東映フライヤーズ ()
監督 水原茂
シーズン成績 78勝52敗3分
(シーズン1位) 
阪神タイガース()
監督 藤本定義
シーズン成績 75勝55敗3分
(シーズン1位)
日本シリーズ
 < 1961 1963 > 

1962年の日本シリーズ(1962ねんのにっぽんシリーズ、1962ねんのにほんシリーズ)は、1962年10月13日から10月21日まで行われたセ・リーグ優勝チームの阪神タイガースパ・リーグ優勝チームの東映フライヤーズによるプロ野球日本選手権シリーズである。阪神甲子園球場明治神宮野球場後楽園球場の3球場で行われた。

戦評[編集]

第1戦[編集]

阪神小山正明、東映土橋正幸の両エースの先発で阪神甲子園球場で開幕。2回、阪神はマイク・ソロムコのセンターオーバーの2塁打、安藤統男のヒットでチャンスを広げ、山本哲也の犠牲フライで阪神が1点を先制したが、3回表、東映は吉田勝豊のホームランなど4本の長打を含む5安打で1-5と一気に逆転。しかしその裏、東映に思わぬミスが続く。まず土橋、青野修三の立て続けのエラーで無死1、2塁。次打者並木輝男の打球はファースト山本八郎の正面で併殺かと思われたが二塁カバーの岩下光一の送球がそれ、二塁走者がホームインし、1点。阪神はさらに藤本勝巳藤井栄治の連続タイムリーで今回計4点を返し同点に追いついた。その後は、小山も立ち直り、東映はリリーフした久保田治が踏ん張り、緊迫した展開が続いたが、延長10回裏、阪神は1アウト1・2塁のチャンスで吉田義男尾崎行雄からサヨナラ2塁打を放ち6-5のスコアで先勝した。阪神はこれが日本シリーズで初のサヨナラ勝ち(全体でも1961年の第4戦に続いて7度目のサヨナラゲーム)。

第2戦[編集]

阪神は第1戦で好救援を見せた村山実の先発、東映は土橋の連続先発。村山は制球がさえ、8回1アウトまで東映打線にランナーを許さないパーフェクトピッチング。23人目の吉田勝の打球が一塁後方にぽとりと落ち、惜しくも日本シリーズ初の完全試合ノーヒットノーランの達成はならなかったが、それでも2安打完封の快投を見せる。攻撃では4回に集中打で2点、8回に藤本がとどめの3ランホームラン。阪神が連勝で東京に乗り込む展開になった。

第3戦[編集]

第3戦は1950年の日本シリーズ第1戦以来12年ぶりに神宮球場で開催。阪神は4回に藤本の二塁打、藤井、ソロムコの単打で1点を先制。6回にもソロムコのタイムリー2塁打で2点目を追加し、試合を優位に進めたかに見えた。だが東映は6回に毒島章一がソロホームラン、7回にも岩下のタイムリーヒットで2-2の同点に追いつく。その後は緊迫した投手戦が続き、9回・東映はヒットと敬遠四球で満塁のチャンスを作るも阪神・村山の好投の前に倒れ、試合は延長戦に。その延長戦も両チームチャンスをつくるも得点には至らず、日没のため延長14回終了をもって打ち切りとなり2-2の引き分けに終わった。

第4戦[編集]

阪神は初回・並木のタイムリー3塁打で先制点を獲得するが、その後は打線が安藤元博の前に沈黙。一方、東映は4回1死1・2塁から岩下のタイムリーヒットで同点。意表を突くダブルスチールの後、種茂雅之が2点タイムリーを放つ。これが決勝点となり、3-1のスコアで東映が日本シリーズ初勝利を飾った。

この試合で東映・安藤元博(早大卒)と阪神・安藤統男(慶大卒)の、前々年早慶六連戦を沸かせた両安藤が同じ神宮球場で再戦、結果は元博が統男を三振に打ち取り、統男のリベンジとはならなかった。

