1965年の日本シリーズ

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日本の旗1965年の日本シリーズ
チーム 勝数(引分数)
読売ジャイアンツ() 4
南海ホークス() 1
ゲームデータ
試合日程 1965年10月30日-11月5日
最高殊勲選手 長嶋茂雄
敢闘選手 森下整鎮
チームデータ
読売ジャイアンツ ()
監督 川上哲治
シーズン成績 91勝47敗2分
(シーズン1位) 
南海ホークス()
監督 鶴岡一人
シーズン成績 88勝49敗3分
(シーズン1位)
日本シリーズ
 < 1964 1966 > 

1965年の日本シリーズ(1965ねんのにっぽんシリーズ、1965ねんのにほんシリーズ)は、1965年10月30日から11月5日まで行われたセ・リーグ優勝チームの読売ジャイアンツパ・リーグ優勝チームの南海ホークスによる日本プロ野球日本選手権シリーズである。後楽園球場大阪球場で行われた。

試合結果・戦評[編集]

第1戦[編集]

10月30日 大阪 入場者数:30094人

巨人 1 0 0 0 2 1 0 0 0 4
南海 0 0 0 0 0 0 2 0 0 2
(巨) ○金田(1勝) - 森
(南) ●杉浦(1敗)、新山、森中 - 野村
本塁打
(巨) 王1号ソロ(1回杉浦) 王2号ソロ(5回杉浦)、柴田1号ソロ(5回杉浦)

[審判]パ川瀬(球)セ富沢、パ田川、セ岡田(塁)セ松橋、パ道仏(外)

大阪球場で始まった第1戦。巨人・金田正一、南海・杉浦忠の両ベテランが先発。2回、王貞治のソロホームランで巨人が先制。5回には柴田勲のソロ本塁打、王のこの試合2本目のソロ本塁打で2点を追加。右ひじ故障から戻ったばかりの杉浦に多くは望めなかった。6回には南海2番手の新山彰忠から金田がタイムリーヒットを放ち、4点目。南海は7回裏、井上登の四球から小池兼司森下整鎮のヒット、鈴木正の犠牲フライで2点差まで詰めたが、反撃もここまで。金田はプロ16年目にして初めての日本シリーズ登板を完投勝利で飾った。

第2戦[編集]

10月31日 大阪 入場者数:30139人

巨人 0 0 0 0 0 0 4 0 0 2 6
南海 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 4
(巨) 城之内、益田、○宮田(1勝) - 森
(南) スタンカ、●三浦(1敗) - 野村
本塁打
(巨) 長嶋1号2ラン(10回三浦)

[審判]セ富沢(球)パ小島、セ有津、パ田川(塁)パ道仏、セ松橋(外)

第2戦は巨人・城之内邦雄と南海・スタンカの先発。1回裏、ブルーム野村克也のヒット、堀込基明の犠牲フライで南海が2点先制。さらに5回裏、森下、広瀬叔功、ブルームの連打で2点追加で4点を挙げ、南海ペースで試合は進んだ。しかし7回表、巨人が1死から長嶋茂雄が四球で出塁、森昌彦がヒットで続くと、川上監督は代打攻勢に出た。まず、吉田勝の代打・国松彰がタイムリーヒットを放ち、1点を返す。続いて土井正三の代打・柳田利夫が右中間を破る2点タイムリー二塁打。ここで南海はスタンカをあきらめ、三浦清弘を送るが、巨人の勢いを止めることはできなかった。さらに須藤豊の代打・塩原明も安打で続き、2番手投手・益田昭雄の代打・広岡達朗も四球出塁と、4者連続で代打策成功。そして1番の柴田勲が犠牲フライを放ち、この回一挙4点を挙げ、同点に追いつく。そして延長10回表、1死から三浦が王に死球を与えてしまう。これに燃えた長嶋が三浦の初球をレフトスタンドに決勝2ランホームラン。7回裏から登板し、4イニングをパーフェクトに抑えた宮田征典が勝利投手。巨人が2連勝で後楽園に戻ることとなった。

第3戦[編集]

