ダンカン (お笑い芸人)

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ダンカン
本名 飯塚実
生年月日 1959年1月3日(53歳)
出身地 日本の旗 日本埼玉県入間郡毛呂山町
師匠 ビートたけし立川談志(落語家時代)
グループ名 たけし軍団
事務所 オフィス北野

ダンカン1959年1月3日 - )は、日本お笑いタレント俳優放送作家たけし軍団の一員。本名、飯塚 実(いいづか みのる)。

埼玉県入間郡毛呂山町出身。オフィス北野所属。埼玉県立越生高等学校卒業。

目次

[編集] 人物

元は落語立川流落語家立川談かんという芸名を名乗っていた。立川志の輔の兄弟子にあたる。たけし軍団入りした当時の軍団内での芸名は「ふんころがし」であった。また、大の阪神タイガースファンとしても知られており、長男に「甲子園」、次男には松村邦洋の助言により「虎太郎(とらたろう)」と命名した。

放送作家としての活動も長く、スポーツ新聞などへの執筆活動も長年続けている(サンケイスポーツのタイガースコラムなど)。また、その類稀なキャラクターにより北野武作品の常連として重用され、トリッキーな役での存在感が光る。自身も監督として作品を制作している。

[編集] ダンカン馬鹿野郎

  • 元々は松村邦洋がビートたけしの物真似をする際に発するセリフで、「ダンカンこの野郎」と表現される時もある。“コマネチ”のギャグと共にたけしの物真似ネタの定番として定着した。たけし自身は積極的にこの言葉を発言していないが、2011年4月14日に放送された『とんねるずのみなさんのおかげでした』のチャリティーオークションに出品する掛け軸への一筆を求められた際、バイヤー役の石橋貴明のリクエストで筆で“ダンカン馬鹿野郎”と書き込んだ。

[編集] エピソード

  • 落語家を辞めてたけし軍団に入りたい旨、師匠の談志に申し出たところ、いきなり書斎にあったウィスキーを取り出したため、殴られるのかと思いきや、談志はボトルの裏に自分の名刺を貼り付け、「これ(=名刺付きウィスキー)持ってけ、これ見たらヤツも断れないだろうから」と許したという。
  • たけし軍団入り当時は「立川談かん」(マクベス〈シェイクスピア〉の登場人物“ダンカン”より)であったが、1984年の一斉改名の際に、そのあまりに不潔な日常生活から「ふんころがし」、顔が似ている「ネズミ男」の二者択一をたけしから迫られ前者を選択。その後タレント活動とは別に作家活動をはじめるにあたり、その場合はカタカナ表記の「ダンカン」名義に使い分けをしている。
  • 結婚するまでは弟子志願者の窓口担当を任されており、当時の住まい「ゆたか荘」で幾人もの弟子志願者の面倒を見て来ている。
  • 師匠には「野球をやっていて甲子園を目指していた」と自己紹介していたが、放送作家志望の弟、勝(まさる)が「兄がやっていたのは軟式野球だった」と暴露されている。
  • 草野球のたけし軍団チームではキャッチャーだったが、井手らっきょが「一度だけでいいから」とキャッチャーをとせがまれ交代すると、盗塁阻止の速球が冴え、桁違いの野球センスを見せつけ、師匠の命令でそのままポジションを奪われてしまった。

[編集] 出演

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] インターネットドラマ

[編集] ゲーム

[編集] CM

[編集] 監督作品

[編集] イメージキャラクター

  • 丸広百貨店のお中元お歳暮のイメージキャラクターとしてカタログ1ページ目でのご挨拶と店内ナレーションを2005年頃から2011年現在、毎回担当している。これは雑誌等で出身地埼玉県の楽しい思い出といえば家族で行った川越の丸広だと語ったことが同社経営陣の目にとまり起用のきっかけとなったとされている。

[編集] 関連

[編集] 外部リンク

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