第5戦[編集]

第5戦は神宮が学生野球開催の関係で使用できないため、後楽園球場で行われた。1回、阪神は2アウトから藤本が先制2ランを放つと、その裏の東映も吉田(勝)が逆転3ランを打ち、打撃戦の様相を呈した。4回に東映が1点を追加すると、阪神は7回2アウトから吉田がレフトへの同点2塁打を放ち4-4の同点に戻し、第3戦に続いて2回目の延長にもつれ込む。試合を決めたのは11回の東映。岩下がレフトへのサヨナラ2ランで6x-4のスコアで2勝2敗のイーブンに戻し、シリーズの行方は甲子園に戻っての第6戦以降に持ち越された。サヨナラゲームはこのカードで2度目(同一カードで複数のサヨナラゲームを記録したのは1950年毎日-松竹以来。全体でも8度目で、東映としては前身の東急、後身の日拓ホーム、日本ハムを含めると初)となった。

第6戦[編集]

地元・東京で連勝し、勢いに乗った東映は、敵地・甲子園での第6戦でも猛打を振るい、種茂が2回と4回に得点に絡む2塁打を連続して放つと、張本勲も5回に駄目押しの2ランホームランを打つなど5回までに7得点を挙げる。一方の阪神は1回に吉田のホームラン、6回にも反撃の糸口となる3本のヒット等で追い上げるものの逆転には至らず、7-4で東映が日本一に王手をかけた。

第7戦[編集]

東映・久保田、阪神・小山の息詰る投手戦で9回まで0-0の同点。今大会3回目の延長にもつれ込んだ。試合が動いたのは10回。まず東映がヒットと四球で満塁にすると、種茂が先制の犠牲フライを打つ。しかしその裏の阪神も藤井が同点タイムリーを打って1-1のタイに。そして12回・東映の西園寺が勝ち越しソロホームランを放つ。この時、10イニング163球を投げた小山は自分の役割は果たしたと思って風呂に入ってしまい、11回からは急遽の登板となった村山が投げていた。投げては延長戦から登板した土橋が11・12回の阪神の反撃をしのぎ、2-1で東映が4勝目を挙げ、チーム創設17年目で初の日本一に輝いた。

MVPには先発、抑えに好投を見せた土橋正幸投手と種茂雅之捕手のバッテリーに贈られた。日本シリーズのMVP2名同時受賞はこの年が唯一の例で、東映優勝の原動力になったことが評価されたことや賞品が多かったことなどもあり、土橋は自動車、種茂は家電製品などの他の賞品を分け合った。

試合結果[編集]

第1戦[編集]

10月13日 甲子園 入場者数:35692人(延長10回サヨナラ)

東映 0 0 5 0 0 0 0 0 0 0 0 5
阪神 0 1 4 0 0 0 0 0 0 0 1X 6
(東) 土橋、久保田、橋詰、●尾崎(1敗) - 安藤順
(阪) 小山、○村山(1勝) - 山本哲、福塚
本塁打
(東) 吉田勝 1号(3回2点小山)

[審判]セ筒井(球)パ田川、セ富沢、パ二出川(塁)セ国友、パ上田(外)

第2戦[編集]

10月14日 甲子園 入場者数:35995人

東映 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
阪神 0 0 0 2 0 0 0 3 x 5
(東) ●土橋(1敗)、橋詰、富永 - 安藤順
(阪) ○村山(2勝) - 山本哲
本塁打
(阪) 藤本1号3ラン(8回富永)

[審判]パ田川(球)セ富沢、パ二出川、セ筒井(塁)パ小島、セ有津(外)

第3戦[編集]

10月16日 神宮 入場者数:38733人(延長14回時間切れ引き分け)

阪神 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2
東映 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 2
(阪) 渡辺省 村山 石川緑 太田 バッキー - 山本哲、福塚
(東) 久保田 石原 富永 橋詰 安藤元 土橋 - 種茂、安藤順
本塁打
(東) 毒島1号ソロ(6回村山)