11月3日 後楽園 入場者数:32151人

南海 0 0 0 0 0 0 3 0 0 3
巨人 2 0 0 0 0 0 5 2 X 9
(南) 三浦、林、●スタンカ(1敗)、森中 - 野村
(巨) ○金田(2勝)、宮田- 森
本塁打
(巨) 長嶋2号2ラン(1回三浦)、王3号2ラン(8回森中)

[審判]パ小島(球)セ岡田、パ川瀬、セ有津(塁)セ松橋、パ道仏(外)

移動日を挟んだ第3戦、巨人は第1戦で好投の金田、南海は第2戦で痛恨の本塁打を浴びた三浦が先発。1回裏死球で出塁した柴田を置いて長嶋の2ランホームランで2点先制。南海は7回2死から森下整鎮、南海の2番手投手・林俊彦の代打・穴吹義雄が連打。広瀬の四球を挟み、井上のヒットで3点を奪い、逆転。しかし、その裏から登板したスタンカが第2戦に続いて誤算。1死1、2塁から国松彰が右中間を破る2点タイムリー二塁打で再逆転。さらに王四球のあと長嶋にもタイムリーを許し、わずか1アウトを取っただけで降板となってしまった。さらに代わった森中千香良から柳田四球のあと土井が2点タイムリーを放ち、巨人はこの回5点。8回裏には王の2ランホームランで止めを刺した。守っては8回から金田をリリーフした宮田が第2戦に続いて好投。巨人が3連勝で早々と王手をかけた。

第4戦[編集]

11月4日 後楽園球場 入場者数:31089人

南海 0 0 0 0 0 4 0 0 0 4
巨人 0 0 0 0 0 0 0 0 2 2
(南) ○林(1勝)- 野村
(巨) ●中村(1敗)、種部、益田、北川 - 森

[審判]セ岡田(球)パ田川、セ富沢、パ川瀬(塁)パ道仏、セ松橋(外)

第4戦は巨人・中村稔、南海・林の先発。先制は南海。6回表、森下、広瀬、堀込基明杉山光平の連打で4点を奪った。対する巨人は9回裏、1死から王、長嶋の連打、森の犠牲フライ、柳田のタイムリーヒットで2点を返したが、土井を中飛に抑え、林が完投勝利。南海が一矢報いた。

第5戦[編集]

11月5日 後楽園球場 入場者数:26803人

南海 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2
巨人 0 0 0 0 0 2 0 0 1x 3
(南) スタンカ、●杉浦(2敗) - 野村
(巨) 城之内、○宮田(2勝) - 森
本塁打
(南) 野村1号2ラン(1回城之内)

[審判]パ田川(球)セ有津、パ小島、セ富沢(塁)セ松橋、パ道仏(外)

第5戦は巨人・城之内、南海・スタンカの先発。先制したのは南海。1回表、堀込基明を2塁に置き、野村がレフトスタンドに叩き込み2点を先制。しかし巨人は6回裏、国松の犠牲フライ、長嶋のヒットで同点に追いついた。そして9回裏、巨人は7回からスタンカをリリーフしていた杉浦から森、吉田勝が連打、最後は土井のサヨナラヒットで3-2。巨人が4勝1敗で2年ぶりの日本一に輝き、V9への第一歩を踏み出した(サヨナラゲームによる日本一決定は1950年の毎日以来2チーム目。巨人の日本シリーズでのサヨナラ勝ちは1961年・対南海第4戦以来4年ぶり2度目。全体では1964年の第4戦での南海に続いて10回目)。一方、南海は6失策と守りのミスが仇となり、5失策が一塁手という珍しい記録も誕生してしまい、三冠王の野村に花を添える事ができなかった。杉浦、スタンカというかつてのエースに往年の力がなかった南海に対し、巨人は金田、城之内、宮田らがシーズンどおりの活躍を見せ、投手陣の出来も明暗を分けた。

表彰選手[編集]

テレビ・ラジオ中継[編集]

(第6~7戦の放送予定については書きかけです。)

テレビ中継[編集]

    • 民放では試合が実施された全試合が日テレ系での放送だった。なお、この当時、南海の主催ゲームは毎日放送に優先権があったが、当時同局が所属していたNETテレビ(現・テレビ朝日)系列はフルネットまたは同系列を主体とした局が少なかったため、放映権が確保できなかったものと思われる。

ラジオ中継[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]