[審判]セ富沢(球)パ二出川、セ筒井、パ田川(塁)パ上田、セ国友(外)

第4戦[編集]

10月17日 神宮 入場者数:37741人

阪神 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
東映 0 0 0 3 0 0 0 0 X 3
(阪) ●小山(1敗)、石川緑、牧 - 山本哲、福塚、戸梶
(東) ○安藤元(1勝) - 種茂

[審判]パ二出川(球)セ筒井、パ田川、セ富沢(塁)セ有津、パ小島(外)

第5戦[編集]

10月18日 後楽園 入場者数:30187人 延長11回サヨナラ

阪神 2 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 4
東映 3 0 0 1 0 0 0 0 0 0 2X 6
(阪) 村山、渡辺省、石川緑、●小山(2敗)、野母 - 山本哲、谷川、戸梶
(東) 久保田、富永、○土橋(1勝1敗)- 種茂
本塁打
(阪) 藤本2号2ラン(1回久保田)
(東) 吉田勝2号3ラン(1回村山)、岩下1号2ラン(11回小山)

[審判]セ筒井(球)パ田川、セ富沢、パ二出川(塁)セ国友、パ上田(外)

第6戦[編集]

10月20日 甲子園 入場者数:21214人

東映 1 2 0 1 2 0 0 1 0 7
阪神 1 0 0 1 2 0 0 0 0 4
(東) ○安藤元(2勝)、橋詰、土橋 - 種茂
(阪) ●村山(2勝1敗)、大田、渡辺省、牧 - 山本哲、福塚、戸梶
本塁打
(東) 張本1号2ラン(5回太田)
(阪) 吉田1号ソロ(1回安藤元)

[審判]パ田川(球)セ富沢、パ二出川、セ筒井(塁)セ有津、パ小島(外)

第7戦[編集]

10月21日 甲子園 入場者数:29192人(延長12回)

東映 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 2
阪神 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1
(東) 久保田、○土橋(2勝1敗)- 種茂
(阪) 小山、●村山(2勝2敗) - 福塚
本塁打
(東) 西園寺 1号(12回1点村山)

[審判]セ富沢(球)パ二出川、セ筒井、パ田川(塁)パ上田、セ国友(外)

テレビ・ラジオ中継[編集]

テレビ中継[編集]

  • NHK総合 実況:岩本修 解説:松木謙治郎
  • 朝日放送≪TBS系列≫ 実況:植草貞夫 解説:芥田武夫 ゲスト解説:鶴岡一人南海監督)
  • NHK総合 実況:鈴木文彌 解説:加藤進
  • TBS 解説:大和球士 ゲスト解説:三原脩
  • NETテレビ 実況:明海健 解説:佐々木信也 ゲスト解説:稲尾和久、長嶋茂雄
  • NHK総合 実況:岩本修 解説:松木謙治郎
  • 朝日放送≪TBS系列≫ 実況:植草貞夫 解説:芥田武夫 ゲスト解説:別所毅彦
  • よみうりテレビ≪日本テレビ系列≫ 実況:越智正典 解説:藤村富美男 ゲスト解説:杉浦忠(南海)
  • 毎日放送≪NETテレビ系列≫ 実況:井上光央 解説:大島信雄 ゲスト解説:三原脩
  • NHK総合 実況:岡田実 解説:苅田久徳
  • 朝日放送≪TBS系列≫ 実況:植草貞夫 解説:芥田武夫 ゲスト解説:鶴岡一人(南海監督)
  • よみうりテレビ≪日本テレビ系列≫ 解説:藤村富美男 ゲスト解説:杉浦忠(南海)
  • 毎日放送≪NETテレビ系列≫ 実況:井上光央 解説:大島信雄 ゲスト解説:三原脩、別所毅彦

※毎日放送がNET系列で放送する日本シリーズ中継はこの年が最後となる。これは1964年1966年および1973年に南海ホークスが優勝した時と1967年1969年および1971年1972年阪急ブレーブスが優勝した時は各主催試合を中継できず、NETも日本シリーズの中継が出来ぬまま1975年3月31日に朝日放送とネットワークの交換(ネットチェンジを参照)を行ったためである。但し、この間自社製作は行わなかったものの、MBSと資本関係を有する東京12ch1964年開局 現テレビ東京)からのネット受けとして1970年(ロッテ対巨人・第3戦)1974年(ロッテ対中日・第5戦)の放送を行ったことは有る。

ラジオ中継[編集]

  • NHKラジオ第2 実況:岡田実 解説:加藤進
  • TBSラジオ朝日放送 実況:中村哲夫 解説:笠原和夫 ゲスト解説:野村克也(南海)
  • ラジオ関東・ラジオ関西 実況:奥田博之 解説:御園生崇男
  • 和歌山放送など(毎日放送制作・裏送り) 解説:金田正泰
  • NHKラジオ第2 実況:土門正夫 解説:苅田久徳
  • ラジオ関東・ラジオ関西 実況:島碩弥 解説:児玉利一
  • 朝日放送など(TBSラジオ制作・裏送り) 実況:渡辺謙太郎 解説:大和球士 ゲスト解説:鶴岡一人
  • 和歌山放送など(ニッポン放送制作・裏送り) 解説:服部受弘
  • NHKラジオ第2 実況:岡田実 解説:松木謙治郎
  • ラジオ関東・ラジオ関西 実況:木島章夫 解説:山根俊英
  • 朝日放送など(TBSラジオ制作・裏送り) 実況:岡部達 解説:土屋亨 ゲスト解説:別所毅彦
  • 和歌山放送など(ニッポン放送制作・裏送り) 解説:服部受弘
  • NHKラジオ第2 実況:土門正夫 解説:苅田久徳
  • ラジオ関東 実況:島碩弥 解説:児玉利一
  • 朝日放送など(TBSラジオ制作・裏送り) 実況:岡部達 解説:土屋亨 ゲスト解説:鶴岡一人
  • 和歌山放送など(ニッポン放送制作・裏送り) 解説:飯島滋弥
  • NHKラジオ第2 実況:岡田実 解説:加藤進
  • TBSラジオ・朝日放送 実況:中村哲夫 解説:笠原和夫 ゲスト解説:鶴岡一人
  • ラジオ関東・ラジオ関西 実況:下山英三 解説:御園生崇男、横沢三郎
  • 和歌山放送など(毎日放送制作・裏送り) 解説:金田正泰
  • NHKラジオ第2 実況:鈴木文彌 解説:小西得郎
  • TBSラジオ・朝日放送 実況:中村鋭一 解説:笠原和夫 ゲスト解説:野村克也
  • ラジオ関東・ラジオ関西 実況:下山英三 解説:御園生崇男、横沢三郎
  • 和歌山放送など(毎日放送制作・裏送り) 解説:金田正泰

備考[編集]

  • 前述の通りこの年の日本シリーズは第3戦と第4戦は神宮、第5戦は後楽園での開催だったが、後に神宮を本拠地としたヤクルト1978年に球団史上初のリーグ優勝を果たした際も学生野球開催の関係で、日本シリーズは(ヤクルト主管が全て)後楽園での開催となった。ヤクルトが神宮で初めて日本シリーズを開催したのは2度目のリーグ優勝を果たした1992年だった。
  • 東映の後身にあたる日本ハムは本拠地を北海道に移転した後の2006年に東映時代を含めて球団史上2度目の日本一を果たしたが、同年は球団史上初めて本拠地球場(札幌ドーム)で日本一を決めた。
  • なおパ・リーグではその後、2013年東北楽天ゴールデンイーグルスまでの50年間、日本シリーズ初進出で日本一となるケースがなかった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]